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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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テイラーからの便② 絶対逃さんぞ

 水満タンの大樽を持ち上げたザコルや、魔法によって一瞬で熱湯が沸いたのを見て、期待通りのリアクションをしてくれたアメリアに満足していたら、屋敷の中からガタイのいい男性二人が揃って庭に出てきた。一人は見覚えのある騎士団服に外套、あれは…


「ハコネ」

 ザコルが呟くように呼ぶ。

「ホッター殿! ザコル殿! それにエビー、タイタ! 元気にしていたか!?」

 既に懐かしい気すらする、爽やかで張りのあるハコネの声だ。


「やっぱり! ハコネ兄さんだー!!」

「ハコネ団長! お久しぶりでございます!」

「団長!? 本物すか!? 会いたかったっすだーんちょー!!」

 ハコネは飛びつくエビーを難なく受け止める。


 アメリアについて来た護衛はまさかのテイラー第二騎士団長ご本人だった。


 よく考えたら、本物のお嬢様に加え、物資も運んできたはずだ。騎士団長が直々に小隊を率いて護るくらいが自然なのかもしれない。ならばきっと残りの人員も相当数いるはず。きっとどこかで物資を下ろしていたりするのだろう。


「それから、ザッシュお兄様もご一緒じゃないですか、何でここに?」

 ハコネと連れ立って現れたのは、カリューでお世話になった四男ザッシュだった。


「ミカ殿、無事で何よりだ。義母から聞いたが、自力で誘拐犯を沈めたとは恐れ入ったぞ。おれはカリュー側から掃討に参加したのだ。あなたが湯を振舞っていると聞いてな、相伴にあずかりに来た」

「どうぞどうぞ、たった今お湯を換えた所ですから! 掃討お疲れ様でございました!」


 ザッシュは報告と顔見せのために屋敷にやってきて、控えていたハコネに声をかけて雑談していたようだ。流石、男性相手にはコミュ力が高い。

 そして本人は無傷のようだが、愛用の鎚は血と土と木屑まみれだ。森の中で木ごと敵を薙ぎ倒したのだなと容易に想像がつく。


 私とザコルの後ろからヒョコ、とアメリアが顔を出すと、ザッシュはビクッとして動きを止めた。


「もしや、あなたのご兄弟でいらっしゃるのかしら。面立ちが似ておられますわ」

「はい、お嬢様。こちらは僕の兄で、サカシータ子爵が四男、ザッシュです。ザッシュ兄様、こちらはテイラー家のお嬢様で…」

 ザコルの紹介を受け、アメリアはふわりと一歩踏み出す。

「初めまして、ザッシュ様。わたくしはテイラー伯爵セオドアが長女、アメリア・テイラーですわ。どうぞお見知りおきを」

 町娘のスカートを持ち上げ、優雅にカーテシーを披露するアメリア。まさに淑女、まさに妖精、国宝はここにもあった。


「がっ」

 …噛んだな。頑張れお兄様!

「し、失礼。ごっ、ご丁寧にっ、ありがとう、ございます。紹介の通り、おれはサカシータ子爵が四男、ザッシュ・サカシータ。です。弟が世話になっている…お、おります!」

 血まみれの鎚を背に隠し、ぎこちなく騎士の礼を取るザッシュ。


「ははは、ザッシュ殿、アメリアお嬢様は見た目程繊細なお方ではないぞ! 幼い頃はよく剣術大会の見物も好んでついていらしていたし、あのザコル殿を叱り飛ばす度胸もお持ちだ! そう緊張する事はない!」

 バシンバシンとザッシュの背中を叩くハコネ。


「もうハコネったら! 叱り飛ばすだなんて人聞きの悪い事を言わないでくださる? 申し訳ありませんザッシュ様、うちの者が失礼を。我が家こそ弟君のザコル様にはお世話になっておりまして」

 アメリアがザッシュの方に一歩踏み出す。

「い、いや、あ、あああなたが気にする必要はない、兄のおれから見ても少々常識に疎い所のある弟だ、どうぞ遠慮なく……そ、それより、あまり近づかないでいただけると」

 謝ろうと迫る少女から、ザッシュがあからさまに一歩引いた。

 それを見たアメリアはハッとして胸を押さえる。

「あ…申し訳ありません、初対面の殿方に不躾な真似を…」

「ひっ!! あなたは何も悪くない! お、おれは返り血で汚れてもいるから! そ、そんな顔をなされるな!」

 しゅんと瞳を伏せた少女に、怯え慌て始める大男。


 私はアメリアの背中に手を添える。

「アメリア、ザッシュ様は少々『紳士過ぎる』所があって、女性との距離には慎重になってしまうんです。アメリアみたいに上品で線の細い美少女には特に緊張されてしまうかもしれませんが、そういうものと思って接して差し上げてください」

 アメリアは一瞬、キョトンとした顔をしたものの、すぐにふむと頷いた。

「そうなのですね。そう、それならば……」

 アメリアはザッシュから適度な距離を取り直し、再びスカートを持ち上げた。

「失礼いたしましたザッシュ様。恐れながら、まだまだ社交を勉強中の身でございます。距離感を間違う事もありますでしょう。至らぬ点があればどうぞその都度ご指導くださいませ」

 そう言って少女は大男に微笑んだ。


 相手に価値観を押し付けないのはもちろん、必要以上に謝って相手を恐縮させる事もしないし、距離を取り過ぎて拒絶と取られるような真似もしない、そして大人である相手を立てる。

 おお、流石だ。勉強になるな。


「ああああなたのような完璧な淑女に至らぬ点など今後ともあるものか! 勉強するのはこちらだ! おい、余計な事を言うなミカ殿! お、おれだっていい大人なんだ。普通に、は、話くらいはできるッ」

 矛先が私に向いた。アメリアを直視し続けられなくなったのかもしれない。

「お兄様が『善い大人』でいらっしゃるのは知っていますよ。でもほら、この子は正真正銘のお嬢様で見ての通りの美少女ですし、私みたいなエセ少女とも全然違いますから。大丈夫なんですか」

「大丈夫に決まっている!! それに、あなただって充分若く、か、可愛らしい女人だろう! エセなどという言葉を自分に使うんじゃない!」

「きゃー流石はお兄様! 心は紳士! 素敵です!」

「やめろおれを褒めるんじゃない! 調子に乗るだろうが!!」

 ザッシュは血まみれの鎚を顔の前に突き出しながら叫んだ。


 アメリアがザコルとザッシュを見比べる。

「…照れ方がそっくりですわ…。ですけれど、お兄様の方が確かに『紳士』でいらっしゃいますのね」

 ザコルが気まずそうに視線を逸らす。

 私が思うに、ザッシュはフェミニストなだけだし、ザコルは男女平等なだけだ。


「おい、そ、それに、後ろの女子達は何だ!? そんなにいるなんて聞いてない…!!」

 ザッシュが私にコソコソとそんな事を言う。彼の視線の先には、ザコルの兄弟と聴いて興味深そうにこちらを伺う、同志村女子達の姿があった。一応カファもいるのだが…。


「あの子達は同志達の、カリューでいう所の『集いの人々』の部下ですよ。私達とも仲良くしてくれています。皆、こちらはザッシュ様。ザコルの四番目のお兄様です。とっても優しくて頼りになるお方でね」

 私は早速お兄様を売り込もうと営業モードになる。女性に慣れたいなら女子の知り合いは多い方がいい。


「やめてくれミカ殿、気持ちは嬉しいが、これ以上おれを褒めてハードルを上げないでくれるか…。いや、失礼した。水害の支援のため、駆けつけてくれた事に感謝する。おれはザッシュ・サカシータ。弟が世話になっている」

 頑張ってキリッと挨拶したザッシュに対し、カファと女子達が順番に挨拶をした。

 いかにも重そうな鎚をひょいと肩に担ぐザッシュを見てカファが目を輝かせている。女子達からは硬派そうな所も男らしくて素敵だと好感触のようだ。アメリアもぎこちないザッシュの態度を気にする様子もなくニコニコしている。お兄様は女性を避けさえしなければ普通にモテると思うんだよな…。



「ホッター殿、二人旅はどうだった。苦労が多かっただろう」

 今度はハコネが私にコソッと話しかけてくる。

「ふふ、苦労はお互い様でしたよ。二人旅、とっても楽しかったです」

「それは良かった。首などの筋がイカれていなくて本当に…」

 ああ、ザコルが私を雑に持ち上げて馬に乗せたりしていたので、出がけにテイラー邸の皆から心配されていたのだった。ハコネは再三『大きめの卵か何かを運んでいるとでも思え』とザコルに注意していた。

「あはは、筋は無事ですよ。彼なりに大事にしてくれましたから」

「そうか」

 ふ、ハコネが安堵したように笑う。


「ハコネ兄さ、いえ、ハコネ団長。ここへは支援物資を持ってこられたんですよね。水害からまだ九日でしょう、連絡や、物資の準備の日数も考えたら、到底このタイミングでは来られないと思うのですが、どんな魔法を使ったんですか?」

「ああ、単純な話だ。アメリアお嬢様を擁する本隊はこの領で水害が起きるより前にテイラーを出発していた。途中で水害発生の報せを受け、アメリアお嬢様のご判断で馬と荷馬車を買い取って御者を雇い、物資を調達しながらここへ来た。ザコル殿も伯爵家へ支援依頼を出しているようだからな、この後にも便はやってくるだろう」

「なるほど。…アメリア、よく邸を出してもらえましたねえ…」

「…ああ。貴殿、どこまで聞いている?」

 ハコネの目が途端にこちらを探るようなものへと変わった。

「いえ、何にも聞いてませんよ。ただ、アメリアには邸を出られない、または出してもらえない事情があるんだろうとは思っていました。あの阿呆の子に付きまとわれている件とは別にね」


 阿呆の子、もとい第二王子殿下は思いの外王宮内で孤立していたようだった。王弟にさえ切り捨てられそうになる始末だ。そんな王子からの付きまといくらい、どうにかできないテイラー家ではあるまい。


「伯爵邸は無事なんですか」

「ああ。今は第一が護っている。それだけでもないしな。心配はいらないぞ」

 第一とは、テイラー第一騎士団の事だろう。ホノルの父親でハコネの義父、ボストンが団長を務めている。

「そうですか…。皆さんが無事なら良かったです」

「相変わらずだな…貴殿の立場ならもっと……いや」

 ガシ、突然頭に手を置かれて少し肩が上がる。

 ハコネはそんな反応を特に気にする様子もなくニカっと笑った。

「流石の肝っ玉だ。よく頑張っているな、ホッター殿」

 そのままガシガシと撫でられる。


「ハコネ」

 肩を持たれてグイッとその手から逃がされる。

「ザコル殿、ちゃんと護っているようじゃないか」

「うるさいです。ミカは、あなたが思うよりずっと繊細ですので」

「繊細…。貴殿にそんな事を指摘される日が来るとはな」

 じわり、ザコルから不穏な気が立ち上る。


「だんちょー、うちの姫に気安く触ってもらっちゃ困るんすよねえ」

「ミカ殿。こちらお預かりしておりました。ご装備ください」

 エビーがハコネの肩に手を乗せ、タイタは何故かドングリがみちみちに詰まった巾着を手渡してくる。


 ハコネは微妙な空気の変化を感じ取ったのか取ってないのか、ふむ、と腕を組んで頷いた。

「すまないホッター殿。つい、子を扱う気分で撫でてしまった。気に障っただろうか」

「いえ、大丈夫ですよ。ふふ、ハコネ兄さんは相変わらず面倒見がいいですねえ」

 にこ。


 ハコネ兄さんは何も悪くない、実際子供のいるお父さんだし、大丈夫、どうどう。どうどう。

「……? ちょっと」

 護衛達に目配せしたが、誰も殺気を引っ込めてくれない。どうどう!


「ザコル殿は分かるがお前達まで…。まあいい、その調子でホッター殿をしっかり守れよ。拐われた事は主には黙っておいてやる」

 じろ、とハコネが睨むとエビーはハコネの肩から手を離した。


「鍛錬は怠ってないだろうな。後で手合わせしてやるぞ」

「へへっ、こちとら鬼軍曹に稽古つけてもらってましたんでねえ、以前の俺とは違いますよお!」

 エビーが胸を叩く。

「そうか良かったな、タイタも。憧れていただろう」

「ええ! 俺には勿体無い幸運です! こうした機会をいただけた事、主にも団長にも神にも感謝しております!」

 タイタも胸を叩く。


「相変わらず面倒見がいいな、ザコル殿」

 ハコネはこれでも、ザコルの一見分かりにくい親切や優しさを理解する一人だ。

「…いいえ。二人には、僕もよく世話になっていますから。感謝しているのはこちらです」

「兄貴ぃ!! 愛してますう!!」

「やめろ鬱陶しい」

 ザコルは抱きついてきたエビーをベリっと剥がす。

「ははは、ザコル殿にも友らしいものができて嬉しいぞ!」

「ハコネ、さっきからその生ぬるい目をやめてくれませんか。アメリアお嬢様もです!」

「あら、気付かれてしまいましたわ。ですが仕方ないとは思いませんか。あなたがこれだけ多くの方と打ち解けている光景が見られるなんて、ミカお姉様のお言葉を借りるならば『ほっこり』としてしまうんですもの」

「どうせ全部ミカの陰謀です」

「ふふ、そういうことにしておきましょう」

 アメリアは片手を頬に当てて柔らかく微笑んだ。神々しい…。

 拗ねる二十六歳男児を見ても引かないなんて。慈愛の権化か? よし、聖女の称号は速やかに彼女に譲ろう。


「ザコルお前…やはり都会で美少女に囲まれていい思いを…」

「シュウ兄様は話をややこしくしないでください。いい加減に風呂に入ってきたらどうですか」

 絡んできた兄をシッシッと雑に追い払う弟。仲良し兄弟。ほっこり。

「ザッシュ殿、鎚をお預かりしましょう。今度こそ大切に扱いますので」

「ああ、タイタ殿。別に適当に扱ってもらって構わないが、怪我には注意しろよ。よろしく頼む」

 タイタは恭しく鎚を受け取った。



 ザッシュは皆に軽く会釈をしつつ入浴テントへと向かっていった。カファも仕事に戻ると言ってその後をついていく。女子達も同じようにテントの手伝いに戻っていった。


「タイタ、その鎚って水で洗ってもいいもの? 錆びちゃうかな?」

「よく水気を拭けば問題ないかと。汚れも酷いですし、井戸の方で清めて参りましょう」

「お願いね」


 タイタは鎚を持って駆けていく。その背を見送った後、私はエビーに目配せした。


「団長、この後の予定って決まってます? てか、他にも団員いるんすよね。どうしてるんすか」

 質問されたハコネが頷く。

「お嬢様と俺はしばらくここでゆっくりしろとの事だ。俺達は既に昼飯も済ませているのでな。他の団員や従者も荷物を下ろした後は各自で休憩を取るよう指示している」

「その団員の中にカニさんっています? いないなら行方とか知って…」

「カニタか? いるぞ。ジーク領の街で見つけてやれたのでな。他の護衛隊と共に隊列に入れた。あいつがどうした」

 エビーがこっちを見る。

「アメリア、私からあなた宛に出した手紙は読みましたか」

 彼女はふるふると首を振った。

「いいえ、申し訳ありませんお姉様。我が家宛に出していただいたのですよね。恐らく行き違いになったものと思いますわ。水害の件もその同志? の方に直接聞きましたの。その方は、我が家に手紙を届けた帰りだとおっしゃっておりました。オリヴァー直筆の手紙を携えておりましたので、間違いありません」

 アメリア宛に送った手紙は一通ではない。水害以降の手紙は同志に預けているが、それより前に出したものは……。


「アメリア、ハコネ団長。カニタさんに少しお話があります。会わせていただけませんか」


 まさかそっちからノコノコと現れてくれるとは。

 ………………絶対に逃さんぞカニタ。



つづく

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