表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/574

戦勝の祭り② この変態無頓着めが!

 私達は長老の前を辞し、湯の張り替えのために入浴用テントの天幕を開けてもらっていた。

 町長屋敷の庭は小さな祭会場のように賑わっているが、戦の後始末でついた汚れを落とすため、入浴に訪れる人もまだまだ減っていなかった。


 私は聞かされていなかったものの、今宵この庭で『戦勝記念&山の民のお別れパーティ』が催されるのはきちんと告知までされていたようで、参加者はどんどん増えてきている。


「ホッター殿、貴殿、引きが強いな…?」

 ザコルが大樽をひっくり返して湯船に水を注ぐ様子を見ながら、ハコネが呟くように言った。


「本当にそうですよねえ、まさか、あの市場で会った子供達やおばあちゃんにここまでお世話になるとは思っていませんでしたよ。彼らが荷馬車で避難民を運び、古着や布を提供し、一緒に避難民の世話までしてくれていなければ、水害の支援は半分も立ち行かなかったと思いますからねえ…。どこでどんなご縁に恵まれるか分かりませんよね」

「いや、水害支援のための引きという意味合いではないのだが…。ザコル殿、チッカで山の民に引き合わせたのは敢えてか?」

「まさか。単にミカがあの衣装に興味があると言ったからです。この無頓着が着てみたいなどと言うのは珍しいと思ったので」

「突然の悪口!! 何なんですか、灰黒の謎服で草食みながら都会暮らししてた変態級の無頓着様にだけは言われたくないんですけど!?」

「よく口が回りますね…。その灰黒の作業着姿に一目惚れしたなどと、訳の分からない事を言った変態はそっちでしょうが。全く信じられない…」

「ふーん、それ、まだ嘘だと疑ってるんですね? よし、ドーシャさーん!!」

「は、ドーシャ…?」


 シュバ、シュタッ、シュタタタ…


「お呼びでございましょうかミカ様!」

 頭や肩に葉っぱを付けたドーシャが一瞬で駆けつけてザッと跪く。

「ザコルが灰黒の謎服を着てもっさり頭だった頃の魅力について少々語ってやりたいのですが、ご一緒にいかがでしょう」

 カッ!! とドーシャの目が見開く。

「ええもちろんですとも! よくぞ私めにお声掛けくださいました!! 一晩でも二晩でも語り尽くしましょうぞ!!」

「よーし…」

「やめろ! こっちを見るな!! 聴きたくない!!」


 ザコルが大樽を放り出して耳を押さえ、タイタの後ろに隠れようとして思い直したか、ハコネの後ろにシュッと引っ込んだ。


「水臭いではありませんかミカ殿。俺もそのお姿の魅力については一週間でも一ヶ月でも語る事がございますのに」

「じゃあ、タイタも入って。さあ、皆さんもご一緒に!」


 遠くでシュバ、シュタッ、シュタタタ…という音が次々に聴こえる。同志九人にマネジとタイタを加えた総勢十一人の男達が私の後ろに勢揃いし、一斉に目を光らせる。

 何故かそれと正面から相対する事になってしまったハコネがゴクリと喉を鳴らす。


「全員、猟犬ファンの集いの方々か…。おいザコル殿、どなたも相当な手練れだろう、何故今まで隠れていた!?」

「僕にも解りません!」

 ザコルが耳を押さえたまま叫ぶ。

 私はふと気になって後ろを振り返った。


「…いや、あそこの騎士団長さんの言う通りですよ…。皆さんどうしてまた隠れてるんですか? せっかくザコルとも普通に会話できるまでになったのに」


「いやあ、推しが自然に息をしている様子をただ見守りたく」

「今日のように膝枕などの現場を拝めるのならば、隠れていた方がメリットが大きいかと」

「正直供給が多過ぎて心臓が保ちませんぞ! いいぞもっとおやりくだされ! 草葉の陰から見届けまする!」

「か、かか壁に…なりたい…」


 推しがいる風景に自分を登場させたくないだけのオタク心理だったようだ。もしくは、単に隠れているのが性に合っているだけか。


「姐さんよう、これ、はたから見ると、姐さんが屈強な男共を下僕として従わせてるようにしか見えねえかんな?」

「え」


 ざわざわざわざわざわ…。

 久々に領民の方々が私達を遠巻きにしている…!


「ちょっ、この人達私の下僕じゃないから! ザコルの狂信者だからー!!」

「ははっ、それは知ってっけどよう」


 入浴用テントに並んでいた牧畜家のおじさま方から声が上がる。放牧場が怪獣大戦争のせいでボコボコになり嘆いていた二人だ。


「まあ、ミカ様もザコル様の狂信者にちげえねえからな。狂信者同士随分と仲良くなっちまって」

「ダボついた作業着姿でも惚れてくれるなんざ、ホント得難い嫁見つけたもんだぜ」

 ちげえねえちげえねえ。ガッハッハ。

「うんうん、ミカさんへの正しい認識が広まってて良かったすねえ」

「ま、まだ嫁じゃないよっ!!」

「照れてやんの。かーわいいー」

「うるさいエビー!」


 ドングリを闇雲に投げたが当たる訳もなく……しかし。

「…いでっ!! な、何だ!?」

「闇雲に投げた風に見せかけて一個だけ本気で当てにいってあげたよ!」


 上半身を狙ってポイポイと適当に投げたドングリで気を引き、一投だけ鋭く足元を狙ってやったのだ。


「くっそぉー…自ら人間離れしてくんじゃねえよ姉貴はああー! 投擲で軽率に俺を抜くんじゃねえし!」

 ドングリが命中した脛をさすりながら、恨みがましい目を送ってくるエビー。


「…おい、ザコル殿。あの娘は本当にだんせ…コホン。先程言ったような事に悩まされているのか? とてもそうは見えないのだが」

「…同志にしろ町民にしろ、僕に気を遣っているのか、自分からは絶対にミカに触れようとしないんです。ミカも躱すのが上手いですし。だから今までは特に問題が起きなかったと言いますか」

 コソコソ。ハコネとザコルが内緒話をしている。

「…なるほど。環境に恵まれたか…いいや、どうせ貴殿が独占心丸出しで威嚇でもしたのだろうが! 俺は騙されんぞ!!」

「騙されんぞも何も、僕の演技が下手だと言ったのはハコネでしょうが」

 結局大声を出したハコネにザコルが眉を寄せる。


「騎士団長殿! 猟犬様は我々には割と独占心を丸出してございますぞ!」

「ミカ様が我らの輪に加わるとすぐにでも取り戻しにいらっしゃいますので!」

「そのご様子もただただ我らの生きる糧」

「眼福眼福」

「うるさいぞお前達!! 明日は訓練を再開してやるから覚悟していろ!!」

「ひょおおお!! お待ち申し上げておりましたああ!!」

 同志達が奇声を上げて喜びに湧く。


「マネジ! とりあえずこれを!」

「えっ、こ、これは何で…ヒョワッ!? いいいいいいただけません!!」

 ザコルに何やら巾着を投げつけられたマネジが、その中身を見て悲鳴を上げ、首をブンブンと振り出した。

「いいえ受け取ってください。この短剣はもう僕のものです。この町の武器屋でもこれよりいいものは手に入りませんので」

「それにしても多過ぎます!! 見習い時代の習作にこんな額を頂いたと知れたら親父にぶっ飛ばされます!! どうか、どうかお収めを…!!」

「では、ここまでの出張費、滞在費として受け取ったと説明してください。それなら一枚追加しますから」

 ザコルはどこからともなく金貨を一枚取り出し、マネジが持つ巾着に無理矢理ねじ込んだ。

「ななななななんでもう一枚!? いいいい要りませぬ!! 要りませぬううう!!」

「うるさい。僕が真剣に頼むとまた心神喪失するぞ。黙って受け取れ」

「その俺様な言い様ッ!! 鬼軍曹ッ!! 既に失神寸前でございますからああああああ」

 ザコルが、涙目で巾着を返そうとするマネジを鬱陶しそうに押し退ける。


「よお、兄ちゃん、マネジさんっつったか、もしや武器職人か?」

 先程の牧畜家のおじさん達がマネジの肩を叩く。

「…はひ?」

「ザコル様が大金積む程の腕なんか。ザコル様、その短剣見せてくれよう」

「どうぞ」

 ザコルがマネジ作の短剣を鞘ごと腰から外し、町民のおじさんに差し出す。


「おおーっと…こりゃいけねえなあ…! どこが習作だ兄ちゃん! しっかり業物じゃねえか!」

「屋敷の方の死体はどれもすげえ切れ味のモンでヤられてんなとは思ってたが…」


 ゴクリ、短剣を鞘から抜いたおじさん達が喉を鳴らす。流石はサカシータ領、誰も彼も残らず戦闘民族だ。剣よりピッチフォークの方が似合いそうなこのおじさん達にさえ、あの装飾の一つもない短剣の価値が一目で判るらしい。確かによく切れそうではある。


「俺も一度くらいこんなん持ってみてえよ。おい工房はどこだ」

「ム、ムツ工房です…」

「ムツ工房!? あの客選ぶっつういわく付きの工房か!? 何でも、親方に認められねえ奴ぁいくら金詰んだって売っちゃくれねえんだろ」

「そうなんですか? 僕は普通に売ってもらえましたよ」

「ガハハ、国最強が売ってもらえねえんじゃ誰も買えねえだろよォ!」


 私は黙って自分の短刀の柄を見つめる。

 ザコルが『自分が持っている中で一番の業物』として私に持たせたものだ。

 …これ、素人に持たしちゃダメなやつじゃん…?


「猟犬様は親方も自慢のお得意様ですよ。『この工房はあの方が通われてんだ、あの方に恥じねえもん作りやがれ』って毎日毎日口癖のように怒鳴っておりますので…」

「ミツジが…そうですか。武器を壊し過ぎだと言っていませんでしたか。彼はいつも黙って僕の欲しいものの数を揃えて待っていてくれるのですが、頻繁に通い過ぎていい加減に呆れられているかと」

「あなた様は戦闘の場数も激しさも常人と違い過ぎますから。通われるペースでさえうちの工房では語り草です」


 ああ、そんなザコル御用達の工房の息子さんだからこそ、会長であるオリヴァーを始め、多くの同志達の信用を勝ち取って辺境エリア統括者に選ばれているのか。非常に納得だ。


「しかし安心しました。将来的にミツジが引退でもしたら僕は武器難民にでもなるかと危惧していましたが、君がいるのなら安心だ。ああ、この短剣と同じものを十振り欲しいと言いましたよね、前金を…」

「こここここれ以上僕に大金を持たせないでくださいますか!? どこから出てくるんです!?」

「エビーが、装備代は経費から出していいはずだと言うので…。少々重たいと思っていたので引き取ってくれませんか。僕には武器以外の使い道がないんです。最悪、飛礫にするくらいしか…」


 ガッとザコルの肩を掴む手。ハコネだ。


「金貨を飛礫にしようとするな!! やっと装備に経費を使う気になったのは喜ばしいが!! 今まで渡していた経費はどうした!? どうせまともに使っていないんだろう!? まさか投げてやしないだろうな!?」

「持ち切れなくなった分はいつもハコネの執務机の奥に突っ込んでいました。僕の部屋は大体が留守ですし」

「はあ!? 俺の机に!? 金庫でなく!? いつからだ!? 今頃莫大な額になっているんじゃないのか!? 誰かが手をつけていたらどうするつもりだ!?」

「はっ、金貨があんなズタボロの布に包まれているなんて誰も思いやしませんよ」

「こおおおおおの無頓着が!! ホッター殿に謝れこの変態無頓着めがああ!!」

「掴みかからないでくれますかハコネ」


 世話好き騎士団長がついにキレた。

 どうやら、私があの変態無頓着よりは無頓着じゃない事は証明されたようだ。

 そういえばあの変態無頓着、私の小遣いだとかいう大金も持ち歩いていたはずだが、一体何十枚、いや何百枚の金貨を持ち歩いているんだろうか。よく音がしないものだ……ギチギチに包むか編むかして体に巻きつけてでもいるのか?


 私は憤るハコネの服をちょいちょいと引っ張った。そして小声で話しかける。


「ハコネ兄さん、経費もそうでしょうが、私の小遣いとやらも恐らく減っていません」

「は? 貴殿の小遣いは、旅費や衣服代も兼ねているだろう?」

 コソコソ。


「旅費といっても、道中一番の出費だったのは恐らく深緑湖の宿代、しかも二日目はジーク伯が払ってくれてます。魔の森ではもちろん宿なんか使ってませんし、ウスイ峠の山小屋の宿代は知れているでしょう。その後の宿はエビーやタイタが押さえてましたし、お土産品や私の冬物なんかはそこの変態無頓着が何故か自分のお金で支払ってくれたようで…。私の小遣いと、経費と、自分のお金……あの変態無頓着が『少々重たい』なんて言うのは相当です。金は比重も高いですからね。なので、経費と小遣いだけでもハコネ兄さんが半分くらい引き取って代わりに管理するか、何か有意義な事にでも使ってやってもらえませんか? このまま変態無頓着に預けておいたとしても、きっと春までに半分も減らないと思いますから。そして最悪、飛礫に…」


「わ、わかった…。ホッター殿の言う通りにしよう。…すまない、先程から貴殿に礼を欠いた発言をした事を謝ろう。よくぞこの変態無頓着の相手をしながら無事旅してくれた。貴殿は何でもないように言っていたが、きっと苦労が耐えなかった事だろうな…。他にも気になる事があれば言ってくれ、俺で良ければすぐに対処しよう!」

「あはは、ありがとうございます。最近は何か私の良識とやらに従うつもりだそうなので、とりあえずは大丈夫ですよ」


 まあ、私が旅の道中でこの変態無頓着に本気で注意した事なんて、私の生活音、特に水回りの音を聴くなとか、馬上でイタズラするなとか、熊を獲ろうとするなとかせいぜいそんな事くらいだ。今思えば大した事ではなかった。


「二人とも、変態無頓着と何度も言い過ぎでは…?」

 ザコルはおじさん達から返された短剣を大事そうに装備し直している。


 その武器への情熱を幾らかでも服や食などに注げられたらいいのだろうが、そもそも私はこの無頓着さを愛してもいるので、このままでいて欲しいとも思う。



 おじさん達は湯の張り換わった風呂に揚々と入っていった。私達は女子風呂の方も手早く湯を張り換えつつ、庭に集まった人々に軽く挨拶して回る。

 マネジを含む同志達は、りんご箱職人のおじさま方に『腕相撲対決するから参加しろ』と言われて全員連れて行かれた。大樽を一つひっくり返しただけの会場に力自慢の領民がわらわらと集まっている。楽しそうだ。



「しかし、せっかく貴殿に用意された小遣いなのだぞ。何か欲しい物はないのか? あまり荷物は持ってこなかったろう」

「一応今、同志のお一人であるジョーさんに薬草図鑑を一冊頼んでいる所です。冬支度もありますし、食用になる植物について学んでおこうかと。あとは私が知っている異世界の武器を特注するだなんだという話が出ています。それから服ですね、この地の真冬に耐えられるコートと履き物、あとは普段着を二、三パターン買っておきたいです。ですがまあ、それでもあの額の半分もいかないでしょう。こまごました防寒具は自分でも編んだり縫ったりできますし……うーん、また無頓着と言われてしまいますかねえ」

「いや、貴殿のは無頓着ではなくただの無欲だな…。そこの変態と一緒にするんじゃない」


 ハコネがさっきまでの態度を改め、一転して私の味方をしてくれるようになった。

 変態お姉さんのイメージを維持するのは案外難しいものらしい。


「同志の皆さんが支援を続けてくださるなら、当座の活動資金にしてもらおうかとも考えてたんですけどねえ…。そっちはアメリアからそれなりの額を町に寄付されてしまったようですし。お金が余って悩むなんて贅沢……あっ、そうだ! ザコルに長剣を買ってあげてもいいですかね!? そうしましょう!」


「何がそうしましょうなんですか、それこそ任務には必要のないものですし、僕の個人的な金から…」


「どうせすぐ折っちゃいますもんね、武器屋さんにあるのをありったけ買いましょう。そうと決まれば」

 武器屋を営む人もこの会場にいるのではないかとキョロキョロする。


「話を聞いてください。大体、買わなくとも曲者が持ち込んだ武器が山ほどあるでしょう。鍛錬に使うのならあれらの粗悪品で十分です」

「そっかあ…エコですね」

「エコ?」

「資源を大切にして偉いという意味です」


 よしよしとザコルの腕を撫でる。金の使い所はまた一つ無くなったが、資源を有効活用するのはいい事だ。

 そんなに鉄屑が余っているのなら、カリューのひしゃげた巨大鎚に代わる新しい鎚の材料もすぐ集まりそうじゃないか。そう考えると、曲者がネギ背負った鴨のような存在にも思えてきた。これから来る曲者には是非とも鉄製の武器を持参するよう、今からでも告知なり何なりするべきではないだろうか。


 ハコネが微妙な顔でこちらを見ている。そんなハコネにエビーが何事か耳打ちする。ハコネはタイタからも話を聴き始めた。そんな騎士団三人の様子をザコルがチラチラと見て不遜な顔をする。きっと何か悪口でも言われているのだろう。私から、後でいい感じにフォローしてあげる事にしよう。





 同志の部下達が揃って庭に入ってきた。子供達が群がる。彼らは、昨日避難先となった集会所で、一緒に一晩を過ごした仲だ。きっと子供達の気を紛らすために遊んでくれたりもしたのだろう。男性スタッフの幾人かは子供達をおぶったり肩車してやったりし、女子達は絵でも描こうと誘われている。山の民の女性達が彼らに近づくと、お互いに支援の労を労い、にこやかに話し始めた。


「ミカ様!」

 ピッタがこちらに気がつき、手を振ってくれる。

「これから、庭の中心で火を焚くんですよ! 昨日の事があって準備が遅くなってしまいましたが、今から材木を山の民の男性方が運んできてくれるので、私達もお手伝いして組み上げるんです」

「キャンプファイヤーかあ! てことは、冬用の薪となる木材が充分に調達できたって事だね。流石は山の民の皆さん!」

「そうなんですよ! もう薪を必要以上に節約しなくてもいいそうですし、アメリ様は毛布や防寒具もたっくさんお持ちになって下さいましたから。今夜からは皆温かくして寝られるはずですよ!」

 ピッタは心から嬉しそうに笑う。他のスタッフ達もどこか晴れ晴れとした表情だ。


 ユーカとカモミが、ザコルにリボンが届いたと報告していたので、王子…いや、とある要人の服を売りたいので査定の相談に乗ってほしいと頼んでおく。

「手芸の素材ならばうちで買い取らせていただきますが、貴金属類は…ルーシの商会にお願いした方がいいですね」

 ユーカ達はルーシも引っ張ってきた。

「ルーシんとこのダットン商会は日用品を扱っているんじゃないの?」

「宝飾もお貴族様にとっては日用品のようなものですから。彼らも大変なんですよ、同じものばかりつけていてはパーティで下に見られてしまうとかで、買うだけでなく、売ったり再加工したりなどの手配をうちみたいな商会に出すんです。これでも王都の彫金工房や人気デザイナーなんかにもツテがあるんですよ! なるべくいいお値段で買い取らせていただきますね!」


 いい感じにまとまりそうだ。同志村の商人集団が有能すぎる件。彼らを指名して寄越してくれたマネジにも感謝しなければ。




「注目!」

 聴き慣れたアルトボイスが町長屋敷の庭に響き渡る。


 またいつの間に用意されたのか、りんご箱を並べて作られた壇上にイーリアが立っていた。背後には彼女の側近とマージ、鎚を担いだザッシュの姿もある。

 壇の脇に用意された椅子にはアメリアがちょこんと座っている。いつの間にかハコネはアメリアの側に付き添っており、その他にもエビーがいう所の『長い付き合い』であるカッツォとコタとラーゲも側に控えている。


 庭の中心には、山の民、シータイ町民、同志村スタッフが協力し合って作ったキャンプファイヤーの櫓がそびえ立つ。

 火を着きやすくさせるためか、屋敷の使用人達が布のくずをわっさわっさと櫓の中に入れている。あれは…そうだ、使い倒しすぎてボロボロになった包帯類だ。私が裂いたり煮たりしたものもきっと含まれているだろう。

 あれだけの数の包帯が人々の傷を癒やし、今日その役目を終えたのだ。そう思うと、とても感慨深い気持ちになる。


「此度の戦、まこと大義であった! こちらはさしたる損害も死者もなく終えられたのは、ひとえに、ここにいる全ての者達の尽力あってこそだ。皆の者!! 誇れ!! 勝鬨を上げよ!!」


 うおおおおおおおおおおおお!!


 サカシータ領民も、山の民も、同志村の面々さえもが揃って拳を突き上げて喜びの声を上げる。エビーとタイタも大きく叫び、ザコルも控えめに拳を上げる。私も精一杯拳を上げて叫んでみせた。私達は勝ったのだ。


「明日の明朝、山の民の女衆がツルギ山の里に帰る。知っての通り、山の民の男衆はカリューからの避難民輸送に尽力し、木材の調達などにも多大なる力添えをしてくれた。女衆と子供達もこの町に残り、避難民達を救わんと必死に働いてくれた。他にも服や布類の提供など、その貢献は計り知れない。彼らの善意と誠意に、大いなる感謝と拍手を!!」


 ド…ッ!!

 歓声と拍手がマグマのように湧き上がり、一気に噴き上げる。


 壇上には、商隊リーダーであるラーマと、ラーマの手に引かれた長老が上がってくる。彼らはイーリアと握手をかわし、そしてその場所を代わった。


「山の民の商隊を束ねる長、ラーマにございます。そしてこちらは山の民長老、チベト様。シータイの町の皆様方におかれましては、川の増水により立ち往生した我々を温かく迎えてくださいました事、誠に感謝申し上げます。それと同時に、神のおわすツルギ山を守る一族としては、今回の災禍を止められなかった事、神の番犬たる皆々様には深く深く謝罪申し上げます。今後は、山神様のお怒りに真摯に向き合いますと共に、山の管理に一層注力し、元の美しく穏やかな山姿を取り戻していく所存にございます。どうか、今後とも我が一族をご信用いただきますよう、宜しくお願い申し上げ」

「硬えぞーッ! 感謝してるっつってんだろがー!!」

 空気を読まない、しかし温かい野次に皆が笑いを漏らす。ラーマも下げかけた頭を上げ、苦笑した。


「そうだそうだーッ! あんたらの荷馬車を見た時ゃ、山神様が遣わしてくれたんかと何度も目ぇ擦ったぜーッ」

「あの長雨は山神様のご意志じゃねえだろーッ! そもそも海側からの風がおかしかったんだ、だったら海神様か何かの気まぐれだろよお!!」

「そうだそうだ、山神様はいつだって俺らの味方だ!! 何たって今この時に英雄と聖女を遣わしてお助けくだすった!! 神は、神官も番犬も、誰一人としてお見捨てにならなかった…!!」


 あ、何か変な雲行きになってきた。どうしよう、入浴用テントにでも隠れようかな…。


「賛成です。僕も風呂に入りたい気分になってきました。行きましょうか」

 二人でくるっと向きを変えた所で、エビーとタイタが行く手を阻む。

「おいおい、何逃げようとしてんだお二人さん」

「誤解だってエビー。ちょっとお風呂でも入ろうかと思ってね」

「ただ今、男湯も女湯も満員でございます。しばらくお待ちいただいた方がよろしいかと」

「誰も並んでいないでしょうが」

「今逃げると逆に収集つかなくなんぞ」


 私達が護衛騎士の二人と押し問答している間に、背後でまたドッと歓声が沸く。どうやら、山の民の男性陣が何やらあちこちで口上を述べ立てているようだ。


「そうだ! 避難民の輸送は全て聖女たるミカ様のご指示によるもの! 我らが後継の男児を救いたもうたのみならず、我らにもその御業の一端をおまかせくださったのだ! 災禍に喘ぐ番犬達を、かの聖女のもとへ運べと! 慈悲深き聖女は、災禍を防げなかった我々神官に罪を洗う機会をくだされたのだ!」


 ちなみに、神官とは山の民、番犬とはサカシータ領民の事だ。多分。


「そうだ! これは山神様のご意志に他ならない! ミカ様はまこと神が遣わした聖女の中の聖女!」


 いや、何言ってんだ…。私が来たのは本当にたまたま、しかも最初に喚ばれたのはテイラー邸だ。山神様のご意志だったのなら普通にツルギ山近辺に喚ばれているはず。あ、そういえばもう一人、ツルギ山近辺に出没した渡り人がいるじゃないか。


「ザコル様の専属護衛の任を一時解いて、カリューに遣わしたのもミカ様だぞ!」

 怪我人達が屋敷の窓から乗り出して叫ぶ。

「カリューはザコル様がいなきゃあ壊滅だった! お前ら冗談だと思ってんだろ、本当なんだぞ! ザコル様が集会所の屋根を剥がして光が差し込んだ時、俺ぁ本気で神が降りてきたんかと思ったんだ…!!」

「そうだ、あのぶ厚い城壁を鎚一つでぶち壊してくれるなんて、そんな超人みたいな人が現れなきゃ、今頃カリューは全部水の底だった!!」


「あの非常時に、ザコル様ほどの手練れを自ら手離す決断をなされるとは! どれだけの慈悲と勇気と先見の明をお持ちだったか!」


「そうか俺達、やっぱミカ様に護ってもらったんだなあ…」

「そうだ! ミカ様はやはり山神様の化身…」

「ストーップ、ストップストップストップー!!」

 私は思わず叫んだ。皆がピタッと静かになる。


「私はそんな大それた存在じゃあございませんので!! 山神様は山神様でしょ!? 大体、今は山の民に感謝する時間じゃないんですか!!」

 ポカン、何となく話についていけてない人々が不思議な顔をしてこっちをみている。


「いいですか! こちらのザコル様はともかく私は通りすがりの変な女ですので! 何なら皆さんに護っていただいているのは私の方ですので!! いつもいつもありがとうございます!! だからこれ以上持ち上げないでくださいよおおー!!」

「僕も神とか超人ではなく普通の人間ですので。そこの所宜しくお願いします」

 いや、ザコルの方は神じゃなくても超人ではあるだろうとは思うが…。


「皆、いいでしょうか。…今だから言いますが、ラーマを始めとした山の民には、僕に代わりミカの身辺を固め、護ってくれるようにも頼んだのです。絶対的に信頼できるあなた方がいてくれたからこそ、僕は二度もミカの側を離れる事ができました。僕に故郷の力になる機会をくれたのは、ミカと、そして山の民たるあなた達だ。ですからどうか、お互いの感謝を伝え合うに留めてくれませんか。そうでもしないと、この恥ずかしがり屋の聖女が山にでも籠って二度と出てこなくなりますので」


 ザコルは、自分の後ろに隠れた私を伺い見た。


「聖女じゃありませんからあ…」


 ぷっ、と誰かが吹き出す。

 ざわざわと、戸惑いのような、苦笑のようなさざめきが広がる。


「ミカ様ったら、何か前にもこんな事あったねえ、何が恥ずかしいってのさ。あんた、誘拐されたってのに自分で下手人を倒したんだろ。その度胸はどこにいっちまったんだい? コマさんに笑われちまうよ」

「ほらほら、ミカ様ったら。もう、本当にお可愛らしいんだから」

 よく遊んだ子供達の母親が笑いながら私を宥めにくる。いい歳をして何をしているのかと自分でも思うが、今は相当赤面もしているだろうし、注目を集めてしまった手前、余計に出づらくなってしまった。


「ラーマ! ミカがいやだってー!!」

「リラの言う通りですラーマ! 山神様は確かにザコル様やミカ様とのご縁を繋いでくださったかもしれませんけれど、いきなり化身などと言われてはミカ様も戸惑われて当然です!」


 あれはリラとリラの母親の声だ。私はヒョコ、とザコルの後ろから顔を出す。ラーマが壇上で…あれはどういう表情だ? 憮然…?

 まあ、彼としては善意だったのかもしれないが、どうやら人を使ってまで作為的に私か私達を祀りあげようとしたようだ。あぶねえ…。

 別に、個人的に山神教に入信するのはいいが、聖人に数えられるのだけはご勘弁願いたい。


 そういえば、あの教会の女神様は山神様とどう関係しているんだろうか。確か豊穣の…

 ザコルが再び私を振り返る。


「教会の女神像ならば、ツルギの山神と同一の柱ですよ。山の水源に宿り、大地に恵みをもたらす神として崇められています」

「えっ、そうなんですか!」

「何だい、ミカ様知らなかったのかい?」

「あ、はい。教会には一度、勝手にお邪魔してたんですけど…。あの豊穣の女神様が山神様、そうだったんだ…!」


 あの女神像は山神教における『聖人』の一人なのかとも思ったが、まさか山神様ご本人だったとは。何となく山神様は語感的に男神なのかと思い込んでいた。すみません山神様。


「私ね、教会で彼女に祈ったんですよ、避難民の皆さんに早く穏やかな日常が戻りますようにって。それから、戦いの最中、どうか全員が無事でありますように…って……ああ、ほ、本当に…っ、本当に誰も亡くならなかった…っ。女神様は、山神様は、やっぱり、皆さんのお味方なんですね……!」


 数珠のように扱っていたブレスレットを無意識に探して手首を触ってしまう。もちろんその手は空を切ったけれど、自然と手を合わせて目を閉じた。目に溜まっていた涙が弾けて頬を伝う。

 こんなにも神という存在に感謝した事があっただろうか。実家は仏教だが、仏は教えをくれるものの、祖母や私の毎日を助けてくれる存在ではなかった。

 私にとっては、仏壇よりも、祖母の祈る姿こそが神聖なものに見えていた。


「私、私、もう山神様には一生感謝して生きます! 今日、皆一緒に勝利を祝えた事も、水害で誰も亡くならなかった事も…! これ以上何か望んだらバチが当たるかもしれないけど…! どうか、どうかいつまでも皆さんのお味方で……」


「ミカ…」

 ザコルが、手を合わせたまま跪いた私の肩を抱く。そしてボソッと呟いた。

「自らトドメを刺しに行きましたね…」

「え」


 目を開いて顔を上げる。皆がこちらを見ている。何やら泣いている人もいる。宥めに来た母親達も呆然と立ち尽くしている。

 さざめきはざわめきとなり、そして大きな波となって場を埋め尽くす。


「…え?」


 今度こそ間違いなく、私は山神教における『巫女』的な何かに認定されてしまった……………………



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ