非常にやりづらい
「ですから、ですからどうか、幸せに……っ」
ぎゅう、と握られた手。
もちろんですよと答えたくて、なのに、すぐには言葉が出てこなくて。
自分の心の揺らぎに、足元の危うさに、急に不安を覚えて………………
「マージ。あまり圧力をかけてやるな」
はっ、イーリアの一言にマージが我に返る。
「……っ、申し訳ございません……ミカ様っ」
ずざっ、雪の上にひれ伏したマージを見て、私も急に頭が冷えた。そしてみるみる間に脳が焦りに染まった。
「いやっ、待って待って、謝らないで、顔を上げてくださいお姉様、私の幸せまで願ってくれて、本当に嬉し」
「姫様ああああああ」
「え」
今度は切羽詰まった叫び声に振り返る。
「何、今取り込みちゅ」
「姫様ああああああ浄化して浄化ああああああ」
「えっ浄化?」
視界の先にいる忍者は、図体のデカい金髪と赤毛の二人を引きずって走っていた。と、言っても大の男二人は重いらしく、雪の上をなんとか進んでいるといった様相だ。
「かせ」
「穴熊さぁん……!」
見かねた穴熊がわらわらと手伝いに来てくれて忍者が涙ぐんだ。穴熊達の助力であっという間に距離が縮まり、伸びた騎士二人が私の前に転がされる。
「わっ、エビーもタイちゃんも目が完全にイッちゃってる! ちょっと、どうして退避しなかったの!」
「それなりに離れてはいたんですよおおお」
「分かった、分かったから泣かないでよ。浄化って言っても私じゃ力技……ダイヤモンドダスト浴びせるしかできないけど、凍えない程度にやるしかないね。離れて」
サゴシと穴熊、ペータとメリーも退避させ、陽の光に手の平を透かす。これをするのも久しぶりなので、光を目印に魔力の出力を調節し、当たりがついたところで二人へと放出していく。細氷の密度は濃いめだ。しかし、この二人は城壁よりも丈夫な某一族ではない。寒がるようなら弱めるとか休憩を挟むとか、とにかく慎重に進めないと。
「だいやもんど、だすと……ですって。これが」
マージが雪に膝をついたまま、私と、辺りに降り注ぐ光を呆然と見つめていた。そういえばマージは『初見』か。
もう陽が高い時間ではあるが、森の中は木漏れ日が光の筋を作っており、ダイヤモンドダストの演出としてはそこそこの条件であった。この現象、初見の人は感動して大体こんな感じの反応をする。イルミネーションなどを見慣れた日本人と違い、こちらの世界の人の目には『キラキラ』が物珍しく、神秘的にさえ映るようだ。
刺激が強いので無闇に見せるなとザラミーアから釘を刺されてはいるが、なんかもう同志とか同志村女子とか野次三人衆とかにも見せちゃってるし、マージなら見せてもいい、と思う、多分。
「美しいだろう。膨大な魔力によって空気を凍らせ、山中でも滅多に見られぬ細氷を魔法で再現しているのだ。水温を操るという単純な能力だけでここまでの芸当ができる魔法士など、私は故国でもまみえたことはない」
ベタ褒めされている……。非常にやりづらい。
もし機会があれば、そのサイカ国にいる別の魔法士、特に闇以外の魔法士には会ってみたかった。オースト国お抱えの魔法士も少しはいるらしいが、まだ会ったこともなければ、能力などを詳しく聞いたこともない。王都が壊滅している今、彼らはどこでどうしているんだろう。
「……はっ、そうだマージお姉様って『陰』の人ですか? そうですよね?」
「えっ、ええ。ですが、どうしてご存知なの」
「何となくです。私はどうやら闇を捉えるのが得意なようなので。それより離れてください! これ、闇を中和しちゃうんです!」
「ですが」
「離れろマージ。姫のご命令だ」
「承知いたしました」
町長様こちらへ、と少し離れた薮からペータが顔を出し、マージを呼び寄せる。一度殺されかけたといえども、ペータの中ではまだマージは尊敬すべき町の長であるようだ。
機密に触れたペータの隔離と監視を決めたのはイーリアだが、放置すれば凍えて死ぬかもしれないボロ小屋をあてがい、危険を伴う火薬の処理を命じたのはマージだった。
私は勝手にペータを救ってしまったが、しかしペータ自身も自分の置かれた立場を正しく理解し、下された命令に納得していた。
そう、貴人に関する機密は民の命を削ってでも守るべきだと、十五やそこらの少年従僕が町長と同じレベルで覚悟を決めているのだ。
そんな誇り高い彼らに幸せを願われているという事実。半分かそれ以上は坊っちゃんのためであっても、彼らの献身の上に立つ私が『寂しい顔』など見せるべきではなかった。いい大人としても反省すべきだろう。
……うーん、でも。とか言ってると今度は『気負うな』と、また違った意味で気を遣わせることになるんだよな。マージにも本音を探られたような気がするし。
何かもっとこう、サラッと涼しい顔で幸せになる秘訣などないものか。『ノブレスもどき』が、彼らの献身に見合う本物に近づくには…………
あ、そっか。今こそ『シータイ影武者祭り』だ。
高位貴族の影武者をしているくらいの意識でいるのはどうだろう。謎の悪役令嬢ムーヴなら挑んだことがあるし、アメリアに本物としての心構えを訊くのもアリかもしれない。そうだ、そうしよう。
「な、なんか、またズレたこと考えてる、気配が……」
「エビー!」
私は、かろうじて自我を取り戻した金髪の騎士に声をかける。
「タイちゃん、タイちゃんもしっかりして、タイちゃんが書いた反省文読み上げるよ!?」
「……はっ!! 反省文!?」
がば、赤毛の方も跳ね起きた。
「い、今し方恐ろしい言葉を聴いたような」
きょろきょろきょろ。
「ふ、ふはっ、タイさんまだ反省文のこと引きずってんのかよ」
「ああ、よかった……」
「わああああんエビっち、タイさああん」
「わーっ、サゴちゃんはまだ来ちゃダメ!! 患者が増えるでしょうが!!」
「うおう」
ガッ、飛び出しかけたサゴシは穴熊の一人によって止められた。
「サゴちゃん、行けそうならザコルを止めてきて。ジョジーも様子見に行ける?」
キキィ! キキィ!
いく! 邪悪すごい!
「よっしゃ、行こうぜジョジーちゃん! 姫様、そっちはお願いします!」
ばちこん、サゴシは自分の頬を両手で叩くと、ジョジーを伴って走り出す。穴熊達もまるで保護者のように彼らの後を追ってくれた。
つづく




