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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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戦勝の祭り⑥ おまけ 懺悔

 私達は庭に残る人達に軽く挨拶をしながら戦勝の宴を退出した。

 ペータ達も特別にこれ以後の片付けや給仕を免除されるようなので、明日に備えてよく休む事になった。



「お姉様…。本当にザコルを部屋に入れてお寝になるおつもりですの…本当の本当に?」


 アメリアがずっと私の部屋の前にいて、部屋着の上から色々と着込まされた私の腕を掴んで離さない。この質問も既に三回目だ。付き合わされているハコネも苦笑している。


「ええと、アメリア、同室とか今日でもう三日目だし、旅の道中でもほぼ同室みたいな状況ばっかりだったし、エビーやタイタも交えてみんな同じテントなんてのもあったし、本当の本当に今更なんですよ。それで今までほんっとーに一線越えるような事は無かったので! 大丈夫、大丈夫だから」

「そんな事をおっしゃいますが、お二人は今日ようやくわだかまりが解けてお心を通わせ合えたのでしょう!? 盛り上がらないと何故言い切れますの!」


 婚約するだのしないだのとすったもんだした挙句、周りを巻き込んで大パニックになったあの件ですか…。


「ええと…すみません…あれは一旦忘れてくれませんか…。大人としてちょっと取り乱し過ぎでしたし…」

「忘れられる訳ありませんわ!! わたくし、これでもお二人の想いの深さには感動しましたのよ!? 危ない目に遭われるのは見過ごせませんけれど…!!」

「う、うん、危ない目っていうのも、私が彼を不安にさせるような事を言わなければいいだけですから。本当に大丈夫ですよ、この非常時に盛り上がってる場合じゃないのはお互いによく解ってますしね。ああ、そんなに心配なら、エビーとタイタにも同じ部屋で寝てもらいましょうか? それなら…」


 くわっ、アメリアが目を見開く。


「もっと大問題ですわ!! あの二人だって大概です!!」

「何が大概なのかよくわかんないんですが…。ねえ、誤解してませんか? そもそもあの子達、私を女だなんて思ってませんよ?」

「そんな訳ありませんでしょう! 次々と男性を手懐けていらっしゃるご自覚が無いんですの!? あの二人も、ザッシュ様も、あのシリルという山の民の子供だって…! 同志の方々を下僕のように従えているのも窓から見ましてよ!?」


 ガチャ、エビーとタイタの部屋から、部屋着に着替えた護衛三人が出てくる。


「ちょっとー、声が大きいすよアメリアお嬢様。俺ら信用無さすぎじゃあねえすか…?」

「そ、そうです! 俺達はあくまで主人としてミカ殿を敬愛させていただいているのであって…」

「嘘おっしゃい! 好きだの好いているだのと言っていたではありませんの!!」

「あれは人間として好きっつうか何つうか…」


 アメリアが、エビーとタイタを相手に言い合いを始めてしまった。コホン、とザコルが咳払いをして止める。


「アメリアお嬢様、ミカが手懐けているのは男に限りませんよ。ミカの場合、男の信望者より女の信望者の方が厄介ですし。筆頭はうちの義母ですが」

「わたくし、そういう話をしているのでは…!」


 いや、そういう話だ。正直、ザコルよりもイーリアと同室で寝る方が色々と危ない気がする。


「へへっ、そういう猟犬殿は厄介な男の信望者だらけじゃねえすか。今日もまた一人…それもとびきり厄介なのが」

「あー、完全に懐いちゃったよねえ」

「僕は懐かせたつもりなど」

 眉を寄せるザコルをエビーと二人で揶揄う。


「でも彼、嬉しかったと思うなあ。ほんと、トドメの長台詞はタイタの心の猟犬ノートに書き留めておいて欲しいくらいだった…」

「そ、そこの所詳しく!! どうしてザコル殿の背中に張り付かれているのか気になっていたのです! どんなお言葉で落とされたのかと気になって気になって…くっ、第二王子殿下のくせに…!!」

「どうどうタイタ、同担拒否の過激思想に飲まれかけてるよ」

 嫉妬にかられ拳を握り締めるタイタの背中をポンポンと叩く。


「アメリアお嬢様、タイさんはこの通りミカさんっていうか猟犬殿の狂信者ですし、同志は言わずもがな、シリル坊も似たようなモンすよ。ザッシュ殿は…まだ知り合って日が浅いんで何とも言えねえすけど、あの人こそミカさんの事は女に数えてねえ気が…」

「そうかしら…? で、でも…」

 アメリアはまだ納得できない様子だ。

「どっちにしろ、あのバカップルぶりを毎日見てたらそんな気起きやしませんて。命も惜しいですしねえ」

「バカップルとは何ですか。僕は節度を持ってミカに接しています」

「最近はな! つい数日前までやり過ぎて姉貴に怒られてたくせに! いっそグッチャグッチャにされちまえこの変態野郎!!」

「品のない表現は慎め!! 僕は節度を大事にしたいんだ!!」


 ギャイギャイギャイ。この二人も歳は離れているが、随分と『悪友』らしくなった。


「節度を大事にかぁ…。まあ、エビーの言う通り、ザコルにだけは言われたくない台詞ナンバーワンですよね。まあ、こんな調子なので大丈夫です。どうせ私から迫ったら壁に穴開けてでも逃げ出しますよ」

「逃げ出すとは何ですか!! 僕は、に、逃げたりなどしません!!」

「ふーん。その言葉、明日午後の診察まで忘れないでくださいね。さあさあ寝ましょ。アメリアも疲れたでしょう。しっかり体を休めてください。明日はきっとアメリアのためにお風呂を沸かしてあげますから」


 先程浴室を覗いたら、随分と掃除や片付けが進んで綺麗になっていた。あれなら明日には貴人の入浴も可能になるだろう。


「お姉様…」

「大丈夫、大丈夫。どのみちザコルがいないと拐われちゃう私ですからね。ハコネ団長、アメリアの警護もよろしくお願いします」

「もちろんだ」


 もしも私が敵だったら…。

 拐われたばかりで警戒の強い女より、ここに来たばかりの箱入り令嬢の方を狙って人質にする事を考えると思う。どこぞの『聖女もどき』のようにエグい反撃もしてこないだろうし…。

 イーリアやマージも同じ考えなのだろう、今日はいくつかある屋敷の入口はもちろん、三階に通じる階段の脇にも衛士が立っている。今まで以上に分かりやすく警戒をアピールしているのだ。



 アメリアを何とか宥めすかして部屋に戻らせ、私達も部屋に入った。

 私はとりあえずベッドに座り、着込まされ過ぎたガウンやセーターなどを脱ぐ。ザコルは簡易ベッドを私のベッド脇に移動させ、枕や毛布をセッティングしている。


「私、アメリアと同じ部屋で寝た方が警備上よろしかったですかねえ…。でも、夜中うなされてるらしいし、彼女の睡眠を妨害しちゃ悪いですよね…」

「アメリアお嬢様には侍女が四人に騎士も常駐していますから、そうそう滅多な事は起きないかと。それより、ミカは自分の体を休める事に専念してください。あなたも疲れたでしょう」

「うん…。ねえ、ぎゅっとしてくれませんか」


 そう言って手を広げると、ザコルは黙って私のベッドに座る。ベッドが沈み、ギシッと音を立てた。それから私を抱き寄せてくれるので私も彼の背中に手を回す。

 今朝までのぎこちなさは少し解消したようだが、ついさっき絞め殺しかけた手前からか、ふわりと優しい力加減だ。


「ふへえ…。私って、あなたにずっと甘えていていいんですかねえ…」

「いいに決まっているでしょうが…。僕が、そう望んだんです」

 ぎゅ、ほんの少しだけ私を抱く力が強まる。

「僕こそ、あなたに甘え過ぎていませんか」

「いいえ。というか、私が世話を焼きたいだけなので甘んじて受け止めてくれた方が嬉しいです」

「そうですか…。せいぜい駄目人間にならないよう気をつける事にしましょう」

「ふふ、駄目人間…」


 駄目人間になりそうなのはこちらの方だ。このままでは、この屋敷にある蜂蜜全てを彼の皿やカップに注いでしまいそうである。

 彼の胸の辺りに顔を擦り付け、その温もりと匂いを堪能する。焚き火の近くにいたせいだろう。着替えてもなお、体に煤っぽいにおいが残っている。


「…私ね、多分、焦っていたんです」

「焦る? ミカが?」

「そうです。いくら気持ちを強く持とうと、私が異質で、不安定な存在である事は変わりません。だからこそ、ザコルが私に気持ちを向けてくれているうちに、できるだけの事をしておきたかった」

「だから、僕が気持ちを向けない日など来ないと…」


「そうでしたね、大丈夫、今はそう信じていますよ。でも、私はね、覚悟もしていました。あなたもやがて、私の前から去ってしまう日が来るって。その時になって後悔がないよう、私からあげられるものはなるべく渡しておきたかった。と言っても魔力と魔法効果くらいしかありませんが、私があなたのために生きた証拠を、あなたの中に残してやりたかったんです。…人の魔力に影響を及ぼすのをあんなに怖がったくせに、虫のいい話ですよね」


「ミカ…」


「それから、あなたからもらえるものは全部もらいたかった。愛も、殺気も、体温を分け合った記憶も…。その記憶さえあれば、たとえザコルが離れていったとしても、たとえ日本やどこか違う異世界に飛ばされたとしても、私、何とか壊れないでいられるんじゃないかって」


 ぎゅう、力一杯ザコルを抱き締める。体の震えを誤魔化すように。


「…ごめん、ごめんね、私のエゴで…あなたの気持ちを置き去りにした。検証なんて、きっとただの言い訳でしかないの。あなたと触れ合った記憶が欲しかっただけなの。ずっと、ずっと忘れないでいて欲しかっただけなの…!」


「ミカ……」

 ザコルはどう返したものかと迷っているのだろう。私の背中を小さくさすり続けている。


「…私が、というか、渡り人がどのような存在なのか、どのようにして喚ばれ、どうすれば帰れるのか、この冬の間に多くの事は判ってしまうでしょう。そうしたら、これまでの関係でいられないかもって、思ってしまって…。ここには渡り人召喚の事を調べに来たのに。やっぱり、全然冷静じゃなかったんですよね…」


 ザコルへの気持ちを自覚して、それが深まる度に、好きになる度に、自分を知るのが怖くなって…。いっそ、全て知ってしまう前にと焦って…。


 災害からの復旧という火急の用がある内は、調査を後回しにしてそちらに没頭していれば良かった。カリューやシータイの人々の力になりたかったのはもちろん本心だし、自分の中でも調査を後回しにする理由として納得もできた。

 山の民や同志達の協力、治癒の力の発覚、領民達の強靱さ、テイラーとジークからの支援、あらゆる幸運が重なって事態はどんどんといい方へ向かっている。まだまだできることはあるが、恐らく、これからは調査にも着手する余裕が出てきてしまうだろう。


「ミカ、知りたくないのなら」

 私は顔を彼の胸に埋めたまま横に振る。


「いえ、知らなくてはいけません。ザコルも以前、知った上で選んでほしいと言ってくれたでしょう。…今のは、懺悔です。浅ましくて、はしたなくて、無責任な、そんな私を知ってほしかった」


 私は腕の力を緩め、ザコルの顔を見上げた。


「…でも、もう迷いません。私は私という存在をしっかり調べ上げて、この世界で、あなたの側に在り続けられるよう向き合います。ザコルが望んでくれるからというだけでなく、私の意志として、とことんあなたの隣にこだわってやりますよ」


「…………」



 ザコルはしばらく無言で私の顔を見つめてていた。ランプの灯りがそんな彼の顔をゆらゆらと照らす。その内、その目がふっと伏せられたので不安になり、我慢しきれずに口を開いてしまった。


「…あの…嫌、ですか?」

 はあ…。黙っていたザコルは脱力するように息を吐き出した。

「嫌なわけないだろ……。ミカはどうしてそう…」

「呆れましたか?」

「呆れてなどいません。僕がどんなに単純で幼稚な悩みしか抱いていないか、ただただ思い知らされて…」


 はああ…。ますます溜め息をつかれる。そんな高尚な悩みの話なんてしていなかったはずだが。


「私の悩みだって単純で幼稚ですよ。要はザコルの体に私を刻み込んで忘れないようにしてやりたかったって話ですからね」

「過激な表現は慎めと言った。何度でも言うが僕を煽るのはやめろ!」

「ふふ、そうですね、もう焦るのはやめたので意地悪するのもやめます。ザコルはどうあっても私と一生いてくれるつもりのようですし、のんびりやればいいかなって」

「ええ。ぜひそうしてください」


 ベッドから腰を浮かそうとしたザコルの腕を捕まえる。


「じゃあ、このまま一緒のお布団で寝ましょう」

「話を聴いていたか!? 何が『じゃあ』だ!! 煽るの意味が解らないのか!?」


 ザコルが目を見開いて私を軽く振り払おうとする。意地でも離さん。


「いえ、これは煽っている訳じゃないです。今朝は一緒に寝たらお互い安眠できてたじゃないですか。もう一度試してみましょうよ。私、いい加減にしっかり寝たいんですよねえ。ああ、心神喪失させてくれるというなら受けて立ちますが?」

「やりません!! やったらきっちりやり返すつもりのくせに!!」

「よく分かりましたね」


 首を伸ばし、頬に口を近づけたらサッと手で止められた。


「口以外の場所ならしてもいいんですよね」


 目の前に来た手の平に口元を寄せればサッと手を引っ込められる。

 そして再び頬や首筋を狙おうとしたら私を腕にくっつけたまま後ずさられた。


「逃げないんじゃなかったんでしたっけ」

「分かった、分かったから! ほら、布団に入れ! …い、言っておくが、ミカが寝たら勝手に出るからな!!」

「はへへえ…」

「相変わらず変な笑い方しやがって…」


 もそもそ、布団の中に移動し、少しめくって両手を広げる。


「私が腕枕してあげましょうか。ほら、おいで」

「うるさい。僕は筋肉が多い分、人より重いんだ。腕が痺れるか最悪潰れて使い物にならなくなるぞ」

「頭乗せたくらいじゃ流石に潰れませんよ。それにどうせすぐに治ります」

「ふん。魔法なんて、神の気まぐれのような力をアテにし過ぎると痛い目を見ますよ」

「確かに。じゃあ、ザコルも私を締め上げないよう気をつけてください。私はよくても周りが心配しますので」

「………………はい。それはその通りです。何度も何度も、本当にすみません…」


 ザコルは苦々しい顔のまま脚をベッドに上げたが布団には入らず、片腕を自分の頭にかけ、私の方に身体を向けつつ横になった。涅槃ポーズだ。そうしてもう片方の手で布団を私の肩口まで引き上げ、その上からぽんぽんと叩く。


 いや、子供の寝かしつけじゃないんだから…。


「腕枕してほしいな…」

「上目遣いで僕を見るのもやめろ」

「やめろばっかですねえ。ザコルは好きにするくせに、ずるいじゃないですか」

 うぐ…。ザコルが言葉に詰まる。

 いい加減ねちっこいと思われただろうか。でも、ここで引きたくなかった。

「ザコルが一緒に寝てくれないなら寝ませんから」

「またそんな事を…」


 困らせているのは分かっているが、今朝味わった温もりが恋しくて切ない。

 自分が、こんなに我が儘になれる人間だったとは初めて知った。


「本当に、安心して眠れたんです…………おねがい…」

「…………」


 ふうう、ザコルは自分を落ち着かせるように深呼吸し、意を決したように布団をめくって身体を滑り込ませる。そして布団の中でぎこちなく私を胸に寄せ、トントンと背中を叩いた。


「あなたが眠るまでですよ。ですから、そんな不安そうにしないでください」

「…ありがとう、ザコル」


 温もりに体を委ね、私は目を閉じる。いつ意識を手放したのかは覚えていない。



つづく

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