プロ町民
「待ちやがれザコル様ーッ」
「はあ。その程度のスピードで僕を捕まえようなどとは片腹痛いですね」
「こんにゃろう落とし穴にハメられてやがったくせにーッ」
スケートリンクにてパパ友軍団VSザコルの追いかけっこが白熱している。
「ガハハハ、お前ら不甲斐ねえなあ!」
「次は俺らの相手お願いしますぜ坊ちゃん!」
「おい俺ら『牧畜』が先だぞ『リンゴ箱』!」
他の町民男性も挑戦者の列に並び始めた。『帰省』してきて初めて知ったのだが、この町では職業名がそのまま部隊名にもなっていて、有事の際はまとまって行動するようだ。いや、おじさん達ほんとに元気だな……。
「コホン。では幼児諸君、用意はいいかね」
いいでーす!
「では、総員構え」
ザッ。
「撃て!!」
ダダダダダダダダ。
「ひょおおおお意外に、いや普通に強いッ」
「流石はサカシータ生まれこの精度よとふべっ」
「ふ、ふふ普通にやられる……っ」
「どーしをやっつけろー!!」
「横から! 横からも狙って! そこだっ、刺せーッ!!」
幼児VS同志の雪合戦も白熱している。ちなみに幼児軍団の総指揮は私である。
「あはははっ、もう、ミカ様ったら! 最高よお!」
「こんな楽しい冬、きっともう一生ないわ!」
ママ友軍団達は子供達の活躍に大爆笑している。
「まだまだ! 今年も来年も楽しくしていきましょうよ! ミワっ、行けーッ!!」
「くらえーっ」
「ひでぶっ」
あははは……
喧騒から離れた木陰ではメリーとタキが話している。この騒がしさでは流石に声を拾うことはできない。私が同席すると双方に気遣わせることになるので外したが、代わりにサゴシに気配を消して見守ってくれるよう頼んだ。
私と私の護衛達はメリーを信頼しているし罪も贖ったものとして扱っているが、周りから見た彼女の立場は依然として『罪人』だ。二人きりにしてもし何かトラブルがあれば、取り返しがつかなくなってしまうこともある。
それを思うとつくづく、領外からの客人である私がメリーを預かっている状況は異質であった。
「まあ、命乞いしたのは私だから全然いいんだけど」
「姐さん、何か言いました?」
「ううん」
私の側に立っているエビーとペータは、たまにこっちへ飛んでくる雪玉をはたきながら不思議な顔をした。タイタは同志チームに入って幼児の猛攻を被っている。
メリーは、ちゃんと謝ってお礼を言えただろうか。推しのこととなると異様に口が回る子だが、自分のことになるとうまく言葉が出なくなることもあるので心配だ。
「ミカさま! あっちにすごいの作りました!」
「へっへ、リキサクだぜ。なっ、かーちゃん」
「ふふっ、あれはすごいですよ」
イリヤとゴーシはララの見守りのもと、雪で制作活動に勤しんでいた。視界の端にチラチラ映っている巨大な雪の塊を私に見せてくれるらしい。
「なになに、ちょっと待って。あっ、ガットくんマネジさんに捕まるよ!?」
「わーっ、はーなーせーっ」
「はははっ、見事な暴れっぷりですなガット氏」
同志達もよくちょっかいをかけてくる子供達の扱いに慣れつつあるようだ。
幼児達と、いい歳をした大人達のはしゃぎ声が午後の空に溶けてゆく。
この町には、領都の学び舎に通うような七歳から十二歳くらいの子はいない。十三、四で使用人や衛士見習いの立場となった子達がいて、あとは出産適齢期の『町民配属』、つまりパパ友ママ友と私が勝手に呼んでいる人々がいわゆる若手だ。
リンゴ箱職人や牧畜家などをするおじさん達は騎士団の第一線を退いた引退者がほとんどで、普段はには戦闘職ではない職を与えられているが、何かあれば戦力として出動もする。
ちなみに使用人や衛士見習いの子達は、能力によって他の町や子爵邸などへの異動もあるらしい。みな、家族とは離れて暮らす子ばかりだ。
そんなわけで、シータイ生まれシータイ育ちの本当の町民、つまり非戦闘員はごくごく一部。たまたま関所に配された人々が『プロ町民』として暮らしているのが、このシータイという町柄であった。
「ミカ様。タキがお話があると申しております。お時間をいただけますでしょうか」
メリーがそう願い出てきたのは、遊び倒した人々があらかた解散した頃だった。そろそろ夕方だ。
「うん、わかった。タキさんのご都合は? そろそろ避難民の夕食配膳の時間になりそうだけど」
タキとその娘ミワはシータイのプロ町民ではない。彼女達はカリューで水害に巻き込まれて避難してきた。つまり、違う関所町のプロ町民だ。
「娘は一旦避難所に帰すそうです。タキ自身はミカ様のご都合に合わせると」
「じゃあ夕食後、暗くならないうちに町長屋敷に来てくれるよう頼んで。ミワ同伴でもいいよ。うちの誰かに相手させるから」
「承知いたしました」
メリーは一礼すると、タキの待つ方へと下がっていった。
つづく




