仕える主は選ぶ方でございますよ
メリーのお姉さんのことを解決する糸口を探るため、なんか事情を知ってそうなママ友軍団の人に声をかけたら、実質そのお姉さんの乳母のようなことをしていた人でした。
「そんなことある……?」
ワンチャン、シータイにいる元ザハリファンに誰か一人くらいメリ姉の友達いるかなーくらいの気持ちで当たってみたら、一人目で大当たり引きました。
「いや、ないない」
「ないに決まっている! あの弟は……っ、どれだけ民に迷惑をかけて回っているんだ!」
「ない、ってそういう意味じゃないですよ。まあ『ない』ですけど」
自分の子を宿した相手を気遣わず、たまたま声をかけてきた人にお金を渡して押し付けるとか。普通なら『ない』というか『ありえない』だが、今はそこを議論する時ではない。
「まあまあ。ザコル様が気に病まれることではございませんよ」
「ですが……!」
「ほらほら、タキさんもそうおっしゃってますから落ち着いて」
どうどう、私は乱心しかけたザコルをなだめる。この人、本当に優しい人だよな……。
ザコルは貴族の子息でありながら、善良な民に迷惑をかけることを嫌う稀有な人だ。しかし、あくまでも『稀有』にすぎない。
皆の意見を聞く限りというか想像通りというか、本来貴族というのは、良くも悪くも平民を自分と同列の人間だとは考えないものらしい。
もちろん、上に立つ者としての責任感から線引きしている人もいれば、単に平民をオモチャだと思っている人もいる。同じ貴族出身者で本人は誰に対しても紳士なタイタでさえ、市井で女遊びをするような貴族を珍しいとは思っていないようだった。
だから、ザハリは少なくとも『稀有』ではない。
結果的にその女遊びの尻拭いをしているサカシータ子爵家とて、受け継ぐ血が特殊な上に、既婚の子息が少ないからこそ子供の保護に積極的なのだ。そして、その子供が望むから『嫁』ももれなく囲う方向で考えている。
いかに身内の不始末とはいえ、決して善意や同情だけでは動かない。多少の犠牲は仕方ないと割り切り、一人一人に必要以上の情けはかけない。それは、統治階級として正しい姿だ。
逆に全ての民を平等に救い切ることなど神でもない限り不可能であり、そういった意味では、貴族たる彼らも所詮は人間なのである。
振り返って。
タキは、自身が産後だったという状況はともかく、ハリーの保護を『任務』ととらえて報酬も受け取っていたようだし、今までのザハリ被害者に比べたら真っ当な扱いをされている方だろう。だからこそタキも契約通り守秘義務を貫いてきた。しかし契約主たるザハリは捕まってしまい、さらに別の権力者から圧力をかけられたために口を割った。
……つくづく貴族という立場は難しいな。私のような貴族もどきでさえ、従者を使って探っただけで『圧力』と捉えられかねないのだから。
「すみません、タキさん。無理矢理喋らせるつもりはなかったんですが」
「何やらミカ様に誤解されているような気がいたしますので、弁解してもよろしいでしょうか」
「え、あ、はい……誤解?」
「私、割と仕える主は選ぶ方でございますよ」
にこ。
「それは、どういう」
「ミカ様とザコル様だからこそ、お話ししようと決意したのでございます。例え、恥をさらすことになろうとも……」
「恥? 今のどこが恥なんですか?」
「私としてはこの『任務』、失敗だったと考えておりますので」
「失敗、どこが……? えっと、そうだ、メリーは知ってた? タキさんのこと」
背後の子を振り返ると、彼女は首を横に振った。
「いいえ。タキが姉の世話をしていたとは今日初めて知りました。タキは一度私の実家を訪ねてくれまして、その時に初めて顔を知ったのです」
当時、メリーはまだ十歳くらいか。まだ、親が世界の全てだっただろう。
「正直言って、タキのことは、ザハリ様のファンが野次馬心で姪の顔を見にきたのかと思っていたのですが……。本当はあの時、姉を心配して来てくれたのですね、タキ」
「ええ、メリー。あなたにも黙っていてごめんなさいね。ハリー……お姉さんの方のハリーね。あの子、子供を産んで赤ん坊を見るなり、前にも増して不安定になってしまったの。女じゃダメ、一人じゃダメ、と言ってずっと泣いていたわ。私と妹も色々言ってなぐさめたけれど、産後一ヶ月ほどで赤ん坊をつれてうちから出て行ってしまった。もっとやりようがあったと後悔したわ……」
なるほど、タキのいう任務失敗とはこのことか。ハリーの産前産後の世話を引き受けておきながら完遂できず、取り逃がしてしまったから。
「それでも、ハリーは実家を頼ると手紙に残してくれていたから、私、シモノ町長に掛け合って中央に行く用事をもぎ取ったのよ。ミワは妹に預けて行くことにしたわ!」
この人もなかなかの行動力というか人情派だよな……。責任感が強いとも言える。
先払いで金を受け取ったとはいえ、置き手紙付きで勝手に出て行ったものを追いかけてまで無事を確認しに行った。わざわざ上に筋を通してまで。うーん、なんてちゃんとした人なんだろう。
「でも、残念ながらハリーはいなかったわね。赤ん坊の『ハリー』はいたけれど……。名付けたのはあなたのご両親ね、メリー」
タキはわずかに眉間に皺を寄せた。
「はい。両親は、姉が玄関に置いて行ったであろう赤ん坊を、神が与えたもうた姉の分身だと言い出しまして……」
「分身ね……。ご両親の中でハリーは亡き者にでもなっているのかしら?」
「その当時は確かに『いなくなったもの』と思い込んでいた、と思います。でも今はどういうわけか、娘と赤ん坊が子爵家に拐われたと主張しているようです。そう街で噂になっていて、ミカ様が姪の様子を見に行くようにおっしゃってくださり、急ぎ、実家へと様子を見に行ったのですが……」
メリーはなぜか、家に入れてもらえなかったらしい。
「ザハリ様を裏切ったと思われていたのでしょう。家の中から、ハリーの声が聴こえたんです。誰、誰、と叫ぶ声が。近所の者にも話を聞いたのですが、あの子、ずっと家から出してもらえていないようで。サカシータのお子はみな活発で身体を動かすことがお好きですよね、本当ならハリーだって外で目一杯遊びたいはずだわ。どうして、どうしてうちの親は、姉は……私は……っ、こんな風にしか生きられないの……!!」
わっ、メリーが泣き出してしまった。私は席を立ってメリーに駆け寄る。
「ううん、メリーはいい子だよ。メリーなら強行突破もできただろうに、よく我慢したね」
子供の前で喧嘩しないで一旦引いたのは、メリーなりの気遣いだったろう。
「タキは、タキはあの日、家を出ろって言ったんです。初対面で何この人って思ったの、でも、でもその通りだった……!」
「あの時は上手く伝えられなくてごめんなさい、メリー。このままご両親の言う通りにしていたら、あなたもお姉さんのようになってしまうと思ったのよ。ご両親は、お二人だけの独自の世界で生きていらっしゃったから……」
タキもメリーの側にきて、私と一緒にその背をさすった。
つづく




