劣等感
ズルズル、ズルズル。
穴熊達が正気を失った二人の曲者を回収し、代わりに新しい曲者を連れてくる。
ただし、彼らが連れてきてくれた邪教徒は二人ではなく三人だった。領都で布教目的で潜んでいたところを捕まえられたのはこの三人だけらしく、二人も三人も一緒だろうと全員連れてきたらしい。
連れて来られた邪教徒三人組は怯えきっていて、もはやものも言えない状態だった。このビビりよう、元々戦闘員じゃないのかもしれない。
それでよくサカシータ領に潜入してたな……。その勇気と覚悟は褒めたいところだ。
「こりゃ、調子に乗ってもらうのもひと苦労すね」
エビーが頭を掻く。
「サゴシ殿、いかがでしょう」
タイタは尋問友達の方を見る。
「仕方ないなー、調子乗らせればいいんですよね。ほら、怖くない怖くなーい」
『…………?』
ほけ。
三人は急に震えるのをやめ、呆けたような顔でザコルを見上げた。まるで憑き物でも落ちたかのように。
「へえ、優しい魔法も使えるんだね、サゴちゃん」
「優しいて。そんなん初めて言われましたよ。あんまやると依存しちゃうんで、長い目で見ると『増幅』よりヤバいですけどね」
「依存か。需要を呼んじゃいそう、って言う点では確かにヤバいね」
どうやら、サゴシの『悪感情に干渉できる』力というのは、感情を高まらせるだけでなく、取り除くこともできるらしい。
悪感情とひとくくりにするからには、彼が増やしたり取り除いたりできる感情の種類はひとつではない。
恐怖、怒り、悲しみ、それから孤独感、嫉妬なども含まれるだろうか。そんな感情の呪縛から逃れたいと思うのは、悩み多き人間共通の望みだ。
愉悦という好感情に作用しているっぽいメリーの力とは若干方向性は違うが、これも有象無象にたかられそうな能力に違いない。
呆けていた邪教徒三人が目配せし合い、そして急に蔑むような顔つきになった、私の方もチラチラと見て、何か言いたそうにしている。
「さあ、語る準備もできたようですし、氷姫を狙う訳をじっくりと話してもらいましょうか。ミカはあっちに行っていてください」
「ザコルと一緒に聴きますよ」
「義母上、メリー」
ガシ。両脇を抱えられた。
「あれ」
「ようやく姫を貸してもらえるようだな」
「お任せをザコル様」
ズルズルズル。あーれー。
はあ、とイーリアが溜め息をつく。
「相変わらず過保護だな」
「ですよねえ、別に平気だって言ってるのに」
「過保護と言ったのはザコルではなくミカ、あなたのことだ。あいつが心配なのだろう?」
「そりゃあ……。イーリア様もそうですよね?」
「わ、私は心配などしていないっ」
最近の女帝閣下はツンデレだな。六男の影響だろうか、それとも六男が母親に性格が似たのか。
連れて行かれた先には、こんな森の中に不釣り合いなほど優雅なセットが用意されていた。
雪の上に敷かれた複雑な柄の絨毯、の上に置かれたティーテーブル、の上でホカホカと湯気を立てているティーポット。
「……えっ、お茶会?」
「ご苦労、マージ」
イーリアの声かけに、シータイ町長マージが優雅に一礼する。
私の腕を離したメリーが椅子を引いてくれる。私は座面がフカフカとしたその椅子に素直に座った。その向かいではマージが椅子を引き、イーリアが腰を下ろして長い脚を組む。
「お茶請けにパウンドケーキとアップルパイのご用意がございます。エビーさんから教わったレシピで料理長が再現したものですわ」
「どちらももらおう」
ケーキの乗ったトレイを持って現れたのはペータだった。目の前に熱々の紅茶が注がれたカップを置いたのはメリーだ。二人とも、いつから従僕とメイドに返り咲いたんだろう。
いい香りが立ち上るカップに口をつけたところで。
ドウン、空間が捻じ曲がるような黒い渦が視界の端に発生した。
「ザコル」
思わず立ち上がろうとして、サッとマージに手で制される。
ミイミイ! キキィ!
邪悪!すごい!
魔獣二匹がはしゃいだように歓声をあげる。ちなみに他の魔獣達は穴熊達に預けている。
「い、今どうなっているんですか、彼大丈夫ですか!?」
私の目ではその中心地で何が起きているのか、さっぱり判らなかった。
「あなたは、闇を捉えることに長けているようだな」
「あ、そうかもしれません。って、それはいいんです。何言われたらあんなに怒っちゃうの、もういいですよね? 止めたって!」
「まだだ。子爵邸では狭くて試せんからな。今回は使い切らせることも目的なのだろう?」
「そうですけど、でも……っ」
「本来『陰』という力は、何かを疎むことを原動力とする力だ。あいつは長年、家や王都のことで心労を溜めてきただろう。たまには吐き出させてやる方が本人のためにもなる」
「そんなものなんですか?」
「そんなものだ」
そんな、愚痴みたいな。
お母様が大丈夫だと言ってお茶をすすっているので、私もとりあえず浮かしかけた腰を下ろした。
「疎むことが原動力……」
また初耳な概念である。
「でも彼、お家のことではそう悩んでいなかったと思いますよ。最近は違うかもしれませんが」
「この家に文句がないわけがなかろう」
「故郷を『聖域』と言い切っているんです」
「帰りたがっている様子はなかったが」
「自分を異物だと思っていたんだと思います。私と同じように」
この聖域には、不要なものだと。
「異物?」
「ええ。……そっか、だから。私が自分をこの世界の異分子とか、異物とか言うと怒るんだ」
私を孤独にさせまいと怒ってくれたのが主だろうが、彼が長年抱えてきた苦しみに障る言葉でもあったのかもしれない。
「ミカ、あなたはそんなことを……」
「シータイは、この町は、坊っちゃまの生きる意味の一つになってくれたでしょうか」
「マージお姉様」
「もう、哀しまないでいただきたいわ。これからは帰省も楽しみにして、どこででもいいですから、ミカと一緒に、幸せに暮らしていただきたいわ」
私は泣き出した元世話係の横顔を見つめる。
彼は、自分が『異物』として追い出されたと思っている場所を『聖域』と言い切り、愛し続けた。異物だからこそ自分は近づかず、ただ愛を金に換えて送り続けた。
偉いと褒められたいわけじゃない、自分を惨めとも思わない。見返りを期待するなんて贅沢。ただ愛を愛していられればそれでよかった。異物たる自分が生きていていい理由だった。
解る。私なら解ってあげられる。
しかし、そんな風に思うのもまた傲慢な気がしてしまう。
だって、私の『聖域』はもう手が届かない。元の世界に戻ったとしても、きっともう…………。
「ミカ、顔を上げてくれ」
「……あ、すみません、少し考え事を」
にこ。
ザコルに抱いた劣等感を見透かされただろうか。私は笑って誤魔化す。
「ミカ、あなたほど高潔なひとを私は知らない」
「ふへっ」
続くイーリアの言葉に反応できず、変な声が出てしまった。
「ザコルと同じように、いや、それ以上に、無償の愛を体現したようなひとがあなただ」
「い、いえ、そんな……といいますか、私は私の『聖域』を手放してしまいましたし、そんな私が」
「あなたのせいじゃないわ!」
マージが跪き、私の手を握る。
「あなたが自分で故郷を棄てるなどあるものですか。わたくしを姉と呼んでくださるのでしょう。これからは私達があなたの『実家』でいてみせるわ。だから、そんな寂しいお顔をなさらないで。どうか、どうか」
「マージ、お姉様」
まさか、自分は寂しさのあまり目の前の人に家族ごっこを強要したのかと、思わず顔が熱くなる。
「……大丈夫、大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないわ! あなたも、ザコル坊っちゃまと一緒に幸せになるのよ、ミカ」
そうでなければ許さない。
ぎゅ、手を握る力がそんな彼女の熱い気持ちを物語っていた。
つづく




