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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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戦③ 少年、お手柄じゃねえか!

 従僕のペータに、メイド見習いのユキ、そしてサカシータ騎士団第七歩兵隊隊長タンバ、深緑の猟犬ファンの集い辺境エリア統括者マネジという、まともに話すのは今日が初めてという面々ばかりが集まってしまった。


「タンバ、時間がかかっていた様ですが、一階の残党は」

「もうほとんどいませんぜ。隠れてた奴ぁ、二、三人始末してきやした。残りは屋敷の外に出ちまったかと」


 タンバは療養服の袖で、顔についた返り血をぐいっと拭った。


「あの、タンバさんは、ええと、ただの怪我人ではない、のでしょうか?」

「その通りですぜミカ様! 一応は低体温で運び込まれはしやしたけど、一日でバッチリ回復したぜ!!」

「それならどうしてまだここに…」

「あのお美しいマージ町長様がよう、怪我人共がヤンチャしねえよう見張ってくれっておっしゃるんで残ったんでさ。頭のいいやつばっかじゃねえからな。余計な事しねえよう見張っとかねえとあいつらの為にもならねえからってよ。慈悲深えこった」


 タンバはその地位と腕からマージに見込まれ、怪我人達の監視員として残った、ということらしい。


「ここじゃ上げ膳据え膳だしよ、憧れの英雄様もいらっしゃるしよ、可愛いミカ様がうめえもん届けてくださるしよう、役得ばっかで申し訳ねえや! ははははは!!」


 タンバは威勢よく笑い飛ばす。怪我人達が妙に統率が取れていて、そして妙にテンションが高かったのはこの男のせいか。今思えば、怪我人達がザコルコールに沸いている時はいつでもこの人が輪の中心にいた気がする。



 廊下で話すのもなんだという事で、ユキが隠れていた給仕室に皆で入る。休憩用の椅子は一脚しかなかったので私が座る事になった。私が薄着なのに気づいたユキが、メイド用の上着を持ってきて私に貸してくれた。そんな彼女の方こそ不安なのか震えている。私がお礼を言うと、ユキも頭を下げ、私のすぐ側に立った。


「まず、ペータの話を聴きましょうか」

「はい。では…」


 ペータ少年は数刻前の事を順を追って語り出した。


 ペータは午後からずっと、玄関横の掃き掃除や、塀の内側の草むしりなどを一人でしていたという。

 働き通しで疲れた彼は、大きな庭木と塀の間に隠れてこっそり休憩することにした。その時、突然一階のある部屋の窓が開き、男が一人、白い布に覆われた大きな荷物を担いで飛び出してきたのを見た。続いてメイドのメリーが同じ窓から出てきて、二人は玄関とは反対の方向へと走っていってしまったのだという。


「僕は驚いて、すぐにそこを離れて執事長を探しに行ったんです。しかしメリーが何か盗みなどを働くとは思えませんでした。それがまさか…」


 ペータは私の方を気遣わしげに見た。どうやら怖い思いでもしたのではと心配してくれているようだ。


「ペータくん、私なら大丈夫。自力で何とかしたし」

 シュシュッとファイティングポーズをして見せる。

「じ、自力で!? ミカ様がですか!? あの二人を相手に!?」

「おいおいまさか、ミカ様拐われたんですかい!? しかもメリーちゃんに!?」


 ペータとタンバは本当かというようにザコルの方を見た。タイタとマネジも気になるのか、同時にザコルの顔を伺った。


「…ミカの話は本当です。しかし、僕が追いついた時には既に片がついていたので直接見てはいません。が、男の方はミカが一人で仕留めたようですし、メリーは何故かミカの信者になっていましたし、待ち伏せしていた邪教の一団までもが鎮圧されていました」


 おおーッと男性陣が歓声を上げる。調子に乗った私は力こぶを作って「むん」と唸ってみせた。ユキが心配そうにしているので無傷である事もアピールしておく。


「あ、藪に潜んでた邪教の一団の方は、メリーがほとんど倒してくれましたよ。私は拐った男性と、藪から飛び出してきたのを一人倒しただけなので」

「いやいやいや、充分だろ。とんでもねえなミカ様! あんたこの英雄様に出会う前は全くの素人だったんだろ!?」

「はい。この師匠の弟子ですからね、あんなのに遅れは取りません!」


 タンバがすげえすげえと大袈裟に褒めてくれるので、私はますます調子に乗った。


「素晴らしい…! 氷姫様が最近短刀の鍛錬を始めてなかなかお上手だなんて報告は受けていたけれど、もうそんなレベルに達していらっしゃるとは。ファンの集いでも実戦までできるような会員は少ないっていうのに! これは、次の集いが荒れるよ執行人殿…!!」

「ふっ、マネジ殿。ミカ殿の武勇伝はとどまるところを知らないのです。既に数えきれない程のエピソードがここに」


 興奮するマネジに、誇らしげに胸を叩くタイタ。ファンの集いの運営二人が顔を合わせ『面白くなってきやがった』とばかりに頷き合う。

 …やば、秘密結社にネタ提供しちゃった。調子に乗ってる場合じゃない。尾ひれをつけないよう釘を刺さなければ。


 ザコルがコホン、と咳払いをした。


「ペータ、話を続けてください」

「は、はいザコル様。それで、僕は執事長を探しに行きまして…見てしまったんです。彼が、門の裏あたりで何か細工したのを」

「細工?」

「はい。それから、他にも妙だと思うことがありました。執事長は僕のいた場所からそう遠くない、玄関の門の辺りにいた。庭木はいくつかあったとはいえ、彼からはあの男とメリーが何か運び出す所が見えたはずなんです。あの執事長がそれを見逃すなんて思えない。僕は何となく、メリーの件を訊くのを躊躇してしまいました…。それから間も無くして、奥様、いえ町長様が主だった使用人を引き連れて、テイラーの護衛方と共に屋敷を出られた。執事長に、留守を任せて…」


 ペータは執事長が屋敷の中に入るのを待ち、彼が細工していた場所をこっそりと確認した。そして門の装飾の隙間に、見覚えのある鍵束があるのを見てしまったのだ。それは、場所さえ分かっていれば簡単に見つけられるような場所だった。ペータは、執事長が誰かにこの鍵を渡すために、敢えてここに置いたのだろうと考えた。

 男性使用人であるペータの直属の上司は執事長だ。執事長の意図が判らない以上、迂闊にその鍵束に手をつけるわけにはいかなかった。それと同時に、メリー達の行動を執事長が黙認している事を他の使用人に軽々しく話すのも憚られた。


「でも、あの普段は穏やかでお優しい町長様が、今までに見たことのない程お怒りだったんです! 脚のすくむ程の殺気で『わたくしの妹を返してもらう』と呟かれたのを、玄関先でお見送りした僕は聴いてしまった」


 マージお姉様がそんな風に私のために怒ってくれたんだ…。あのお姉様が怒りで我を失うような事があるなんて。私の不注意のせいで本当に申し訳ない。メリーをどう庇うか、ますますよく考えておかなければ。


 ザコルがタイタに目配せすると、タイタは頷いた。タイタもマージのその様子を見ていたのだろう。

 ユキがギュッと自分のエプロンを握る。私は隣にいる彼女の背に手を添えた。


 ペータは話を続けた。


「妹、とはミカ様の事だろうと僕は思いました。同時に、メリー達が出てきた部屋が、元々ミカ様達がおられた部屋に近かった事も思い出したんです。その部屋ではマネジ様がまだ寝ているはずだと他の使用人から聞きましたので、世話を無理やり代わって部屋に入りました。マネジ様は既に起きておられて、ザコル様の残した剣や暗器を見て呆然となさっていましたね」


 ペータはマネジに顔を向けた。


「ええ、彼の言う通りです。一体どんな戦い方をしたらあんな風に短剣が折れ曲がるものかと…。投げナイフの先も、欠けているならまだしも粘土のように潰れているなんて…! 猟犬様の戦いとはかくも激しいものなのかと一人想いを馳せておりました。…あ、いえ、そ、そんな僕のファン行動はいいのです。呑気な事をしていて申し訳ありません。まさかミカ様が拐われたとは知らなかったものですから…。ペータ君から話を聴いて、やっと皆様が突然どこかに行かれてしまった訳を知った有様で」


 そう、ペータは悩み抜いた末に、全くの部外者だったマネジに相談する事にしたのだ。


「マネジさんに全部話すなんて、大胆な事したねペータくん…! 今回はそれで助かったんだけれど…」

「僕も、冷静でなかったと思います。あの時はもう、屋敷中の大人が信用できなくなってしまって…。同志の方ならこの件にはきっと無関係でしょうし、ザコル様とミカ様のお味方なのは間違いないはず。それに、あの部屋を一目見て悟りました。…書きかけの手紙に、編みかけの靴下、散らばったザコル様の武器、ミカ様のブーツやコートもそのままで…! 皆様が何の用意もなく、突発的に部屋を出られたのは一目瞭然だった!」


 ペータはその時の気持ちを思い出したのか、語気を強めた。執事長やメリーに裏切られたと思ったのだろう。


「マネジ様はみっともなく取り乱した僕を心配してくださいました。僕は、お優しいマネジ様につい縋ってしまったんです。…今更と思われるかもしれませんが、僕のせいで巻き込む形になってしまい、申し訳ありませんでした。マネジ様…」


「いいや、謝る事なんてないさ、ペータ君。僕は勇気ある君にほんの少し手助けしただけだ。それに、何たって僕は猟犬ファンの集いの一員だからね、猟犬様方のお力になれて嬉しいんだよ。なあ、顔をあげてくれないか」


 そう言ってマネジは頭を下げるペータ少年の側に寄り、肩に手を置いた。


「君はよくやったと思う。今こうして皆が助かったのも全て君がいたおかげなんだよ。君に怪我が無くて、本当に、本当に良かった」


 その言葉に、ペータは堪えきれず泣き出してしまった。ユキも彼らのその様子を見てもらい泣きし始めた。


 マネジがペータに短剣を託したのは、ザコルに渡すためでもあり、ペータ自身の身を護らせるためでもあったようだ。




「話は戻りますが…」

 ペータは涙を拭い、続きを話し出す。


 ペータがマネジに相談しているうちに、急に屋敷の外が騒がしくなり、荒くれ者がドッと玄関に押し寄せてきてしまったという。


 直後、執事長自身が部屋に現れてマネジを三階に案内すると言い、ペータには他の使用人に声をかけてすぐ上階に避難するよう命じた。去り際マネジから短剣を託されたペータはそれを腹に隠し、部屋を出てすぐに浴室に向かった。浴室では、ペータやユキのような若い使用人達が掃除や水の用意をしていた。私の魔力が回復したと知ったマージが、いつでも入浴ができるようにと準備を命じていたからだ。


「脱衣所から地下牢に行ける事は、ここの使用人ならほとんどが知ってる事なんです。浴室にいた面々には、避難しろとは言わず、今すぐ脱衣所に籠って誰も入れないようにって言ったんです。曲者が鍵を手に入れたかもしれないって言ったらすぐに動いてくれました。今、地下牢が解放されでもしたらそれこそ誰にも止められませんから…。僕自身は浴室の窓から外に出て、曲者達の目を盗んで玄関から入り直し、納戸に隠れました。マネジ様が何とか助けを呼んでくださると信じて」


 ペータの期待通り、マネジは屋根裏部屋の窓から笛を使って同志を呼び寄せ、事情を端的に話してザコルやマージなどへ報せるよう命じた。

 全国に散らばるエリア統括者は、自分の管轄内にいる同志だけに通じる合図をいくつか決めているものらしい。マネジの笛もその一つのようだ。


 そして襲撃開始から最速で駆けつけたであろうザコルによって、この騒動は鎮圧されたのだった。


「あの妙に高い音は何かと思っていましたが、君の笛でしたか…」

「猟犬様のお耳にも入っておりましたか。過去に色々試したのですが、どうやら普通の音よりも高音の方が届きやすいようなので、より高く大きな音が手軽に出せる笛を作ったのです。これなのですが」


 そう言ってマネジが懐から取り出したのは、紐のついた小さな金属製の笛だった。


「丁度いい。会員の彼らに猟犬様が無事討伐を終えられた旨、報せていいでしょうか」


 ザコルが了承すると、マネジは部屋の窓からピィーッと笛を吹き鳴らす。一分も経たない内に、窓の外にやってきたのはドーシャとセージだった。窓を開けると顔だけ覗かせた。


「いやはや、こんなに早く呼ばれるとは」

「我らが猟犬様にかかれば、あんな烏合の衆、瞬殺で間違いナシ! とは思っておりましたぞ」

「ミカ様もお元気そうで何よりです! 早くお二人の武勇伝をお聞きしたいものですな」


 外は真っ暗闇でここは三階の窓だというのに、この二人は全くいつも通りだ。そして私の心配はあまりされていないようで笑ってしまった。彼らは、私ならば当然敵に反撃しただろうと思っていたらしい。


「ドーシャ、セージ。君達にも感謝を…」

 ザコルが二人に歩み寄ろうとするのを、マネジがサッと止めた。

「申し訳ありません猟犬様。この高さで心神喪失させてはいくら彼らでも命に関わりますので」

「す、すみません。では、また後で」

 ザコルが大人しく引き下がる。


「ははは、一日に二回も心神喪失なさった御仁は言う事が違う!」

「うるさいよドーシャ。そういう君らなんて、ここに着く前から使い物にならなかったって君んちの御者から聞いてるぞ。さあ、君達は近くにいる者と協力して、この屋敷の周りを警戒していてくれるかい。もし怪しいのがいたら報せてくれ。セージ、誰か味方は来るのかい?」

「今、町長様がこちらに向かおうとなさっているかと。あちらは敵の数が多いので離脱には少々時間がかかっているようです」

「分かった。あっちにいるのはジョーかな。討伐完了はここから報せるよ。では散って」

「御意」


 彼らは短く返事をするとシュバッと闇に溶けていった。マネジは続いてピピッ、ピィー、ピィィーッと節をつけて笛を吹き始めた。どうやらモールス信号のように何か意味を持たせて吹いているようだ。



「凄いですマネジ様! 今の同志様方も凄いですが、それをあんな風に統率なさっているなんて!」

「い、いや、ペータ君、僕はただこの地域の連絡係みたいなもので、統率なんて大層なものじゃあ…」

「一体ナニモンだよ同志ってのは。あいつらただの商人じゃねえんか、なあ、一人くらいうちの隊にくれよ」

「い、いや、彼ら一応一般人ですので、僕の一存では…」

「あの身のこなしで一般人はねえだろ。なあなあ、いいだろマネジさんよ」


 使用人や怪我人として、屋敷からほとんど出ていないペータとタンバは、同志達の身体能力を初めて目の当たりにして興奮している。


 ザコルはというと、興味深そうにマネジの笛を見ていた。


「これはいい。僕の耳には少々辛い音だが、太鼓や銅鑼やラッパに比べたら持ち運びもしやすいですし、細かい指示出しにも向きそうだ」

「ザコル、これに似たものが私の世界にもありましたよ。被災時や遭難時に自分の居場所を知らせたり、暴漢に襲われた時に助けを呼ぶ道具として普及していました。マネジさん、お一人でこれを発明されるなんて本当に凄いですよ」

「お、お褒めに預かり光栄です。親方には変なものばかり作りやがってとよく言われるのですが…よ、良かった…」


 照れているのか、褒められ慣れていないのか、マネジはまたニチャ…と不器用な笑みを浮かべた。


「僕は戦時の利用を考えていましたが、ミカの言う通り、山奥に入る者にも持たせるといいですね。ザッシュ兄様もきっと興味を持つでしょう。貴族令嬢に向けて売り込んでもいいのでは? マネジ、やはり君は優秀な人だ。今までも陰ながらあの癖の強い同志達をまとめていたんでしょう。その上、謙虚で努力家とは。ああ、そうだ、剣以外にも君に頼みたい事があるんです。後でじっくり話を…」

「ザコル殿」

 タイタが静かに声をかけた。


「このマネジ殿が随分とお気に召したようですね」

 ニコォ…。笑顔の圧。


 ザコルはその様子に少しムッとしたようだった。


「何をまた不機嫌そうにしているんですかタイタ。君のことは充分特別扱いしているはずです。それに、さっきは気安くミカを横抱きにしていたようですが?」

「えっ、そ、それは…ミカ殿に死体の上を歩かせる訳にはいきませんので…! お、お願いですからお怒りにならないでください!」

「フン」

「ザコル殿!」


 そっぽをむくザコル。慌てて機嫌を取ろうとするタイタ。


「…ふーん。ねえ、二人ってデキてるんですか? 私の前で痴話喧嘩しないでくれます?」

 バッと二人がこちらを振り向く。

『痴話喧嘩などではありません!!』

 見事にハモった。青ざめた顔色までお揃いだ。


「おーおー息ピッタリ。デキてんなあこりゃ。ザコル様、まさかミカ様とこの兄ちゃんで二股かけてんですかい? いけねえなあ…」

 タンバがニヤニヤとしながらイジりに入ってくる。

「人聞きの悪い事を言わないでください! どうして僕がタイタとデキなければならないんだ!!」

「お貴族様にゃ男色趣味のお方も多いと聞きましたもんでねえ」

「タンバ貴様…!」


 ザコルがタンバの胸ぐらを掴む。タンバはザコルに半ば本気で凄まれてもヘラヘラしている。この人、意外に大物なのかな…。


「軍でもよ、女っ気のねえ隊じゃ珍しくねえんでさ。俺も一応隊長格だからなあ。理解がなくちゃ務まらねえんでさ。へへっ」

「ごっ、誤解ですタンバ殿! お、俺はただ、弟分と言っていただけたのが嬉しく、調子に乗っていただけで…も、申し訳…」

 タイタがもじもじと指を擦り合わせる。

「ああ、弟分ってこたあ、兄ちゃんの方が下なんか」

「いい加減にしろタンバ! マネジは納得したように頷かないでください!! 君が信じたらペータとユキまで本気にするじゃないですか!! ミカもいい加減にその目をやめろ!! 分かってやってるんでしょう!?」


 タンバはぶん投げられ、今度は私がガクガクと肩を揺さぶられる。


「ザコル殿! ご無体はおやめください! ミカ殿の首がもげてしまいます!!」

 タイタがザコルの両手に手を置いて止めようとするが止まらない。

「ちょっ、ほん、とに、もげ」

 ガバッ、横からユキが私の腰に抱きついた。

「やめて…!! ミカ様が壊れちゃう…!!」

 ハッとしてザコルが止まる。そして、そっと手を降ろした。




「英雄様がどうも童…いえ初心を拗らせてるようだって事は判りやした」

「そんな事は判らなくていいんです。殺されたくなければ黙れ」


 食器棚に突っ込んだタンバが何でもないかのように起き上がって戻ってくる。幸いというか何というか、食器棚のカップや皿は全て武器として持ち出した後だったので、食器棚の扉が一部損壊したくらいで済んだ。


「話を続けましょう。ですが、牢への入り口を守っている者達が心配です。一応中も確認した方がいいでしょう。という事で一階に降りながら話を続けます。マネジ、ユキ、君達はどうしますか。二階より下はまあまあ凄惨な事になっていますが」


 マネジは大丈夫、という風に胸に手を当てて頷いた。


「ぼ、僕はお供してよろしいでしょうか。これでも一応、実戦経験はありますので心配はご無用です」

「頼もしいですね。落ち着いたら是非手合わせしましょう。ユキは」

 ユキは私の腕にギュッと抱きついたまま、ザコルの方を見上げた。

「…ミカ様に、お供いたします」

「そうですか。確認ですが、屋根裏に避難している者は、マネジ以外、誰も欠けていませんね?」

「はい。今日入りました新人も含め、誰も欠けておりませんでした。腕の立つ者も一人ついております」

「ならばいい。行きましょう」


 ザコルはユキの言葉に頷くと踵を返し。皆を引き連れて給仕室を出た。




「猟犬様と手合わせ猟犬さまとてあわせりょうけんさまとてあわわわわわわわわ」

「マネジ殿、落ち着いてください。一旦忘れましょう。深呼吸です。ひっひっふー」


 すっかりバグってしまったマネジをタイタが介抱している。


「ミカ様、マネジ様はいかがです?」

 ユキが私にコソッと囁く。

「いかが、とは…」

「この中ではマシ…いえ、とってもお優しいし、見た目もあちらのお方と大体同じでは」


 どうやら鞍替えを勧められているようだ。ザコルへの恐怖心はもう克服してしまったのだろうか。

 ユキの言う通り、ザコルとマネジは背格好がどことなく似ている。背も体の厚みも、ストレスがかかると猫背になりがちな所まで一緒だ。マネジは癖っ毛だが髪色も近いし、ザコルの瞳に入った榛色と、マネジの金眼は同系色だ。極め付けにこの深緑色のローブ。このままシータイの町中を歩いていたらザコルに間違われる事もあるかもしれない。


「ユキ、当てつけはやめてください。大体、僕と同じだなんてマネジに失礼…」

「ユキさん、今何て言ったんだい!!」


 バグっていたマネジが急に振り向いたのでユキがビクッとする。


「僕と猟犬様が同じな訳ないだろ!? まさに神への冒涜!! この崇高なるお二人の間に僕なんかを挟んだら解釈違いで狂い死んでしまうよ!! いいかいユキさん、僕はこのお二人の新居の壁希望なんだ。執行人殿が第二夫人…? になるのは個人的にアリだと思うけれど」

「なっ、なな、何がアリなのですか!? 滅多な事を言わないでくださいマネジ殿!

お、俺だって壁希望です!!」

「誰が壁希望だって? さっきは僕なんかに嫉妬してたようじゃあないか。君も存外可愛らしい所がある。洗脳班には睨まれないようにしたまえよ。ああでも、いいじゃないか、最強の猟犬殿に可愛い弟分。しかもあの冷血無比の執行人殿がだ。お二人がどうして義兄弟の契りを交わすに至ったのか気になって仕方ない。ふふふ、凄くアリだよ、ふふぐふ、次の集いが楽しみすぎて、ふ、ふふ、もう、ふぐふふぐふふふ」


 ユキは、気持ち悪く笑い出したマネジにも微妙な視線を向け、そっと私の腕を掴んだまま距離を取った。


「くっ、よりによってこの人の前で調子に乗るなんて俺は…!!」

 タイタは頭を抱えている。どうやらマネジとは割と打ち解けた仲のようだ。

「タイちゃん、こんなに仲良しのお友達がいたんだねえ。お姉ちゃんは嬉しいよ」

「ミカ殿…!! 元はと言えば…!!」


 タイタに恨めしげな声で呼ばれるなんて初めてだ。しかしこの件に関して、氷姫のエピソードとやらを好き勝手に広めようとしているタイタに何か言われる筋合いはない。


「マネジもやはり同志ですね…。お願いですから変な噂を流すのはやめてください。タンバ、次は君の番ですよ」

「もう喋っていいんですかい。そんじゃいっちょう俺の武勇伝を語ってやりやしょうかねえ!」

 タンバはわざとらしく顎に手をやり、記憶を辿るように視線を上に上げた。



「今日の午後はなあ…。そうだまず、いつもみてえに怪我人のクセして元気すぎる奴らと賭け…いや、ちょっとしたカードゲームで遊んでやってましてね、ふっと窓の外見たらよ、使用人のおばはんがバタバタ走って屋敷を出てくのが窓から見えたんでさ。あのオバハンが行儀悪く走ってんのは、こっちに避難してすぐくらいの頃しか見てねえからな。こりゃあ何かあっただろってピーンってな! とりあえずカードは俺の勝ち逃げで終わらせてやってよ! あいつらの悔しそうな顔ったら」

「タンバ、簡潔に話してください」

「へへっ、すまねえ、ザコルの旦那。大儲けだったんでな、自慢してえのよ」


 タンバは指で丸く輪を作ってみせ、ニカッと笑った。


 私達が二階に差し掛かると、バリケードに控えていた怪我人達が大歓声で迎えてくれた。ベッドを少しずらして通してくれたが、相変わらず階段は死体と割れた食器などで足の踏み場もない。タイタが手を貸そうとする前に、今度はザコルに片手でサッと縦抱きにされた。タイタは気にする様子もなく、ユキに一言断って彼女を横抱きにする。それがまた嫌味もぎこちなさもなく、どこか優雅ささえ感じられるお姫様抱っこなのだ。ユキは緊張しているのか、小動物のように縮こまっている。それをペータがちょっとだけ悔しそうに見たのをお姉さんは見逃さなかったぞ。ふふふ、いいねえ若人よ!


「ミカはもう少し緊張したらどうですか。前が見えませんから首に巻きつかないで…」

「血まみれでも抱きついていいって言ったじゃないですか」

「だから変な解釈をするなと」

「死体の上でイチャつくたあ、肝の据わった姫さんだぜ。へへっ、英雄様についてくような女はこれくらい図太くなくっちゃあな」

「褒め言葉として受け取っておきますわ、タンバ様」


 私がお嬢様言葉で返すと、タンバはカラカラと笑った。


「そうそう、姫といや、使用人のオバハンが出てった後、しばらくして麗しのマージ姫が来て俺におっしゃるんだ。何かあったら屋敷を守ってタンバ様…! ってよ。誰とは言わねえが、大事な客人達がいるからっつってな。大方、午前中に来たあの変な奴と、あんたの事だろ。なあマネジさん」

「え、ど、どうでしょう、お世話にはなっていますが…僕が大事な客人? とは…」

「マネジ様はこの屋敷で一等大事な客人ですよ!」

「ええ…、そうかなあ…」


 タンバとペータにそう言われ、他に反論の声も上がらない皆の様子を見てか、マネジは不思議そうに頭を掻く。あまり自覚は無いようだが、マネジは同志のまとめ役で、水害支援の陰の立役者だ。町にとっては大恩人の一人であり、守るべき大事な客人なのは間違いないだろう。少なくともあの鮭王子よりは百万倍歓迎されているはずだ。


 タンバは今朝、二階の窓から魔獣に乗って王子達がやってきたのを目撃している。その後すぐに退避しただろうが、あの煌びやか過ぎる衣装に従者付きでは、身分の高い人間が来たというのは一目で判ったはずだ。


「お姫様に頼まれちゃあ仕方ねえかんな。俺ぁ動ける奴集めて、まだ満足に歩けねえような奴は奥の部屋に移動させてやった。武器になりそうなもんも探させておいた。そしたら、しばらくしてマジに下が騒がしくなってきやがった。俺は下で応戦するつもりだったがよ、執事の爺さんが奴らを二階から上に上げるなっつって飛び出して行ったんで、すぐベッドやドアぶっ壊してバリケード作らせる事にした。倒すよりも、一匹も通さねえ方が大事だろうと思ったんでな。へっ、俺様にかかりゃ屁でもねえ。言われた通りに上の階は死守してやったぜ!」


 フフン、とタンバは得意気に自分の胸を叩いた。


 階段を降り切ったので、ザコルは私を床に降ろした。タイタもユキを丁重に床に降ろし、エスコートが必要かを聞いている。ユキは断ったようだが、灯りが壊された廊下は暗く、またあちこちに死体やその持ち物、壊された物の破片などが散らばっている。足元は相変わらずいい状態とは言えない。


 ザコルは私にそっと左腕を差し出した。やや間を置いてから手をかけると、その手の甲をそっと撫でられる。今更だが、私がエスコートは要らないと言った事を気にしていたのだろうか。半ば当てつけのような言い方をしたのは私なのに。罪悪感で胸がちくりとする。


「タンバ、君は地下牢の『客人』についてはどうするつもりだったんです」

「ん? ああ、地下は曲者で満員御礼なんだもんな、雑魚とはいえ、そいつらまで出てきやがったら確かに大事だ。町に出たら何する分かったモンじゃねえしな。ザコル様が止めてくだすって良かったと思いやすぜ」

「何を呑気な。今朝は君も放牧場にいたんですから、考えれば分かるでしょう。僕の兄弟が二人、この地下にいるんですよ」

「あ」


 タンバはたった今気づいたと言うように目を見開き、口をポカンと開けて人差し指をザコルに向けた。


「あ、あのお二人、ここの地下牢にいんのか!? そりゃ聞いてねえぞ!! やっべえじゃねえかよ!!」

「だからこそペータ達がわざわざ僕に報せてくれたんでしょうが。二人を同時に相手できる人間はそういませんし」


 ザコルはタンバの無礼な指をペシっと払い、歩き出す。タンバは話を聴いているのか聴いていないのか、払われた手を顎にやって考え込むようにしている。


「ああ、そうだ、言われてみりゃその通りでさ、あのお二人をその辺の適当な牢になんざ入れられねえもんな。うおー、俺ってやつぁ馬鹿だなあ、上の階だけ死守していい気になってたぜ!! ペータ少年、お手柄じゃねえか!!」


 やっとペータが成した事の重大さに気づいたようで、タンバはペータの背中をバシンと強く叩いた。少年は悲鳴をあげた。


「マネジは分かっていましたよね?」

 マネジはペータの背中をさすりながら頷く。

「え、ええ、ペータ君から、地下牢には猟犬様に並ぶような手練れが捕まっていると聞いていましたので…。まさかご兄弟とは知りませんでしたが…。え、どなたです? 九人兄弟でいらっしゃいますよね?」


 タイタがザコルに代わり、彼にあらましを説明し始めた。


「ペータ、この鍵以外に地下牢の鍵は存在しますか」

「僕が知る限りでは執事長のその鍵以外に使われている鍵はありません。町長様がスペアをお持ちかどうかまではちょっと…」

「あの爺さん、俺らにはっきり『二階より上に上げるな』っつったぞ。一階じゃなくてだ。だから俺ら、とりあえず二階にバリケード作って迎え討ったんだ。もう一階には入って来ちまってたしな…ってあんのジジイ最初から地下牢だけが目的だったんかよ! ミカ様を拐わせてザコルの旦那を屋敷から出したのも、鍵を置いてあいつらに回収させたのも全部!!」


 タンバがペータ少年の肩を掴んでガクガクする。見兼ねたザコルが少年をベリッと剥がし、自分の方に寄せた。


「タンバは今まで何を聴いていたんですか。このペータの冷静さを見習ってください」

「俺ぁ冷静だぜ! ジジイがミカ様守るために屋敷から出したってセンもあるかと思ったんでさ! 曲者どもを手引きしたのがジジイじゃねえとすればだがよ! ほんで、この死体の山にジジイが紛れてりゃな!」


 タンバは、私の誘拐、屋敷への襲撃、地下牢解放の件をそれぞれ別々の事件として捉えていたようだ。


 もし屋敷への襲撃が執事長とは別の思惑を持った者の仕業なら、何らかの理由で襲撃を察知した執事長が、メリーに命じるなどして私を屋敷の外へ緊急避難させたという考え方もできる。その場合、何故私だけを避難させたのかという事になり、私以外の要人や客人に害意があったという可能性が出てきてしまうが…。


「ああ、そういう考え方もできますか。確かに彼の行方は知れませんし、既に討ち死にした可能性もありますね」

「そーだろそーだろ。まあ、でもな、地下に鬱憤溜めてそうなサカシータ一族が二人もいるんじゃ話は別だな。解放して何させようとしてんだか知らねえが、ロクでもねえ事になるのは確かだぜ」

「まあ、そうですね。僕含め、うちの一族は全員がロクでもない兵器みたいなものですから…」

「兵器を名乗れる一族、かっこいい!」

 ギュム、顔を押される。

 一族を褒めただけなのに照れちゃううちの彼氏可愛い。グイグイグイ、首の骨が曲がるって。

「その気持ちすっげえ解りますぜミカ様よ‼︎ 憧れるよなあー、俺もサカシータ一族に生まれて無双したかったぜえぇー!

「たった今、ロクでもないと言ったばかりでは…」

「サカシータ一族の素晴らしさについて語るのならば是非とも俺を混ぜていただきたく!!」

「あっ、僕も僕も!! 何代前まで遡りますか!? ここはやはり定番の四代前のハーレン・サカシータ様ご誕生のエピソードから…」

「四代前…!? どうして僕も知らないような一族の歴史を当たり前のように知って!? というか長くなりそうですから後にしてください! ほらもう着きましたから!!」


 後ろから乗り出してきたガチ勢二人をいなし、ザコルは再び脱衣所の崩れかけた扉を叩いた。



つづく

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