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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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戦勝の祭り③ そんな日、来ないよ!

 ふぁっ、ふぁっ。


 山の民長老、チベトの笑い声が聴こえる。完全に詰んだかと脂汗をかいて俯いていた私は、顔を上げた。


「お嬢ちゃん、随分と担ぎ上げらたもんだね。このラーマの思う壺じゃないか。ふぁっ、ふぁっ」

「チ、チベト様…!」


 チベトの言葉に慌てるラーマ。

 だがチベトの方が地位も発言権も上なのだろう。それ以上は止める事もできずに黙る。


「ラーマよ。あの娘が稀に見る美しい魂の持ち主で、皆の心の支えであった事は真実さ。心の底から皆の無事を祈ってくれた事だってねえ。私らが山神様の祝福の恩恵に授かった事も、あの娘が得難い奇跡の持ち主である事もねえ」


 ラーマが僅かに目を見開く。どういう事だ、私が持つ得難い奇跡って何だ。

 氷結と湯沸かしの事か、異世界の知識の事か。それとも……。

 もしやラーマや長老は、私の力の全容を知っている…?


「…だがね、神の代弁者などという大層な肩書を負わせ、この地に縛り付ける事が、世話になったあの娘のためになるとは私ゃどうしても思えないのでね。一言でも、二言でも言わせてもらいたいのさ。この老いぼれはこう思っているんだよ。あの娘にゃ、ずっとか楽しく、自由にやっていてほしい。その方がきっとこの世はより面白くなるに決まってんのさ」


 チベトは皆にも聴こえる声で、ラーマを相手に諭すように話す。



「長老には何やら、日頃ミカがよくタイタに言っているような事を言われていますね」

 ザコルが私にハンカチを差し出しつつ、こそっと話しかけてくる。

 確かにそうかもしれない。もっと自由にやって世の中を面白くしてほしいとか、まんま私がタイタに願っている事だ。

「タイタは私の憧れですから」

「な、何をおっしゃっているのですか!? 憧れなどと」

 私だって、好きを極めて秘密結社くらい作り上げちゃうような人生を送ってみたい。世の中を変えちゃうくらいの強い想いで突っ走ってみたい。どうやら、私はタイタに自分の願望を重ねていたようだ。


「し、しかし! お一人では抱えきれぬものを、力を、奇跡をお持ちであるのは明らかです! 今後も我々の手でミカ様の安全をお護りするためには…」

「おや、もう認めておしまいかい?」

 ラーマとチベトのやり取りは続いている。


「…っ、チベト様…っ。い、いえ、私には、ミカ様をこの地に縛り付けようなどという意志はございません。ミカ様が類い稀なる叡智を持ち、神々の祝福を受けてこの世界に降り立たれた事は事実でございましょう。我々もひと柱の神の僕としてその御身を尊び、それ相応の椅子をご用意するのが礼儀というもの。そして既にかの方の功績と起こされた奇跡は、その地位に推して余りある! ミカ様にはただお好きな時にその椅子をご利用いただくだけでいいのです。我々はただお受けしたご恩に報いるため、今まで通りに御身を陰ながらお護りするのみ。ただ、それだけでございますから」


 壇の脇にいる人々を伺う。この件に堂々意見できそうな面子、イーリアとアメリアはこの二人のやりとりを静観している。いや、私の出方を伺っているのか、それとも動けないのか…。


 ざわざわ、ざわざわ。

 群衆の中にも勘ぐる人が出てきた。奇跡って魔法のことだよな? と隣に確認する人も出始めている。


 どうやら、ラーマは私に山神教? の高い地位を与える事が恩返しの一つであり、私の奇跡の力? のために身を護るためにも必要だと考えているようだ。事実、この領は山の神への信仰心に篤い者が多いのだろう。

 ならば、山神教の役職めいたものを持たせれば、このサカシータ領内ではより一層手厚く遇されるのだろうし、それこそ山神教総本山? から派遣された山の民が堂々と身辺を固め続ける理由にもなるはずだ。今の所、彼らは『善意』で護衛してくれているのに過ぎず、そこに義務や強制はない。

 長老チベトの方は、私にそうした地位、もしくは責務を負わさず、ある程度自由のきく身で好きにやらせた方が面白い結果になるだろうと言っている。彼女ならば、私が明日王宮に殴り込みに行くなどと言っても止めないだろう。


「僕が抗議に出ますか」

「なら俺らも」

「待って、ここで護衛が脅しに行ったりしたら、何か人に言えない『奇跡』を持ってるって認めたようなものでしょ」

「まあ…」

 ザコルも承知の上で言ったようだ。イーリアとアメリアも同じ理由で動けずにいるかもしれない。


「…うーん。ラーマさんも長老様も、私への期待値が高すぎやしないですかねえ…。ラーマさんは私がそんな地位にふさわしい振る舞いをし続けられると思ってるんでしょうか。長老様に至っては、私が本当に世界を面白くしちゃえるとでも…?」

「俺は長老派すねえ。ミカさんはこれから世の中を面白くする人なんだ。俺としちゃ、いつまでも同じ場所でジッと受け身でいるようなミカさんは、ちょーっと『解釈違い』ってやつなんすよねえ」

「受け身、それは確かに解釈違いだ。ミカ殿は周りに流されているように見せて、その実、全てを転がしているようなお方だ!」

「いや、どんな印象よ。そんな腹黒キャラになった覚えはないんだけど…?」


 タイタから見た私の印象に若干のショックを受けつつ、この場をどう切り抜けたもんかなと思案する。


「そうですねえ…………ふむ。ちょっとだけ、私を信じて見守ってくれますか。とりあえず、山神様の起こす奇跡? と、私の事は分けて考えていただきたいので」

「そうですか。そう言うのならばミカに任せましょう」

「俺も止めませんよお。まあ、本気で山神様の巫女やるっつうんなら応援しますけどねえ」

「そ、その際は荘厳な教会をここに打ち立てましょう! 同志に優秀な設計者が…」

「あはは、巫女はやらないから安心して」


 私は立ち上がる。ザコルの後ろから出て足を一歩踏み出すと、それに気づいた人々がサッと道を開ける。ザコルと護衛騎士の二人は私の後をついて歩いてくる。そうして、私はりんご箱でできた壇の前で立ち止まった。


 ラーマは少し焦ったような顔で私を見下ろし、チベトはにっこりと微笑んだ。


「上がっておいで、お嬢ちゃん」

「はい。では遠慮なく」

 チベトの言葉に甘え、私は壇上へと足を掛けた。





「ええと、まず紛らわしい物言いをした事を謝ります。私はあくまで、教会の女神様に藁をも縋る気持ちで皆さんの無事を祈りましたが、別に山神様のお声を聴いた訳でも、山神様と知ってお祈りした訳でもありません」


 ざわざわ…。


「知っての通り、私はこの世界に来てまだ一年も経っておりませんので、テイラー邸の蔵書に載っている事と、人から聞いた事以外はほとんど知らないのです。山神様の存在を知ったのも数日前ならば、教会の女神様が山神様と同じお方と知ったのはついさっき。どうして碌に存じ上げない神に祈ったかといえば、それは、皆さんのお信じになる神様だと思ったからです。例えば私が自分の世界の神に祈ったって、異世界は管轄外かもしれないでしょう?」


 ざわざわ…。


 暗に、山神様への信仰心はまだ私の中に育っていないと表現したつもりだが、伝わっただろうか。

 私がツルギの山神に真剣に感謝している事は事実だが、あくまでも自分の神としてではない。あくまで、お世話になった領民達を守ってくれたことに対しての感謝なのだ。


「それから先程、私に何か類い稀なる力や奇跡? があると長老様がおっしゃった件ですが、長老様は、私の氷結魔法や湯沸かしの魔法についておっしゃっているのではないんでしょう。一つだけ心当たりがあります。ですが、神の声を聴くといった超常的な力ではありませんので、今からご説明させていただきましょう」


 カチャ…ほんの僅かにイーリアの剣が物音を立てる。動揺させてしまったかもしれない。イーリアとアメリアの方に視線をやる。大丈夫という風に頷いて見せると、二人も小さく頷いた。


「皆さん、私が魔法士なのはご存知ですよね。それも膨大な魔力を有している、というのは何となくお判りかと思います。最近、魔力の診断ができる能力者の方には『魔力が器に収まりきらず、魔力を周囲に溢れさせている事がある』とも言われました。そうして溢れた魔力は、どうやら周りにも影響を与えているようなんですよ」


 ざわ、ざわざわざわ…。まあ、こんな言い方されたら皆も動揺するよな…。


「結果だけ言えば、漏れ出た魔力に当たると、ちょっとした滋養強壮薬くらいの効果があるようなんです。この屋敷の怪我人の皆さんが妙に元気なのもそのせいかと」


 ぷっ、くすくす…

 ざわめきの中に、可笑しそうな声が混じる。頭上にある二階の窓からは照れ笑いのような声もする。


「昨日は、私がやたらに大泣きしていた所を見た人もいるでしょう。あれは完全に魔力が溢れていましたね…。厄介な事に、魔力が溢れるほど貯まると魔力酔いのような症状が出て、てきめんに体調不良、情緒不安定になってしまうんです」


 そういやよく泣いてんなあ、と呑気な声が上がる。


「水害直後はまだ魔法士という事を周囲に明かしておりませんでしたから、どうやってこっそり魔力を消費しようかと頭を悩ませておりました。恐らく、救護所や集会所にいらした方の中には『元気』を受け取ってしまった方も多いでしょうね。当時はこの現象に関して完全に無自覚、無意識でしたので。…そうして魔力量がとうとう限界に達した私は明朝、ザコル様が無事戻ってきたのをきっかけに、みっともないくらいに大泣きしてしまいました」


 ふふっ…

 今笑ったのは、救護所で一緒に夜を明かしてくれた山の民の女性、それと救護所の二階にいた若い母親か。今日彼女は赤ん坊を抱いてここにいる。赤ん坊はグズる様子もなく、ただ周りをキョロキョロと興味深そうに眺めている。


「そういう訳で、この町で、何となく怪我が早く良くなったように感じる方が多いのは、私が頻繁に屋敷や集会所、救護所を出入りしていたせいかなとも思うのです。そういう事を言いたいのでしょう、おばあちゃん」


 長老チベトは黙ってにっこりと私を見上げる。


「つまり、私は屯留する期間が長い程、皆に恩返しができるという事です。歩く滋養強壮薬としてね」


 ざわざわざわざわ…!

 民衆が議論を始める。そして、一つの結論に辿り着く。


「そ、それってぇと、ミカ様をこの地に縛り付ける理由ってのぁ…」

「ミカ様のためなんかじゃねえだろ、明らかに…」

「ラ、ラーマ! 見損なったぞてめえ!」


 わっ、皆が怒鳴りだす。私は壇のすぐ横で待機するザコルに目配せをする。


「静粛に」

 彼の威圧がビインと庭の隅々まで行き渡り、皆がビタッと動きを止める。


「まだミカの話は終わっていません。最後まで聴くように」

「ありがとうございます、ザコル」


 チラ、と壇の隅の方に立つラーマを見る。

 何気ない表情のようだが、よく見れば首筋や額を汗で濡らしている。


「少々、語弊のある言い方をしてしまいましたね。すみません。どうして山の民が私の身を案じているかについて、私の見解をお話ししましょう。私が歩く滋養強壮薬なのはあくまでも魔力が多すぎるせいなのですが、見ようによってはある能力があると疑えるんです。どうやら、その能力があると思われてしまうと、身柄を狙われまくるようなんですよ。今以上にね」


「な、何だその能力ってのぁ…」

 野次三人衆の一人がゴクリと喉を鳴らす。


「我がテイラー家の祖、かの聖女がお宿しになった力ですわ。そうですわね、ミカお姉様」

 鈴を転がすような声が響く。壇の近くに用意された椅子を見れば、その場で堂々と立ち上がる美少女の姿があった。


「我が家としては、ミカお姉様が我が祖先と同じ能力を宿されるのならば大変に喜ばしい事ですが、あくまでもお姉様は水温を操る魔法士様。決して『そうではない』というのに、邪な野望を持った輩共に追い回されてはお姉様がお気の毒ですわ」


 ほう、アメリアが片手を頬に当てて小さな溜め息をつく。右肩に乗るのは、金色のおさげ。早速侍女に言って私の髪型とお揃いにしてもらったらしい。


 民衆は再びざわめきだす。テイラー家の祖、聖女エレノア・テイラーのエピソードはこの国でよく知られた話のはずだ。

 今の話を理解した者達はまだピンと来ていない者に耳打ちする。明らかに顔色を悪くする者もいる。いわゆる治癒の能力者が、欲深い権力者達から目をつけられるとどのような仕打ちに遭うのか。人々の反応を見るに、私が考えるよりも遥かに酷い展開が待っているのかもしれない。


「ラーマさんは恐らく、私の力の危うさをよくご理解なさっているんです。ラーマさんは、私の安全を強化すると共に、この現象を神に預けてくださろうとしましたね。私の周りで起きる小さな奇跡を、全て私の意を汲んだ神の所業としてくださる気でいたのでしょう。邪な野望を持った輩共に勘繰られにくいようにね」


 つまり、私の起こす『奇跡』を全て神が起こしたことにし、私はその恩恵を神に代わって皆に伝える者、つまり巫女や代弁者として護ろうという話である。

 今私が話した事は真実ではなく、ラーマの思惑はもっと別の所にあるのかもしれない。

 だが、私は彼を完全な悪者にしたくはなかった。


「ラーマさんは精一杯、私自身を悪意から遠ざけるために考えて行動してくださったのかと。それは決して、多少疲れが和らいだり、少々怪我の治りをよくするくらいの恩恵を期待しての事ではないと思います。そんな微妙な効能を私が発揮しなくとも、この領の方々は皆並外れてお強い。それはラーマさんだってよく解っていらっしゃるはずですから」


「び、微妙とか言うなやミカ様ー!! あんたが言った事、俺ぁ全部信じるぞ! 水害があって、一時は睡眠も食べもんも足りてねえような状況だったのに、不思議とこれまでの人生で最高に体が動いた気がすんだよ! 特にこの十日間はな! 朝っぱらから剣振って、仕事に精出して、避難民達の世話の手伝いして、子供らとも遊んでやって、その上井戸水の組み上げを何杯やったってちっとも疲れねえんだよ! はは、もういい歳だってのによう!」


 照れたように笑うのは、よく遊んだ子供達の父親の一人だ。


「俺も何となく分かんぜ! 戦が始まってこりゃ徹夜だ、なんてほんのちょびっとだけ思ってたらよう、もう、気づいたら朝だったんだ。そのまま死体を何十体も片付けて、ミカ様が屋敷で風呂沸かしてるなんていうからその足で風呂入りに来てよう…そう、今日寝てねえんだよ。なのに全ッ然、疲れてねえんだ…!」


 …それ、ただ非常時でアドレナリン放出されてるってだけじゃ…?


「あの、今日の会が終わったらちゃんと休んでくださいね? いくら何でも完徹や二徹をチャラにできる程の効能はないと思いますから」

 平気だ平気ー!! と男達が笑う。そのままあちこちで『俺寝てねえ』合戦が始まった。…ここは繁忙期のブラック企業か?


「はいはい、寝てないアピールは一旦やめで! いいですか! 寝てくださいね! 人間、休まないだけでも死ねますから!! せっかく死者ゼロなのに過労で、とか絶対やめてくださいよ!? もう一度言いますけど! 人間、休まないだけでも死ねますからね!!」


 はあーい、と元気なお返事が返ってくる。


「ミカさんが言うと説得力があるようなねえような…」

「十五連勤、でしたかね…。僕も完全に寝ないで済むのは精々が十日程です」

 壇の横に『俺寝てねえ』選手権ぶっちぎりの優勝候補者が…。


「はいそこおかしい、私は十五連勤しててもちょっとは寝てましたからね!? 翼を授ける系ドリンクには散々お世話になりましたけど…」

「翼…? 何すかその、やべー感じの語感。それ、まさか実際に翼が生えるわけじゃねえんだろ。おかしな薬に頼ってまで仕事してたんじゃねえだろな姉貴!」

「やだなあ、ちょっと効き目の強い滋養強壮薬だよ。うちの国はそういう薬への規制は厳しい方だからねえ」

 実際、薬という程の代物ではない。飲む度にちょっとずつ寿命が削られている感じはするが。



「そんな訳ですからね、ラーマさんは神官という立場を利用して、上手に私を護ろうとしてくださったんでしょう。これ以上狙われたら流石に困りますから、皆さんも外ではこの話をしないようにしてくださいねー!!」


 あったり前だろミカ様ー! 俺らに元気分けてくれてありがとなぁー!! 皆が笑顔で私に応じてくれる。

 私としては、よもやこんな大人数に話して隠し通せるなどと思っていない。治癒の能力はまだ隠し続けれられるとしても、魔力が多すぎて人々に恩恵をもたらす存在だという事は徐々にでも広まってしまうだろう。


「ミカ様、我々は…!」

「ラーマさん、せっかく隠したまま護ってくださろうとしたのに、自分から話してしまって申し訳ありません。ですが、巫女だとか代弁者だとか、いくら何でも私がそんな大それた役職をいただくわけにはいきませんので」


 物言いたげなラーマを遮り、先に釘を刺しにいく。


「これまでの善意による護衛、本当にありがとうございます。いくら私が強がった所で、しばらくこの領のお世話になる以上、これからも領民の皆さんや、山の民の皆さんのお力を頼りにせざるを得ない、それは重々承知の上です。ですから、この水害を共に乗り切った『戦友』の一人として改めてお願いさせていただけませんか。山の民の皆さんがザコル様や私に借りを返せたと思うその日まで、どうか、この領への滞在に協力を…」




「そんな日、来ないよ!!」




 甲高い少年の声が檀下から響く。


「借りを返せたと思う日なんて、そんな日は絶対に来ないよ!! 俺、俺ぇ、お二人に命を救ってもらった事、家族を救ってもらった事、一生、一生忘れないからあ…!!」

「シリルくん」

 民族衣装姿の少年は壇に飛び乗り、私とラーマの間に入る。


「ごめんね、ごめんねお姉さん。お姉さんをどうにか山の民の仲間にしてやれないかって、俺が、俺がラーマに言ったんだ…!」

「シリルくんが言った!?」

「お姉さん…ミカ様、チッカの市場で俺に言ったでしょ。黒髪だから、俺らと同じ服を着ればきっと悪者に見つからないんだって。だから服を選んで欲しいって…!」


 言った。確かに言った。

 屋台で積み上げられた古着の品数が多すぎて決め手が迷子になり、警戒していた男の子を懐柔しがてら、コーデの参考にしたくて言った。変装用に買いたいというのも半分は本当だったし、それくらいのドキドキ感があった方が子供達も楽しく選べるだろうと思って言った。


「俺らを警戒させないように、楽しませたくて言ってくれたのは俺だって解ってるよ! でも、ミカ様ホントに狙われてんじゃん!! こんなに狙われてるとか聞いてないよ!! 刺されそうになったり、魔獣が来たり、誘拐されたり、曲者がいっぱい押し寄せたり…! ザコル様がいたら平気だって言ってたけど、俺にもできる事があるならしてあげたかった。俺らの仲間になってくれたら、山神様とおんなじくらい偉くなってくれたら、俺らも、他の集落の奴も、山周辺の領の人達も、みんなでミカ様を守ってあげられるんだよ…!!」


「シリル、あなたそんな事をラーマに頼んで…!」


 シリルとリラの母親が壇下に駆けつける。リラとその祖母も人混みをかき分けてやってきた。

 私は思わずシリルを庇う。


「待って、シリルくんにそんな決断をさせたとすれば私の責任ですから! この子には、私がもし突然消えてもザコル様がいれば大丈夫だから、不安になる人がいたらそう伝えてあげてとお願いしました! 私がこの子に背負わせて…」


「違う! 俺、あんな風に頼ってもらえて嬉しかったよ! 俺でもミカ様とザコル様の力になれるんだって本当に嬉しかった…! 山の民の仲間にって考えたのは、俺だけで考えた事だよ!」


「シリル! あなた自分の立場が分かっているの! あなたの意向は次代の山の民の意向となるのよ! ラーマ達神官に命を下す前に相談しろとあれ程…!!」


 シリルを庇う私を挟んだまま、母親は彼を責め立てようと壇に近寄る。

 私達の前にサッと出てきたのはラーマだった。


「カオル、シリルを責めないでいただきたく、我らが動いたのは何もシリルのためだけでは」

「あなた達はうちのシリルをどれだけ甘やかせば気が済むのです!! 信託で決まったか何か知りませんが、この子をきちんと育てられないのであれば、私は子供を連れてすぐにでも山を出ますから!!」

「そ、そんな! シリルは我らの大事な神子、ご母堂と言えどそんな勝手が許されるとでも」

「母だからこそ子の将来を案じて何が悪いのです!」


 ラーマと、子供達の母親カオルが言い争いを始める。

 他の女衆まで集まってきて、ラーマは壇上から引きずり降ろされ、シリルを甘やかしているらしい男衆と、母親の味方をする女衆で完全なる睨み合いに発展してしまった。

 そんな様子を横目に、長老チベトは相変わらず飄々とした様子で壇上に居座っている。シリルは飛び出してきたものの身の振り方が分からなくなったようで、私と長老の顔を不安そうに伺っている。



「…うーん、山の民の組織図をよく知らないのであちらの議論には何も言えないんですけど…。で、シリルくんは、私が巫女とかそういうのは荷が重いと思ってる事、解ってくれたんだね?」

「う、うん、本当にごめんね…。そんなに嫌だったなんて。もしかして言いたくない事まで…俺のせいで…」

 私は慌てて首を横に振る。

「ううん、別に嫌とかじゃないんだよ。仲間にと言ってくれた事は嬉しかったし、私がちゃんとした山神様の信者だったなら素直に喜べたと思う。ねえ、シリルくん。こうして皆の命をお守りくださったのは間違いなく山神様、長い間この土地を見守ってきた彼女のご意向でしょう?」


 単なるラッキーだとか、実は他に何か合理的な要因があるに違いないとかそういう野暮な事は横に置いておきたい。

 大規模な水害や戦があって味方の死者がゼロだなんて、それが神の思し召しでなくて何だというのか。


「私はね、水害や戦を目の前にして、私と同じ願いを掛けた方は他に何人もいるんじゃないかと思うんだよね」

 私がわざと聴衆に聴こえるように話すと、心当たりのあるらしい民が顔を見合わせる。


「普段から山神様を大事になさっているみんなが祈った。だからこそ山神様は信者の皆さんのお味方をしてくださったんだと思うの。それをこんな、通りすがりの変な女一人のお陰だなんて言っちゃあ、示しがつかないってもんだよ」


 シリルは、私の言葉を噛み砕けるまで考え込んでいた。十歳そこそこの子には難しい言い方だったかもしれない。言葉の意味についていくつか私に質問をするので、それにはなるべく丁寧に答えた。最後にシリルはふむ、と頷き顔をしっかりと上げた。

 私の言葉を、正しく理解してくれたようだった。


「解ってくれてありがとうシリルくん。そんなにわか信者の私だけれど、感謝を忘れるような日はきっと来ない。山の民が私の身辺を護ってくれた事、そしてお世話になった人達を山神様が一人残らず救ってくれた事、一生忘れないからね」


 私は涙目で頷くシリルと固く両手握手を交わす。


 ラーマが私の能力を知って手を回したかなどと、勘繰り過ぎだったかもしれない。いや、でも長老は私の力とやらを知っている様子だったし、ラーマも思い当たる節がありそうだった。きっかけはシリルの願いを叶えるためだったかもしれないが、ラーマに何らかの思惑がなかったとは言い切れない。私の能力に関する情報が漏れたとして、それは一体どこから…?


 山の民は町はずれの空き家を数軒借り、ほぼ自活に近い避難生活をしていたと聞いている。空き家は彼らに手入れされたおかげで前よりも綺麗になったそうだ。日々彼らのお世話にはなっていたが、彼らとぶっちゃけた長話をする機会なんてほとんどなかった。頻繁に話していたのはリラくらいのものだ。


 一人だけ疑わしい人物が思い浮かぶ。というか、思い当たる中ではあの人しかいない。


「そっかぁ…」

「どうしたの? ミカ様」

「ううん、何でもないよ。さあこの場所、次は誰に…」


 シリルの手を離し、壇の周りに目を向けてギョッとする。滂沱の涙を流している者があちらこちらにいる。それにはうちのエビーやハコネも含まれた。同志村の女子達やカファは言わずもがなだ。


「ボーズぅ…お前ぇぇ、ミカさんのために精一杯考えてくれたんだなああ…!」

「少年、俺は感動した…ッ!!」

「子供とおばあちゃんが出てくるの反則ですぅ…!!」

 最後のセリフはおかしい気もするが、皆シリルの行動に心打たれて泣いているらしかった。


「山の民がミカ様を私欲で囲おうとしてるんだとか疑って悪かったなあ…」

「ミカ様もホントにいい子だよなあ…。俺らと、俺らの山神様への気持ちをこんなに大事にしてくださってたんだ…」

「わざわざご自分の秘密を明かされたのだって、角を立てずに断ってくださろうとしたんだろ…」


「ちょいちょいちょい!! そこ!! また過大評価しないでください!! 私が勝手に勘繰っただけなので!! うっかり言っちゃいましたけど、絶対秘密にしといてくださいよねー!!」


 そう言って拳を振ってみせると、分かった分かったと皆が笑って言った。



つづく

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