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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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戦後の考察③ そのあたりは発展途上のようで

「マージ、昨日と一昨日の話を聞かせてくれませんか」

 ザコルが咳払いをして仕切り直す。


「一昨日は…そうね、坊っちゃまとミカが子供達と楽しく遊んでいらっしゃる様子を二階の廊下の隅で眺めていましたわ。何をし出すのかと思えばドングリを拾わせて、投げさせて。まるでわたくし達世話係と一緒に遊んだ的当ての遊びのようでしたわね。坊っちゃまは記憶にないなどとおっしゃるけれど、あの枝を束ねて使って作った的なんか、同じく坊っちゃまの世話係だったシャルが作っていたものと全く同じでしてよ。もうわたくしほっこりとしてしまって…」


「マージ。執務が忙しいんでしょうが。何をしているんですか」

 ジト…。坊っちゃまが目を眇める。

「ふふ、ごめんあそばせ。ちなみにその前の日は子供達に文字のお手本をせがまれたり、一緒にお風呂に入ろうと連れて行かれる坊っちゃまを陰から見てほっこりと…」

「どうしてコソコソと見ているんだ…。僕が気配に気づかないなんて相当だぞ…」

「あら、見くびらないでいただきたいわ。これでもイーリア様直属の影や斥候役としてそれなりに活躍しましたのよ」

「それは知っています。結婚後も戦になれば呼ばれていましたよね」


 マージは何かトラブルでもないと出てこないイメージがあったが、陰からずっと坊っちゃまを見守っていたのか…。思わぬ形でドングリ先生のルーツまで知ることになった。


「それで、一昨日でしたわね。坊っちゃまが何やらミカと喧嘩をなさって、お風呂に行かれて…。そうしたら、こちらは執事長に呼ばれたので一旦執務室に戻ったのよ。一階の使われていない続き部屋をミカと護衛方の部屋として整えてはどうかと言うので、それは許可したわ。一階では少し警備に不安があるけれど、見回りを増やせば問題ないでしょうし、どのみち坊っちゃまは今夜もミカを見張るおつもりでしょうから。エビーさんやタイタさんも一緒に控えられるのならそれに越した事はないわ。…それでしばらくしてまた廊下に出て庭を見たら、何故か坊っちゃま方をカリューの民が囲んで集団で号泣していて…。慌てて庭に降りましたわ。全く、わたくしの見ていない所で問題を起こさないでいただけるかしら。事情をお聞きしにいかないといけなくなってしまったでしょう。わたくし決して出しゃばりたい訳じゃありませんのよ!」


「マージが執務に集中していない事はよく判りました」


 理不尽にプンスカする元お世話係に、坊っちゃまが溜め息をつく。ほっこり。


 一昨日のマージは、私達に事情を聞いて少し釘を刺した後、すんなりと執務室に戻ったそうだ。

「わたくしもお二人の逢瀬を覗く程はしたないつもりはありませんわ。声が聴こえる距離にいては流石に気付かれそうですし」

 …気付かれなければ覗かれていた可能性あるな。留意しておこう。


「そうよ、このわたくしでさえ遠慮したというのに、メリーがミカを気にしてうろちょろしているものだから、暇があるなら怪我人の清拭や包帯替えでもしてやりなさいと命じたわ。それでも二階と一階をやけに往復していたようですけれどね」

「ミカと話をするうち、僕が少しばかり殺気を漏らしたらすぐに転がり込んできましたよ。全く、思い出話をしていれば殺気くらい漏れるのは常識ではないですか」

「ええおっしゃる通りですわ坊っちゃま。ご不快な思いをさせ大変申し訳ありません。全く、趣も理解できぬ粗忽なメイドで…」

 ゴゴゴゴゴゴゴ…。

「…っ」

 マージから、息をするのも忘れそうなくらいの濃密な殺気が漏れ出る。私は思わず息を飲んだ。


「…お優しい坊っちゃまにあらぬ言いがかりをつけ、わたくしの可愛い妹を拐かすとは。躾のなっていないメイドと爺やは即刻処分してしまわないといけませんわねえ…」


 にい、マージが頬に片手を当て、優雅に微笑む。

 殺気はどんどん濃くなっていく。後ろでエビーも震えている。レベチだ…!!


「マージ、話の途中です。処分の話は後にしてください」

「あら、ごめんあそばせ」

 ザコルが何でもないように返すと、マージはスッと殺気を引っ込めた。



「ふふっ、それで、一昨日の話の続きですわね。その後お二人は集会所に行ってしまわれました。わたくしはその頃、イーリア様がシータイにお戻りにならない旨を早馬で聞きました。わたくしはモリヤと衛士達に話をつけ、警邏隊にはモリヤの代わりに門番を務めるよう伝えたわ。執事長には、明日はモリヤがミカに同行する旨を各方面に報せるよう命じました。モリヤが不在の間、残った町民は各自防衛意識を高めるように啓蒙する意図と、敢えて堂々と報せる事で潜伏者を牽制する意図がありましたわ」


 事を起こせるものならば起こしてみろ、という事か。


「一昨日も昨日も、町境、領境の警備はいつにも増して厳しくしていたわ。イーリア様がお戻りにならないという事と、坊っちゃまが一日町を空けるという事。敵から見ればこれ程魅力的な条件はない。ねえミカ。ミカは、あなたがこの町に留まる事で曲者をおびき寄せていると考えているでしょう。でもね、この地にたかるのは何も、ミカを拐う事を目的とした敵ばかりじゃないのよ」


「えっ、そうなんですか?」


「そう、ここは武のサカシータ。領民の多くは幼い頃から武器を持ち、戦闘員として育てられる。その力を活かして領内外で戦闘職に就く者も多いわ。武勲を挙げればもちろん依頼主や味方からは感謝されるけれど、敵方には必ず恨まれるものよ。わたくしでさえ思い当たる節は両手で足りないくらいあるわ。この地が災害に見舞われ綻びをみせたとあらば、たちまちそんな害虫どもを呼び寄せるの。今までむしろこの程度の混乱で済んでいたのはひとえに、深緑の猟犬、オースト国の最終兵器とも謳われるザコル・サカシータ様その人が、この町に留まって牽制してくださっているからに他ならないわ。あなた方は水害における一次被害、二次被害をともに最小限に留めてくださった功労者でもあります。ここにいらっしゃる事に引け目を感じられる必要など、真実、これっぽっちだってありませんのよ」


 そう言ってにっこりと笑う彼女の表情からは、嘘偽りは全く感じられない。

 そうか、私達、まだここにいてもいいんだ…。


 マージはゆったりと坊っちゃまへと視線を移す。


「坊っちゃまは国内では隠密や斥候役としてのご活躍が有名ですけれど、国外では騎馬や大型兵器をお一人で紙屑のように薙ぎ払い、分厚い城壁すらも容易に打ち砕く『歩く火薬庫』として非常に名高いの。坊っちゃまが派遣されると決定しただけで、敵側が即時撤退なんて例もあるくらいよ」

「…マージ、僕の国外での戦績なんて国内ではほとんど知られていないはずでは…」

「わたくしの情報網を見くびらないでくださいますかしら。坊っちゃまのご活躍で知らぬ事などなくってよ!」


 ほほほほ、と温和な彼女が珍しく高らかに笑った。お姉様が生き生きしていらっしゃる。歩く火薬庫が片手で額を軽く押さえた。

 私は何となく振り返り、後ろに立つ執行人の顔を仰ぎ見てギョッとする。


「…いや、それどういう感情なの、タイタ」

「お、俺は…っ」

 タイタは険しいというか、まるで般若の形相のまま漢泣きしていた。


「は、恥ずかしながら、俺は今まで猟犬殿やサカシータ一族についてそれなりに詳しい方だという自負がございました。この地ではお身内ならではの昔話が聴ければいいと、そのように驕った気持ちですらいたのです。しかしッ! この深緑の猟犬ファンの集いを運営する側として、国外における戦績にまつわる逸話、国外に轟く『歩く火薬庫』という二つ名、その何もかもを知らずにこの歳まで生き永らえてきた事実…ッ、これを恥と言わず何と表現するべきでしょうか…ッ!」

「そんな事は別に知らなくても…」

「まあ、タイタさんたら。このわたくしが、たかだか領外のいち騎士に坊っちゃまに関する情報量で負けるような事があれば、それこそ恥以外の何物でもありませんわ。このわたくしを凌駕する可能性があるとすれば、元同僚のコマ様や第一王子殿下くらいでしょうね。流石にわたくしも国家機密にまでは触れられませんから」

「おみそれ致しました町長殿!! 俺もその高みを目指し、精進を重ねる所存にございます!!」


 ふと思う事がある。タイタやマネジが度々『次の集いが荒れる』などと言っているが、その次の集いとやらは明かされる情報量がエグすぎて荒れるどころじゃ済まないのではないだろうか。

 きっと心神喪失者続出、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。容易に想像できる。行きたい。


「絶対に行くな。ミカが参加したらもっと混乱しますよ」

「ねえ、次の集いとやらで何をどこまで言っていいものか、きちんと確認した方がいいと思いますよ、歩く火薬庫殿」

「その二つ名、禁止でお願いします。さっきから話が脱線しすぎてちっとも前に進まないじゃないですか」

「申し訳ありません坊っちゃま。わたくし、坊っちゃまの事をこんなにお話しできるなんて夢のようで…」

「そんなに話したければ同志を屋敷に呼べばいいでしょう」

 マージがパッと顔を輝かせる。

「まあまあまあ本当によろしいんですの!? 彼らは坊っちゃまのお客様ですし、勝手にしゃしゃり出てお話しするなんてマナーに反するかと遠慮しておりましたのよ。ですが坊っちゃまがお許しくださるならばぜひそういたしますわ!!」

 あ、眠れる獅子が起きちゃった。

「マージ、やっぱり待っ」

「町長殿、我が同志達も貴女のお話を聴きたがる事でしょう。是非ともザコル殿の素晴らしさについて語り尽くして頂きたく」

 タイタが流れるような口上と共にお手本のような紳士の礼を披露する。

「はいはい! 私も歩く火薬庫の話がもっと聴きたいです!」

「その二つ名は禁止と…」

「俺も俺も! 騎馬や大型兵器を紙屑のように薙ぎ払うとか滅茶苦茶カッコいいじゃないすか。絶対聴きてえ! あ、コマさんも呼びましょうよ。あの人ミカさんがシャーベットでも作ってくれたら絶対参加してくれますんで」

「あはは、きっとそーだね。ホットミルクと蜂蜜も用意しよっか。甘党がいるからね」


 ちら。隣を見る。


「ぐ…、また僕を無視しておいて…。いえ、仕方ありません、参加、しますよ、どのみちミカに同行しないとなりませんし…。しかし別に蜂蜜牛乳までは用意しなくたって」

「蜂蜜牛乳、また懐かしい響きですわね。なかなかお眠りになってくださらない時によくお作りしましたわ」

「あ、やっぱりですかお姉様」

「あーもう!! もうこの話は終了です!! ちっとも話が進みませんから!!」



 記憶というのは不思議だ、引き出そうとしても出てこないものが、何かの拍子にひょっこりと顔を出す事がある。

 ザコルが三歳までマージを始めとした世話係によって大切に育てられた事を知って、私は言い表し様のない幸福感を胸に感じていた。だから、ザコルは長年一人でも家族と領のために生きてこられたんだ。きちんと愛された記憶が彼の礎となり、引き出しの奥底で今も静かに息づいているから…。


 私もそうなのかな。我ながらどこへ行っても図太くやっていける自信だけはある。

 母が失踪し、祖母に引き取られた十歳の時点より前の事は相変わらず『ちっとも』思い出せないけれど、もしかしたら、確かに庇護され、心から愛された時間があったのかもしれない。



「では、昨日の事を。昨日は皆様をカリューに送り出した後、この機会にと屋敷の大掃除をと執事長に命じました。手順や人の手配については彼に任せましたの。昨日から、今まで部屋に篭りきりだった重傷人の一人がベッドを離れるようになって、散歩と称して屋敷とその周辺を出歩くようになりました。ミカを拐ったうちの一人、ジミーという男よ」

 思わず手をギュッと握ってしまった。

 マージに気取られないよう、手先が冷えたようなフリをして指先の震えを誤魔化す。

「ミカさん、寒いすか」

「あ、ううん、大丈夫。今日も冷えるね」

 エビーには無理矢理笑ったのがバレたか、眉を少しだけ寄せられてしまった。ザコルもチラと視線を寄越してくる。

「ミカ、気付かなくてごめんなさい。今暖炉に火を入れさせますわ」

「町長様、良かったら俺がやりますよ」

「助かりますわ、エビーさん」

 エビーは執務室の暖炉に火を入れに行く。


 私とザコル以外は屋外で戦うためにコートなどを着込んだままなので、そう寒さは感じていなかったようだ。私もユキがメイド用のコートを貸してくれたのでそこまで寒いと感じているわけではない。

 ザコルは着の身着のままですぐに追いかけてくれたのだろうが、彼は元々マント以外の外套などは身につけていない。その深緑のマントは私が影武者を頼んだ子に貸したままだ。あの子、そういえば返しにきてないな…。

 タイタがまた外套を貸してくれようとしたが断った。いくら信頼するタイタのものでも、今だけは、男性の気配が染み込んだ外套を羽織ったりするのは避けたかった。自分が悪い訳ではないと解っているものの、何となくタイタに失礼をしたような気がして胸が痛む。



「大掃除の間、わたくしは執務に集中したわ。この所少し滞っていましたし」

 そりゃ、坊っちゃまの観察に一日何時間も溶かしていたら当然だ。

 マージはその言葉通り、私達が出立した午前中から昼休憩を挟んで夕方まで執務に従事していた。


 水害が起きてから丁度一週間、長期滞在が見込まれる避難民達の住環境の整備、支援してくれた隣町パズータへの御礼、再開した牛乳や林檎の出荷の取りまとめ、遅れているどころかマイナス発進になっている冬支度、考えるべき事は山のようにある。

 定期的に警邏隊長に町境、領境の状況を報告させつつ、避難民支援のリーダー格である町民や、農畜産業の代表者などとも顔を合わせ、今度の対応について話し合いの時間も設けた。氷姫だか何だかという謎の女や、同志達へのお礼などについても議題に上がったらしい。


 マージはチラッと、私に視線を寄越した。

「…大変遺憾な事ですが、坊っちゃまへの風評被害が根強くて…。わたくしやモリヤ、それから多くの町民達は、それらが単なる噂に過ぎない事だと重々承知しています。ですが、不甲斐ない事ですが、当時はそれを止められないどころか、矛先が…」

「なるほど、僕の噂はともかく、そのせいでミカや後ろの二人、それに同志達まで悪く言われる事があるならばそれは遺憾ですね」


 何だ、この町に私の悪口を言う人なんていたのか。いや、むしろいない方が不自然か。ザコルのせいとかではなく、こちとらぽっと出の謎女、しかもトラブルメーカーだ。村八分にされないだけ好待遇、悪口くらい甘んじて受け入れたい。

 だがしかし、あの純粋なるボランティア団体を悪く言うのはどうだ。リーダー格こそクセつよつよ集団であるものの、基本的には部下達も含め、礼儀正しく親切な若者ばかりだ。彼らがいなければ今頃、避難民のみならずシータイ町民まで飢えて目も当てられない事態になっていた可能性は非常に高い。ザコルのファンの集いであるかどうかなんて関係なく、彼らには誠心誠意感謝すべきだ。


「根気強く説得は続けてきたつもりなのですが、特に、長年ザハリ様を信望する者達とは会話にならず…。どうにも態度に改善が見られませんので、不敬罪の適用をイーリア様に進言すべきかどうか検討の段階に入った所でしたわ。わたくしが町長に任命されたからには、これまで通りの自由な振る舞いなど許すつもりはありませんでしたので」


「…まあ、ドーランは、僕の事を良く思っていなかったでしょうからね。マージがそうやって僕を庇うのなら尚更でしょう」

 ザコルの言葉に、マージは意表を突かれたかのように目をぱちくりとさせる。


「あら、坊っちゃまはあの人が、そのような可愛らしい理由であの女共を自由にさせていたとお考えなのかしら」

「ええ、男なんて皆単純ですから」


 ドーランとマージの夫婦仲が実際にどのようなものであったか、当事者たる二人以外に知る由はない。こういうのは、どちらかの意見を聴いただけで判断できるものでもないだろう。

 見る人によっては、マージのザコルへの執着は少々度を越しているようにも感じられたはず。育て手の一人として今も坊っちゃまを応援するのは分かるが、なまじマージが情報収集能力に長けていたばかりに常人のレベルを軽々と越え、全国に何百人と会員を抱えるファンクラブ幹部さえも唸らせるような高みまで到達してしまった。見方を変えればストーカー一歩手前だ。

 推し活強火勢なんてこんなものだろうという達観がある私はさておき、長年ザコルの活躍と成長を楽しみに情報を集め続ける妻を見つめるのは、仮にも恋愛結婚? を果たした夫としては複雑な気持ちだったのかもしれない。


「ふふ、ではそういう事にしておきましょうか。…もしも夫から愛されていたなら嬉しいけれど、やるせない気持ちには変わりないですわ。この町に坊ちゃんを積極的に貶める者がいる事自体、わたくしには怒りを通り越して悲しみでしかなかった」

 マージが目線を自分の膝に落とす。

「…いや、それって、さっき一緒に戦ったお姉さん方ですよね、全く想像できねえっていうか…。むしろ…」

 エビーが私の方を向いた気がして振り返る。

「あ、姐さん、いや…。何つうかですね、こんな事言ったら余計に怒らせそうなんで言いにくいんすけど…」

「何かしら、エビーさん」

 マージもエビーの方を見る。

「え、ええと、彼女ら、ザコル殿について、キャーキャー言いながら帰ってきたっていうか…。もうザハリ殿の事は眼中にもねえ感じっていうか…」


「……そう。そうなのね…。あんなに何度も何度も…。それを手の平返したように。なんて、浅ましい女共なのかしら」

 ゴ…ッ

「わーっ! やっぱ余計な事言いましたすいませんすいませんすいません!!」

 再び迸る殺気。これはやばい、後でメリーを庇いきれなくなる。


「お、お姉様! ザコルの戦いぶりを実際に見た彼女達がキャーキャー言っちゃう気持ちも解りますよ!! 彼女らが取りこぼした敵とか、避けきれなかった攻撃とか、あの暗闇の中で、後ろから全部完璧にフォローしてるんですもん! あれは凄い光景でした! もう、あそこにいた全員が何度も何度も彼に命を救われてるって感じで!」

「まああ、素晴らしいわ。あの人数のフォローを一手に担えるなんて。坊っちゃまは単騎の戦士として非常に優秀でいらっしゃるけれど、後援を任せたとしても神がかって優秀でいらっしゃるのね! ああ、流石は私達のコリー坊っちゃま!」

 す、殺気が和らぐ。

「そうですそうです! あれじゃあ一発で惚れちゃう気も解る…ような……」

 もや。

「ミカ?」

 ザコルがこっちを覗き込んでくる。

「…いえ、何でもないです」


 ザコルの悪口を言う人はこれ以降激減するはずなのだ。あの深緑色のマントが返ってきていないのも仕方ない。あれは私が寒がったから彼が寄越してくれたものなのに…。

 ブンブンブン、首を振る。


「ミカ?」

「次、行きましょう。次!」

「姉貴が可愛い」

「うるさいよエビー」

「何ですか、僕に解るように説明しろエビー」

「精進してくださいよ兄貴。せいぜい色々されてやれよ」

「だ、だからそれは僕の身がもたないと…!」


 そういえば今更だがこの世界、女性が自分から迫るなどはしたない、みたいな価値観はあるんだろうか。エビーは特にそんな事を思っていなさそうだが、もし貴族間にそんな認識があるなら、私からあからさまに迫られるのに抵抗があるというのも頷ける。

 今は周りが平民ばかりだし、イーリアに至っては貴族や平民以前に男女という垣根を完全に飛び越えた存在だ。

 お揃いカラーのポンチョを悪びれもせず勧めてきたアメリアを始め、テイラー家の面々も何となくそういうのには寛容な気がする。しかしあの家は、裕福な貴族家でありながらかなりの平民贔屓のようだし、何事も愛が先行する特殊な家のような気がする。


「タイタ、ちょっと聞きたいんだけど、例えば貴族同士で交流を深めるのに、何でもこう、男性が女性を先導すべきとか、そういう暗黙ルールはあるのかな」

「他家ではどうか分かりかねますが、我が家では父が母を先導するような場面はあまり…。母には、男はただ女性の全てを褒め称え、受け入れる体勢でいろと。そして女性のなさりようにケチをつけ恥をかかせるなど言語道断と教わって参りました。いかがでしょう、ご質問の答えになっているでしょうか」

「うん、ありがとう。そう、タイタのお家は徹底してお母様がルールブックなのね…」


 タイタのお母様は自分の息子をスパダリにでもしたかったのかな…。

 だがそうして包容力の化身であれと徹底して教え込まれてきたからこそ、今のセーフティゾーン・タイタは存在しているのだ。コメリ夫人には一度、皆で感謝しに行くべきという気がしてきた。

 しかし、とりあえずコメリ家の考え方もある意味正解ではあるだろうが、一般常識としては参考にならなさそうである。私はいかにも余裕の無さそうな顔のザコルに向き直った。


「あ、大丈夫ですよ。ちゃんと大人しくしてますから」

 にこ。

「その顔はやめろ!!」

「何でですか…。私にどうしろと」


 私だって別に取り繕いたくて取り繕っている訳じゃない。真顔や怒り顔で言ったらもっと困らせる事になるのだろうし。

 私を意識してくれているにしろ何にしろ、単純に、これ以上拒絶されるのが辛くなってきたのだ。その上、ザコルに正統派の女性ファンがついたら、私みたいな変な女はそれこそお払い箱になりやしないかという卑屈な考えが頭をもたげ始めている。

 そっか、私、今まで彼を恋人というか、女として独占してる気になってたんだな…。推しを普及したいとか余裕ぶってたくせに、何て浅ましいんだろう。


 ブンブンブン。


「あの、ミカ、何を落ち込んでいるんですか。僕が悪いのは分かっていますから説明してください、ほら」

「…言いたくありません」

「え」

「あ、いえ、どうでもいい事ですから。さあ、話の続きしましょうよ」

 にこ。これが精一杯。

 ザコルが一瞬、傷ついた顔をした気がしたが、気のせいだと思いたい。これ以上私をつついたって、それこそ彼が引くような言葉しか出てこない。独り言にも出さないよう気をつけないと。


「ミカ、こちらにいらっしゃいな」

 マージが手招きをし、自分の隣をポンポンと叩く。

「? はい、お姉様」

 私がマージの隣に座ると、彼女はきゅっと私の頭を抱き寄せた。

「心配いらないわ、あなたは充分に淑女よ。あの目障りな女共は、お姉様がすぐにでも処分して差し上げますからね」

「処分!? だ、だだダメです! 貴重な新規ファンですよ!! しかも女性の!!」

「そんなものはミカとわたくしがいれば充分よ。にわかに信望先を変えるような不埒な輩は全て排除いたしましょう」

 どうしよう、マージが新規参入の芽を摘む古参のような事を言い出してしまった。

「…いいえ、私は、彼を好いてくれるファンは一人でも多い方がいいと、思っています、だって…」


 私は所詮、不安定な存在。かけられる保険はいくらでもかけるべきだ。私が消えても壊れても、代わりがいくらでもあるくらいの方がいいに決まっている。ザコルは一応異性愛者? のようだし、女性ファンが増えるのはきっといい事だ。彼の幸せを未来永劫維持するためには、私の文字通り女々しい独占心なぞ小さく折りたたんで引き出しの奥底にしまっておくべき。そうだ。


「マージ。ミカを返してください」

「あら、坊っちゃまはミカに向き合うお覚悟が足りないのでしょう。しばらくはわたくしが預かって傷を癒しておきますわ」

「ぼ、僕はミカでないと癒されないんです! ミカはどうせ、マージや義母でもいいんでしょうけど!」

 プイ。

 …じわ。

「兄貴よう、これ以上ガキみたいな事言ってっと知らねえぞ」

「ミカ殿ははっきりと、あなた様にこそ甘えたいとおっしゃっておられましたよ」

「ぼ、僕だって理不尽な事ばかり言っているのは解っています…!! ですからミカ、言葉を封じる事だけはしない、で……ミカ?」

 ごしごしごし。

 にこ。

「うぐっ」

「ほらあ、姉貴が心閉ざしちまっただろうが」

 やいのやいのと男子達が騒いでいる。


「……もういいから。話の続きしよってさっきから言ってるでしょ。まだこっちの報告は何一つできてないんだよ、マネジさん達やペータ達だってあまり待たせたら気の毒でしょ」

 これ以上私的な話ばかりしてうだうだしている訳にいかない。

「そうねえ、でも、今夜はどうせ皆朝まで寝られないわよ。イーリア様だっていつお戻りになるか…」

 お姉様がうだうだしようと提案なさってくる。

「まだ、町のどこで残党が出たっておかしくないですし…ああ、心配なさらないで。同志村の部下の皆さんや非戦闘員、老人子供はしっかり保護していますからね。今この屋敷に呼んでは卒倒させてしまいそうですから、別の場所で朝まで待機してもらう形になりますけれど…」


「それは良かった。ピッタ達や子供達も、きっと不安でしょうね…」

「影からの報告では、ドングリを携えた小さな戦闘員達がお姉さん達を守ると言って、勇ましく徒党を組んでいたそうよ」

 ふ、思わず皆の口から息が漏れる。


「ふふ、あははっ、ドングリ先生の教えの賜物ですねえ」

 一緒に笑い出した私を見てか、ザコルがいくらかホッとしたように見えた。

「席に戻ります、お姉様」

「あら、もういいの」

「ええ、ドングリ先生を癒さないといけないらしいので」

 ザコルの隣に戻ると、ぎこちなく顔を覗かれる。

「ミカ、結局何を思い詰めているんです、それだけでも説明してください」

「同担拒否という過激思想を胸の奥底にしまっただけの事です。忘れてください」

「難解な言い回しをするな! 僕が分からないと思って!!」

「考えれば分かるでしょ…。急に知能低下起こさないでくださいよ」

 ぐ、またザコルが言葉を飲む。


「…兄貴って可愛いすよねえ…。何でいちいちブーメラン喰らうんすか。俺が説明してやりましょうか」

「うるさいエビー。自分で考える」

 プイ。

「…ごめんなさいね、ミカ。坊っちゃまはまだそのあたりは発展途上のようで」

「私も似たようなものですから。ありがとうございます、お姉様」

「あなたが坊っちゃまのお相手で良かったわ、ミカ」

「やめろ、僕が気まずくなる」

 ふふっ、私とマージが笑い合うと、ザコルはより一層居心地悪そうに腕と脚を組み直した。



つづく

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