全然解りません
「さあこい姫様! まだですか姫様! 新雪! やわらかい穴!」
「いくら待ってもやらないよ? サゴちゃん」
「そーだぞ、お前ひとり落としてどーすんだ、穴埋める手間が一回分増えんだろが」
「エビっちひどい!! 自分はやわらかい穴に入ったことあるからってッ」
「やわらかい穴ゆーな」
あははは、サゴシの変態ムーヴにみんなが何となく笑う。やわらかい穴って何なんだろな……。
「新雪か、あそこまでしてねだる気はねえが、一回くらい落とされてみるのも悪かねえような」
「激しく同意ですぞ牧畜の方。私めも人生一度は落ちておきたいという気持ちを抑えきれませぬ」
「うんうん、わかりみが深すぎるね。どうだいカファ君」
「いやあ、正直わからんと思ってたんですがちょっとわかってきちゃってます! 猟犬様も嬉しそうでしたし!」
「はは、あの満ち足りたお顔には心温まりましたね、カファ殿」
牧畜家のおじさんがなぜだか同志達と共感し合っている。そしてカファがジワジワと染められつつある。
落とし穴なんてそんな落ちたいものかな。ザコルが落ちた後の穴ならまだ解るが。
「全然解りません」
ザコル本人に首を横に振られた。
「なぜ、僕の落ちた後の穴に落ちたいと……?」
「え、ザコル等身大の穴ですよ、落ちたいですよね?」
「……?」
この不可解そうな顔よ。かわ……。
「でも、私の身長じゃ頭のてっぺんまで埋もれちゃいますね」
魔法がなければ確実な死が待っているが、ザコル等身大の穴にハマって死ねるなら本望か……あ、今ひとつ技を思いついたぞ。よしよし、これはいざという時の手の内として胸にしまっておこう。と、よからぬことを考えていたのに、なぜか頭をいーこいーことされた。
……今、何となく小っちゃいもの扱いされた気がする。
「いやあ、ミカ様の成長はとどまるとこを知らねえな。口八丁で荒ぶる俺らを丸め込んでた頃が懐かしいぜ」
「今や『全員ヤります』の一言でシーンだかんな。小細工なんざ必要ねえってか。強すぎんだろ」
「こーんなにちんまいのになあ」
ガハハハ、膝を叩いて笑っているのは『農家』か。何度も話したことのある林檎農家の親子も混じっているが、鍛錬に参加している所を見るに彼らも玄人だったらしい。
というか私は全員ヤるだなどとは言ってないし今ストレートに小っちゃいって言われた……。
「僕が落ちた穴のことはともかくとして、先程の全てを黙らせた威圧、素晴らしかったですよミカ。また練度が上がりましたね」
「いやあ……喧嘩してほしくない一心で」
すりすりすり。今日も彼ぴが頬ずりで褒めてくれる。うん、まあいいか小っちゃくても!
「それでラーマさん、何のご用でした?」
何となくコンプレックスを乗り越えた私は、まだひざまずいた格好のままの人に声をかける。よく見ればエビタイを始めとした護衛達がそれとなく彼を囲んでいる。信用がないな、一緒に飲み会までした仲なのに……。
「聖女様におかれましては、この愚身を庇っていただき、誠に」
「うん、それで何でした?」
長くなりそうなのでぶった斬らせてもらった。ラーマの口端が引きつったが構っている場合ではない。ここに長居すればするほど身の危険が迫るのは彼の方だ。
「…………我らの里に、いらっしゃるご予定と伺いましたが」
「あ、はい。一緒に行きます?」
神官達を連れていくと面倒なことになると言われてはいるが、ここで誘わないのも不自然なので一応誘ってみる。
「姐さん」
「ミカ殿」
案の定、エビーとタイタには睨まれた。そして当のラーマは視線を泳がせた。
「いえ、私どもは……長老チベトに、ですね」
もごもご。
「帰ってくるなと言われてるんでしたっけ」
「いえ、ついて来るなと言ったのはカオル……女衆が」
もごもご。言い淀んでるな……。
「ああ、男衆女衆で喧嘩してましたもんね。主に私とシリルくんの取り扱いについて。そういえばラーマさんって、カオルさんとはどんな関係なんですか?」
カオルはシリルとリラの母親だ。元モナ男爵夫人カオルの姪であり、例の『カオリ』の娘でもある。歳は私と同年代くらいに見えた。ちなみに、シリル達の父親は女衆と一緒に山へ帰っている。
「カオルは私の又従姉妹でございます」
……なるほど、ラーマもいわゆるツルギ王族筋の傍系か。
しかし、納得だ。彼は、山の民の女王たる長老やその親戚筋っぽい女性達や、その子供達を連れた商隊の長をしていた。いわゆる護衛隊長みたいなものでもあったかもしれないが、彼も身内のひとりだったわけだ。
そんなラーマは急に、決意を宿した顔でこちらを見上げた。
「聖女ミカ様。やはり、我々も同行をお赦しいただけないでしょうか!」
「えっ、どこへ」
「里にです!」
「里って、山の民の里ですか? たった今もごもごしてたじゃないですか、帰りづらいんでしょう?」
「そ、それでもっ、あなた様をご案内するのが我々神官以外の誰に務まりましょう!」
一応、里出身のシシと、もしかしたら里人より里に詳しいかもしれないジーロが案内してくれるので要りませんとは言いづらい。
ザコルがフンと鼻を鳴らす。
「君達の他にも詳しい者がいるので要りません」
「言っちゃった」
「そこを何とか!!」
「えっと」
どうしよう。これは私の一存では決められないぞ。うちの護衛達は普通に反対するだろうし、イーリアも何と言うか分からない。オーレンにも渋い顔をされそうな気がする。それに…………
「ミリナ姉上が、君達を快く魔獣に乗せてくれると思っているんですか?」
「うっ」
それだ。それが一番の障壁になるだろう。ミリナは私を連れて行こうとした彼らを完全に敵視している。
しかも神官達は全員合わせればそこそこの人数だし、全員を運ぶとなったら飛行魔獣達にも乗り切れず、何度か往復することになるかもしれない。果たして、ミリナおよび魔獣達がこの神官達のためにそんな手間を請け負ってくれるかどうか。
「ミカにたかる虫を山に放してきましょうとでも交渉してやりましょうか」
「むし……っ」
「もう、ザコルはイジワル言わないでくださいよ!」
「ですが、そうでも言わないと姉上は納得しませんよ」
「それはそうなんですけど、そうなんですけど……!」
キョエエエエエエ!!
ばっ、私は空を見上げる。大きな影が日光を遮った。
「おいスザク! 待てったら!」
その影を屈強なおじさん達が追いかけてくる。リンゴ箱職人の皆さんだ。
「スザクは、その『てき』がミカさまに近づいたらまもるようにって、母さまに言われてるんです」
ばっ、私は足元を見る。音も気配もなく近づいた金髪碧眼の少年がいた。
「そんな複雑な指示、一体どうやって……っ、ラーマさん逃げ、いえ、かがんでてください!」
「聖女様!?」
私は思わずその熊のような男を守ろうと覆い被さる。
「ミカ、放っておけばいいでしょう」
「だって、だって」
首根っこをつかまれたが粘った。
身の軽い私と違って、大柄な彼が上空に吊られて落とされたら絶対に危ない。しかも誰も受け止めてくれない可能性が非常に高い。
キョエエエエエエ!!
頭上の影はすぐに高度を落とし始めた。
つづく




