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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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まずいっ、もう一杯!

「ミカ様、どうぞ」


 私はカオルが差し出したシンプルな土色のカップを受け取り、中をのぞく。


 ランプの光でも判る混濁した湯面、あたりに漂う謎のにおい。

 その既視感のあるたたずまいに、ゴクリと私は喉を鳴らす。この薬は知っている。シシが町の人間に出すこともある比較的ポピュラーな薬の一つだ。もしもの時のためにと、アレルギー試験を勧められて行ったこともある。


 だから、これが非常に苦い上に独特な風味で、飲む瞬間はもちろん、飲んだ後もしばらく口が不味くなることを、私はよく知っていた。


「……よし」


 私は意を決して、ぐい、と一気に飲み干した。


「んーっ、まずいっ、もう一杯!」


 勢いで持っていた杯を差し出すと、カオルが曖昧に笑いながら受け取ってくれた。


「薬は一度に何杯飲んだからといってよくなるものではありません」


 シシには呆れ顔でツッコまれた。

 私はちら、と沈黙の続いている寝台の方を見遣る。特に動きはない。


「うーん、ファイト一発とか、元気ハツラツの方がよかったかな」


 ぴく、ちょっと動いた気もする。


「……ミカ様。最近はあの調子で、誰とも話そうとしないのです。たまにまぶたが動くので、実は起きているんじゃないかと思うのですが」


「ほぉーん……。リラちゃんはここまで来たことがあるんですか。下で、よく遊びに来ていると言ってましたけど」


「はい。私とリラは定期的に一度面会に来ています。男の子でも十歳までは入っていいことになっていますから、昨年まではシリルも一緒に来ていました。子供が来ると、私の見ていないところで話したり、物をやったりするんですけれど」


 孫にはちょっと甘い……。なんというか、絵に描いたような頑固者のシニアだ。いや、まだシニアという歳でもないか?


「ちなみに、カオルさんって今何歳ですか」

「私は今年、齢二十六になります」

「ぴったり同い年じゃないですか」


 なるほど、三十二で戻ってきたであろうあの人は、現在五十九から六十前半くらいということになる。もし日本にずっといたなら今年四十八だったはず。その辺のタイムパラドックスは世界を渡った代償だ。


「同い年なのに、もう子供が二人もいるんですねえ。二人ともいい子だし。しっかりお母さんしてて尊敬しちゃうなあ」


「ミカ様はそんなに小さ……いえ細い身体で、お一人で仕事をして身を立てていらしたんでしょう。里を出たことのない私からすれば、その方が立派に思えます」


「日本はそこそこ豊かで治安のいい国ですから。チビな女一人でも、元気なら充分生計立てられるんですよ。育ててくれた祖母がお前は大学まで行けというから、頑張って行ったんです。おかげでそこそこのところに就職できました」


 入ってみたらブラック、いや限りなく黒寄りのグレーだったが。働く環境はともかく給料は出る方だったのでそこは感謝すべきだろう。

 あそこは中途は高卒や専門卒でもキャリアがあれば採るが、新卒は大卒しか採っていない会社だったので、大学を出たおかげで入れたといえばそうかもしれない。


「祖母という方は、どうしていらっしゃるんですか」

「私が十八になるまでは祖母と私、二人で暮らしてたんですが、今は施設、お手伝いさんやお医者さんみたいな人が常にいるところで暮らしています。私が十五くらいの頃に怪我をしたせいで徐々にボケちゃって。最後は私、ずっと『香織』って呼ばれてましたよ。ミカなのに」

「まあ……」


 ぴく。


「ばあちゃん、娘二人いるんですけど、養女だった上の娘のことばっかり可愛がってたそうで、実子だったはずの下の娘、叔母は完全にグレちゃって……ってのは近所の人に聞いたんですけど」

「まあ……」


 ぴく。


「叔母さんも、ばあちゃんが施設入ってからは渋々私のこと引き取って世話してくれましたけど、もー居心地悪くって! バイト始めてすぐ一人暮らし始めました。ばあちゃんの施設を世話してくれたのと、奨学金やアパート契約の保証人になってくれたのには今も感謝してます」

「まあ、保証人……?」


 ぴくぴく。


「そこからは、なんかバイトしてばっかしてた気もしますけど、大学もなんとか卒業したし、一応就職もできたし。たまに果物買ってばあちゃんの顔見に行って……とかしてたら、感染症が流行して簡単に会えなくなっちゃって」


「まあ、感染症……?」


「そのうち、叔母さんが認知症が進行してるから顔を見せるのは控えろって言うから、オンライン面会とかもせず、ここしばらくは仕送りだけ叔母宛てに」


「仕送りを。すごいわ、お仕事をして、お祖母様や叔母様を養っていたの?」


「いいえ、祖母の月々の施設代を半分払ってただけですよ。家を売ったのも含め、手続きもろもろは完全に叔母任せでしたからねえ。就職したら金を入れろと言うので、その通りにしたんです。私も祖母のために何かしたかったけど、一緒に住んでないと世話もできないし、お金入れるくらいしか貢献できないから」


「施設代半分、奨学金返済もある新卒入社の子に……? 家を、売った……?」


「あ、家を売った時のお金はいくらか分けてもらいましたよ。大学の受験料とか入学金とか払ったらほとんどなくなっちゃったけど。それから祖母が私名義で作ってくれてた定期預金と、大学時代バイト掛け持ちしまくって貯めたお金もあったし。就職後は残業しまくったり、節約の鬼になったりして何とかやりくりしてました。いやー、奨学金だけは払い切ってこられてほんとよかったなあー。頑張った私!」


「あの家は、かなり広くて、立地もよかった。売ったら結構な値段になったはずなのに、受験料や入学金を払っただけでなくなるような金額しか、美香にはやらなかったって、こと……?」


「あ、施設入居費が高かったみたい。ばあちゃん、私を私立中学に入れてくれたし、生活費にも使っちゃったから貯金あんまりなくって」


「十五で美都さんが認知症になって、十八までどうしていたの」


「家事とかは私がしてたよ。でもだんだん高校通うのが厳しくなってきちゃって。近所のスミエさんが民生委員さんって人連れてきてくれて、ケアマネさんとか色々来たんだけど……正直その辺りの記憶曖昧なんだよねえ。ばあちゃんがデイに行けるようになるまで、全然家を空けられなかったから……。床屋のおばちゃんが髪切りに来てくれたり、スミエさんやシゲさん達が差し入れがてら、ちょくちょくばあちゃんの話し相手しに来てくれたりね、町内の人がたくさん助けてくれたんだよ。みんな元気かなあ……」


「妹は、織江は、世話に来なかったの」


「織江おばさんは……あ、そうだ。高校二年の最後くらいに急に来たんだよね。誰かが連絡してくれたのかなあ。それから家を売って施設に入れようって話になってさ。あの時は寂しくって、ばあちゃん寝かしつけた後に一人で泣いちゃった。でもね、私、ばあちゃんに家事を一通り習ってたから、しっかりお世話できたと思うんだ。認知症が進行する前はばあちゃんも『まあまあだね』ってよく褒めてくれたし。こないだね、サカシータ子爵邸で餃子や焼き鳥作ったんだよ、みんな美味しいって言ってくれてね」



 むく。



「あ」

「起きた」

「年金は」

「年金?」


 ネンキン? カオルも横で復唱する。


「美都さんには正志さんの遺族年金とか、働かなくても収入あったはずだよそれはどうしてたんだ」

「えっと、生活費とか、中学の学費とか、制服代とか色々……。修学旅行先も飛行機の距離で、やたらにお金がかかったみたいでねえ、結局ばあちゃんパートにも出てくれたんだよ。高校は公立だったけど何だかんだでお金が」


「ちがう、美都さんが施設に入ってからのことだよ!」


「それは、叔母さんが管理してたから知らないよ。ばあちゃんのおやつ代とか、施設料の足しにしてたんじゃないの?」


 わなわなわなわな。


「……月の施設料くらいならほとんど年金でまかなえたはず。どうして美香が半分も払わされてるんだ!!」



 その人は、痩せた手で掛け布団を握りしめ、力いっぱい叫んだ




つづく

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