君に会いにきたんだ
にこにこ、にこにこ。
かわいい孫を二人、両肩に乗せてご機嫌のオーレンである。
彼は孫というお守りがあれば人見知りが和らぐ傾向にある。しかし彼の性格をよく知る領民達は、無闇に話しかけたり近づいたりすることなく遠巻きに観察していた。妖精っていうか希少動物かな……。
「ミカさんミカさん! 聞いてよ、君達がシータイに行ってしまって寂しいねとザラミーアと話していたら、子爵邸の料理長が餃子を作ってくれたんだ! 君に教わった通りに!」
「そうですか、美味しかったですかオーレン様」
「もちろんさ! ああ嬉しいなあ、これからは好きな時に食べられるんだ。緑茶もザラが淹れてくれたよ。君が淹れるコツをメモに書いて渡してくれたんだってね、ありがとうミカさん」
「いえいえ、お役に立てて私も嬉しいです」
にこにこ、にこにこ。
「……おいオーレン。お前、そんなことを言いにここへ来たのか」
「えっ。あっ、違う違う、君に会いに来たんだリア!」
「は? 私に? ミカではなく? ……私に?」
夫に求められてきょとんとするイーリア。かわいいな……。
「……っ、コホン。というか、お前一人で来たのか。よくミリューが乗せてくれたものだ。ミリナはどうした」
「それがさ、困ったことになったんだ。ねえ、ミリュー」
うんうん、とばかりにうなずくミリュー。なんか随分とオーレンと打ち解けたな……。
キュルル、キュ、キュルウ。
ミリナ、不可、制止。
「ミリナ様が? どういうこと、ミリュー」
キュ、キュ、キュルルウ。
山、人間、結託。
「結託……?」
「そうなんだよ! 何がどうなったかよく分からないんだけど、ミリナさんが急に山の民の女の人達と結託してさ、ミカさんを聖人? としてお迎えするために修行を始めるとかよく分からないことを言い出して!」
『ええええっ!?』
私を含む何人かが素っ頓狂な声をあげた。その中には山の民の神官たるラーマも含まれた。
「それでミリナさんを正気に戻せそうなのを連れて来いってジーロが……あれっ、君、誰?」
すす……。今さながらラーマの存在に気づいたオーレンがイーリアの背後に移動する。精神安定剤たる孫達も肩に乗せたままだ。
「その服、山の民……?」
「そうです父上、こちらは山の民の神官でラーマです。僕とミカの婚約承認の儀を執り行ってくれました」
ザコルが改めてラーマを紹介する。
「あ、ああ、シータイに留まっている神官達の一人か。え、えっと、サカシータ子爵がオーレン・サカシータだ……です……」
「はっ、お初にお目にかかりますサカシータ子爵様。我が名はラーマ、山の民の一人であり、山神様を祀る神官の一人でございます。ご次男たるジーロ様には日頃から大変お世話になっております」
ぴし、ラーマは丁寧に腰を折った。
「そ、そう……こ、こちらこそ、息子が、世話に…………」
モゴモゴ、シーン。気まずい沈黙が流れた。
「おいオーレン、何を黙り込んでいる。このラーマは水害時にシータイとカリューを荷馬車で幾度となく往復し、多くの避難民を運んだ功労者だぞ。その後もここに留まって薪の確保などに貢献している。しかもチベトの血縁だ。私でも知っているのにどうしてお前が知らんのだ」
はああ、とイーリアが溜め息をつく。
「そっ、そんなことを言われても」
「早く当主として礼を尽くせこの木偶が!」
「そうやってすぐ木偶とか言わないでくれよお!」
わあああん。
「子爵様、それで、女衆は何を」
「あっ、いや、でっ、でも、リアの言う通りだな。すまない、ラーマ君。当主として礼をしたいんだけれど、何がいいかな」
「礼などと滅相もございません! 我らの後継たる男児とその父親の命は、こちらのザコル様とミカ様によって助けられております。それに、山に帰れなくなった我々もまた避難民としてこの町の世話になったのです。これ以上の報いは遠慮させていただきたく」
「いや、山の民たる君達を保護するのはツルギの番犬たる僕らの義務だ。それはそれ、これはこれだからね」
そんな山の民たるラーマ達が町ぐるみでいびられそうになったことは黙っていた方がいいんだろうか……。
「いいさ、礼はこっちで考えておこう。うちの民達のために力を貸してくれて感謝する、ラーマ君」
「もったいなきお言葉にございます」
ははーっ。
「それで、女衆は何を」
「おじいさま! 今日はね、ラーマさんにヤマガミさまとか、きょうかいについて、いろいろ教えてもらったんです!」
「おれもです! 本とかよんでもよくわかんなかったけど、今日はすげーベンキョーになりました!」
「そうかいそうかい、偉いね君達。いやあラーマ君本当にありがとう!」
孫の口添えで急に気持ちが緩む妖精領主である。何か言いかけていたラーマだが、つい苦笑をもらした。
「でさ、さっきから気になっていたんだけれど、この、月のクレーターみたいな大穴は何だい? またザコルが何かしたのかな」
「ちがいますおじいさま! これは、ミカさまがばくはつした穴です!」
イリヤがすかさず訂正する。
「ミカさんが爆発……? ミカさん、君、爆弾も作れるのかい。元自衛隊員か何かなの?」
「いいえ、ただのOLでしたが、ちょっと土管からピョイーンと出てみたかったんです。某ゲームのように」
「ゲーム? ああ、あのテレビゲームのことかい! そうだそうだ、土管に入ったり出たり、キノコを踏んだり食べたりするやつだろう? 実はね、僕も一度だけやったことがあるんだ。新人の伊藤が買ったからって家に呼んでくれてね。子供のオモチャだと思っていたけれど意外に面白かったなあ。僕も買おうかと思ったくらいで」
結局買わなかったらしい。オーレンは前世が昭和の社畜なので、単純にゲームなどをしている余裕がなかったのだろう。
それにしても前々から思っていたが『新人の伊藤』とやけに仲良しだな……。それなりに年の差もあっただろうに。伊藤君がとんでもないコミュ強だったのか。
「……で。今日は一体何をしでかしたのかな、ミカさん」
にこにこ、にこにこ。
どうしてだろう。同じ笑顔だというのに、たびたび問題を起こす社員を見つめる上司の笑顔にしか見えなくなった。
つづく




