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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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頑固者らしく

 ミカ様、ミカ、と音が遠く聴こえる。思わずしゃがみ込んで、そしてペタンと尻餅をつく。


 ……よかった、意識を失うほどのことではなさそうだ。


 だが、こうして座っているだけでもつらい。視界の回転はまだおさまっておらず、一本綱の上に立っているような不安定さだ。できれば床に転がってしまいたいが、こんなところで倒れているわけにもいかない。


「ミカ様、ミカ様……っ、ああ、どうしたら、やっぱり、こんなところに連れてきたせいで」

「ミカ、不調なら正直に言え。正直にだ」


 カオルとイーリアが私のかたわらにひざまずく。


「だ、大丈夫、大丈夫、です。ちょっと、めまいが、カオルさんは、気にしないで……」


 シシも私の顔色を見ようとしゃがみ込む。


「魔力過多……ではない、ならば山酔いか? 移動いたしましょう、こんなところでは横にもなれません」


 シシが私を抱えようと背に手を当てた瞬間。

 シュタ、と着地音がした。


「ひぃっ!?」


 カオルが小さく悲鳴を上げ、私の服を掴んだ。


「まっ、まさかまたサゴリー……」

「触るな町医者。ミカ様は私が運ぶ」


 あ、違った。とカオルが胸を撫で下ろす。

 カオルもシリルも、どうしてサゴシを気味悪がるんだろう。わざわざ闇の力を漏らしながら出てきたり罵られるとフヒヒと喜ぶからか、そうか。


 シシも相手を見てほっと息を吐いた。こっちはこっちで、最終兵器が出てくると思って焦ったんだと思う。


「メイド、お前の体格ではこの方を安全に持ち上げられまい」


 シュタ、また着地音がする。


「ひぇえっ!?」


 カオルはまた悲鳴を上げた。シシは驚かず、現れた人物に目をすがめた。


「……町長、あなたまで。まさか関所を放り出してきたのですか」

「ミカのご指名ですわ。それに、代理を務める方は、わたくしよりもずっと政務に通じたお方です」


 オーレンのことだ。山に行きたくなければマージの代わりをしろと妻と息子に強要された、気の毒なパパである。


「さあ、ミカをこちらに」

「お前ら、出てくるなら後にしろ。ミカは私が運ぶ」


 サッ。ヒョイ。


「ひょぇえっ!?」


 今度は私が悲鳴を上げた。イーリアにあっさり横抱きにされたからである。ザコルやエビタイに横抱きにされたことはあれど、女性にされたのは初めてだ。


 急に身体が持ち上げられたことで、ぐわん、と余計に視界が回る。私はそれに抵抗しようと思いっきり振りかぶった。


「……す、すみま…っ、おっ、重たいですよね!?」

「動くな、無理にしゃべらなくともいい。それにそなたは軽い。うちの阿呆に比べたら半分以下だ」


 うちの阿呆……。そういえば、イーリアがオーレンを片手で引きずりながら歩いているところは何度か見たな。まさか横抱きにしたこともあるんだろうか。あの巨躯を?


 イーリアはなぜか急に眉を寄せた。


「……半分以下、どころじゃないな。ミカよ、軽すぎじゃないか」

「えっ、あれからかなり太ったと思うんですけど」

「太った、これで……?」


 カオルにジロジロ見られている。私が小さいのがそんなに気になるか。


「イーリア様。運ぶのならばわたくしが」

「私とて、体調の悪い姫を襲う気はないぞマージ」

「そのような心配はしておりませんわ」

「私が!」

「下がりなさいメリー」

「あの、それなら私でも運べると」


 なぜかカオルまで参戦し始めた。カオルにはさすがに無理じゃ……


「運ぶのは誰でもいい。早くこの方を横になれる場所へお連れせねば」

「すいません。そうこうしているうちに、めまいは収まってきました。もう大丈夫です」

「めまいは、か。あなた様のことだ。どうせ他にも症状があるのを我慢しているでしょう。不調に鈍感たろうとするのはおやめくださいと何度」


 シシがキレ始めた。はいはい、とばかりにイーリアが動き出す。マージとメリーは渋々その場から消えた。






 そして、なぜここに寝かされているんだろう。私は簡素な長椅子の上で石造りの天井をあおぎ見る。


 同じ部屋の狭い寝台には、見知らぬ年配女性が横たわっている。寝ているのか、規則正しい息遣いがかすかに聴こえてくるのみだ。逆に聴こえないと生きているのかと不安になる静けさである。


「はあ、こんな場所で騒いで興奮などしているから倒れるんだ、全く」


 ぶつぶつ。私の手を取って脈などを診ている人が文句を垂れ流す。


「あの、寝かされる部屋、間違ってません……?」

「あいにくと部屋が少ないのです。唯一ある居間は、あの通り酔っぱらいが占拠しておりますのでな」


 そんなわけで大部屋に通されたらしい。

 ここにいても、かすかにミリナや山の民の女衆のかしましい笑い声が聴こえてくる。私達の修羅場っぽいやり取りは、ミリナの耳には届かなかったようだ。


「なんか、今更ですが、私もミリナ様にちゃんと挨拶に行ったほうがいい気がしてきたんですけど」

「その体たらくでですか。酔っぱらいがさらに騒ぐことになりましょう」


 確かに、と思う。でも、なぜ倒れたと教えてくれないのと後でより騒がれそうな気もする。


「あの、先生が、そこにいる彼女に命の危険があると言うから、カオルさんが急いで私を呼ぼうとした、という話でしたけれど」


 私は、小さな窓の下に眠る人の方に目線をやる。


「はあ、確かにそう伝えました。その結果、聖域のことは詳しく言えないが早く呼ばなければと、悩むことになった従姪をいたわしく思いましてな」

「はあ、それで」

「それで例えば、あの魔獣の女王が『恵みの水を飲み浸る儀式をする』などと伝えれば、機は早まるだろうとついでに助言してやりました」

「飲み浸る? ちょっと聞いてたのと違うけど、なんだ、先生が黒幕なんじゃないですかぁ……」

「いいように伝えたのはコマでしょう。シリルも、男衆がしている過酷な修行があるからそれらしく伝えれば、例えラーマを問い詰めたとしても否定できまいと」


 ラーマも嘘などは苦手そうな人だ。練りに練って演技するならともかく、何となく察して話を合わせるなんてことは厳しそうである。


 そんなこんなで、三日三晩恵みの水を『浴びる』という表現が生まれたらしい。


「微妙というか、繊細な嘘ですねえ……」

「……コホン。私もよもや、こんなことで釣れるとは思いませんでした」

「いや、釣りだと思ったから来たんですよ……。そうまでして私を呼びたい理由って何だろな、って」

「騙されたと素直におっしゃっては」

「ふふ、騙されにきてよかったです。どっちにしろあれ以上飲ませられませんもん」


 へべれけだったもんな。ミリナこそあんな調子で高山病にならないか心配だ。そっちはイーリアに頼んであるからもう大丈夫だろう。


「今、カオルに頭痛や吐き気に効く薬を煎じさせております」

「……へえ、苦そうですねえ」


 こっちの世界には化学的に作られた薬などは存在せず、いわゆる生薬的なものばかりだ。したがって味の保証はほばない。


「薬など不味いに決まっているのです。それが嫌ならさっさと下山いたしましょう。外にプテラ殿を待たせています。老いた頑固者よりも、ミカ様、あなた様の身の方が大事だ」

「うーん……私もまた頑固者だってカオルさんに言われたとこなんですよね。なので、頑固者は頑固者らしく、そこの頑固者が一緒に降りないと下山しないぞと頑固に主張することにします」


 おそらく、私の症状は軽症の域だ。少しくらい粘ったって平気だろう。


「……と、姫はおっしゃっている。どうするつもりだ、カオリ」


 シシは静かに身体を横たえるだけの人の方を振り返った。




つづく

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