喧嘩してもらいましょう
お待たせいたしました!
ご査収をばっ
「私らの『もどき』についてですがね」
そう語り始めたモリヤには、まず曲者の侵入と私への接触を許したことを謝罪された。しかし、そもそも曲者が増えたのは私がここにいるせいなので、逆にすみませんと謝った。
「全く、曲者に狙われてすみませんだなんておっしゃる姫様は、世界中どこ探したってミカ様くらいのもんですよ!」
「ええ、全くその通りですわ」
モリヤの嘆きに、同席しているマージも首肯した。というか後ろのエビタイもうなずいている。デジャヴだ。
「それ、よく言われるんですけど事実なので」
事実であり、おそらく性分でもある。私に限ったことではない。日本人には、何かといえば謝る文化が根付いている。
以前何かの本か記事で読んだのだが、仕事を病気で休んですみませんと謝るのは日本人あるあるらしい。病気になったのは本人のせいでもないのにどうして謝る必要が? と他の国の人は思うのだとか。
まあ、それもそうだなと思いつつ、今日もウィルスや曲者に代わり、ご迷惑をおかけしておりますと腰を折るのが日本人なのである。
「まだ、お二人に接触したという『もどき』は見つかっておりません。もう町を出た可能性や、先の戦で斃れた可能性もありますが、引き続き町内を洗っていく所存です。つきましてはミカ様。町内で私らに握手や同行を求められても、絶対に応じんでください。絶対ですよ」
「はい、分かりました」
と、素直にうなずきつつ。
もし向こうから「ついて来い」などと仕掛けてきたら、ザコルが乗ろうと言い出しそうな気がする。護衛がいいよって言ったらノーカンにな……らないな、多分。まあ、そうなったら一緒に怒られるしかないな。
「……ミカ様。後で怒られればいい、だなんてお考えじゃありませんか」
ぎくー。
「まさか」
にこ。……しまった、誤魔化すのが遅かったか。
「モリヤ。ミカは、僕がその気になったら一緒に怒られてくれようとしているだけです」
「まあ坊っちゃまったら。ミカを囮になさるおつもり?」
「マージには言われたくないでむぎゅ」
私はザコルの口を手でふさいだ。
「喧嘩はしません。ね?」
コクコク。
「ミカ、わたくしは決して」
ふるふる。私は首を横に振ってみせる。
「ザコルやマージお姉様が、このミカならば大丈夫と判断する限り協力させていただきます」
「町長」
モリヤの睨みはマージの方へと向いた。何を言わしてんだと言いたげな顔だ。
もう、喧嘩はしません、って言ってるのに。
「……ち、違います! 決して危ない目に合わせようだなんて思っていないわ! でも、でもでも……っ、この子ったら本当に筋がいいのよ! コリー坊っちゃま相手だって一瞬で無力化できる魔法士なのに、そこにひとつもあぐらをかかないわ! 例え魔法士じゃなくたってこの子がそこらの曲者に負けるものですか。本当ならもっと活躍の場を与えたいくらいよ! きっと目一杯の手柄を抱えて凱旋するわ!」
「言い訳はそれだけで。あんたが度々、この子を泳がしてんのは分かってますよ」
ぐむう。モリヤは高齢な上に元騎士団長だ。歳上おじの前だとマージも小娘みたいな反応をしたりするんだな……。
「モリヤ。それを言うなら義母も同罪ですから。この場に呼びますか。マージと喧嘩してもらいましょう」
「はっは、そりゃ収集がつかねえことになりそうですなあ」
「イーリア様が同罪ですって? まさか、またミカに何か押し付けて……!? 今度は一体何なのです、コリー坊ちゃま、坊ちゃまったら!」
「揺さぶらないでくださいマージ」
びくともしてないくせに……。
ちなみに、イーリアは今日も爆破された壁の修復やら諸々の後始末やらの指揮に追われているようだ。
「マージお姉様。残りの火薬は見つかったんですか?」
「え? ええ、ミリューさんに目星をつけていただいたの。長年探し回っていたのが嘘のように続々と見つかっているわ」
「そうですか。ミリナ様も参加できたみたいでよかったです」
魔獣係としてお掃除やお片付けのお手伝いがしたかったようなので、活躍の場があってよかったと思う。
「先の戦でいくらか暴かれたり、持ち出されているかとも思ったのだけれど。ミカが前線にいらしたおかげね……」
「私が?」
「ええ、あなたが敵の真正面で注意を引きつけてくださったから、軍勢が町内に雪崩れ込まずに済んだのよ。まさか、押し寄せる敵に怯みもせず立ちはだかっていたなんて。まだ武器を持って間もなかったお嬢様が……。未だに信じられないわ」
「ああ、それはまあ……後退できないならそこに立っているしかないですよね。それに、私じゃなくてザコルとメリーがすごかったんですよ。合流してくれた元ザハリファンのお姉さん方と、うちの騎士二人も。頑張ったよね、みんな」
あの敵の数に対して少数勢すぎたし、飛び道具もない中で本当によく頑張ったと思う。戦慣れした最終兵器様がいたおかげだろう。
「へへっ、姐さん、実は暇そうにしてたっしょ」
「バレた? 実はやることなくて暇してた。しかも薄着だったから寒くってさあ……」
「流石はミカ殿。あの矢の雨の中でその心の余裕とは」
「いやー、みんな強かったからね。私はそれっぽい感じでダガー構えてるくらいしかできなかったよ。あとは祈るくらいしか…………あれ?」
……何だろう、さっきマージに言われたような、私が前線にいたから敵を食い止められたみたいなことを、過去に誰かにも言われたような気が。いや、やっぱりそうだ。モリヤだ。モリヤに言われたんだった。
「その戦の後、この町長屋敷の庭で血まみれのモリヤさんに会ったことがあるんですが、あれは本物のモリヤさん、でしたよね……?」
「はっは、そりゃ私本人ですな。あの日もあなた様は『拐われたせいでご迷惑を』と謝っておられた」
「あー本人! よかった! 怖い怖い……」
「ミカにも怖いものがあるんですね」
「ありますよ! ザコルは私を何だと思ってるんですか!」
縁起でもないが、亡霊とかじゃなくて本当によかった。そんなホラー展開はいらない。
「その日は、わたくしがモリヤに叱られた日ですわね。今日のように」
「ええー、なんでマージお姉様が叱られるんですか。ていうか、私が発案した囮作戦ってことにしといてくださいって言ったのに」
「全く豪気なお姫様ですなあ。ザコル坊ちゃんの『悪さ』にちっとも動じないだけある。坊ちゃん、怪しいからと門まで私らを探りにきたでしょう。姫を連れてやることじゃありませんよ。戦より前の曲者退治の時だって、この子に無茶をさせて」
「モリヤだって乗ってくれたじゃないですか」
「そりゃあ、ミカ様ご本人がやる気でいちゃあ協力せざるを得ませんでしょう。全く、このミカ様を一番囮に使っているのはあなた様ですよ、専属護衛の自覚があるんですか?」
くどくどくどくど。
私は隣の坊ちゃんの顔を見上げる。無表情ではあるが、爺やに叱られてどこか嬉しそうだなとほっこりしていたら、うちの坊ちゃんを甘やかさないでくださいと私まで叱られた。
つづく




