どれも正しくて、大好きです
「全く、不敬を承知で言わせていただきますがね……」
元騎士団長の方のモリヤの説教は続いていた。『守衛』の方のモリヤはひたすら甘やかす印象があったが、こっちのモリヤは割に理屈っぽい。だが、不思議とこれも『モリヤらしい』一面なのだろうなと思える。この双子は、こうして二人で一人のモリヤを共有してきたのだろう。
モリヤは強い。だからこそ『絶対に不在にしない』騎士団長の存在は、敵にも味方にも大きな影響力を持ったはずだ。腕っぷしこそこの兄の方が秀でていたのだろうが、彼らが双子だったからこそ切り抜けられたピンチも数多くあったに違いない。ああなんて胸熱……。
うーん、誰か『モリヤ列伝』語ってくれないかな。ロットの補佐をしているタムラというベテラン騎士か、子爵邸警備隊隊長ビットならあるいは。
「他ならぬザコル坊ちゃんがミカ様を大事に扱わないでどうするんです。どこの世に護衛と一緒に怒られてやろうだなんて言うお姫様がいるんだ。婚約者候補だっていうならなおさら、甘やかされているご自覚はおありですか」
どこの世の姫でもないがここにいる。むしろその護衛でカレピの活躍を間近に見たくて『悪さ』をそそのかす系の変な女が。
「あの、むしろ私が」
「ミカは黙っていてください。モリヤの言う通りです」
「お解りだって言うならもっと、なおさら、です!」
くどくどくど。
うんうんうん。
「はあ、こんな爺に言われたってうるさいだけでしょうが」
「いいえ」
モリヤの説教を諾々と聴いてたザコルは初めて否定の言葉を口にし、ペコリと一礼した。
「モリヤ、こんな僕を叱ってくれてありがとうございます。モリヤの言うことはどれも正しくて、大好きです」
「好っ」
「僕は叶うなら、そんなモリヤの息子か孫に生まれたかった」
「まご……っ」
「どうして僕はモリヤと血がつながっていないんですか?」
「…………んぐうぅ」
モリヤが直撃を喰らった。マージが南無三、とばかりに合掌する。私は彼が心臓発作でも起こしたら蘇生しなければと身構えた。
「モリヤの孫に生まれたなら僕はもっとまともな人間だったはずだ」
「まともじゃねえ自覚はあるんすね」
ヒュンヒュン。ザコルはチャラ男にかぎ針を投げつけた。
「おいやめろ自分で言ったんだろが何の文句があんだこんにゃろ。……そういや、兄貴も最初はミカさんを囮にするなんざ、って渋ってたじゃねーすか。あん時の頭の固え兄貴はどこ行っちまったんすか」
「頭の固い……」
「ああ、そうだったなエビー。ザコル殿、どういった心境の変化がおありで?」
「タイタまで肯定を……いえ別に、変化などありません。ただ、頼った方がミカが嬉しそうにするので」
「あーそれな。姐さんそういうとこある」
「ミカ殿は勇気あるお方ですから」
「根が凶暴なんすよ」
ヒュンヒュン。私はチャラ男にドングリを投げつけた。
その後。何とか一命を取り留めたモリヤを玄関で見送り、昼食後にさらっと風呂を沸かしに行こうとしてガシィと止められた。そういえば午前中に魔力を使い込んでいたのを忘れていた。
そしてまた入浴小屋にザコルと二人きりにされるなど。
「いいですか照れないでくださいお願いですから」
「そんなに言わなくたって……」
ペしょ。
「やめろやめろ落ち込むなむしろ罪を犯している気になる……!」
「私にどうしろって言うんですか。というか、ザコルは残量大丈夫なんですか?」
「おそらく」
「おそらくて。まあ、私も自分の残量とかよく判らないんですけど。ミイ、ミイ」
どろん。白リスが現れた。
ミイミイ。ミイミイ。ミイミイ。
何でもミイに訊くな。ミイもはっきりわからない。ジョジー呼んでくる。
白リスはまだ何も訊いていないのにどこかへ行ってしまった。
最終的にリスと小猿に見守られながら魔力の補充を受け、私は張り切って湯を沸かす。
「もーっ、恥ずかしかった!」
「……………………」
ぼふん、湯気爆発。やけっぱちである。ザコルも沈黙してるし。
キキィ……?
どうしてミカ、怒ってるです?
「怒ってないよっ、見守りありがとうジョジー!」
キキキィ。キキィ、キキキィ。キキキィ。
よかったです。ザコル、まだ持ってます。だいじょぶです。
「そっか、あと一回くらいは補充できそうってことかな。本当にありがとうねジョジー。ジョジーが穴熊さん達と一緒に行っちゃうの、ぶっちゃけ心細いよ……」
ジョジーは研究熱心で物知りで、そして親切だ。彼女は、自分が持つ魔力から意図的に闇の力を作り貯める方法を教えてくれた『師匠』の一人でもある。
ジョジーの説明はたまに哲学的だったりもするが、基本的には論理的で解りやすい。哲学的に感じるのは、生まれた世界の摂理に違いがあるせいだろう。
ちなみに。ミイやミリューも物知りではあるが気分によっては雑な返答を寄越すので、ジョジーに頼る割合は自然と多くなってしまっていた。彼女が領外へ調査に出てしまった後のことを考えなくては……。
「色々頼んでごめんなんだけど、一人、闇の力を鍛えたい子がいて。今夜、見てやってくれないかな」
キキィ! キキキィ!
いいですよ!甘い牛乳飲みたい!
「蜂蜜牛乳だね、分かった。用意しておくよ」
蜂蜜は持参しているので、厨房に言って牛乳を分けてもらうだけでできる。
彼女の働きを考えれば安い報酬だ。
差し湯用の熱湯もたんまり用意し、風呂開放の告知を若い従僕くんにお願いする。
シータイにいるうちはできるだけのことをしたいな、と思う。そういえば、除雪の必要な施設があるようなことを耳に挟んでいたんだった。誰かから聞き出しておかなければ。
「ミカ。働くことばかり考えないでください。ほら、スケートリンクで遊ぶんでしょう?」
「もう、ザコルまで私を幼児扱いして」
「ミカ坊、ですから……くっ、ぶふっ」
「自分で言ってウケないでくれます?」
自家発電で大笑いするエコな彼氏の背中をさする。
「兄貴、ずっと浮かれてんなあ。さっきまで沈黙してたくせに情緒不安定かよ」
「はは、ザコル殿にとってもシータイはもはや特別な場所なのだろう」
屋敷の目の前に作ったスケートリンクには、町の子達、避難民の子達、イリヤとゴーシ、そして監督役の親達が集合していた。
つづく




