表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/572

テイラーからの便① 女神や妖精が集まる宿命か何か

「…手の温もりだけに集中して目を閉じた、はずだったんですよね」

 私は布団の中で独りごちる。

「………………うん? はい」

 その独り言に律儀に答えが返ってくる。

「では、どうしてザコルは私を抱き締めて一緒に寝ているんでしょうか」


 目が覚めたら、分厚い胸板に自分の頬が触れていて心臓が止まるかと思った。頭の下や背中には太い腕が回され、完全にホールドされている状態だ。


「…………どうして…? ええと、ミカが、うなされてて、手を伸ばしたら掴まれて、離してくれなく、て…………」

「……ええと、寝ぼけた私がすみませんでした…?」

 詳細はよく分からないがどうやら私のせいらしいので謝っておく。まあ、今寝ぼけているのは彼の方だが。


「ん……もう少しだけ、このままでも?」

「どうぞ…」

「あったかい。こんなに、よく寝られたのは、久しぶりだ…」


 同じ布団の中で抱きすくめられたまま、髪に頬をすりすりされる。

 ちょっと、流石の私も動悸が激しくて辛いとは言いづらい雰囲気である。せっかく起きたところだがすぐに心神喪失してしまいそうだ。


 気を紛らわそうと窓に目を向ける。八時は過ぎている。九時から十時、そんなものだ。四時間くらいは寝たか。

 庭で風呂イベントをするなら早く起き出した方がいい。解ってはいるのだが…………ここでもし私が彼に魔力の移譲などを試みたらどんな反応をするんだろう。そんな良からぬ考えが胸の内からむくむくと湧いてくる。


「ねえ、少しずつならいいんでしたっけ」

「…何がです…ふぁ」

 まさか、この彼が無防備に欠伸なんて…。

 駄目だ、動悸は収まるどころかもっと激しくなってきた。気も遠くなりそうだが、一方で思いっきりこちらから抱きついてスリスリしてやりたい衝動にも駆られる。ああ、なるほどこれが『理性が限界』というやつか…。


 トントン、控えめなノック音がする。耳を凝らさないと聴こえないくらいの音だ。

 ガバッ、ザコルが勢いよく身を起こす。急に頭の下にあった腕を抜かれたので、私は軽く投げ出されてバウンドした。


「はい。何でしょう」

「おはようございます。ミカ様はご起床でしょうか…。お食事をお持ちしたいのですが」

 ザコルの落ち着いた返事に、小さな声が返ってくる。

「ミカは今しがた目を覚ました所です。半刻後にお願いします」

「承知いたしました」


 ふーっ、ザコルは息を吐き出しつつベッドから脚を下ろして座った。そして黙って頭を抱えた。

 私も身を起こす。寝不足には違いないだろうが、短時間でもよく眠れた気がする。逞しい背中が可愛らしく丸まっているので、ピトッと身を寄せてみたらビクッとされた。


「…すみませんミカ、条件反射で…。決して引いているわけでは。というか、投げてすみません…」

 ごにょごにょ。もう寝ぼけてはいないらしい。残念。


「私達、というかザコル、少し前までもっとガツガツ触ってませんでした? 恥ずかしい事もスラスラ言ってましたし」

「ぼ、僕は恥ずかしい事なんか…。ミカの方がよっぽど…い、いえ。ミカに、色々言われて、反省したと、いいますか…。ミカが抵抗してくれていたから、今までは安心して触れたと、いいますか…」

 確かに、罵られるくらいが丁度いいだのとはしょっちゅう言っているな。

「そうですか…。私もツンデレになった方がいいんですかね。そういうキャラではないと自負しているんですが」

「調子に乗ったら面罵してほしいです」

「めんば。その発言、ハタから見ればただの嗜虐趣味ですからね?」

「うぐ…その通りです…ね」

 面罵という言葉を先に使ったのは私なのだが、そんなことに気づいて突っ込むような余裕もないようだ。


 そろり、背中から離れて私もベッドから脚を下ろし、先に立ち上がる。

 桶には昨日の水がまだ残っている。温めて手拭いを浸して絞り、顔を拭いた。私は手拭いをもう一枚手に取り、温かいおしぼりを作ってザコルに手渡してやる。

「ありがとうございます…」

 ザコルはベッドに座ったまま、自分の顔や首などを拭き始めた。

「そのまま顔におしぼり当てていてくれます? 着替えてしまうので」

「はっ!? い、いや僕が廊下に出て…!」

「今、かなり赤面してますよ」

「うぐ」

 彼は大人しくおしぼりを顔に当て、沈黙した。


 私は自分の荷物から血の付いていない服を適当に引っ張り出し、綿の寝巻きをさっさと脱いで着替える。

「もういいですよ。私はソファに座って後ろ向いてますから、ザコルも着替えてください」

 ザコルは持っているおしぼりから顔を離して立ち上がった。彼が着替えている間、適当に髪を束ねる。今日はこれからお風呂に入れるだろう。というか、まず私が入らなくては皆遠慮して入ってくれない気がする。


 ザコルが腰ベルトや短剣などを装備した所で、先程の使用人が朝食を運んできた。昨日脱衣所を死守していたメイド見習いの一人だった。


「ザコル様のマントは、昨日のうちにこちらでお預かりして、洗濯と繕いに出しております。着用済みの他のご衣装も預からせていただいてよろしいでしょうか」

「はい。お願いします」

 私が返事をすると、彼女は畳まれた私達の服や寝巻きを持って一礼し、朝食の乗ったワゴンを置いて退出していった。

 昨夜からザコルのマントが帰って来ないと思って気にしていたが、屋敷の方で預かられていただけと知ってホッとしてしまった。


 ◇ ◇ ◇


 水が満タンの大樽を持ち上げたザコルを囲み、皆がやんやと盛り上げる。ザバア、と湯船に注がれる水、それに全力で魔法をかける私、ぼふん、と上がる湯気。再び大樽が持ち上がり、差し水が二回注がれる。湯温はバッチリだ。


 女湯の一番風呂はイーリアとマージ、そして私だ。ザコルとエビーとタイタは男風呂の一番を勧められている。

 以前この庭で男女に分かれて風呂に入った時とは状況が違うとザコルが渋ったものの、イーリアとマージが私の護衛をするから問題ないと言えば、ザコルは渋々男湯に連れられて行った。


 女神の裸など直視したら意識を失いそうなのであまり見ないように目をつむっていたらイーリアに笑われた。マージが私の髪を洗いたいと言ってくれるのでお任せしたら、気持ちが良過ぎて昇天してしまう所だった。流石は元女帝付きの戦闘メイド、お世話力がカンストしている。

 イーリアとマージの二人は戦の後片付けがまだまだ残っているという事で、入浴後はさっさと仕事に戻っていってしまった。


 お風呂上がりに牛乳をいただきつつ、護衛三人とラグでくつろいでいたら、避難していた同志の部下達や子供達が顔を出しに来てくれた。


「ミカ様ぁぁ…!! よくぞご無事でぇぇ…!!」

 大号泣のピッタをよしよしと宥める。他の女子達も涙ながらに私達の無事を喜んでくれた。

 幼児軍団は次こそは私を守ると言ってドングリを掲げる。風邪から完全回復したらしいミワの姿もある。シリルやリラなど山の民の子の姿は見えないが、山の民の女性達と共に午後から顔見せにくるらしい。


 子供達は早速、的に向かってドングリを投げ始めた。私もドングリが欲しかったが、この屋敷の柏の木の下はほとんど拾い尽くしてしまっていてあまり拾えそうになかった。


「ミカ様、こちらをどうぞ。集会所の近くにもこれと同じ木が何本かありまして、今朝子供達と一緒に拾ったんですよ」

 そう言って大きな布袋を差し出したのはカファだ。子供達もにかーっと笑う。

 同志部下の彼らは昨夜から、子供達やその親と一緒に集会所に身を寄せていたらしい。

「わあ、すっごい量!! ありがとうみんな! 私ね、曲者にドングリ投げつけてやったんだよ。見事命中したの!」

「ミカさますごーい!」

「早速実戦に応用されてくるとは! 流石はミカ様!」


 カファもドーシャと同じように、私が当然曲者に反撃したものと考えていたようだ。心配してくれるのもありがたいが、こうして力量を信頼されているのもまた心地いい。


「カファさん聞いてくださいよ。ミカさんね、ドングリで気を逸らした隙に顔面に拳叩き込んだらしいんすよ。マジヤベーっしょうちの姫!」

「なんと! それはそれは」

「エビー様! ミカ様をみすみす拐われておきながら…!! また調子に乗ってるんですか!? 護衛のくせに! 護衛のくせに!」

 ピッタがブンブンとドングリをエビーに投げつける。

「痛っ、ピッタちゃ、やめっ、これでも落ち込んでっし反省してんだよ、傷口にドングリ叩き込んでくんなって…!!」

「子供達、あいつをやってしまいますよ!!」

 わーっ、ピッタに続いて幼児軍団がエビーに集中砲火を始める。エビーはラグから逃げ出し、ピッタと一部の子供がそれを追いかける。


「タイタ、このドングリ皆で分けようよ」

「はい、そういたしましょう。ありがとうございます、カファ殿」

 タイタは懐から布袋をいくつか取り出し、私の巾着も預かってドングリを分け始める。

「いえいえ、そのうち町中のドングリが争奪戦になりそうですからね! 今のうちにたくさん拾えて良かったですよ!」

 昨日は、子供達の親も、同志村メンバーも、いい大人が皆ドングリ合戦に夢中だった。今後しばらくはドングリ投げがブームになりそうだ。雪が積もったらぜひ雪合戦も普及させたい。


 昨夜夜通し水を汲んでくれた同志達は、今は同志村に戻って休んだり、物資の補給などの仕事に戻っているそうだ。マネジもドーシャ達のアーユル商会のテントで休んでいるらしい。彼らにもぜひお風呂を利用してほしいと部下の面々に伝えておいた。


 ザコルはというと、さっきからずっと無言で私の髪を拭き、櫛で梳かしている。


「ザコル、夜会巻きにするのはやめてくださいね」

「…解いて結い直します」

 立体造形になりかけていた髪が解かれていく。近くにいたカファが、その様子を見て不思議そうにした。


「猟犬様。昨夜は何百人もの曲者を相手に千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りだったと聞き及んでおります。もしやお疲れなのでは…」


 落ち込んでいますか、そういう立ち入った言い方はしない。

 そんなカファもまた、ザコルが人を屠ったと聞いても態度を変えない一般人の一人のようだ。

 というか、同志の部下の面々は誰も気にしている様子がない。普段から各自のリーダーにザコルの武勇伝を聞かされてきた賜物かもしれないが、ザコルがそれだけ彼らに信用されている証でもあるだろう。


「…カファ、僕は所詮、人殺しくらいでしか役に立たぬ人間です…」

「何をおっしゃる! 大樽も持ち上げられますし、字もお上手ですし、髪も見事に結えますよ! 子供達にも慕われておいでですし!」

「…ありがとうございます。君のように気の利く人間になるにはどうしたらいいのでしょうか…」

「えっ、お、恐れ多い事をおっしゃいますね。…あの、私と猟犬様とでは、持って生まれた役割が違うように思うのですが」

「役割…?」

「そうです! 私は若頭の無茶を楽しくフォローして回るのが役割ですが、猟犬様は国や世界といった規模で愚かな人間を正して回られるのが役割、というか宿命なのではないでしょうか! 国や世界の規模になれば、私にできる事などほとんどありません。よって、猟犬様は私などよりもずっと有能で気が利くお方という結論になるかと!! …はっ、不敬な事を申しましたか…!?」

「…いえ。色々と滅茶苦茶な気もしますが、元気は出ました。ありがとうカファ」

 ふ、背後にいるザコルの口から息が漏れる。きっと笑ったのだろう。

 カファが胸を押さえて固まった。

「ぐ、ぐうう、胸が苦しい…!! これが若頭がよく陥っている心神喪失一歩手前の状態か…!? 猟犬様のレアな微笑み、破壊力が強過ぎます…!!」

「カファ、君はそういうのにならないでほしいんですが」

 ザコルはどうしてもカファの狂信化を止めたいようだ。

 何だかもう手遅れな気もするし、ザコル自身がトドメを刺しにいっている気もするが黙っていよう。


「別に落ち込む事ないのに」

「…ミカはもっと僕に怒ればいいんです」

「朝のは、元はと言えば私のせいなんでしょ。それに、ザコルの好きにすればいいと言いました」

「迂闊な発言は控えろと言いました」

 はい言いましたー。小学生レベルの当てこすりみたいだ。


「タイちゃん、昨日の記憶はある?」

「はい、途中までは…。俺は何度お二人の御前で心神喪失すれば気が済むのでしょうか…。これ以上任務に支障が出るのならば、エビーが最初に言った通り、テイラーに戻って他の者と交代した方が…」

「ちょっ、タイちゃんがいてくれないと困るよ。包容力の塊みたいな君がいてくれるからこそ、私達は正気を保っていられるようなものだからね」

「その通りです。ミカだけでなく、君がいなくなっても僕の発狂指数は上がります」

 発狂指数って何だ…。正気度、SAN値みたいなものだろうか。

「そ、そんな、俺なんかがおらずとも…」

 タイタもまた落ち込んでいるようだ。護衛対象よりも先に寝てしまうなんて、と落ち込む気持ちは解る気がする。私の感覚で言えば、例えば仕事中に寝落ちしたら納期過ぎてたみたいな……ゾッ。

「ね、タイタは護衛隊の中でも一番くらいに強いんでしょ。記憶力もすごいしさ。昨日はタイタも大立ち回りって言葉が相応しい活躍だったね!」

 彼の気持ちに共感し過ぎた私は必死に褒め言葉を探した。

「それにまた、ザコルの活躍を一緒に見られて良かった! あの感動を分かち合えるのは大きいよ! 同志の皆にも語ってあげなきゃね」

「それはもちろん! 細部の細部まで語り尽くしてご覧にいれますとも!!」

「タイタなら私の気づかなかったとこまで教えてくれそうだよね、楽しみ!」

 良かった、ちょっとは元気になってくれたかな。


 そよ、今日は少し風が暖かい。日本では冬場、暖かい風の吹く日の翌日は雨だったりしたなと思い至る。明日は雨なのだろうか。確か山の民の女子供は明日の朝ツルギ山に帰ると言っていた。せめてあの川を渡るまでは天気が保ってくれるといいが。


「ミカさま、おてほんかいて」

「いいよ、画板持ってきたんだね、偉い偉い」

 子供達の紐付き画板を受け取り、リクエストされた単語や文章を書いてやる。

「ミカさま、おてほんのしたに、えもかいて」

「絵を?」


 訊けば、絵までリクエストしてきたのは単純な理由からだった。後で見返した時に、単語の意味を忘れないようにするためらしい。


「…うーん、絵か、ちょっと苦手なんだよなー…。地図とか図鑑とかから模写するのは割と得意なんだけど」

「ミカにも苦手なものがあるんですか」

 ザコルが私の肩越しに画板を覗き込んでくる。

「そりゃそうですよ。私を何だと思ってるんです」

「手芸ができるのならば絵も描けそうなものですが」

「決まった図柄を刺繍したりするのは得意ですよ。…ほらこれ、うろ覚えの羊です」

 ぶ、後ろの人が吹き出した。

「笑うと思った!!」

「ミカさま、これなーに? もじゃもじゃ…? これ、あし…?」

「羊だよ、羊。ほらね、私って絵のセンスが壊滅的なんだよ。特にデフォルメとかするのが苦手で…」


 その場にいたメンバーにはもれなく画板を覗かれて笑われた。何だこの公開処刑。


「ミカにも苦手なものがあるんですね」

 ザコルが解いた私の髪を一束手に取って頬擦りし始めた。

「何で二回言うんですか」

「僕も絵は苦手です。一緒ですね」

 子供達はザコルの方に画板を向けた。

「ザコルさまもひつじかいてー」

「嫌です」

「ええー、かいてよー」

「嫌です。僕は文字しか書きません」

 子供からのお願いをにべもなく断り、未だに私の髪に頬擦りしている人を振り返って睨む。

「ずるい。ザコルも描いてくださいよ!」

「絶対に嫌です」


 むむ、絶対に描かないつもりのようだ。

 覚えてろ、そのうち絶対に描かなければならないシチュエーションをどうにかして作り出してやる。

「はは、猟犬様、お元気になられましたね」

 カファが和やかに笑うと、他の部下や女子達も笑った。流石に気まずくなったか、ザコルは頬擦りしていた髪の束を離し、再び私の髪を梳き始めた。



 同志村の面々は、入浴イベントを手伝うと言って使用人に声をかけに行った。

 私達もそろそろ湯の替え時だろうと、子供達に断って立ち上がる。血や土の汚れが多いはずなので、湯船のお湯はこまめに交換した方が集団衛生的に安全だろう。

 声をかけて入浴をストップさせ、湯船に入っていたお湯を一旦全て熱湯にして湯船ごと消毒してしまう。その後、三分の一だけ残して排水してしまい、ザコルに頼んで大樽で差し水を二回した。我ながらこれは効率がいい気がする。体洗い用の水路には手桶なども突っ込んでから一気に熱湯消毒し、改めて湯を張り直した。


 そろそろお昼になるかという頃、残党狩りに区切りをつけたらしい衛士の一団が庭に入ってきた。反対に、風呂に入って身綺麗になった者が町の内外の警戒や後片付けのため屋敷を出ていく。


「モリヤ」

「モリヤさん…!」

 私達は庭の入り口でモリヤを出迎えた。

「おお、坊ちゃん、ミカ様。ご無事とは聞いておりましたが、この目でそのお姿を見られて安堵いたしましたよ」

 モリヤは傷だらけの血まみれ、そして土埃まみれだった。

「私がうっかり拐われたりしたせいで、大変なご迷惑を…」

「いやはや…拐われて謝る姫などあなたぐらいでしょうなあ」

 イーリアと同じ事を言われてしまった。

「いいですかい、考えようによっちゃ、ミカ様ご自身が敵の真正面で注意を全て引き付けてくれたおかげで町の中心に手が伸びず、被害が最小限で済んだとも言えるんですよ。…大事な姫を囮にしたように聴こえちゃ困るんで、テイラー卿には内緒ですよ」

 モリヤは下げかけた私の顔を覗き込むようにし、シー、と指を口元にやった。

「…ふふ、ありがとうございます、モリヤさん。たとえ偶然でも何か良い結果がもたらせたなら嬉しいです。そうですね、後世には私が発案した囮作戦だったとでも伝えてもらう事にします」

「そりゃあいい。ミカ様の武勇伝がまた一つ増えてしまいますな!」

 はっはっは、モリヤは快活な笑い声をあげた。



「私の武勇伝が増えたって何…? 元騎士団長様にそう言われるような事なんてしてなくない?」

 風呂に向かうモリヤの頼もしい背中を見送りながら呟く。

「そうすねえ、俺が推しの武勇伝シーズンワンから語ってやりましょーか?」

「何サブスクみたいなこと言ってんの、私のエピソードなんて怪獣大戦争に比べたら全てが霞むよ」

「あれはもう何か、自然災害みたいなもんじゃないすか」

「確かに」 

「僕の戦いを災害扱いするな。ただでさえ公国では神のいかづちだの何だのと……いや…テッ、テイラーからの便はいつ着くのでしょうか!」

 あ、今、誤魔化した。

「何て言いました?」

「何も言っていません」

「タイタ」

「公国では神のいかづち、とおっしゃられました」

「やっぱりそう言ったよね! 神のいかづちって何それ! 公国ってオースト国の西側に隣するメイヤー公国の事ですよね! ザコルの存在を天災になぞらえてるんですか!? アツすぎる…!! というか『歩く火薬庫』以外にも世界に轟く二つ名があるってことですよね! マージお姉様に聞いてこよっと!!」

 屋敷の中に行こうとしてガッと腰を捕まえられる。

「やめろ!! 僕の変な二つ名をこれ以上知ろうとするな!! 恥ずかしさでいえば歩く火薬庫の方がまだマシだ!!」




「ザコル」




 カツン。屋敷から庭に踏み出してくる女性に目が吸い寄せられる。赤い煉瓦を敷いた道が一瞬、まるでレッドカーペットかのように見えて目をこする。


 冷気が急に足元を吹き抜けた気がした。戦いにおける殺気や威圧とは違う、ある種の人々がよく放つ圧。

 エビーとタイタはその場で、ザコルは私の腰に腕を回したまま完全に固まった。


「アッ、アメリ……」

「ええ、そうですわ。あなたの『アメリ』ですわ、お姉様」


 衣装はチッカで見かけた町娘達が着ているものによく似ていた。履いているブーツは私が伯爵夫人サーラに借りたものとよく似ている。一応平民らしい服装なのにも関わらず、にじみ出る高貴なオーラが一つも隠しきれていない。


「いつまでお姉様のお体に触れているおつもりなのかしら」

 お忍びのご令嬢はそっと口元に手をやり、控えめに眉を寄せ『憂い』を表現する。

「あ、は、はい、おじょ…」

「アメリですわ」

 ザコルの手が脱力したように緩む。

「お初にお目にかかります。『英雄』ザコル・サカシータ様。どうぞよしなに」

 完璧なるカーテシー。私の付け焼き刃カーテシーとはまるで格が違う。


「…いやいやいや、忍ぶ気が無さ過ぎじゃないですか?」

「ふふ、来てしまいましたわ」

 来ちゃった、みたいなノリで返される。

「アメリア…!」

「ミカお姉様…!」


 私が両手を広げると、彼女は令嬢ムーヴをやめ、思い切り駆け出して私の中に飛び込んできた。彼女が被っていた、つばの大きい帽子がはらりと落ちる。

「ア、アアアアアメリアお嬢様!? え、な、何でここに!? 俺聞いてませんよ!? タイさん聞いてます!?」

 エビーが動揺してタイタを揺さぶる。

「い、いや、聞いていない…。アメリアお嬢様、お久しぶりでございます。ご機嫌麗しく…」

「堅苦しい挨拶はよくってよ。お忍びですもの。ここにいるのはただのアメリなのですわ」


 ふわふわの金髪、真っ白でくすみ一つない肌、宝石みたいな碧眼……。

 彼女こそはテイラー伯爵家長女、アメリア・テイラー。その人であった。




「ザコルさまー、あのおんなのひとだれー?」

「おにんぎょうさんみたい!」

「ミカさまとられちゃったよ。いーの?」

「ぼっ、僕より偉い人です! 不敬のないように!」


 町長屋敷の庭に突如出現した超ド級の美少女。庭全体がざわついている。


「あまりオドオドされると落ち着きませんわ。普通にしてくださらない? ザコル」

 相変わらず子供達に群がられながら、正座姿のザコルがビクッと姿勢を正す。

「…何か後めたい事でもあるのかしら」

「なななななにもありません」

「下手かよ…。しっかりしろ兄貴、正念場だぞ」

「いえ、むしろありのままのお二人を見ていただいた方がよろしいのでは。きっとお嬢様もお解りに」

「迂闊な事を言うな!」

 護衛隊の騎士二人と仲良さげなザコルを見て、アメリアはふふと笑った。

「まあ、わたくし、先程からずっと窓辺で見ていたのですけれどね。お気づきでなかったかしら」

「非戦闘員らしき者がこちらを伺っているのには気づいていました…。まさかお嬢様とは、存じ上げませんでしたが…」

 恐らく、戦闘力や邪気のない人間の目線などは、察知しても深追いしない癖がついているのだろう。


「ちなみにいつからいたんですか?」

「お姉様とこの三人がこちらで一服されているあたりからですわ」

 ほぼ一部始終じゃないか…。アメリアも気長だな。


「あなたに髪結いの才能があるとは知らなくてよ、ザコル。いつ、お姉様のお髪を自由に触る許可をいただいたのかしら」

「い、いえ…」

 ザコルの背中が丸まってきた。エビーがそんな背中をバシッと叩いている。

「アメリ、私がザコルの好きにしていいと言いました」

 私は腕にひしっとくっついているアメリアを見る。

「あら、シショーとお呼びになるのはおやめになりましたの?」

「はい。あ、でもたまには呼びますよ。他にも色んなあだ名ができてしまったので使用頻度は少なくなりましたが…。最近よく使うあだ名といえばドングリ先生ですね」

「ドン…何ですって?」

「ふふ、これですよ、ドングリ」

 不可解な顔をするアメリアに、ラグに散らばったドングリを拾い上げて見せる。

「今日はただのアメリなんですよね」

「ええ、もちろんですわ」

「じゃあ、子供達。このとびきり綺麗なお姉さんにご挨拶してくれるかな」

 子供達はアメリアの前に並んで一人ずつ名乗った。アメリアもにこやかに返していく。

「ねえみんな、ドングリ投げを見せてあげてくれる? アメリもきっとびっくりするよ。ザコルも指導に入ってください」

「……はい、分かりました」

 ザコルが立ち上がり、子供達を連れてラグを離れる。


「…えー、では、ガット。さっきは少しフォームが乱れていましたね。投げてみてくれますか」

「はいっ」

 ガットが元気よく返事をして、ドングリを的に投げる。的には届かず、少し手前から落ちて樽に当たった。

「この腕がいけません。もう少しこう曲げて、体の勢いを乗せて。そう、そうです。もう一度」

 次の一投は的に届く放物線を描いたものの、力んだか的の右へ大きく外れて飛んでいく。

「いい勢いになりました。今度は敵をしっかり見据えて」

 ガットはしっかりと的を見て、教わった通りのフォームで投げた。命中ではなかったが、的の側面を掠めて揺らした。

「あたった!」

「今の感覚を忘れないように。では次」

 ザコルは子供達一人一人に丁寧なフォーム指導をしていく。


「ふふ、あのザコルが。甲斐甲斐しいですわね。子供達もお上手ですわ」

 アメリアはそんな様子を微笑ましげに見つめている。


「ザコルさま! ドングリほーやって!」

「ドングリほー!!」

 指導が一巡すると、子供達がザコルにせがみ出した。

「弾と的がもったいないので一度だけですよ。では、しっかりフォームを見ていてください」


 ザコルが大きく降り被ってドングリを投げ、的を派手に粉砕させた。幼児達は盛り上がり、おおーっと入浴用テントの方からも歓声が届く。


「…は…っ!? な、な、何ですの今の…!? この木の実と同じものを投げた、のですわよね…!?」

 数秒間放心していたアメリアが我に返ったように目を見開き、私とドングリとザコルを見比べ始めた。

「そうですよ、アメリ。びっくりしたでしょう。私がドングリ砲って呼んでたら定着してしまいました」


 代わりの的を用意するため、小枝を拾うザコルと子供達。もっかいやってとせがむ子に最初は断っていたものの、結局代わりの的をいくつか用意することにして、もう一回だけですよとやってあげるザコル。


「ほっこり」

「何が『ほっこり』なんですの!?」

「ええ…。子供達のお願いを断り切れなくてもう一回やってくれるドングリ先生。ほっこりじゃないですか」

「威力がおかしすぎてちっともほっこりしませんわ!」

 ぷんぷんするアメリアたん可愛い。


「アメリ、お付きの人はどちらにいるんですか」

「あの屋敷に待機させておりますわ。ザコルと騎士が二人もいるんですもの。これ以上の護衛は必要ないわ」

 アメリアにくっついてきた護衛は誰だろう。恐らく精鋭だ。顔くらいは見たことのある人なんだろう。

「父君か弟君に、深緑の猟犬ファンの集いの件は聞きましたか」

「ええ、少しは…。あの新聞を用意した者達でしょう。あれにはわたくしも驚かされましたが…。この町にも災害支援のために派遣されていると聞いておりますわ」


「そのファンの集いの人々…『同志』と私達は呼んでいますが、あのテントで入浴を手伝っている若者達がその同志達の部下です。こちらの支援に来てくれた同志はジーク領やモナ領を拠点とする商家の長がほとんどですので、彼らはその商家のスタッフという事になります。私達とも随分仲良くなったんですよ。同志本人達は推しであるザコルを目の前にして隠れたり失神したりして大変でしたけど。ふふっ」


「失神……? あの、お姉様。色々と理解するのに機会と時間をくださらないかしら。わたくし、あまりそのザコルのファンの集いとやらについて詳しいとは言えませんの。以前、オリヴァーが張り切って説明してくれた事はありましたが、何が何やらで…。あの子がそこの騎士タイタとコソコソやっていた集まりなのでしょう? よく解りませんが、ザコルを陰ながら愛でているような私的な集まりが、どうしてこんな規模の支援や新聞の乗っ取りなど…」


「私も全容はよく分かっていません。判っているのは、全国に会員を持つ系統だった組織だという事、会員は何故か貴族も平民も皆シノビの境地を目指して体を鍛えまくっているという事、ファンの集いとは言いつつ実は国家を転覆させかねない力を持った秘密結社という事、このタイタが黒幕だという事くらいですかね」


 あとは洗脳班とか、ヤバそうな称号を持った特別なメンバーがいるという事くらいだ。

「黒幕などとは畏れ多い。俺はただオリヴァー様を会長と仰ぎ従っているだけに過ぎませんので」

「秘密結社…!? 国家転覆…!? 我が家の幼い弟は何を企んでいるの…!?」

 アメリアが頭を抱えてしまった。


「…まあ、追々話しましょう。アメリ、子爵夫人のイーリア様や町長のマージ様には到着を報せていますよね」

「え、ええ、もちろんですわ。お二人には、ミカお姉様とザコルを驚かせてはと勧められましたの」

「二人がさっさと庭を出てったのはアメリをお出迎えするためだったんですね。ふふ、詳しい事情は知らないけれど会えて嬉しくって泣きそう…。元気そうで、本当に、本当に良かったです…アメリア」

「それはこちらのセリフでしてよ! よくぞご無事で。またお会いできて本当に嬉しいわ、ミカお姉様…!」

 私達はまたひしっと抱き合う。様子を伺いにきたピッタ達もラグに招いて、彼女を紹介した。



「この地には女神や妖精が集まる宿命か何かなのですか…?」

 ピッタが天を仰ぎながら呟く。

「貴族の方って本当、皆お綺麗でいらっしゃるんですね! いやー、本物のご令嬢に同席を許していただけるなんて感無量です!」

 アメリアがぜひ皆と話してみたいと言うので、同志村女子達にはラグに留まってもらった。ちなみに男性スタッフ達には恐れ多すぎると言って遠慮されてしまった…このカファを除いて。相変わらずの強メンタルだ。

 子供達はそろそろお昼時という事で、男性スタッフ達の引率で親元へと帰っていった。


「あのさピッタ、この子やコマさんと私を同列に並べないでくれない? いたたまれないっていうか…」

「何をおっしゃいます!! 私にとっての最高神はミカ様ですので!!」

「ピッタさんとおっしゃいまして? あなたよく分かっているわね。お姉様は至高の存在よ! お心もお姿も全てがお美しいの!!」

「やめてやめてやめて超精巧なビスクドールみたいな子が何言ってんの!?」


 伯爵令嬢アメリアと一地方の商会職員ピッタが結託するなんて不思議…。いや、そんな事言ったら異世界の社畜OLの私が彼女らに囲まれている状態が一番不思議か。


「ああ、早くコマ様もお戻りにならないかしら。ぜひお三方で揃われている所が見たいわ」

「そうね、きっと素晴らしい光景になるわね。それを見ない事には故郷に帰れないわ」

 ユーカ、カモミ、ルーシ、ティスの四人もキャッキャと盛り上がっている。


「いや、コマさんとアメリは流石に初対面でしょ…。仮に帰ってきてもコマさんの方が遠慮して出てこないかも…俺はドブネズミだぞとかすぐ言うし」

「言いそうすねえ。そんでも、シャーベット作っといたら来るんじゃないすか」

「コマさんを何だと思ってんのエビー。いつでも食べ物に釣られてくれる訳じゃないよ」

「食べ物に釣られてないとこは見た事ないんで」

「確かに…」

 妙に納得してしまった。確かに見た事がない。


「フン、あんなのをお嬢様の目に晒してどうしようというんです」

 ザコルは幾分か落ち着きを取り戻したらしく、私の隣にぴったりくっついて座っている。まさかアメリアに対抗しているんだろうか。

 伯爵令嬢と子爵令息の間にギュッと挟まれる私。一体何者なんだよ私…。


「コマさんという方はどなたですの? お姉様のお味方なのでしょう。ザコルがそんな風に邪険にするのは意外に珍しいのでは」

「ジークの工作員です、お嬢様」

「まあ。もしやあの黒子集団の?」

「いえ、あの隠密部隊とは別です。奴はマンジ様の直属のようですから」


 なるほど、とアメリアは頷く。テイラー家とジーク家は家族ぐるみの仲だ。アメリアも黒子集団の事は知っているようだった。

「ザコルの元同僚の方ですよ。男性ですが見た目は超絶美少女です。こないだザコルを挟んで二股ごっこして遊びました」

 あの時の事を思い出したか、当時その場にいた同志村女子達がクスクスと笑い出した。

「町民を焚き付けるのは金輪際やめてください。本当に殺されますので! 僕が!!」

 ザコルから余計な事は言うなとでもいう圧をかけられる。


 だが正直、何が余計な事なのかが判断付きづらい。寝ぼけて同衾したみたいな話は論外としても、婚約予定みたいな話はこちらから切り出しておかないとマズいのではないだろうか。その辺りはあまり公にされていないので、ここで話すのは憚られるが。


「町民の皆さんはミカお姉様のお味方なのね。安心できますわ」

「私達もお味方ですよアメリ様! ミカ様に無礼を働く者は全員敵です‼︎」

 ピッタがひと睨みすると、エビーがタイタの後ろにシュッと隠れた。

「あはは、ピッタったら。エビーと同じような事言って。二人も随分と仲良くなったよね」

「あのチャラ男の事はもう知りません。ミカ様ファンの集いもタイタ様がいれば充分ですので」

「それはねえだろピッタちゃん!! 俺が始めた会だろ!?」

 エビーがセーフティゾーンの後ろから抗議の声を上げる。

「ピッタ、拐われたのは私のうっかりだからね、エビーを責めないでやってよ。本当に落ち込んでたんだから…」


「そう、お姉様、拐われたのですってね」

「あ」

 しまった、これは『余計な事』だったか…。


「…ええと、私による囮作戦ですので何も問題はありません! そう! 心配いらないです!」

「何をおっしゃっていますの、心配するに決まっていますわ。ザコル、あなたがついていながら…」

「誠に申し訳…」

 ザコルが頭を下げかけるので手で止める。

「駄目!! もう!! 誰も悪くない!! 責めない!! 謝らない!! アメリアごめんなさい、後でちゃんと説明するから…!」

「もう、お姉様ったら…」

 アメリアが困ったように手を頬に当てる。

「…ミカ、この際ですから、僕にも少しは謝罪の機会を与えてくれませんか。義母やモリヤにも言われたでしょう、拐われて謝る姫などミカくらいだと。僕の立場上、謝って回る訳にはいきませんが…」


 そう、ザコルが非を認めて大々的に謝罪などすれば、私には違う護衛をつけた方がいいのではという話になってしまう。だがこの彼以上に強い人間もいないし、他ならぬ私自身のためにも避けたい。今更、ザコル以外の人に見守られて寝るなんて絶対ごめんだ。

「…だから、私のせいですもん…」

「いいや、僕のせいですよ」

「いや俺のせいすよ、俺は動けたのにミカさんに振り切られたんすよ…!」

「それを言ったら俺だ、そもそも心神喪失などしていなければ、お二人の仲裁にくらい…」

「だから私のせいなの!! 謝るの禁止!! この三人じゃないと困るのは私なんだから!! いい!? 私のせいです!! 私が口滑らしといて何だけどこの話は終了です!!」


 ふう、とアメリアが小さく吐息を漏らす。


「お姉様、謝罪ならば子爵夫人や町長から既にいただきましてよ。お姉様ご自身が変化を望まれていない事や、結局はこのザコルでなくては抑止力たりえない事もご説明いただきましたわ。ご心配なさらずとも、この三人の任を一方的に解くような真似はいたしません」

「…アメリアぁ…」

 彼女は青い瞳を優しく細めた。

「言いましたでしょ、わたくしはお姉様のお味方ですのよ。ですから、この三人が不要になりましたらいつでもおっしゃってくださいませ」

「ありがどぉ…あり得ないから大丈夫ぅ…」

 アメリアは涙ぐんだ私をよしよしと撫でてくれる。十七歳美少女が大人すぎる…。


「全く、この唐変木に、軽薄男に、怪しい団体の黒幕、一体何がいいんですの。お姉様の趣味は本当、変わっておられますわ」

 アメリアはザコルとエビーとタイタを順番にビシビシビシと指差し、最後にフンッと横髪を払った。悪役令嬢ムーヴっぽいが、美少女は何をしても可愛い。

「お嬢様ぁ、そりゃねえっすよ、軽薄男って何すか!? 完全に悪口じゃねえすか!」

 エビーが果敢に抗議する。

「善意で支援に来てくださったという女性に対し、敬意を払うどころか軽々しく『ちゃん付け』などして。あなた誇りあるテイラー騎士団の一員という自覚はあるのかしら? エビー」

「はい申し訳ありません」

 即刻返り討ちに遭った。


「大体あなた、このお二人が甘いからと言って、ミカお姉様やザコルにも随分と軽口を叩いているようですわね。長い付き合いのわたくし相手ならばまだともかく、お姉様は渡り人で我が家の客人、いえもう伯爵家の一員よ。ザコルも同僚とはいえ一応は子爵令息なのですからね、その所はしっかり弁えなさい」

「はい申し訳ありません」

 しゅん、追い打ちをかけられたエビーが自然と正座する。ピッタが控えめに拍手を送っている。


「…ふふっ。『わたくし相手ならばともかく』ですか、アメリもこのエビーには甘いんですね。この子はこれでいいんですよ、私達もエビーの軽さというか、人当たりの良さにはいつも救われていますから。姐さんとか姉貴って呼んでくれるのも、弟ができたみたいで嬉しいんです」

「姐さぁん…!! 一生ついていきます…!!」

「お黙りなさいエビー。お姉様は甘やかし過ぎです! ザコルもいい加減にお姉様から離れなさい! いつまで密着しているつもりですの!」

「お嬢様がミカを独占なさるから…」

「何を開き直っているの、先程までわたくしに怯えていたくせして…」

 アメリアが悩ましげに溜め息をつく。そんな仕草も可愛い。

「いいんですよ、アメリ。私がザコルの好きにすればいいと言いました」

「迂闊な事をおっしゃらないでくださいませ! この者を調子に乗らせてはいけません!!」

「素晴らしいです。もっと言ってやってくださいお嬢様」

 パチパチパチ。ザコルが控えめに拍手を送っている。こっちはこっちで調子に乗ってて可愛い。

「あなたがそれを言いますの!? 離れなさいと言っているでしょう!」

「不思議ですね、そう言われると俄然離れたくない気分になります」

「へー、そうですか、もっと触っていいんですよザコル。大好きです」

 ずざ。

「ほら、こうすればいいんですよ、アメリ。どうやら抵抗されると余計に触りたくなるタチのようですので」

「…なるほど」

 アメリアは口元に手をやり、眉を寄せた。『憂い』だ。

「嫌な言い方をするな! 僕が変態みたいだろうが!!」

 ザコルがセーフティゾーンの後ろから抗議してくる。

「変態魔王で相違ないですよねザコル。でも好きにするよう言ったのは私です。甘んじて受け止めましょう」

「迂闊な発言は慎めと言った!! お嬢様もそうおっしゃっているだろうが!!」


 アメリアは今度こそ深い溜め息をつき、セーフティゾーン、もといタイタに視線を移した。

「タイタ。このお二人はいつもこの調子なのかしら」

「ええ。ミカ殿がお覚悟を決められてからはこのようなやりとりが増えました」

「お覚悟…。これは開き直りというのではないかしら…」

 私は別に開き直っているのではない。ただちょっと素直になっただけだ。

「あ、そろそろお湯の替え時ですかね」

「…そうですね」

 すっくと立った私に続き、何事も無かったかのようにそろりと立ち上がるザコル。

 取り乱すのにも慣れたのか、切り替えが早くなった。


「次は何をなさるの、お姉様」

「今から魔王による大樽パフォーマンス、氷姫による湯沸かしパフォーマンスが始まります」

「氷姫なのに、湯沸かしですのね。ふふっ」

 アメリアは特に驚いた様子もなく、にこやかに笑った。



つづく

チャラ男E「取り乱すのに慣れるって何だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ