有名な姉妹
途中で加わったザコルは、当然のように私の隣に腰を下ろした。
そんな私達を見てニコニコしているタキによれば、ザハリがそうしたファン向けのイベントを開くようになったのは、弱冠四歳の頃だという。
「四歳て。はっや」
「私もその頃はまだ二歳でしたので、年嵩のファンに聞いた話によれば、でございます」
タキがそう言うと、ザコルも四歳頃からで間違いない、とうなずく。
「いや、ザハリ様ってやっぱりすごいですね。そんな歳でファンにサービスできるなんて、プロの子役でもなかなかいないですよ」
「ぷろのこやく……? ですが、そうですね。ザハリはすごかったですよ。僕など一言も話せなかったどころか、周りが非力な者ばかりだと思うと怖くて一歩も動けませんでした」
「は? 何? 動けない理由優しすぎじゃないですか?」
「なぜ怒っているんですか。からかわないでください」
からかってない。イベント開いてファンサする四歳児もすごいが、動いたら周りを傷つけるかもしれない思って自主的にじっとしている四歳児もすごい。そんな自制心あふれる幼児、少なくともシータイにいる幼児の中にはいない。
「ザコルもイベントに参加していたんですね」
「はい、ザハリに無理矢理連れられて」
ぐう、参加したかった……。私は唇を噛む。
「ザコル様は、にこやかなザハリ様とは違った意味で印象的でした。ちっとも表情が変わらず、まるでお人形か、神が手がけた芸術品のようで……」
そう言って胸の前で手を組むタキは、ザハリのファンというよりは、昔の双子のファンだったのだと以前話していた。
「男の子だと分かっているのに、二人ともお美しくて、まるで天女様のようで」
「ぐううう参加したかったああああ!!」
だんっ、私は目の前のローテーブルに拳を打ちつけた。
「も、もうやめてください。そんなことはどうでもいいでしょう!」
ザコルが照れてプンスコし始めた。私はタキと目線をからませてふふっとする。楽しい。
「……コホン。僕はザハリと一緒に参加しても自分のことで精一杯でしたし、学び舎に上がってからは課題が忙しくなって、そういったイベント自体あまり顔を出さなくなりました。なので、ザハリが特別に構っていた者達の存在には何一つ気づけなかった。……すみません、メリー」
ザコルは私の背後に立つ者の方を振り返る。
「いっ、いえ! 我が家の現状は、決してザコル様のせいではございません。……今は、よく解っております」
突然謝罪されたメリーは慌てて首を横に振った。
ザコルのせいじゃないと今はよく解っている。つまり、ザハリのファンをしていた頃は、都合の悪いことは全てザコルのせい、みたいな思考回路でいたのだろう。
「ふーん、学び舎の課題ねえ……。ザコルは他の兄弟の課題までこなしてたんですから、そりゃ忙しかったでしょうね」
「兄弟の分と言っても、ザハリとザイーゴ兄様とロット兄様とザナン兄様の分だけですよ」
「多い多い多い」
自分の課題も含めたら五人分だ。しかも同い年の弟の分はともかく、上の学年の兄弟の課題まで独学でこなせちゃう小学生なんて存在するのだろうか。ええそれが存在したんですねうちの彼ぴですすごいでしょう。
「ああ、今すぐタイムスリップして小学生ザコルを褒めちぎりたい。いーこいーこして一緒に寝てあげたい!」
「ミカ、落ち着い」
「……は? ザハリ様もですけれど、お兄様達の課題を、ザコル様が?」
ピキ。タキが笑顔のまま頬をひくつかせる。
「そうだったみたいなんですよすごくないですか!? 普通押し付けられたって無理ですよね! うちの子天才! 好き好きすむぎゅ」
「ミカはもう黙ってください」
手で口を封じられたので黙るしかなくなった。
「まさか、歳下のザコル様に学び舎の課題を押し付けていたということですか。あの方、そんな立場でありながらザコル様にあんな態度を?」
ゴゴゴゴゴゴゴ。兄達、とりわけロットに怒りの矛先が向いた。
「タキも落ち着いてください。僕はてっきり、兄達が親切で課題を分けてくれるものと思っていたんです。元々机に向かうのが得意でない僕に、鍛錬の機会を与えてくれているものとばかり……。そう、僕があまりに鈍感だったせいであって、決して兄様達ばかりが悪かったわけでは」
「純粋な弟君に課題を押し付けてサボる方が悪いに決まっております!」
ピシャリ。ド正論である。ザコルも黙った。
ふむ、地に落ちていたロットの株が地中にめり込んでしまったな。まあいいか。自業自得だし。ザコルも怒らないから丁度いい。
「…コホン。申し訳ありません、取り乱しました。思えば、ザハリ様がザコル様を悪くおっしゃるようになったのは、ザコル様がイベントにいらっしゃらなくなってからのような気がいたします。私を含め、双子様を箱推ししていた者達がザコル様はどうなさっているかと訊くと『最近、悪さをしてお仕置きされている』とか、『すぐ学び舎を抜け出すから困っているんだよ』とか、そのように語っておられました」
「ザハリ……よく学び舎を抜け出して教師を困らせていたのはお前の方だろ……」
ザコルは眉間を揉み始めた。
ザコルが自分に付き合ってくれなくなったことも不満だったし、ファンにザコルのことを気にされるのも不快だった、みたいな感じだろうな……。
自分で課題を押し付けておいてと思わなくもないが、ザハリの思考回路はザコルが絡むと理不尽と不条理の権化と化す。双子の片割れへの執着と嫉妬とがないまぜになって、おおよそ愛する相手にする仕打ちとは思えないことも容易にしでかしてしまうのだ。
「あの物静かなザコル様が本当にそんなことを、と言うファンもいたのですが、結局、ザハリ様のおっしゃることならと皆信じてしまいました。それ以降、ザコル様への悪印象はエスカレートする一方で……。大変申し訳ございませんでした、ザコル様」
「頭を上げてください、タキ。君達の立場ではザハリの言うことを否定できなかったでしょう。それに、僕も何を言われても弁解などしませんでした。ですから、君達が気に病むことはありません」
「ザコル様は本当にお優しいですね……。あの無表情の下で、どれだけ民のことを考えてくださっていたか。それを思うと胸が張り裂けそうです」
「大袈裟です。僕は人に情緒が幼児並みだと言われるくらいですから、その当時もそう大したことは考えていなかったと思いますよ。そろそろ、メリーの姉の話に戻りましょう」
ザコルがそう言えばタキはうなずき、続きを話し始めた。
「私は、ザコル様が上都なさる一年前にこの領を出ております」
タキは十三で領を出て、さる貴族家のお嬢様に仕える戦闘メイドとなった。ザハリのイベントに参加していたのは実質、自分の意思で出かけられるようになった六歳頃から十二歳くらいまでの間だ。
「じゃあもしかして、ララさんやゴーシくんのことは」
「ええ、ララ様が妊娠出産なさった時には領を出ておりましたので……」
実はよく知りませんでした。そう、タキは言外ににじませる。
「一部のファンの間では、ララ様こそザハリ様の唯一、と担ぎ上げられていたようですね」
その一部のファンというのは、このシータイに配属されている元ザハリファン達のことだろう。
……そうか、彼女達はルルやメリー姉のことはザハリの相手として推していない、ということなのか。そういえばララとゴーシへの付きまといを謝罪していたが、ルルやハリーの話は一度もしなかった。
「私がザハリ様のお気に入りと認識しておりましたのは、ハリーとメリーの姉妹のみでした。ただし、直接関わったのは、奉公を終え、帰領してからのことになります」
タキは四年間の奉公を経て、仕えていた令嬢が国外に嫁に行ったことを機に十七歳でこの領に戻ってきた。そしてカリューに『町民』として配属され、同じくカリュー配属だった幼馴染と結婚、翌年ミワを出産した。
「ミワを出産して数ヶ月経った頃でした。うちの妹が、ザハリ様がカリューにいらっしゃるから気分転換にどうかと誘ってくれたんです。その間隣人が赤ん坊を預かってくれるというので、私も出かけることにしました。何年かぶりに拝見したザハリ様はすっかり大人になられておりましたけれど、変わらずにこやかで癒されました」
そのザハリのカリュー巡業の際に、タキは見てしまった。どこかうつろな目をしてザハリの後をついて回る、有名な姉妹の姉の方を。
つづく




