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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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海派か山派でいうと山派

「ミカ様、あのドングリ合戦に参加なさりたかったんじゃないですか」

「参加したかったよ。でも壮絶過ぎる上に私が入ったら皆に気を遣わせそうでさ…。また今度にする」

「それがいいと思います。おっしゃる通りあれは壮絶過ぎますから。死因がドングリになりかねません」


 風切り音が飛び交う庭を同志村女子達とのんびり眺める。子供達も一緒だ。午前中にはしゃいで疲れたのだろう、一人がラグの上でお昼寝を始めると、釣られて大半の子が寝転がり始めた。屋敷でブランケットを借りてきて、女子達と手分けしてかけてやった。


「タイタが呼ぶ絵師さんってどんな人が来るのかなー。きっと同志なんだよねえ。絵が描けるっていいよねえ。私、もし絵が描けたらさっきの怪獣大戦争や爺やと戦いを描いて残したかったなあー」

「ミカ様、素人筆でもよろしければ、私が後で描き起こしてみましょうか。本職の絵師様には敵いませんでしょうが、私、そういうのは得意なのです」

 そうコソッと伝えてくれたのは同志村の女子の一人、ティスだ。

「えっ、本当!? 楽しみにしていい!?」

 自分から得意と言えるならきっと自信があるのだろう。どんな風に描いてくれるつもりだろうか。

「はい。薬草のスケッチで鍛えたこの腕、ご覧にいれてみせます!」

「今は忙しいだろうし、急がなくてもいいからね。たとえ何年かかっても楽しみに待ってるから」


 ティスが所属するピラ商会はお茶や薬草関連の商会だ。


「そうそうティス、薬草図鑑とかもし取り扱ってたら何でもいいから売ってくれないかな。食用や薬用になりそうな植物について勉強したいんだよねえ」

「えっ、も、もちろんご用意できます! 実はうちは父母が植物の研究者でして、出版した書籍はうちの商会でも在庫を持っておりますから。ねえ、ジョー兄さん!」

 ピラ商会リーダー、ジョーがドングリ合戦から抜けて飛んでくる。この二人も兄妹らしい。父母が研究者だったというのも初耳だ。

「薬草図鑑ですね、すぐにでも取り寄せましょう!」

「図鑑をお求めいただけるなんて! 父母が喜びます!」

「ちゃんと定価に送料もつけて売ってくださいね。よろしくお願いします」


 この世界の図鑑なんてきっと高額だろう。絶対に満額支払わないと…。


「…あの、ザコル、図鑑っていくらするんですかね? ていうか、買えますかね? 今更すみません」

 ザコルも抜けてやってきた。大きな声で言った訳でもないのに聴こえているのは流石だ。

「ミカの小遣いで問題なく買えますよ。ジョー、金貨十枚くらいですか? いえ、図鑑ですし、二十枚以上はしますかね」

「そ、そそそんなにいただけません!! 三枚で! 三枚でいかがでしょうか!」


 これまでの買い物などから察するに、この世界の金貨は一枚で大体十万円から二十万円くらいの価値だと思う。しまった、図鑑ってそんなにするのか。日本円にして数百万円。でももう話が進んでしまったし、今更どうこう言いづらい。


「三枚はいくら何でも安すぎでは。その図鑑の厚さや内容が判らないので何とも言えませんが。そうですね、僕が現物を見て色を付けて支払っておきます。ミカのためにテイラー邸の蔵書拡充を担った関係で、今の僕は本の相場に少々詳しいのです」

「それは頼もしいですね。よろしくお願いします」


 私が読み倒した後、テイラー邸の書棚にそっと入れておこう。そうしよう。


「……あの、図鑑とは関係ないんですが、その私の小遣い? 金貨十枚や二十枚ポンと出せるんですか? ちょっと多すぎません? 総額は…」

 ザコルが膝をつき、ラグの上に座る私の耳に口を寄せる。ひっ、ぞくぞく…。思わず肩を上げつつも我慢して聴く。そして、

「ヒェッ!? な、ななななにその金額!?」

 すぐに別のぞくぞくに襲われる羽目になった。

「何とは。裕福な貴族家の令嬢ならばこれくらいは持たされますよ」


 いや、どう考えても人一人に持たせる小遣いの額じゃない。どう考えても公共事業の予算か何かだ。

 まさか、ザコルは今までそんな大金を持ったまま歩いたり走ったり戦ったり城壁をぶち抜いたりしていたというのか。


「そうですね。任務に支障がある程ではないのですが、少々重いのでもう少し使ってくれるとありがたいなと…」

 金は比重が高い。そんな枚数を持っていたら少々重いくらいじゃ済まないはずだ。

「ちょ、ちょっと数枚でいいから出してください! ピッタ! とりあえずこれで毛布と服買ってきて!! 買えるよね!?」

「ミカ様! こんな所でそんな大金を出さないでください!! 怖くて触れません!!」

 ピッタがブンブンと首を横に振る。


 さっきまで資金集めに悩んでいたのは何だったのか。即金として必要な分はしばらく私の小遣いから充ててもらおう。セオドア様、すみません。いつか働いて返します。


「ミカ、何を買い足すかは、明日テイラーから届く荷物の内容を見てから判断してもいいかと。僕の給与半年分を充てて支援物資を準備してくれるよう、セオドア様にお願いしましたので」

「はっ、給与半年分を? まさか全額!? またこの人は…!! 半年も無収入でどうやって生きていくつもりなんですか!?」

「ですから、雑草や山に蔓延る害獣でも間引いて食べていれば問題ないですし、世間の役にも立つかと」

「わあ合理的…いや、違う、そうじゃない」

 私もブンブンと首を横に振る。この人にはプライベートという概念はないのか。

「心配いりません。無収入でもしばらくは大丈夫ですよ。僕自身に割り当てられた経費もありますし、少しは自分の金も持っていますし。任務を遂行する分には何も困りません」


 なるほど、ある意味この旅に出ている間は食費も宿泊費も装備費もずっと経費だし、しかもここはザコルの故郷。自分のお金を使う機会なんて無いって事か…。


「…その腕輪は、僕が買いましたよ」

「えっ」


 ザコルが指差したのは、私が深緑湖の街でお土産としてねだった物だった。黒い木製ビーズと深緑色の石を使ったブレスレット。


「…えっ?」

「何ですか、心底不可解という顔をして。それから服も…」

「えっ、服も? えっ、なっ、何で、服って、もしかして私のこのコートとか!? ザコルが自分のお金で払ってくれてたんですか!? な、何で!?」


 服とは、まさか高原の街などで買い足した衣類全般だろうか。

 てっきり私の小遣いとやらから出されているものと思っていたのだが。


「何で…。そ、それは…………ふ、深緑色のものを買うなんて、ミカが言うから…」

 ザコルが自分の手元に目を落としながらボソボソと呟くように言う。

「ふぇ…」

「な、何で泣…っ、そうだ、ミカならば本でも買うでしょうから、なるべく取っておくべきかと思いまして! ミカの武器や防具もこの小遣いで揃えましょう。シュリケンやマキビシも鍛治屋に作らせて、そうすれば少しは消費できるはずです。既製の服なんて大した値段じゃありませんでしたし、気にしないで」

「ふえぇぇ…」

「な、泣かないでください! 黙っていてすみません、ぼ、僕が買いたかっただけなんです! リ、リボンも勝手に買って勝手に結いますが、そ、それくらいは許して…」

「ふええぇぇぇー…」

「何で泣くんですか!? そ、そんなに嫌ですか!? もしかして気持ち悪いとか…」

「きっ、気持ち悪いわけ、ないでしょお…!? 知らない間に服とかアクセ買ってくれてたなんて、いつの間にそんな彼氏っぽい事してたんですかぁ…」

「か、彼氏…!? い、いや、そそ、そんな大それたつもりでは。誰かに何か買いたいなどと思ったのも初めてで、どう言っていいか分からなかっただけで、あの、も、もうこの話は終わりでいいでしょうか、余計な事を言ってしまった気がします。どうか聴かなかった事に」

「ふえええぇぇぇぇええぇぇー…」

「何で余計に泣くんですか!?」


 同志村メンバーの生温かい視線を感じていたたまれない。近くにいたジョーは無事尊死している。が、また涙が止まらなくなってしまった。

 先程のモリヤとの手合わせの感動を引きずっているのもある。同世代の町民達と打ち解けたのを見たのもある。

 そして最近私から攻め過ぎたせいか、少し避けられているような気がして落ち込んでいたのもある…。


「も、もう、だめ、ちょっと、もう、感情が、崩壊して、立て直せない。む、むり…」

「ミカ、中座しましょう。僕が悪かったです。拭きますから顔を上げて」

「むり…」

「むりですか……」


 ザコルはまた上着のどこからか新しいハンカチを出す。それで何とか私の顔を拭こうとするザコルの肩をタイタが叩いた。私がおかしな状態にあると気付いた護衛二人もドングリ合戦から抜けてきたようだ。


「ザコル殿。ミカ殿はもしや魔力過多、という状態ではありませんか」

「まさか。昨日魔力切れ寸前になったばかりだというのに。それにこれはきっと僕が気持ち悪いせいで…」

「タイさんの言う通りじゃないすか。流石に泣き過ぎっしょ。それにさっき、ミリューちゃんに魔力補助してもらったとか、元気をもらったとか言ってましたよね?」

「それは…。ぐ、ありうる気がしてきた。それなら…」


 護衛達が頭上で議論を始めた。私はその間もずっとしゃくり上げが止まらない。


「ミカ、このままシシの所に行きましょう」

「うぇっ、そうだぁ…うちの従者がすみませんってシシ先生に謝っとかないとぉ…うっ、うえぇ」

「わー俺が悪かったですって! …っていうか実は冷静だろ姉貴! 泣き止めよ!!」

「うへっ、冷静になってるのバレたぁ…でも本当に涙が止まらないんだよぉ…うえっ、うえー」


 ザコルが泣き止まない私をサッと抱き上げる。いつの間にかドングリ合戦の手を止めてこちらを伺っていた親達やジョー以外の同志達に向き直って説明を始める。


「……この通り、ミカは魔力が減りすぎても増えすぎても心身に異変をきたします。だ、断じて僕のせいではありません。魔力過多なら魔法を使えば済む話なので、シシに確認だけしてもらってきます。申し訳ありませんが、僕達はしばし中座させてもらいます。もし解散するようなら自由にしてください」

「わ、分かりました! こちらは問題ありませんので」

 仕切り役の母親の一人が返事をする。

「ごべんねぇみんなあー…ぎょうばばびがどぉー」

「何だって?」

「…今日はありがとうと言っています。ミカ、これで顔を押さえていてください」

 そう言ってハンカチを私に押し付けると、ザコルはくるっと踵を返し、私を抱いたまま診療所の方へと走り出した。


 ◇ ◇ ◇


「シシ! いますか!」

 診療所の扉を開け、ザコルが声を上げる。


「ザコル様、しー…」

 看護師の女性が二人慌てて出てきて、静かにとジェスチャーする。

「は、すみません。病院でしたね、ここは」

「今赤ん坊が寝た所でして」

 昨日熱を出して診療所に泊まった母子は、まだここのお世話になっているようだった。

「あの赤ん坊の熱は下がりましたか」

「はい。皆さんがお帰りになってから確認したら嘘のように下がっていましたのよ」

「あの氷のおかげでしょうかねえ」


 ザコルがこっちをジトリと見た気がする。あくびの涙だが、勝手に治癒能力を使ったとバレたら怒られるから言えない…。


「それで、今日は…あら、あらあら、ミカ様どうなさったの!? そんなに泣かれて…! どこか痛まれるの? 脈を診ましょうね」

 看護師の一人が私の手を取って脈を測り、熱などの有無を診てくれた。

「なびだがーどばだなぐでー」

「あの、ミカは魔力が有り余ると泣く習性がありまして。もしそうなら魔法を使えば済む問題なので、シシに確認してもらいに来ました」

「まあ。昨日は魔力を使い切ってしまって大変だったと聞きましたのに…」

「そうだったんですか!? 申し訳ありません、私が無理を言ったせいで」

 昨夜、赤ん坊に氷をと言った看護師が青ざめた。

「ちばいばずー」

「…ええと、違うと言っています」


 昨夜の魔力切れ未遂は、氷を作ったからというより、その後で私が勝手にうなされて号泣したのがトドメだった。泣きながらだが、首を横に振って否定しておく。


「今、先生は寝たきりのご老人の往診に出かけているんです。すぐに戻ると思いますから、申し訳ありませんがお待ちいただけますでしょうか。今手拭いをお持ちしますからね」


 待合室のソファに掛けさせてもらい、貸してもらった手拭いで止まらない涙を拭き続ける。

 護衛三人も私の周りに座り、水筒を出してくれたり、小声でたわいない話をしたりと世話を焼いてくれた。


「例の薬の検証はどうなったんすかねえ」

「粉薬は例の毒で間違いないようです。香に使われた薬草もいくつかに絞れたと。昨日コマから聞きました」

「林檎の種とコマさんが藪で摘んでた例の毒草は…」

「それはまだ試していないようですが『口を割らないと新種の毒を試されるらしい』と捕虜達に伝わったらしく、尋問自体は捗っているようです」

「へえ…」

「別にあれらは新種でも何でもないんですが。あの捕虜共を囲うだけでも穀を潰すので、毒でも何でもさっさと試して数を減らしたらいいと…は、すみません。ミカの前でした」

 はっと気づいたようにザコルが私の顔を見る。

「…いいえ、べづにぃ…曲者がどうなろうと全然いいんでずげどぉ…尋問で何が新じい事でも判っだんでじょうが…ふぐっ」

「あなたは相変わらず慈悲深いのか無慈悲なのか…。大した事は判っていませんが、先日の集会で捕まった五十余人のうち、二十七人は邪教徒、十五名は王弟派とされる貴族が差し向けているようです。残り十人程はまだ口を割っていないそうです」


 タイタが新しい手拭いを借りてきて私に渡してくれる。ザコルは私のカバンから画板と鉛筆を出し、オースト国の大まかな地図を書き始めた。


「現段階で王弟派と目される貴族ですが、基本的には中央貴族の役職無しが多いですね。領地持ちですと、マサラン国境沿いでカリー公爵領の東に領地を持つチャツネ辺境伯、その近親であるガラム男爵、アマギ山の東方に領があるゲンジ子爵などでしょう。テイラー伯、ジーク伯は現王家を支えるカリー公爵派、現宰相であるシュライバー侯爵は役職のある中央貴族をまとめて独自の派閥を作っていて、いわゆる中立派です」


 シュライバー侯爵は王様がポンコツなせいで王妃様と一緒に頑張って国を回している人だったはず。私の中で中立派は『社畜派』と置き換えられた。


「ツルギ山を囲むサカシータやモナ、山西方のルナ男爵領、東方のタイラ男爵領などは基本的に政治に関与しない姿勢を貫いています。ただサイカ国側の国境近くを護っている関係上、いざという時の発言力は高めで、勝手に『山派』などと呼ばれています」


 サカシータ子爵やモナ男爵は海派か山派かでいうと山派だったのか。


「そして『山派』ではないが、同じくサイカ国側辺境のサギラ侯爵はどこの派閥にも属しておらず、僕も会ったことはありません。しかしサギラ侯爵と言えば、同世代の王弟殿下とは昔から犬猿の仲という事が知られています。今回、サギラ侯爵領からカリューに駆けつけてくれた貿易商の同志達は、侯に活動を黙認されている模様です。サカシータに表立って味方する気はないのでしょうが、今の所サカシータと敵対するような兆候は見られません」


 サギラ侯爵領でも川の増水があったかと思うのだが、大丈夫だったんだろうか。


「今回の水害ですが、カリューがある意味で砂防のような役割を担った事で、サギラ侯爵側では大きな被害にならずに済んだようです。僕が水を抜くために破壊した壁の向こうは無人の荒野でしたし、土砂もカリューの城壁の内外で大部分が堰き止められました。その分カリューの被害が甚大になってしまった訳ですが…」


 せんせーい、とエビーが挙手する。


「何ですかエビー」

「先生はそういう情報をどうやって得てるんすかー」

「派閥の現況については、元々知っていた事と尋問の結果を照らし合わせています。サギラ侯爵領内の動向についてはコマからいくらか情報を買いました」

 ほほう、とタイタが感心したように頷く。


「僕自身が動けない時は金も使いますよ。ああ、これも『経費』ではありません。僕自身が気になったから買っただけで」

「いや、何言ってんすか、ミカさんの安全のために気になって買ったんだから普通に『経費』っしょ。ハコネ団長がさあ、ザコル殿が装備や諜報のために使った金を全然経費で落とさねえから、仕方なく給与に乗せてもらえるようセオドア様に頼むとかって言ってましたよ」

「は?」


 ザコルが目を丸くしてエビーを見た。


「……な、何故…!? 装備など個人で揃えるものじゃないですか。情報だってその延長でしょう」

「暗部は任務ごとの報酬制だろーからそうだったかも知れねえけど、今はテイラーのお抱えなんすから、装備や調査にかかる金は普通に経費っしょ。俺らだって基本的には支給された装備使ってますし」

「な、何だと…!? そんな馬鹿な…! いやハコネがそのような事を言っていた気もするが冗談なのかと…」


 まるで転職先がホワイト過ぎてカルチャーショックを受けるブラック企業戦士の如しだ。


「もー、ちったあハコネ団長の話も真面目に聞いてやってくださいよ。兄貴、次あたりから給与額がすげー上がるんじゃねえすか。暗器って特注なんすよねえ。いかにも金食いそうすもんね」


「それは、まあ。投擲武器は回収できない時も多いですし、僕は武器の消耗も激しいですから…。いや、しかし武器に使っている金まで乗せられたらいくら何でも額が多過ぎます。今でさえ働きに対してもらい過ぎだと感じているくらいなのに。暗部であの額を稼ぐとしたら日に何十件任務を掛け持ちする必要があると思っているんだ。ちょっと、後でセオドア様に手紙を出してきていいでしょうか。これ以上給与を上げる必要などないと」


「いや、何言ってんすか、給与上げんなって手紙書くとか意味解んねえだろ。落ち着けって兄貴、今までどんだけ低賃金の働きづめで仕送りしてきたんだよ」


「ここ何年かは働きづめという程ではなかったですよ。仕送り分と自分の装備代を稼いだ後は休養に充てる事もありましたし。僕の中で、仕送り目標額の設定を年に金貨三百六十五枚としているのでそれ以上は」


「は? 何すかその設定!? もしや一日金貨一枚設定すか!? んな無茶な」


「分かり易くていいでしょう。最初の二年程は力及ばず目標の半分もいきませんでしたが、三年目からは何とか達成できるようになりました。二つ名を得たお陰か指名も入るようになりましたし、第一王子殿下が割のいい仕事を取ってきてくださるようになったのも大きいですね。彼は変態だが他国のガラクタを手に入れるためなら手段を選ばない変態だ。次の王として相応しいかは甚だ疑問ですが個人的には感謝も尊敬もしています」


「第一王子殿下の事嫌いじゃなさそうだとは思ってましたけど、慕う理由はまさかの金目当て…」


「人聞きの悪い事を。彼の趣味は理解し難いですが、あのブレない精神にはいつも感心していました。しかし彼と国を治める者は必ず苦労するでしょうね」


 たった今、中立派もとい『社畜派』の皆の背に悪寒が走った事だろう。

 せっかくザコルの新しいエピソードを聞けたというのに涙が全く収まらない。それどころか…


「むううううう第一王子殿下めええええー…!!」

「ミカ!? な、何を怒っているんですか!?」

 ガチャ、看護師が診察室に続く扉を開け、こちらを見て目を細めた。

「お静かに」

『すみません…』

 静かにしていたタイタ以外の声がしょぼんとハモった。



 シシが戻ってきたのはそれからしばらく経ってからの事だった。


「ああ…。なるほど。ミカ様にその布はもう必要ないようですな」

 彼は私を一目見てそう言った。未だに背に貼り付いていた『魔法禁止』の布をタイタが剥がしてくれる。

 その間にザコルが今日の私の様子や、ミリューから『魔力を補助してくれた』『元気をもらった』などと言っていた件などをシシに説明する。


「確かに、あの魔獣殿の魔力を受けて活性化したのもあるんでしょう。かの魔獣殿も水魔法を使うようですから、特に相性が良かったのかもしれませんなあ。しかし、とんでもない回復力、魔力の生産力、と言うべきでしょうか。今更ですが、魔力が器に収まりきらなくなるような人間など私は初めて見たんですよ。普通は上限というものが存在しますから。これでは確かに旅の道中苦労なさったでしょうな」

「言葉はなかなか回復しませんでしたが」

 確かに、昨夜の翻訳チートオフ状態は少なくとも数時間程度続いていた。

「その翻訳能力とやらに、思っている以上の魔力を割いている可能性がありますな。自衛のために停止したんでしょうから」


 シシは先程の看護師と同じように、脈やリンパにむくみがないかなどの触診をし、私に体調不良がない事を確認した。そしてせっかくだからと看護師に言って水とタライと医療器具を待合室に運び込ませ、煮沸消毒を手伝ってくれるよう言った。


「今なら、魔力の譲渡も思いのままでしょう。ここでしていきますかな」

「え」

 シシの言葉にザコルが硬直した。

「昨夜はザコル様が貯めていた魔力に助けられましたからな。私が見ておりますから、ザコル様が貯められる上限なども調べていってはいかがでしょう」

「そ、そう、です、ね、しかし」

 ザコルは歯切れの悪い返事をしながら後ずさる。

「ねえ兄貴、ちょーっと前はあんなに強引に迫ってたじゃねえすか。何で我慢しなければならないとか言ってさあ。何を今更怖気付いてんすかあ?」

「う、うるさい、怖気付いてなんか」

「姐さん、拒否られたって傷ついてましたよねえ」

 ザコルがハッとして私を見る。

 私も気まずいので目を逸らす。

「あのさ、エビー。私を引き合いに出さないでくれるかな。ザコル、また今度にしましょう。当分は魔力が枯渇する事もないでしょうしね」

「ミカ、その…」


 煮沸を始めたらものの見事に涙が止まって気持ちが落ち着いた。さっきまで第一王子殿下への嫉妬で気が狂いそうだったのに。


「シシ先生。昨日はうちの従者が先生に失礼な事を言ったようで、申し訳ありませんでした」

 シシに頭を下げつつエビーをちらっと見ると、気まずそうな顔をした。

「えっと、はい。すいません、先生…」

 未だ納得はしていないのだろうが、一応とばかりに頭を下げる。

「いいや。失礼だなどとは思っておりませんでしたよ。もし何か不審に思わせたとすればそれは私の振る舞いのせいでしょう。彼が言うように、ザコル様への先入観があった事も事実ですしな。ザコル様、失礼な態度を謝罪いたします」

 シシはザコルに頭を下げる。

「僕はシシに何か思う事などありません。これからもミカの魔力を診てくれるのならそれで充分です」

 ザコルはただ素っ気なく返す。


 ザコルは今回この町に滞在するまで、シシと面識がなかったと言っていた。『先入観』という言い方に違和感があるとも。ただしザコルは領主子息として領内では有名でもあり、シシが一方的に見聞きして人柄を知っていた可能性も捨てきれない。しかし…。

 ここで謝りあって終わってしまえば、きっとそれまでだ。


「それで、シシ先生。一つお願いがあるのですが」

「何なりと。ミカ様」


 シシはエビーへの宣言通り、私がはっきりとお願いした事は聞いてくれるつもりらしい。薬の解析料以外に診察料もそれなりに払っているようだし、割り切って付き合えるならこれ程気楽な事はない。

 ならば遠慮なく利用させてもらおうじゃないか。


「私が魔力を垂れ流していて、皆に『元気をあげて』いたと昨晩教えてくださいましたね。もし他に、こうした方がより領の皆さんの利益に繋がると感じる事があれば教えてくださいませんか」

「ミカ? 何のつもりですか」

「…ふむ。そうですなあ」

「シシもミカの言う事を間に受けないでください」

 ザコルが止めに入る。

「ザコル、大きな声は出さないでください。私は私という存在についてもう少し知っておきたいんです」

「ミカ…!」


 私は煮沸が済んだ器具をピンセットでつまみ上げ、消毒された布巾が乗った盆の上に並べる。タイタはずっと黙って手伝ってくれている。


「もちろん、お世話になっている人の立場を無視してまで聞き出すつもりはありません。ですが、ヒントくらいは欲しいのでこうして『お願い』しているんです。ねえ、先生」


 シシはニヤ、と笑う。

 何となく、シシからはコマと同じにおいがするんだよな…。エビーも、そしてザコルもそう感じているようだし、私の気のせいじゃない。


「それでは、ミカ様。よろしければ、滞在中に領内をくまなく見聞してくださるのがいいかと。他の町はもちろん、ツルギ山やアカイシの方まで、隅々まで足をお運びいただけたらば幸いです。お姿を見られれば領民も喜ぶでしょうし、いずれかには昔この地に訪れた渡り人の痕跡もあるでしょう。何、これは、単なる領内観光のご提案ですよ」

「素敵ですね。馬やミリューの力を借りてもいいんでしょうか」

「ええ。移動手段は何でも。直接降り立った際には景色等を堪能していただいた後、感動の涙など流していただけたら嬉しい限りですな」

「ふふ、きっと素晴らしい景色でしょうから、きっと泣いちゃいますよ。楽しみだねえ、タイタ」

「はい。ミカ殿にとってもよき思い出になりますよう。ミリュー殿もきっと協力してくださるでしょう」

 タイタは穏やかに笑って、私の手から器具の乗った盆を受け取る。

「ミカさん、本当にやるつもりすか…!?」

「これは、単なる領内観光のご提案だからね。美しい土地だもん、せっかくだから色々見させてもらうのも悪くないでしょ」

「ミカ、何かが知りたいのなら僕が調べてきます。だから」

「ザコルは私から離れていいと思ってるんですか? 今度こそイーリア様に殺されちゃいますよ。先生、煮沸する器具はこれで全部でしょうか」


 シシがお礼を言い、タイタから受け取った盆を片付けるよう奥に控えた看護師を呼ぶ。看護師の手前、ザコルも黙る。

 身分を笠にストレートに聞けば答えると言っている以上、シシの背景にあるものも聞けば答えてくれるのかもしれないが、それではシシの立場が脅かされる可能性がある。もしも彼が立場を失ってここを出ていくなんて事になったら困るのはこちらの方だ。

 質問は上手にしなければならない。


「今回もまた急に押しかけてしまってすみません、先生。魔力は回復したという事ですから、次の診察のお願いはまた改めて。薬の解析は引き続きお願いいたしますね」

「ええもちろん。コマはしばらく留守のようですから、リュウと二人で進める気でおりますよ」


 にっこりと笑ったシシにお礼を告げ、私達は診療所を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 診療所を出てしばらく行った畑の前の道で、私はザコルの腕に手を掛けたまま立ち止まった。


「……ごめんなさい、ザコル」

「…どうして、謝る。僕に謝ったって仕方ないだろう。僕の感情に忖度なんてしなくていい。だが思い上がるなよ、ああいう手合いを無闇につつくのはやめろ!」

「……はい」


 正論だ。私はただの素人。その道のプロである彼から見れば、ただ好んで綱渡りをしたようにしか見えないんだろう。


「ザコル殿、俺です。俺が悪いんすよ、俺がいらねえ喧嘩売ったからミカさんは…」

「…そうだな、お前が…」

「ザコル待ってください」

 ゆら、と動いたザコルの腕を引っ張って制する。

「エビー。いいんだよ。彼は昨日の時点ではぐらかす事もできたはず。でも、自分から『怪しい』と開示してくれたみたいなものだから。私はその厚意を無碍にしたくなかった。それだけだよ」


 エビーは値踏みと表現したが、実際その通りなのだろう。

 私達はずっと、シシに試されている。


「何で俺を庇うんすか! やめてくださいよ、俺が勝手に突っかかっただけで…」

「エビー。私の従者がした事は、私がした事と同じだよ」

 ぐ、とエビーが言葉に詰まる。

「仕掛けてしまったものは仕方ないでしょ。私達は試されてるんだから。中途半端に終わらせるのは得策じゃないし、こっちの出方くらいは示しておかないと。チャンスをものにできないばかりか最悪見放されちゃう」

 ザコルが首を振る。

「いいですか、ああいうのは距離を取って要求された見返りさえ渡しておけばいいんです。こちらがリスクを冒す必要なんてない」


 そう言う最終兵器の顔を見上げつつ、リスクを冒してくれたのはむしろシシの方ではないか、と私は思った。

 彼や彼の立場を脅かすつもりはないと示さなければ、彼はすぐにでもここを離れる可能性もあったと私は考えている。それに…


「ミカ殿は、ザコル殿やエビーと同じ事をなさっただけです。これは『検証』なのでしょう」

 タイタの言葉に、私は頷く。

 彼の言う通りだ。私は仲間の了解を得ず、勝手に『検証』を始めた。

「大人気なかったかな」

「いいえ。俺はミカ殿がお決めになった事が全てだと思っておりますから。ヒントをいただいたのです。今日は、四人でその話をいたしましょう」

 タイタはニコニコといつもの笑顔を浮かべる。


「ミカ」

「はい」

「これ以上無茶をするつもりなら、僕をきっちり納得させてください。でないと今度こそ幽閉します」

「はい。ありがとうございます。それからごめんなさい、ザコル」

「…いいえ。僕の方こそ」

 ザコルは目を逸らす。以前、私の了解を得ずに能力の検証を急いだ事を申し訳なく思ってくれているのだろう。


「ミカさん…」

 そしてエビーが神妙な面持ちで私の前に立った。

「調子に、乗ってました。すみません…」

 そして頭を下げる。私は手を伸ばし、その肩に手を置いた。

「言ったでしょ。話し合って慎重に進めましょうって。突っかかるのも計画的にしなきゃ」

「…ふっ、何すか、計画的に突っかかるって…」

 エビーに伸ばした手を横からガッと掴まれる。

「…何を笑っている?」

 ひっ、とエビーがザコルの圧と低音ボイスに怯む。

「ザコル、ちゃんと謝ってくれたから充分ですよ」

「エビーが言ったんですよ。ミカに失礼する奴は全員敵だと」

 わあ…完全にブチギレてる…。

「す、すすすいませんすいません失礼するつもりなんて」

「お前が足を突っ込むのは勝手だ。いくら聖女の頼みでも他者の命は捨て置けと義母も言っていた事だしな」

「お、俺を切り捨てる気すか!?」

「場合によっては、だ」

 ザコルはエビーの頭を片手でガッと強めに掴み、グイッと耳元に口を寄せた。

「僕達はミカの無事のために用意された駒でしかない。今後も従者でいたいなら弁えろ」

「は、はひ」

「明日は覚悟しておけよ。お前だけに特別メニューをくれてやる。鬼畜人外の特別メニューだ。喜べ」

「ひいいいいいでででででででででで」

 エビーの悲鳴が道端に響き渡る。頭がギリギリと締め付けられているようだ。オウ、バイオレンス…。


「いたた、ザコル、手が」

 私が声をあげると、同じくザコルに掴まれたままギリギリと締め付けられていた私の右手がパッと離される。ついでにエビーも頭を離してもらえた。


「すみません、大丈夫ですか。昂り過ぎました」

 ザコルはしゃがみ込んで頭をさするエビーを無視し、私の手を両手で取った。

「大丈夫です。あの、私を尊重してくれるのは嬉しいですが、ザコルももっと調子に乗ってくれていいんですよ?」

 ずざ。ザコルが後ずさる。

「な、何でミカがそんな事を言うんですか!? 示しがつかないでしょうが!! も、もう僕は金輪際調子になど乗らないと決めたんです!」

「…ふーん。まあいいですけど。きっちり納得させればいいという話でしたね」

 ふむ、と頷く。

「これ以上何かを企むのはやめろ!」

 ザコルがさらに後ずさる。

 その背をタイタがトスッと受け取った。

「あの、ザコル殿。鬼畜人外の特別メニューとやら、俺も参加してよろしいでしょうか」

「は? あ、ああ、構わないが…」

 タイタの顔がパアア、と明るくなる。

「明日が楽しみです! きっと他の同志も参加したがるでしょうが、ぜひあなた様の弟分だけにお授けください」

 圧。ニコニコから放たれる圧。

「あ、ああ…」

 ザコルも白目だ。タイタがめんどくさい系女子みたいになってる…。

「…さあ、屋敷に戻ろっか。皆まだいるといいね」

「ミカ、待って」

 私はくるっと踵を返し、慌てて追ってくる護衛達を先導しながら町長屋敷へと足を向けた。



つづく

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