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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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仲良し四人組の内緒話

 私の部屋に全員を通し、タイタが扉を閉める。


「さあ、ザコル。どうしてあげましょうか」

「やめろ」

 一点を見つめていた人がスッと私に視線を移す。


「な…っ、ザッ、ザコル殿…心神喪失なさっていたのでは…!?」

 タイタは心底びっくりしたようで、扉を背に胸を掴んでいる。


「フン、そんな訳ないでしょう、仮にもお嬢様の前」

「や、一瞬は持ってかれてたっしょ。やけに素直にセイザしてたし、首に縄巻かれても紙貼られても無反応でしたもん」

 へへっと笑うエビーにドングリが飛ぶ。


「タイタ、ザコルはさっき、エビーに『連れ出せ』と言ったんだよ。多分ね」

「な、なるほど…? それはどうして…」

 タイタは余計に疑問を募らせたようで、誰かの説明を求めるように視線を彷徨わせる。


「ミカ、何も自分の品位まで落とす事はないでしょう。アメリアお嬢様に嫌われたいんですか」

「ザコルばかり変態扱いされるのはフェアじゃないなと。私だってあなたにご無体を働いたのは事実なんですし」

 はあ、と溜め息をつかれる。

「ミカのその、公平主義というか、妙な潔癖さは何なのですか…」

「知ってるでしょ、私は可哀想だと思われるのが嫌なだけです。それに何となく、アメリアには少し幻滅されるくらいが丁度いいような気もするんですよね…」


 ふざけていたエビーが一瞬、動きを止めた気がした。


「まあ、アメリアならすぐ思い至ってくれますよ。私達がただ『内緒話』をしに行っただけだって。あの子は私なんかよりずっと賢いですから」

 内緒話…と、タイタが言葉を反芻する。


「ばあや、の事すね、ミカさん」

 エビーが先に察して私に投げかける。

「うん。ばあやさんが希少な魔法士でしかも私が喚ばれた直後に亡くなっていたとはねえ…。イーリア様もおそらく敢えて何も言わなかったんだろうし、これは一旦持ち帰った方がいい件かなと。タイタも覚えているよね、イーリア様が話してくれた渡り人召喚の条件の事は」

「そ、それはもちろん…」


 タイタがこくこくと頷く。

 イーリアは以前、渡り人召喚には膨大な魔力や生命力を要するため、召喚の際には必ず誰かが犠牲になったはずだと教えてくれた。


「今後私達は、こうした重要な話をするのには、余程の理由がない限り立場的に上であるアメリアを交えないといけなくなる。かと言って、何もかもを打ち明けていては彼女にとっても負担だよ。あの子の立場を尊重しつつうまくやらないとね…」


「…なるほど、検証は口実で、アメリアお嬢様へのご配慮を話し合うための退出だったという訳ですか」


 私は頷く。


「少しでもいい、私も四人で話をしておきたかった。君達二人には本当に力になってもらってるからさ、今後も側にいて相談に乗って欲しいのは山々なんだけど、本来の上司はハコネ兄さんだし、氷姫護衛隊は他にもいる。アメリアは女性の従者も連れてきているようだし、君達ばかりを私の側に置き続けられない可能性もある。この四人だけで堂々と『内緒話』できるチャンスは、きっと残り少ない。私はそう考えてるんだよ」


「理解いたしました。そのチャンスの一つが今だったという訳なのですね。ご説明くださり、ありがとうございます。ミカ殿」


 タイタは胸に手を当てて恭しく一礼する。その姿を見てぐっと何かが込み上げる。


「…う、やっぱりやだ、この四人がいいよ…。私、もう他の隊員の子達とうまくやっていく自信ない…!」

「お、お気持ちは解りますとも。カニタ殿の一件もございますから。しかしこれ以上ご贔屓いただくのは」

「そうだけどお! 私だってエビーとタイタが大好きなんだよお…!」

「姐さん…! 俺の愛の重さ舐めんなよ俺のが大好きに決まってんだろお!?」

「お、俺だって、あなた様にはどれだけの御恩がある事か…!」


 わああ、私達は手を取り合って涙した。

 その間、三秒。すぐに、ずい、とザコルが割り込んでくる。


「離れろ。どうせ他の隊員の疑いが晴れるまではお前達以外の騎士がミカにつく事などない。僕だってお前達以外の者と一から信頼関係築くなど面倒な事はしたくないんだ。ハコネにもそう話してやる、だから下がれ!」

「何だとこのクッッソツンデレ野郎!!」

「一体ッ、一体何なのですか! その不器用なお言葉の中に溢れる慈愛ッ、思いやりッ! まさにツンデレ!! また俺を心神喪失なさるおつもりで!?」

「思いやったつもりなどない。君はもっと僕への耐性をつけろ」


 フンッ。ザコルが鼻を鳴らしながらプイッとそっぽをむく。

 どうしよう、男子達が仲良しで可愛い。

「可愛過ぎて吐きそう」

 ザコルがガクッと脱力したように溜め息をついた。


「吐かないでください、言葉に出てますよ…。それで、話しておきたいんでしょう、さっさと済ませましょう。時間もありません」


 そうこうしている間に、夕飯の時間が差し迫っている。今夜はきっとアメリアと一緒に食卓を囲むことになるだろう。


「そうですね。まずは、エビー。先に言っておくけど、立場的に話せない事は、私がもし質問してしまったとしても話さなくていいから。私が知り得ない事を詮索する気はないからね。これは、伯爵家と『長い付き合い』なのであろう君だから言います」


 どれくらい長いかとか、そういうのも今はいい。優先されるべきはアメリアへの配慮だ。彼には、その辺りのジャッジはしてもらう事もあるだろう。


「…はい。了解す、姐さん。でも、俺は基本的に、あんたのために動きます。そう命じられていますから」


「うん。私の味方をせよとのお達しだもんね、ありがとう。エビーの立場として許される限りでいいよって事だから。しっかり自己判断してください」


「はい」

 エビーは軽い調子を少しだけ引っ込め、短く返事をした。




「…よし。では、アメリアの言った事を整理します。まず、ばあやさんが国に認められる程のれっきとした魔法士で、王妃殿下から直々伯爵家に下賜されていたという事。私が現れた後に『しばらく隔離して信頼できるものに見張らせろ』と言った事。その直後に亡くなった事。…それで、アメリアが、私の事を『ばあやに託された、大切な愛し子様』と表現した事」


「それ、兄貴に締め殺されかけてた時のセリフすよね? あの混乱の中でよくそんな事覚えてますよねえ…」

 エビーがそう言えば、ザコルがまた正座、いや土下座しようとしたので止める羽目になった。


 アメリアは、どれだけ意図的に言葉を選んでいるだろうか。

 いくら賢くてもまだ十七歳、感情のままに口走ってしまう事もあるはず。一部は『聴かなかった事』にする配慮も視野に入れねばなるまい。


「単純に考えたら、ばあやさんが自ら陣を張って私を喚んだという結論になってしまいそうなんだけど…。それ以外の人が張った魔法陣で、ばあやさんが生贄にされたという可能性はありますかね? ザコル」


 この中では召喚魔法陣に一番詳しそうな人に意見を求める。


「何とも言えません。僕は前にも言った通り、渡り人召喚に関しては、立ち会ったことも、詳しい資料などに触れた事もありませんから。これは誤魔化しでも方便でもなく事実です。それにそのばあやという者、実は僕も直接顔を見た事はないのです」

「えっ、ザコルもですか?」


 それは意外だ。何となくザコルなら、個人的な交流はせずとも、邸内の使用人や騎士全員の顔や素性を調べ上げているくらいはしているかと思っていた。


「ええ、彼女は基本的に、アメリアお嬢様の私室の隣に設けられた部屋から出てくる事はありませんでしたから。常に身の回りを誰かに世話されていたようですし、自力で出歩く事自体難しかったのかもしれません。僕はアメリアお嬢様の護衛についた事は数える程しかありませんし、彼女の私室に関しては同じ階に立ち入った事もありません。が、本館の内外で、老婆と思われる者の叫び声や、世話する者達の声などを耳に入れた事はあります。一応、それらしい者は実在していたんでしょう」


 という事は、実在を疑った事がある、もしくは実在を疑う意見があったという事か…?


「ちょっと兄貴、うちのお嬢様の妄言を疑う発言は控えてくれますかねえ。『ばあや』はちゃんといましたよ」

 テイラー家と長い付き合いのチャラ男が物申す。


「って言っても、俺も最近は顔見てませんでしたけどお。ここ数年はボケが酷くなっちまって、外に出せないどころか、アメリアお嬢様と数人の侍女やメイドくらいしか相手できなかったって聞いてます。お嬢様が見えないと騒ぎ出すってのも他のメイドから聞いたことあるんで本当すよ。それに合わせて、ここ数年はお嬢様も全然外に出なくなっちまってました」


 エビーは少し寂しそうな、やるせないような表情になった。


「俺、ちょっとアメリアお嬢様が可哀想だなんて思っちまった事もありました。…アメリアお嬢様、昔は騎士団の鍛錬もよく見にきてくれましたし、王都の剣術大会の見物なんかにも行ったり、庶民の格好してメイドと街で買い食いなんか楽しんだり、ああ見えて割とお転婆な方だったんすよ。それが、ばあやが足悪くして耄碌してからは、ヒス起こさせねえようにずっと寄り添って…。無理することねえって、みんな言ったんすけどね」


 エビーは何か込み上げるものを誤魔化すようにへへっと笑った。


「そっか、アメリアの気持ち、私にはよく解るよ。どんなに人格が変わったようになったって、きっとアメリアにとってばあやさんは、今の自分を作ってくれた大事な大事な家族だったんでしょう。周りに何言われたって、簡単には離れられないよ、ね…」


 ばあちゃん。


「ミカ」

「え、姐さん、どうしたんすか。俺また何か…」


 アメリアの境遇が自分の境遇に重なり、思わず祖母への想いが涙に変わりそうになる。咄嗟に気遣うザコルと戸惑うエビーの顔が目に入ってハッとし、首を振った。


「う、ううん、何でもない。あの、エビーとタイタは、私が召喚された現場には立ち会ってはいないんだよね?」


 二人の騎士は顔を見合わせる。先に口を開いたのはタイタだ。


「は、はいミカ殿。俺が初めてあなた様をお見かけしたのは、座敷牢からにお出になった後の事でした」

「俺は座敷牢の監…いや、見守りから配備されてましたけど、召喚は直接見てねえすよ。氷姫護衛隊の原型らしいものが結成されたのは、タイさんの言う通り、姐さんが座敷牢から出てからの事すね」


 それならばやはり、エビーはばあやが言う所の『信頼できる者』の一人だったという事だ。そっかこの子、護衛隊ができる前から私についてるんだよね…。ファン第一号を堂々名乗るのも頷ける。

 魔法陣を見て『魔獣の召喚陣では』と言った騎士の一人というのは誰だったのか、何か意図でもあったのかはさて置いて。


「うーん、結局、ばあやさんの言葉の真意だよねえ…。しばらく隔離せよか…。彼女が喚んだとすれば、私が魔獣でない事は判ってたはずなのに、どうして否定しなかったのかな…。いや、魔獣召喚と渡り人召喚の魔法陣が本当に紛らわしいくらい似てて、成功したかどうか自信がなかったなんて可能性もある? 短期記憶が怪しかったみたいだから、自分で喚んどいて忘れちゃったとか…。というかアメリアが私を『ばあやに託された愛し子』と表現する意味は…………うーん、もしかして私、ばあやさんに庇われた……?」


 ばあやが私を何らかの脅威から保護する目的で先程の発言をしたと考えるならば、隔離して信頼できる者だけに接触を制限するようにと指示した理由も解らなくはない。

 魔獣かも、という意見を強く否定しなかったのだって、多くの人間の前で、私を渡り人と明言するのは避けたという見方もできそうだ。

 当時はセオドア達も留守だったし、もしも曲者などがいれば狙われやすかった事だろう。


「…ねえ、何か私、アメリアから『ばあやの忘れ形見』的な存在だと思われてない? 実はそれが一番引っかかってるんだよ。今私が上げてる仮説のどっちかだと、私ってばあやさんの命と引き換えに喚ばれた事になるじゃない。もしアメリアが正しくそう認識しているなら、恨まれててもおかしくないくらいのはずなんだけどな…」


 考えようによっては、大切な家族の命を散らしてまでやってきたのがこの私という事になる。

 それが私の意思でなくとも、多少は割り切れない気持ちを抱えるくらいの方が自然ではないのか。アメリアがとんでもなく大人な子なのかもしれないが…。


「しかもばあやさんの能力って『周りを怪我させにくくする能力』だったんだよね? それって、魔力垂れ流してる時の私にかなり近い能力とも言えるのでは? 私ってまさか、余命少ないばあやさんに代わってアメリアとその周辺を護るために、ばあやかその関係者に喚ばれた感じ…? まさかねー」


 せいぜいアメリアへの嫌がらせ目的で喚ばれたんじゃとか、今考えればとんでもない気がする。召喚に人命が関わるのなら、伯爵家やアメリア個人への妬みからくる嫌がらせなんていう軽い目的であって欲しくない。

 私を権力のお飾りや生贄にしたいらしい王弟や邪教ならば命の無駄遣いくらいするかもしれないが、それこそ、回りくどい事をせず自分達のテリトリーでこっそり召喚すればよかったはず。

 やはり、彼らを主犯と考えると、警備の厳しい伯爵家の私室でゲリラ召喚するなどという、いかにも面倒な事をする意味がさっぱり判らないのだ。


「それから考え過ぎかもしれないけれど、王妃殿下にお仕えしてた時のサーラ様って相当若かったというか幼かったんだよね。幼いって事は何年も仕えてた訳じゃないだろうし、そうそう重要な仕事や役目を任された実績とかは残しにくいよね…? そんな若いメイドか侍女が妊娠したからって、希少で、しかも治癒に準ずる力を持ったお抱え魔法士を下賜とかするものなのかな。実は弱い力を持った魔法士くらいなら王宮にうようよいるとか…? いやいや、話に聞く限りじゃ絶対そんなことないよね。うん、そうだ、そうだよ。慣れない育児を助けさせるだけなら、信用と出産経験のある人を紹介してあげればいいだけだもん。うんうん」


 考えをまとめるためにつらつらと口に出しているが、他三人はそれを黙って聴いている。


「それに以前、魔法士ってだけで希少で狙われやすいから護衛がつく理由になるとか、国内の魔法士は数少ないから動向も注目されやすいとかってザコルも言ってましたよね。てことは、テイラー家はばあやさんのために護衛なり警備なりの人数を増やさないといけなくなったはずで。いやーそんな、これから出産育児で忙しくなるであろう、いち伯爵家の若すぎる夫婦の負担をむしろ増やすような下賜なんて敢えてするかなぁって思っちゃって」


 王妃は、あまり政治に真面目に取り組んでなさそうな国王に代わって国政を回しているお人と聞く。ならば最低限の常識と配慮の仕方くらい心得ているだろう。あまり道理に合わない行動をするとは思えないが…。


「いや、そうだよねえ、これってもしや、サーラ様っていうより、赤ん坊、アメリア個人を病気や怪我から護るのが目的の下賜だったんじゃ……ああ、アメリアって実は、国から無事を監視されるような重要人物なのかな?」


 実はテイラー家かサーラの実家の血筋に何か秘密があるとか…?

 そういえばテイラー家は聖女発祥のお家だし、色々と謎も多いのであり得る気がしてきた。


「…なーんてね。何か政治的な駆け引きでもあったのかも。まあその辺、私には当時の詳しい情勢とかまでは分かんないからなー。ばあやさんはアメリアの教育に熱心だったと言ってたけど、どの程度まで口出しする権利があったんだろ。…ねえ、みんな聴いてる? エビーはどうしたの」


 エビーは片手で額を押さえて俯いていた。タイタはそんなエビーと私を交互に見ておろおろしている。ザコルは腕を組んで仏頂面、通常運転だ。


「…どうしたもこうしたもねえすよ。ただ、姐さんに『隙』とか見せるとこうなっちまうんだなあって……正直ゾッとしてるとこっす」

「ゾッととは失礼な。私はそんな的外れな推理をしたかね? エビー君」

「…いや、ノーコメントで。すんません」

 何か当ててはならぬ事を当ててしまったか。


「まあいいや。推論に過ぎないし。それで、事実として王族の息がかけられやすい立場だったであろうばあやさんですが。アメリア自身は、ばあやさんを疑っている、もしくは召喚への関与を確信していたりしますかねえ…?」


 そうした情報をザコルや私へ内々に打ち明けるために追いかけてくれたのなら、彼女の方はむしろ意図的に『隙』を見せているのかもしれない。


 ザコルは首を曖昧に傾げた。


「僕には何とも言えませんね。彼女自身がこの辺境まで来てしまった意図もまだはっきり判っていません。本来ならば主、セオドア様直筆の文などを預かっていても良さそうなものですが、そうしたものもお持ちでなさそうですし。途中、水害の一報を受けて衝動的に行動したというのであれば、今はセオドア様の意見を仰がずにこちらにいらっしゃるという事になります。ハコネにも個々で事情を聞く必要があるかと」


 そう、わざわざ第二騎士団長が直々に護衛してきているのだ。

 ここへの到着を家へ報せるつもりでもあるようだし、流石に家出同然という訳ではないだろう。ザコルは『セオドアの意見を仰がずにここにいる』と言うが、セオドアもアメリアの意志を尊重すると決めているか、あるいは彼の意図を大きく外れてはいない状況、と見るべきだ。でなければ今頃家に強制送還をくらっているはず。


「ばあやさんや召喚時の事については、私からは触れない方が無難かなと個人的には思うんです。ですが、かと言ってこれだけ話題に出されてるのに触れないのも不自然かとも思えて。アメリアは、触れて欲しい、触れて欲しくない、どっちなんだろう…」


「姐さん」


 エビーが真面目な声音で私を呼ぶ。私は考え込んで伏せていた顔を上げた。


「アメリアお嬢様は、姐さんに話を聴いてもらいたくてここまで来たんだと俺は思ってます。俺から詳しく言える事は少ねえけど…。どうか、上手い事お嬢様と二人になってやってくれませんか。いや、難しいのは解ってますけど…」


 エビーはザコルをチラッと見る。


「……ならば明日、朝の鍛錬を再開しましょう。放牧場で。それでどうです」

「ああ。開けた場所で、離れて見ててくれるって事ですか」

「そうです。参加者が多いうちは二人になるのは難しいでしょうが、鍛錬が終わる頃になれば二人で散歩のような事もできるでしょう」

「分かりました。じゃあ、アメリアには後で鍛錬を見学しないかと誘ってみます。ありがとう、ザコル」

「いえ」


 アメリアの話を聴いて、それをザコルに伝えるかどうかは私の裁量でいいんだろうか。聴いてみない事にはそれも判断できないか…。


「ミカ、僕も一点あなたに確認しておきたい事があります」

「何でしょう」

「あなたの男性恐怖症について、ハコネに話してもいいかどうかです。それを口実にすれば、あなたの側付きはこの二人を指名しやすくなります」

「ああそっか。じゃあいいですよ、話して」

「えっ、そんなあっさり。大丈夫なんすか、ずっと隠してたのに…」

「そうですとも、俺達を指名するために明かすなどと」


 気遣う騎士二人の顔を見上げる。自然と笑みが溢れる。


「何言ってんの。元はといえば、君達に気兼ねさせたくなくて黙ってただけの事だよ。それに一般公開する訳じゃないもん、ハコネ兄さんが人事の参考にしてくれるってだけでしょ。アメリアに話すと侍女を貸そうかとかいう話になりそうですから、ハコネ兄さんだけにこっそり話してもらっていいですか。私、人見知りなんですよねえ」


 ふ、ザコルがほのかに笑う。


「あなたが人見知りなら、僕は何なんですか。まあ、そうですね、ミカが余計な気を遣わないでいられるようにしましょう」


 アメリアの侍女に付かれてしまうと、こうした『内緒話』も難しくなるし、警備の面ではもしかしたら今以上に面倒な事になりかねない。私としては、今くらいが一番気楽なのだ。


「内緒話は以上かな。お風呂の方も一度様子見に行った方がいいかもだし、そろそろ移動しようか」


 外は日の入り直後、肌寒くもなってきている。普段なら風呂もお開きにする時間だが、まだ死体処理などで汚れた人がいるなら入れ直してやった方が喜ばれるだろう。


「姐さんよう、やっちまわなくていいんすか」

 エビーがニヤつきながらザコルを指差す。

「やめろ」

「まーたそういう口の聞き方するー。姉貴に愛想尽かされても知らねえぞ」

 うぐ、とザコルが言葉を飲む。


「もー、いじめないであげてよエビー。とりあえず今はいいよ。まずはシシ先生とも話そう。エビーは彼に連絡とって。明日の午後あたり、診察の時間を作ってもらいましょう」

「へへっ、了解す。逃げんなよ、兄貴」

「ほらほらやめて。別に明日だって必ずやらなくたっていいよ。どっちみち診察はしてもらいたいしね」


 アメリアが希望するなら、私の保護者名代として診察に同席してもらってもいい。そうしたら検証などはできないのでまた後日となるだろう。


 ザコルは難しい顔をしたまま、黙って私の手を取り、左腕に回させる。


 この不器用な人は、どうやら本気で私と一生を共にする気でいるようだ。

 それならば私も焦らず、ゆっくりやっていけばいい。



つづく

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