いや、なんか無防備だから
結果から言うと、その日はそれ以上の検証は中止せざるを得なかった。
正気を失ったり再起不能になった人々を含め、集まっていただいた曲者の皆さんにはそのまま牢屋へとお帰りいただくことになった。見てはならぬものを見せられているので、今後の管理は穴熊達とイーリアの側近達で行ってもらうことになる。
ほけ。
「兄貴、兄貴。返事してくださいよお」
さっ、さっ、エビーがぼんやりと遠くを見つめる目の前で手を振っている。
「サゴシ、これ大丈夫なん?」
「うーん、まあ、一応自分の足で立ってるし大丈夫じゃねーかなー」
闇のシショーは適当にうなずいた。
「坊っちゃま、コリー坊っちゃま……っ」
「落ち着けマージ。サゴシの言う通り、呆けているだけだ」
泣きそうな元世話係をイーリアがなだめている。
「あの、俺には、毒が抜けているように感じられるのですが。ミカ殿、いかがでしょうか」
「うん、タイタの言う通りかもしれない。ジョジー、これってもしかして、闇の力だけ使い切っちゃった状態なのかな」
キキィ。
そうです。
「ぎゅっとしてみてもいい?」
キキィ?
闇の力、分けてあげるですか?
「いや、なんか無防備だから抱きついてみようかと」
キキィ……?
お猿にすごい不可解そうな顔された。ふふっ、と笑う。
「イーリア様のおっしゃる通りなら、闇の力って、溜め込んだ愚痴みたいなものなんですよね」
「愚痴?」
エビー達が不思議そうな顔をする。
「溜め込んだ愚痴か、ふっ。まあ、そうだな。疎むことが原動力、とサイカでは言われていた。故国の軍ではたまに意図的に放出しているという奴もいたぞ。一部例外はあるが、基本的に陰、つまり闇を使い切っても命に別状はない、と私は認識している」
「なるほど、例え中和とか浄化とかされても、体調悪くなるまでの人は一握り、ってことですね」
確かに、ザラミーアはダイヤモンドダストを浴びても自覚症状なく過ごしていた。闇の力だけを生きる糧にしているというサゴシは、その一部例外に当てはまる。
ただし例外に相当せずとも、闇の力を闘いの術にしている人間ならば、命に別状がなくとも『致命的』な状況にはなるはず。なので、これまで通り配慮は続けていくようにしよう。
「彼、今の残存魔力はどれくらいなのかな。ミイ、判る?」
ミイミイ。
ミカの気配はする。
「そう。まだ私の魔力も残ってるし、枯渇してるってわけじゃないんだね」
その残存魔力を使い込むとしたら、これから闇の力を回復させる過程で、ということになるだろうか。とはいえ、実際にどれだけ魔力が残っているかなど、正確なところはその場にいる者だけではよく判らなかった。
「やっぱりシシ先生がいないとですねえ。ザコル、ザコル」
私は彼の手を取って話しかける。
「疲れたでしょう。一度、町長屋敷に戻らせてもらって、お昼まで休憩しませんか。蜂蜜牛乳でもいただきましょう」
目ぼしい反応はなかったが、名を呼んで手を引くと彼は素直についてきた。
私達はまだポヤポヤとしているザコルを連れ、速やかに屋敷へと移動した。
誰かにこの状態のザコルを見られても説明しづらい。幸い、屋敷に到達するまでに誰かに会うということはなかった。
食堂に入り、温めた牛乳に蜂蜜を溶かして手渡すと、ザコルは素直に受け取ってすすり始めた。
「……? 僕は、一体何をしている?」
「あ、やっとしゃべった」
目に生気が戻ったザコルに、皆が安堵の表情になる。
かくかくしかじか。
ザコルが邪教徒相手にプッツンしてからのことをざっくり説明する。イーリアの見解なども含めてだ。
「疎むことが原動力……? 僕は何を疎んで闇を溜め込んでいたんだ……?」
「ふはっ、ずっと王都燃やすっつってたじゃねーすか」
「王都、ああ……。そんな場所もありましたね」
すっかり毒が抜けている……。
「それより俺ですよ俺。俺って愚痴の塊ってこと?」
「サゴシは愚痴っつーか……」
「あ、愚痴っていうのは私が勝手に言い換えた言葉だよ。嫌な気持ちにさせたならごめんねサゴちゃん」
闇の力百パーセントで生きるサゴシのことを考えない発言だったと反省する。
「いーえ。まー、愚痴だらけってのは否定しないですけど」
「そうかな、私はそう思わないけど」
メイヤー教神徒とか、ジンベとかいう隠密隊の上司に対しては一言も二言も百言も言いたいことがありそうだが、話を聴く限り、普通に相手が悪い気もする。
納得できないことにはザコル相手でも恐れず突っかかるところはあって、そこは愚痴っぽいというよりは芯が強いという印象だった。
ただ最近の彼はといえば、少々変態気味ではあるが、姫様姫様と懐っこく、友達と楽しく過ごしているワンコ系男子そのものだ。今日も友達を救けてと泣いてたし。
「そりゃ姫様とか、みんなが優しいからですよ。俺ひとりキレてても馬鹿みたいじゃないですか」
「ジーロ様も言ってたけど、君がみんなに優しいからみんなも優しくするんだよ。ザコルはなんかちょっと違う気がするけど……」
彼は突っかかれば突っかかるほど喜ぶタイプの変態お兄さんである。
「そうだねえ、愚痴ではなく、何かを疎むこと、物申したい、変えたいと思う気持ち。そういうのを糧に、ハングリー精神だけで突き進んでるってことなのかなあ……」
批評家とか、目的のはっきりしたジャーナリストみたいな感じだ。その方がしっくりくる。
「なんだよ、意識高えなサゴシ」
「……ふ、ふへ? いやそんな」
うりうりとされたサゴシは、不器用に笑う。
「はは、最近はよくその表情をなさりますねサゴシ殿」
「ふっ、普通に褒められたこと少ないからどーしていいか分かんねーのっ! もーっ」
「あっ、天井裏にはまだお帰りにならないでください」
ガッ、跳び上がろうとしたサゴシをタイタが捕まえる。
「ちょ」
「まだお礼をお伝えしておりません。本日は、闇の力に当てられて意識を失ったエビーと俺を助け出してくださり、ありがとうございましたサゴシ殿」
「ありがとな、サゴシ」
二人の笑顔に、んむううう、とサゴシがうなる。
「毒気が、毒気が抜かれるううう!」
ばっ、サゴシはタイタの手を振り払うと、今度こそ天井裏に帰っていった。
つづく




