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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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報告会② 公開処刑プレゼン

 結論から言えば、カニタは王弟の息のかかった曲者で間違いなかった。


 カニタの実家は王都で貴族相手の商売を営む商家で、かつてはコメリ子爵も属していたホムセン侯爵一派を得意先としていたが、現在の得意先は王弟とその取り巻き貴族が中心となっていた。


 次男であるカニタ自身は跡取りでもないため、恵まれた身体能力を活かして地方貴族の騎士となった。

 自立した後は実家とのやり取りは少なかったようだが、懇意の商家の息子が現在テイラー騎士団にいるという情報を掴んだ王弟派が、実家を通してカニタにアプローチをかけた。

 氷姫を猟犬から引き離すのに協力すれば、叙爵とともに、王宮騎士団の然るべきポストを与えるという甘言に、カニタの実家もカニタ自身も乗ってしまったようだ。


「なあんだ、ここで違う王位継承者でも出てくれば話が面白くなるかと思ったのにー」

「縁起でもねえ事言うなよ姐さん。話がややこしくなるだけで何も面白くねえよ」

「エビーの言う通りですとも。お戯れも程々になさってください」

「あら、怒られちゃった」


 カニタに預けられた私の手紙についてだが、私が書いた手紙は二通あった。

 一つは真面目に自分の現状を報告する手紙。そしてもう一つは別の封筒に入れて先の手紙に同封した、ザコルへの愚痴を含む日常を綴った手紙だ。


 別に真剣に悩みを打ち明けたかった訳でなく、アメリアやホノルだけに渡って共感なり笑覧なりしてくれればと思っただけなので筆致は明るめである。あのふざけた手紙を読んでどうして『あの子は随分と悩んでいたようだ』などと言われなければならないのか解らない。ギャグが理解できない人なのだろうか。


 カニタはそのギャグ手紙だけを抜き取り、真面目な方の手紙と報告書は、ジーク領の街に待機していた隠密、マグに渡したようだ。


「本当に渡してたんだね、適当についた嘘かと思ってたわ」

「まあ、嘘って可能性が完全に潰れた訳じゃねえすけどね、でもそこはあんま嘘つくメリットもねえし、本当なんじゃねえすか」


 マグはエビーの幼馴染でもあるようで、彼に関してはカニタのような裏切りの心配は低いはずだとエビーは話している。マグはアメリア一行とすれ違う事なく、テイラー邸へと報せを持って向かったはずだ。


 カニタは抜き取ったギャグ手紙を持って、同じジーク領の街の中で王弟派の者と接触し取引している。

 カニタの懐からは、騎士団から経費として持たされた金や個人的な金の他に、分不相応な金貨が五枚、真新しい絹布に包まれた状態で出てきたそうだ。


「あの超くだらないギャグ手紙、金貨五枚で売れたんだ…。買う方も買う方だよねえ」

「お姉様、そのギャグ手紙? とは結局どんな内容だったんですの」

「それはですねむがっ、んむ! むーむー!」

 口を塞がれた。

「お、信書隠匿罪てヤツすね」

「うるさい。どうせほとんどやり返したんだ。もういいでしょう」

「むぅー」

 ほとんどだが、全部じゃない。次の目標は膝枕か腕枕だ。

「いいですわ。またお伺いする事にいたしましょう」

 アメリアは諦めていない様子だ。


「あの、団長…どうして団長まで…あの…」

 私を取り押さえているザコルに代わり、さっきからハコネがタイタの髪をワシワシと撫でている。

「すまなかった、タイタ。色々と気づいてやれず。次期伯爵の片腕となっていくであろうお前の不遇を見過ごすとはな。オリヴァー様に伝われば俺も罰は免れないだろうが、今はまだお前の上司だ。少しでも償おうと思ってな」

「そ、そんな! ただ俺がのろく、付け入られやすかったというだけで…! 俺は、カニタ殿の真意を見抜けぬまま、一度は文を出してしまいました…。どのような処罰も覚悟しております」

「ホッター殿に聞く限り、大した事は書いていなかったのだろう。お前は確かに人心に敏感な方ではないかもしれんが、紳士教育のしっかり行き届いたヤツだ。淑女たるホッター殿を引き合いに出して、遠回しにでも辱める内容を書けたとは思えない」

「ハコネ団長…」


 流石は団長、タイタの事をしっかり見ている。

 タイタが受けていた仕打ちが今日までバレなかったのは、カニタが巧くやっていたのと、タイタ自身が被害を受けていると思っていなかった事、そして仕事の場に傷心や疲弊を徹底して持ち込まなかった、その職業意識の高さゆえだったのだろう。


「エビー、カニタさんは今どうしてるの」

「適当に手当して、そのままあの簡易留置所に放り込んであります。見張りはシータイの衛士にお願いしました。勝手してすいません、町長様」

「構いませんわ。後で然るべき牢へと移送させていただきます。丁度、空きがたくさん出た所ですのよ」

 ほほ、とマージが上品に笑う。


 ハコネ、アメリア、ザコルの話から察するに、セオドアも護衛隊や隠密の中に間者がいると疑っていたようだ。

 タイタのおかげでカニタのクロは確定したが、他にもいないとは限らない。タイタによる尋問では、カニタと邪教の間につながりは認められなかったそうだ。とすれば、深緑湖の街で邪教徒を手引きした者は他にいるか、邪教と王弟派の間に何らかのつながりがあると考えた方がいい。


「モリヤさんの部下なら絶対安心だもんね。さすエビだよ」

「もっと言ってくださいよお。で、俺らの疑いは晴れたんすか」

「私とザコルは君達を疑ってないよ。何もかも話してくれてるとは思わないけどね、エビー」

「やだなー。姐さん達に隠すような事なんて何もねえすよお」


 実の所、私はエビーがテイラー伯爵家を陰から守ってきた由緒正しき『露払いの系譜』に連なる者か、その息がかかった者であるのではと疑っている。パン屋の息子であるというのは本当なのだろうが、イコールその系譜でないという証拠にはならない。

 アメリアもエビーに対して『長い付き合い』と表現しているし、単独で私達を追う事を許されている事からも、セオドアからザコルに並ぶ信頼を勝ち得ているという見方もできる。エビー本人は、腕相撲で勝負し最後はカニタに勝って選ばれたなどと言っていたが、本当に腕相撲したかはともかく、カニタを始めとした他の者達が立候補して、信用度という点でエビーに負けたというのは事実だろう。


 露払いの系譜に関しては、以前ザコルも誰がそうだと口に出す事はできないと言っていた。はっきりした理由は判らないが、その活動内容やメンバーは簡単に明かされてはならないものなのだろう。ならば余計な詮索はこれ以上すまい。


「いやあ、ホント姐さんは怖えわ…」

「隙を見せないで。そういうとこだよ君は」

「はい、すんません」

 ぬるくなった紅茶に口をつける。

「おい、エビー、タイタだけでなく、お前までホッター殿に指導されているのか?」

「…はい、団長。俺ら全員、姐さんの面倒見てるようで面倒見られてるとこあります…」

 ハコネがチラッと私の背後にいるザコルに視線をやる。後ろでどんな顔をしているかは判らないが、ハコネはジト目だ。

「でね、聞いてくださいよ団長お。姐さんね、俺らへの指示や指導ビシバシしてくれてカッケーのはもちろんなんすけど、旅に出るに当たって特急で用意したとかいう資料もプロの工作員かってレベルだし、いつの間にかジークやモナの領主クラスの方々に気に入られてっし、水害のあった日や襲撃に遭った時の行動力なんてそりゃもうマジで凄かったんすよ。俺元々氷姫様のガチファンなんすけど、ますます惚れ直しましたよお!」


「ちょっと、変に持ち上げないでよね、こちらにいる皆さんの前じゃ恥ずかし…」

「ふむ、やっとミカの武勇伝を語る番が回ってきたようだな。では、ミカの偉業を箇条書きでまとめた紙をここに」

「かっ、かか箇条書き!? 何ですかそれ!? どういう」

「はい、イーリア様。それでは皆様こちらをご覧くださいませ」


 マージが大きめの紙をサッと取り出して広げた。

 その紙には『旅の果て〜氷姫がシータイの聖女となるまで〜』と題されており、どこから出したのか教鞭を持ったイーリアが立ち上がる。

「ちょっ、何の公開処刑プレゼン…っむぐっ、むーむーむー!!」

 私は背後からザコルに拘束され、最後まで口を挟むことを許されなかった。


 ◇ ◇ ◇



「お姉様、そろそろタイタの後ろから出てきてくださいませ。お姿が見えませんと寂しゅうございますわ」

 うちの嫁が鈴を転がすような優しい声音で宥めてくれる。


「はは、豪気なあなたもそんな風に恥じらう事があるのだな!」

 お兄様は失礼だ。心の紳士はどこいった。


「姐さんは褒めれば褒めるほど恥じらって可愛くなりますんで。覚えといてくださいよお兄様」

 チャラ男はお黙り。


「貴殿に会ったら渡して欲しいと、ホノルから携帯食がわりのナッツバーを持たされたぞ。食べるか」

 騎士団長は食べ物で釣ろうとしてくる。完全に子供扱いだ。食べたいけど。


「ミカ、僕のお膝に入れてあげましょうか」

 師匠は何調子に乗ってんだ。


「ミカ殿、今日はとことんセーフティゾーンとしての務めを果たさせていただきます! お好きなだけご利用ください。椅子やお飲み物はいかがですか」

 セーフティゾーンが居心地の良さを追求し始めた。


「飲み物はいいから、その、机の上の新聞と、タイタの手紙というかカリュー見聞録を片付けて」

「承知いたしました」


 ザコルとエビーが無理矢理私の鞄から出して散らかした紙束を、タイタがいそいそと片付けて端を揃える。

 新聞も手紙も、どちらも著者の主観によって私が美化された危険書物だ。子供の手習い資料としてくらいならともかく、こんな知り合いの大人達に回し読みされるなんて私の精神崩壊は免れない。というかもう崩壊した。

 イーリアとマージはやり切ったとでもいう満足げな顔をして紅茶のおかわりを啜っている。もちろん温め直しはして差し上げた。


 トントン、ノックの後に従僕達が入ってきて、使用済みの皿やカップなどを片付け始める。


「こちらの新聞はわたくしも道中手に入れて読みましてよ。記者も同志の方なのですってね。…ですが」

 アメリアが少しだけ残念そうな顔をする。

「我が邸で、毎日ザコルを振り回したり、かき氷やアイスティーなるものをお作りになって振舞ってくださったり、図書室で尋常でない量の本を積み上げて読み耽っておられたり、何やら生き生きと鍛錬をなさったりなどしていたお姉様のお姿とは、大変な乖離がありますわ。これも思惑の一つなのでしょうけれど、まるであの時間が辛く悲しいだけのもののように書かれるのはわたくし、少々悲しゅうございました…」


 私はガバッとタイタの後ろから身を乗り出した。


「そうですよねそうですよねアメリア! 私、本当に幸せでお気楽な毎日を過ごさせてもらってましたよね! ああ、やっぱりアメリアは私の事をよく解ってくれてます!!」

 流石はアメリアたん、私の嫁だ。

「ふふっ、この二面の第二王子殿下の記事は、完全にオリヴァーの指示でしょう? さる令嬢へのつきまといに、勘違い発言、繰り返される迷惑行為ですって。ふふふっ、全くその通りでしたけれど、思わず笑ってしまいましたわ」


 がっちゃん、従僕見習いの一人が皿をぶつけて割ってしまったようで、小柄な先輩従僕に注意されている。同じく従僕見習いとみられる灰色の上着を着た二人が散らばった皿の欠片を集めて片付け始めた。


「今思えば、あの方には駆け引きや工作というものがなくて、ある意味潔いというか、どれも可愛らしいレベルのものばかりでしたわ。もっとはっきり言って差し上げた方が、あの方のためだったのかもしれませんわね…」

「アメリアは割とはっきり言っていましたよ。通じていなかったというか、都合の悪い事を聞く機能が搭載されてなかっただけで…」

「そういうお姉様は流石でしたわ。物腰柔らかに対応なさりつつも、何代も前の王族のエピソードを高名な学者かのように繰り出して完全に黙らせておいででしたわね。勉強不足な殿下がお悪いのでしょうけれど、あれには少々同情いたしましたわ。ご自分のご祖先の事ですのに、つい最近この世界にいらしたお姉様よりも知識がないだなんてとても申せませんもの」


 ジャラジャラーン、今度は集めたティースプーンをぶちまけたらしい。また灰色コンビが拾い集めている。


「そういえば、あの時引き合いに出した三代前の第五十二代国王陛下の行われた治水政策は本当に凄かったみたいですよね。川のルートを変えたり、調整池や放水路を作ったり。私の世界にもある、砂防ダムの原型のようなものを山間に作ったりもしたみたいです。こう言っては失礼になるかもしれませんが、こちらの世界でもあの規模の治水を行った例があるのだなあと感心してしまいました。重機もないのに、よくぞ一代で…」


 もしかしたら、魔法士や魔獣の力でも借りたのかもしれない。ミリューみたいな強大な力を持った子が協力してくれたとすれば、あの規模の工事だって実現不可能ではない。


「ミカ殿、その話は後で詳しく聞かせてくれ。あなたの世界の技術レベルには到底及ばないだろうが、我が国でかつて行われた工事ならば参考にできる事も多いだろう。治水か…。何年かかるものか分からないが、おれの生涯で成し遂げられるのなら…!」

「ザッシュお兄様ならきっと実現できますよ」

 魔獣ばりに強いサカシータ一族ならば治水工事くらいちゃちゃっとやれそうな気がする。

「私の覚えだけでは心許ないですから、可能ならテイラーに帰った際、蔵書の写しを作る許可をいただいてきましょう」

「ああ、よろしく頼む!」

 ガシィ、ザッシュと固い握手を交わす。そしてすかさずザコルによってべりっと剥がされた。

 ザッシュは、私が女であった事は完全に忘れ『ミカという生き物』と認識を上書きしたようだ。


「…わっ、私も、その話なら、できるっ、ですっ」

 先程からやらかしてばかりの従僕見習いの一人が、急に話に割り込んできた。

「サモン、使用人が皆様の話に割り込むなど言語道断ですよ!」

「いいよ、メリタ。サモンくんは治水工事に詳しいのかな」

「そ、そうだ、です!! あの後とりあえずは高祖父…いやその五十二代国王陛下の伝記だけは三週間程かけて読み込んだのだ…であります! あなたからいつ話を振られてもいいように!!」

「そう、偉いじゃない。君が勉強に興味が持てたのなら良かったよ」

 朱がかったブロンドの髪をファサっと揺らし、従僕見習いの青年はドヤァと胸を張る。メリタという先輩従僕がペシっとその後頭部をはたいた。


「お姉様? まさかこちらのお屋敷の従僕にまでご指導をなさっているの? それも王国の歴史などを教え……」

 アメリアがその従僕見習いの方に顔を向ける。

 彼女は生粋のお嬢様なので、給仕の人間にいちいちお礼を言ったり顔を見たりという習慣がなかったのだろう。その従僕見習いの姿を初めて目に映し、あっ、と小さく声を漏らして口に手を当てた。


「で、で、ででん…っ」

「でん?」


 ハコネもそんな尋常ならぬアメリアの様子を見て、従僕見習いの方を振り向く。

 ハコネは護衛として部屋に入ってきた者の顔くらいはチェックしていたはずだが、まさかこんな場所にいるとも思わず、他人の空似くらいに考えていたのかもしれない。


「は? ま、まさか、本当に、で、でんでんででんでん」


 かっきーん。よし、私の武勇伝の記憶はこの衝撃で全て吹き飛んだはずだ。鮭君カッコいーっ!


『殿下ぁぁあ!?』

 昼下がりの執務室に、アメリアとハコネの叫びが同時にこだました。



 ◇ ◇ ◇



「は…? この従僕見習いが第二王子殿下だと…? 確かに見習いにしては歳もいっているし、無駄に美形でもあるが…。いや、何の冗談だ、ミカ殿」

「本当ですよう、昨日、イアン様と魔獣に乗ってうっかりやってきちゃったんですよ」

「ああ…。あの馬鹿兄が連れてきたという要人とはこの方だったのか…。また、よりによって」


 ザッシュが脱力したように鎚を肩から降ろす。私もタイタの後ろを離れ、アメリアの座る二人掛けソファへと戻った。


「よりによってとは何だ貴様! 私はオースト国第二王子サーマル・オーストだぞ!」

「はいはい、知ってますから。全くもう、サモンくんはまた小物のテンプレみたいな挨拶しちゃって…。立場解ってるのかな、この方、ザコル様のお兄様ですよ?」


 サーマルはわかりやすくギクっとしてザコルの方を見遣る。

 当のザコルはどうとも思っていないのだろう、暇でも潰すように私の髪を解いていじくっている。


「でっ、殿下、ご機嫌麗しゅう。先程はとんだ無礼な発言を」

 驚きすぎて固まっていたアメリアが思い出したかのように立ち上がり、深く頭を下げた。


「ああ、面を上げてくれアメリア。どうしてこんな所にそなたのような高貴な女がいるのか判らないが、田舎にあってもそなたは相変わらず美しい! 流石は私が生涯の伴侶に相応しいと認めた…」

「はいはい、今し方勘違い発言が迷惑だって言われたとこでしょ。もう忘れちゃったんですか、サモンくん」

「う、うぎぎぎ…わっ、忘れてはいない…。アメリア、そなた、本当に私の事を…」

 サーマルが顔を歪めつつ、アメリアに縋るような視線を向ける。

「殿下、わたくし…」

「いいんですよ、アメリア。はっきり言ってあげた方がこの方のためです」

「そうだぞアメリア嬢。男は褒め言葉一つ、優しい言葉一つで果てしなく調子に乗れる生き物だ!」


 ザッシュが激しく同意してくる。サーマルはうぎぎぎ、と壊れたロボットのような唸り声を上げて何かと戦っている。

 アメリアはどう言葉を紡いだらいいのか困り果ててしまったようだが、決して否定はしなかった。この王子も、やっと現実を見る機会が巡ってきたのだ。


「このサモンくんですが、このまま王宮に返しても後味悪い結果になりそうですし、ザコルも『害がないなら生かしてもいい』と言うので、昨日からこちらのお屋敷のお世話になっています。屋敷の外の人に知られても厄介ですから、お兄様もアメリアもただのサモンと思って接してあげてくださいね。あ、ちなみにこのメリタは罰ゲームでこの子達の面倒を見させられています」


 ザッシュは従僕姿のメリタ、もといメリーを眺め、ああ、女人だったのかと息をついた。


「そうか、お前がミカ殿を拐ったメイドか…。厄介な相手の面倒を押し付けられたものだ…確かに、体のいい罰だな」

「ミカ様が多大なるお慈悲でもってお下しになった命でございます。このメリタ、必ずやこのポンコツ共を一人前の従僕に育てあげてご覧にいれましょう!! この命を賭して!!」

「貴様、元は平民のメイドのくせに殿下に向かってポンコツなどと…! 不敬罪で斬り捨てられたいのか!?」

「そうだそうだ!!」

 サーマルと灰色コンビが噛み付く。メリタはそんな三人を冷ややかに一瞥した。

「斬り捨てられるものならそうしてくださって結構ですよ。あなた達がモタモタと剣を出しているうちに、こちらはフォーク一本で十回は殺れると思いますから」

 ヒョェ…と情けない声を出して灰色コンビがサーマルの後ろに引っ込む。相変わらず何の盾にもなっていない従者達だ。


「くっ、黒水晶よ、あなたの采配と聞いたからこそ、この見た目だけは可憐なメリタに従ってみてはいるが、何だこの者は。メイドなのだろう。どうして従僕の真似事をしている。従僕に扮する私への慰みかと思い情けをかけてやろうとしたが、男性で王族たる私を容赦なく組み伏せてきたぞ。というかこの屋敷の者はどうなっている! 斬り捨てると言っても誰も私に臆さない!! どいつもこいつもヘラヘラと…!!」


「サモンくん、そりゃあ、皆あなたごときに斬り捨てられるような実力じゃあないからですよ。ちっちゃい犬が吠えてるな、くらいの認識しかないんです。生あたたかい目にもなるでしょう」

「ちっちゃい……犬……」


 ショックを受けているサーマルだが、どうしても剣を腰に穿きたいと駄々をこねたようで、メリーの物らしい、見覚えのある短剣がベルトにぶら下がっていた。彼が持参した煌びやかすぎる剣は従僕の制服にそぐわなさすぎたのだろう。

 ちなみに彼の元の服はパーツ分解して売り飛ばす事になっているが、剣の方は流石に目立ちすぎるという事で、売るわけにもいかず屋敷の金庫に保管されているそうだ。


「ていうか、何を屋敷の人に噛み付いてるんですか。もう一度言いましょうか、立場解ってるんですか? サモンくん」

 横目で視線を流しながら軽く睨むと、サーマルが縮み上がった。その背中をバシッとメリーが叩く。

「サモン! いつまで皆様の御前で礼を失しているつもりですか! 姿勢を正しなさい!」

「お、お前! 先程から…! 実力の差は認めるが私は王族だぞ!! 後先考えて…」

「サモンくん、無駄ですよ。この子は一度死を覚悟していますから。不敬だ何だのを理由に処罰しようとした所で、今更死ぬ事を厭う事はありません。あなたが不始末を犯せばこの子が全責任を負う事にもなっていますしね。これは、そういう罰なんですよ」

 ザッ、メリーが膝をついて首を垂れる。

「おっしゃる通りでございます、ミカ様。この者の不始末は私の不始末。力及ばずモノにする事が叶わなければ、地獄へと道連れる覚悟でございます」

 ギン。

「ヒョェェェ…!」

 メリーの本気の目に王子がたじろぎ、灰色コンビと一緒になって震える。


 ちなみに、メリーに彼らの世話を命じたのは私という事にしてある。だからメリーの責任がマージやサカシータ家に及ぶ事はないし、及ばせるような事もしない。渡り人は治外法権。権力は正しく使いましょう。


「ミカお姉様…」

「ああ、アメリア。怖がらせてしまいましたね。大丈夫ですよ、私も含め、ここにいる誰か一人でも側にいれば、このサモンが迫ったとしてもあなたに指一本触れさせる事などありませんから」

 私はアメリアのか細い手をキュッと握った。

「いえ、殿下を恐れているわけでは…。それにしても、他の方はまだ分かりますが、お姉様まで殿下と従者のお二人よりも実力がおありだと…」


「ミカのシショーはこの僕ですよ。お飾りの剣をぶら下げた格好ばかりの者達に遅れを取るわけがないでしょう」

 例によって私の髪を複雑に編んでいるらしい師匠が代わりに答えてくれる。

「ミカ、いつまであの者達にご褒美をくれてやるつもりですか。用が済んだならさっさと退がれ、お前達」

 ザコルがひと睨みすると、サーマルと灰色コンビは逃げるようにワゴンを押して部屋を出ていき、最後にメリーが恭しく一礼して扉を閉めた。




「アメリアに謝罪の一言でも言わせようかと思ってたのに」

「いいんですよ、あれはお嬢様やミカと同じ空気を吸うだけで興奮するタイプの変態です。お嬢様がお疲れになるだけだ」

「へへっ、早速メリーちゃんに手を出してみたとか、マジ大物すね、あの殿下」

「どうせメリーも変態だ。存外気が合うのでは」


 できた、とザコルが私の左肩におさげを一つ流し、手を離した。

 細かな三つ編みを大きな三つ編みに編み込んだ、花でも挿せば充分ドレスにも映えそうな凝ったおさげだ。


「あら、可愛らしいわ。見事なものね」

「上に編み上げると不便と言われたので、垂らしてみました」

 アメリアが私のおさげに手を伸ばし、その出来に改めて感心している。

「後で侍女に見せてやっていただけないかしら。わたくしもこのおさげにして貰いたいですわ」

「いいですね、お揃い。きっとアメリアにも似合います」

 何ならアメリアの方が百倍、いや千倍似合うだろう。お揃いにしたいと言ってくれただけで嬉しすぎて吐きそうだ。もちろん、全力で引き立てながら隣を歩いてみせる。


「それにしても、ミカお姉様ったら全く容赦がないんですもの…驚きました」

「あ、怖かったのは私の方でしたか。すみません…」

 素直に頭を下げて謝れば、アメリアはふるふると首を横に振った。


「いいえ、どちらが王族か分かったものではないと畏敬の念が湧いただけですわ。あのメリタ? メリー? という者も随分と…。ザッシュ様がおっしゃった通りなら、あの者はお姉様を拐った下手人の一人なのでしょう。それがどうしてあのような心酔ぶりに…」

「ええと、まあ、メリーは色々と極端というか、特殊というか…」


 ザコルの言う通り、あの子も思い込みの激しい変態の一人だ。勝手に心酔したのを私の所業みたいに言わないでほしい。


 パンパン、イーリアが軽く手を叩く。

「さて、登場人物の紹介も済んだ事だし、第二部と行こうか。マージ」

「はい、イーリア様。皆様こちらをご覧くださいませ」

「何、何何何!? 第二部!? もうやめんぐむっ、むーむーむー!?」


 私の口は再び押さえ込まれ、マージが再び大きな紙を出して広げる。

 昨日の魔獣襲来から戦の後始末までの出来事がまたも箇条書き、いや、もはや年表のようにまとめられたその紙を元に、公開処刑第二部『魔獣襲来、聖女に膝をつきし者達〜そして伝説へ〜』が始まった。


 ◇ ◇ ◇


「その題名、一体何なんですか…。マージお姉様が文才? にも恵まれているとは知りませんでしたよ…」

 何が『そして伝説へ』だ。中二病全開だが、マージの趣味なのだろうか。


「ええ。この題は特に秀逸です。このまま新聞記事の見出しや本の題名としても遜色ない。きっと飛ぶように売れる事でしょう」

 執行人も絶賛だ。彼は何やら涙を流してパチパチと拍手している。いや、本当にこのまま新聞に載せられかねない。それだけはどうにかして阻止したい。


「こちらはミカのファンの集いで使用する予定だという資料をお借りししたのよ。清書はわたくしですが、題名はエビーさんがおつけになったのをそのまま」

「はあああこれ中身エビーが作ったの!? 何やってんの、いつの間に!?」

 ちっちっち、と中二病のチャラ男が人差し指を振る。

「俺の仕事の速さ舐めてもらっちゃ困りますよお。あんたらが朝っぱらからいちゃついてる間にちゃっちゃか原稿作ったに決まってんでしょお」

「ちょっ、変な事言わないで! あっ、ほらあ、またザコルが心閉ざしちゃったでしょ! もう、せっかく調子に乗ってきたとこだったのに!! 師匠、師匠、大丈夫ですよ、ほら、顔が見えないと寂しいなあー」

「僕に構わないでください! 調子に乗らせようともするな!!」

 私はタイタの後ろで蹲ったザコルを連れ戻そうと席を立つ。


「ふむ、なるほど…この調子でミカに振り切られたか…。おい、いい歳をして気色悪く恥じらっているそこの愚息よ。まだあのメリタの方が頼りになりそうだ。あの者と王子の調教係を代わるか?」

「代わりません」

 ザコルはすっくと立って出てきた。赤くなったはずの顔が一瞬で青ざめている。母の力は絶大だ。


 いつの間にかハコネとザッシュが互いに近寄って何やらコソコソと話している。

「ミカ殿、やはり恐ろしい御仁だ…。弟が調子に乗っているのも全て計算の内なのか…」

「ああ、少し見ぬ間にホッター殿が一枚も二枚も上手になったな。よく尻に敷いて」

「そこのお兄様方は失礼な事ばっかり言わないでください!」

 私はぷりぷりしながらソファに座り直した。


「アメリア嬢、ご満足いただけたかな」

「はい、サカシータ子爵夫人様。お姉様のご活躍が知れて大変有意義な時間でございましたわ。マージ様も、お忙しい中、資料のご用意などありがとうございました」

 アメリアが着席したまま優雅に頭を下げる。


「ほほ、エビー様の原稿あってこそですわ。清書していて、ああ、ミカがいらしてから色んな出来事があったわと感慨深い気持ちになりましてよ。本当に、よくいらしてくださったわね…」

「そうだな、十年ぶりにまともな帰郷を果たした愚息が、このように素晴らしい女性を連れてくるとは。勿体無いを通り越して怒りさえ覚えるぞ」

「どういう感情なんですか…。義母上は隙あらばミカを横取りしようとしているだけでしょう」

「ミカ、婚約する気が失せたらすぐにでも私のもとに来い」

「やたらに口説かないでください! 僕のミカですよ!!」

「お前のミカは私のミカだ」

「先日からのその理論は一体何なのですか!?」

 ギャイギャイと親子喧嘩が始まる。ザッシュが溜め息をつき、マージが穏やかに笑う。


 散々ザコルを揶揄って満足したらしいイーリアが手を叩き、どうやら私の活躍をアメリアに報告するのが主目的だったらしい会はお開きとなった。



つづく

事件はだいたい執務室で起きてます

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