目覚めてみせます絶対に!!
「へー、メリーの父方は代々影を排出してきたお家なんだ」
「はい。父自身は戦闘の才にも恵まれず、母とともに非戦闘員として商いをしておりましたが、姉は優秀な影になると学び舎の教師から言われていました。両親も喜んでいたのですが……」
しゅん。あの頃の家族が望んでいた未来はこなかった、とメリーは肩を落とす。
「姉は、十五で妊娠して、学び舎に行かなくなり、家も出てしまいました」
「そう……」
メリーの姉は現在二十一歳。メリーの六歳上で、物心着く前には学び舎に通い始めていた。ただしメリーの実家は王都にあったので寮には入らず、夕方になると授業を終えた姉は自宅に帰ってきていた。年の開きがあったため、一緒に遊ぶというよりは世話をしてもらうことが多かったそうだ。
「メリーは影にならずにメイドになったんだね」
「はい。お前には影に必要なものがない、と言われまして。その時にはよく分からなかったのですが、おそらく『陰』の力を指していたのだと思います」
「え、でも、メリーにも『陰』の力あるんじゃないの? サゴちゃんが干渉できないって言ってたよ」
「ええ、私もサゴシ様からそのように言われたのですが、今までそう言われたこともありませんし、特別に能力があるわけでは」
「うーん、多分だけど、他人から見ても判るほどの力を発揮できる『陰』の人って一握りなんだと思うよ。それに、メリーはこれからなんじゃないかな。今度、一緒に闇の力を練ってみない? 化けるかもしれないよ」
他の魔法はどうだか知らないが、闇の力に関しては後天的に鍛えられることが判っている。あのサゴシが干渉できないと言うのだ。潜在能力はそれなりのものを持っているに違いない。
「え、メルヘンつよつよミカ軍、本当に最強になっちゃうんじゃない? ちょっと闇の魔法士多めだけど! ワクワクするね!」
「ふふっ、ミカ様ったら」
「……メリー」
メリーの屈託ない笑顔を久しぶりに見た気がして、少しじんときてしまった。
「あ、あのさ。父方か母方に、双子の方っていない?」
「はい、おります。母は双子なのです。叔母とはもう何年も会っておりませんが」
やはりか。ザハリが目をつけるのは、双子を産みそうな双子家系の娘だ。
「実は姉も双子だったらしいのですが、一人は死産だったそうで」
「死産……そう」
「私には姉が二人いたらしいと知ったのは、学び舎を卒業し、メイド見習いになることが内定した十二の時でした。両親は、私が言うのも何ですが、非常に思い込みが激しいのです。私を姉の片割れの生まれ変わりだと信じて育てていたらしく、私が生まれてからは、魂はここにはないからと墓参りにも行かなくなったようで……。たまたま、姉や私を取り上げた産婆と話をする機会があって、たまたま知ったのです」
思い込んだら猪突猛進。確かにメリーもそういう気がある。だが、亡くなった子をなかったことにするなんて……。
「ハリーは、姉が実家の玄関に置いて行った子です。両親が自分たちの娘として迎えました。……実は、ハリーは姉の名でもあるのです」
「へー女の子なの……っていうか、お姉さんの名前がハリー?」
「はい。両親は今、ハリーを神が与えたもうた姉の分身だと信じ込んでいます。立派に育て上げることが神への恩返しだと」
てっきりザハリの愛称そのままつけたのかと思ったが、違ったのか。
「ちなみに、私は死産した片割れにつけるつもりだった名と同じ名をつけられたようです。産婆から聞きました」
「そう……」
……何というか、闇が深いな。
「おそらくですが両親は、死産で子を一人亡くしてから少しおかしくなってしまったんだと思います。産婆は、両親が行かなくなった『メリー』の墓に毎年花を添えてくれていたそうです。ですが、その話を聞いた私も、魂は私の中にあるのにと不思議に思いました。あの時は私、両親の言うことが全て正しいと思っていたので」
子供の立場でそれは仕方ない。今は、何かがおかしいと思えるようになったんだろうか。
「あの、メリーのお家は、家族全員でザハリ様を推してたって、領都の人が噂してたんだけど」
「そうですね。我が家の主神はザハリ様でした」
「主神……」
やっぱりザハリの愛称を子供の名に採用したのか? 姉が今二十一歳だというなら、彼女が生まれた時点でザハリは五歳だ。
「えっと、いつから主神になったの、それ」
「ザハリ様が三歳の頃に街へお出かけなさることがあって、それを見かけた両親が神が遣わしたもうた天使だと思ったんだそうです。もう何万回と聞いた話です。天使はいつの間にか神ということになり、実家の玄関にはザハリ様の大きな姿絵が飾られて貼おります」
「そう、最古参なんじゃないの、ご両親」
「そうなのかもしれません。ですが今の私の主神はミカ様でございますあれは間違いでございました」
「いや、そういうのはいいよ、過去慕っていた気持ちまで否定しなくても」
「いいえ、間違いだと思いたいのです。うちの家族が元々おかしかったのは解っています。でも……」
ザハリのせいで、もっとおかしくなってしまった。洗脳が解けたメリーはそう感じたのだ。まあ、当然の感情か。
「うん、少し話を変えようか。一つ仮説があるんだけど、聞いてくれる?」
「はい。もちろんでございます」
「ララさんがゴーシくんを身籠った時に、急にザハリ様の言葉を疑うようになったって言っていたよね。その後はゴーシくんのことだけを考えるようになったって」
「はい。私もお聴きいたしました」
「サゴちゃんによると、ゴーシくんも弱いながら闇の力を使えるようなんだよ。彼が『弱い』って表現するのがどの程度『弱い』のか分かんないんだけど」
サゴシから見て弱いだけで、一般的には強い部類に入る可能性はある。
「状況的には、胎児だったゴーシくんが本能的に母親を求めた結果、洗脳が上書きされたのではと考えられるよね」
「ええ、ですが、姉はそうなりませんでした……どうして」
「それなんだけどさ、ララさんの生まれた家は正真正銘、影の家系でも戦闘員の家系でもなかった。きっと魔力も少ない。だから魔法の影響を受けやすい素地があったと思う。でも、メリーのお姉さんは」
「…………姉は、影の素質があったから、洗脳が解けなかった……?」
メリーの瞳が再び大きく丸く見開かれる。
「洗脳が解けなかったのか、子供が仕掛けた洗脳が効かなかったのか。そこは判りかねるんだけど、もしかしてそうかもなあと思ってるんだよ」
「そ……っ、そうです、それです、きっとそうに決まっています! やはりミカ様は天才でいらっしゃいます!!」
「いや、そうじゃない可能性も全然残ってるからね? だから何という話でもあるし。あと、サゴちゃんも同じ予測立ててると思う」
メリーに『陰』の力を感じていたならなおさらだ。
必ずしもきょうだいで同じ力を授かるわけではないようだが、素質の有無は遺伝によるところが大きいと判明しているから。
「それでさ、今から言う案は、極論っていうか、倫理的にアリかナシかの議論は必要なんですが」
「なるほど姉をより強い闇の力で洗脳するんですね分かります!! ついでにうちの親も!!」
「待って待って。一応正解ではあるけど、議論は必要だよ? できればそんな実力行使させたくないしさー」
精神的に洗脳するとなれば、神経にしか干渉できない私に出番はない。となれば、必然的にザコルかサゴシの能力を頼ることになるわけで…………
「ご安心ください!! 妹で実子たる私が! 責任をもって! 必ず! 姉と両親の洗脳を上書きして『いい子』にしてみせます!! ミカ様、今すぐ闇の力の練り方を教えてくださいませ!!」
「ちょ、それだって、必ずしも精神に干渉できる能力に目覚めるとは限らないよ?」
「いいえ、目覚めてみせます絶対に!!」
「いやいやいやいや」
発現する能力を自分で決められるくらいなら誰も苦労はしないのだ。闇の力の練り方というか、闇を鍛える方法を伝授してくれた魔獣のジョジーだって、授かる能力を選べるようなことは一言も言わなかった。
天啓を得たとばかりに私に向かって祝詞を上げ始めたメリーを前に、言うタイミング間違えたかな、と私はほんのり反省していた。
つづく




