叶うのなら
「あのさ、さっきの案は極論だよ。最終手段みたいなものだから。他に案があればまずそっちを検討していくからね? 例えば、普通に説得できそうな人を引っ張ってくるとか」
「ですがミカ様……」
ザクザクザク。私達は歩きながら話を続ける。
正確には判らないが、散歩を始めてから二十分以上は経ったと思う。そろそろ戻らないと心配させそうだし、私と追いかけっこがしたい魔獣達の突撃にも遭いそうだ。
「やはり洗脳を上書きするのが一番手っ取り早いのではないでしょうか。先日の教会の時も、あっという間に」
「いやいやいや『アレ』はね、本来そこまで強力なものではなかったはずなんだよ。なんか闇の力の練り方教えたらつよつよになっちゃったけど……!」
メリーが言っているのは、領都でのデートイベントの一環みたいな顔をして教会に人を集め、ララとルルに関する悪評を文字通り塗り替えたあの事件のことである。計画的ではあったようだが『アレ』はもはや『事件』だった。
術者であるザラミーアの能力は、その場の人々が同じ方向を向きやすくする力であり、本来、皆が何となく場の空気に流されてくれる、くらいのものであるはずだった。それでも大人数の意識に作用する稀有な力であり、為政者ならば喉から手が出るほど欲しい力だ。
だがしかし。こないだのアレは完全なる『集団洗脳』だった。もはや呪いと表現しても過言じゃないくらい強力な。だってもう、みんな目とかうつろだったもん……!
「あれは何度もかけたらヤバいよ、サゴちゃんも重ねがけはヤバいって言ってたもん。だから今の時点でご家族がどういう状態なのか、まずは専門家に見てもらってだね、とりまサゴちゃんに」
「……ミカ様は、どうしてあの変態様を頼りになさるのでしょうか。愛称までおつけになって」
じわ。少女からよく分からないオーラが立ちのぼる。
「もー急に怒り始めないで、愛称なんて他の子にもつけてるじゃん。ほらもう、違うから!」
「申し訳ありません」
ぺこり。絶対反省してないな……。この娘っ子、自分がその変態様の世話になっている自覚はあるのだろうか。
「あのね。私がこの件でサゴちゃんを頼りにするのは、単純にあの子が周りの人間の中で一番闇の力に詳しいからだよ。ザコルだって闇に関しては詳しくないし、ていうか、彼も謎だらけなんだよねえホント……」
ザコルに関しては、自分のことについて知る気があるのかないのかよく分からない、という問題もある。
私の生態については一緒になって考えてくれるが、自分のこととなると途端におざなりというか、後回しにしてしまう印象があるのだ。元々自罰的な考えをする傾向はあるので、性分的に自分を大事にできない、みたいなのは解る。私も少しはその自覚があるので。
しかし、彼はそもそもサカシータ一族というとんでもなく頑強な一族に生まれついたのもあると思う。少々多少雑に扱ったところで、自分の身体がどうにかなる想像ができないのだ。私が心配する気持ちは理解しようとしてくれてはいるが。
「影の家系じゃダイヤモンドダスト浴びせるのも怖いしなぁ……。魔法抜きでいくなら、とりあえず元ザハリファンの人の話を聞いてみるのはどうかな。例えばタキさんとか、メリー達姉妹の事情にも詳しそうだったじゃない。彼女は口も固そうだし、他の元ザハリファンを説得した実績もあるしさ」
「タキ、ですか」
急に歯切れが悪くなった少女を私は振り返る。
「嫌かな」
「……あの方、あまり姉のことをよく思っていないかも、しれません」
「そうなの? でも、メリーのことは心配してるみたいだったよ。あの戦の時、ザコルと君の間に滑り込んで君の命乞いをしてたよね、彼女」
メリー、あなたって子は。そう、仕方のない子供を叱りつけるようなセリフを吐きながら駆けてきて、殺気立つザコルの前に立ちはだかった。タキのお団子ヘアと、タキが持っていた松明が振り回され、火の粉が派手に飛び散ったあの光景。今も鮮明に思い出される。
タキは、何をおいてもまずザコルに対し、メリーに猶予をくれてやってほしいと頼み込んだ。
もしもザコルがザハリの言う通り残忍で、メリーを即処分しようと考えていたなら、タキだって巻き添えで殺されない保証はどこにもなかったのに。
「……そう、です。庇ってくれました。なのに、私、タキにお礼も、謝罪もしていないのです……っ」
ぎゅ、唇を噛んだメリーの頭を、私はぽんぽんと撫でる。
「うん、うん。じゃあさ、お姉さんのことを相談するかしないかはさておき、彼女に一度挨拶に行ってみる?」
「……っ、叶うのなら、ぜひ」
潤んだ瞳でうなずいた彼女に、私はにこりと笑ってみせた。
メリーをともなって元の場所に戻ってきたが、皆何か察してでもいるのか、特に散歩の理由を訊かれることはなかった。相変わらず訓練された民達である。
魔獣達との追いかけっこは、追いかけっこというより魔法対決みたいになった。
ルールを改めて話し合った結果、追いかけっこ界隈ではチート技となるミイの『空間渡り』のみ封印してもらい、それ以外の魔法や必殺技などは積極的に使うこと、としたのだ。
彼らの指揮には、穴熊隊長、つまり第七歩兵隊隊長が立った。彼が全体を見て個々に指示を出すのだ。
「みんな、がんばってね!」
イリヤの激励に魔獣達がメラメラと闘志を燃やす。
ヨーイドンと走り出した私の行く手には、数々の困難が待ち受けていた。
火の魔法を使える鹿型魔獣ナラが私の進行方向を火の壁で阻み。
作った氷壁は猪型魔獣のトツによる『猪突』でことごとく破壊され。
猿型魔獣のジョジーが放つ精神攻撃によりものすごくやる気を削がれたりなどし。
これだけでも散々な目に遭ったのだが、この三匹の能力に関しては予備知識があったのでまだ対策のしようがあった。
風の魔法を使える子がいたのは知らなかった。
ザコルからも聞いていないので、戦などに出陣したことのない若い魔獣なのだろう。猫科っぽい見た目の彼は、暴風で私の足を止めたり、雪を巻き上げて顔に当ててきたりと、かなりの苦戦を強いてくれた。
そしてミリュー以外にも水魔法を使える子がいたらしく、この銀世界に場違いな雨が降った。それも私の頭上や進行方向にだけ。
氷の道も水がかかれば溶けるし滑りやすくもなる。対策として厚めで丈夫な氷をレールとして敷きつつ、足元を注意する必要が出てきて、これがまた地味に魔力と集中力を削られた。
そしてあちこちに水たまりというか、ぐずぐずになった箇所がいくつもできた。まさか自分が『みぞれ沼』に足を突っ込みかけることになるとは思わなかった。
服が水を吸わないように水滴を魔法で蒸散させた結果、霧が大発生して自分の視界まで悪くなり、そこを集団で襲撃されるなどしてさらなるピンチにもおちいった。
「みんな、つよつよじゃん……」
がくり。
魔獣達が歓声を上げる。私は普通に捕獲された。
小中型の魔獣達は体重が軽くて足が沈まない分、雪の上では人間よりも断然脚が速かった。私もみぞれ沼や新雪落とし穴を作ったが、彼らも他のチームとの対決を見て学習していて、まんまと落ちたりはしなかった。
自分の手の内が知られている割に、彼らの手の内を全然把握していなかったのも今回の敗因であった。
「いい演習になりましたね、ミカ」
「ふふっ、負けちゃいました」
ザコルが雪の上に倒れる私に手を差し伸べてくれた。エビーとタイタも駆け寄ってくる。
「ミカ殿、魔法を使いすぎではございませんか」
「ミイちゃん、どうよ」
追いかけっこ不参加のミイは、タイタの頭上から私を見下ろした。
ミイミイ、ミイミイ。
たぶん大丈夫、普通の人間みたい。
「普通の人間みたいに見えるって」
「普通の人間……」
護衛達は顔を見合わせた。
「それは、相当使い込んでいるということではございませんか」
確かに私は本来、有り余る魔力を外に垂れ流しているタイプの化け物だ。それが『普通の人間』みたいに見えるだなんて…………
「? いや、使い込んではいるかもしれないけど、枯渇しかけてるほどじゃないってことでしょ、ミイ」
そうそう、とばかりに白リスは適当にうなずく。
私は、喜び合う穴熊隊長と小さな仲間達を称えるために立ち上がった。
「お見事でした。これなら、どんな魔獣が相手でも捕まえてあげられるね。安心して送り出せます」
彼らはより一層盛り上がった。
世話係や通訳がいなくとも、彼らの連携は完璧であった。
つづく




