聞かせてくれる?
ザクザク、特に忍ぶこともなく足音を立てて歩くこと五分ほど。人々の喧騒から離れ、私達は二人きりになった。
私は歩くスピードをゆるめ、三歩下がってついてきていた子の隣に並んだ。
「サゴちゃんから、大体報告もらってるよ。単刀直入に言うね。私は勝手に、メリーの家族を助けようと思います」
「えっ」
メリーの大きな瞳がまん丸になる。まだ幼さを残した目元、色づいた頬。見れば見るほど少女でしかない、そんな十五歳の彼女。
「でも、メリーがどうしても嫌だって言うなら、話は聴こうと思っています。どうかな」
「どっ、どう……? でっ、でも……」
視線を彷徨わせ、うつむく。まだ私を頼っていいものか迷っているようだ。
そりゃそうか。私は血縁どころか同郷ですらなく、それどころか異界から来た『渡り人』。まさに部外者中の部外者だ。家族の問題に首を突っ込んでくるのに、これほど意味の分からない存在もあるまい。
だが、メリーは多分、そういう意味で戸惑っているのではない。
うーん、と私は少し考える。
「まあ、どこまで介入するつもりか分かんないんじゃ返事できないか。私はできれば、メリーとそのご家族、もちろんお姉さんとその子供達も含めて、穏やかに暮らせるよう手助けできたらと思ってるよ」
「姉も? ですが、姉は……!」
「うん、私達への敵意がすごいんだよね。もちろん無計画に突撃するようなことはしないと約束するから安心して。でも、喫緊の課題はお姉さんよりも、五歳になる上の子のことかな。実は、ジーロ様から報告もらったんだよ」
「ジーロ様が、ハリーのことを? まさかハリーに何かあったのですか!?」
ハリー。名前を初めて聞いたが、なるほど。ザハリの愛称をそのまま名づけに使ったのか。
「あのね、実は……メリーのご両親が、サカシータの騎士とトラブルになったらしくて」
「は!? うちの親、騎士に喧嘩を売ったんですか!?」
「どうやら、例の作戦の時に増員したのを子供を奪いに来るつもりだと勘違いなさったみたい。幸い双方大きな怪我はなかったようだけど、目を離した隙にそのハリーという子を連れて家を出てしまわれたんだって」
「家を出た!? 出たって、どこへ!? うちは親戚からもとっくに見放されて、どこにも行くあてなんてないのに!」
「落ち着いて。どこへ行ったかは判明してる。他のザハリ様ファンの方のお家を頼ったみたい。と言っても元ファンらしいけどね。サカシータ家から要請を受けて、今もファンというていで匿っている、だそうだよ。とりあえず三人とも無事みたいだから安心してね」
メリーは胸の前で両手を握り込んだまま、ふー……、と息を落ち着けた。
「申し訳ありません、取り乱しました」
「ううん、こちらこそごめんね、昨日のうちに話してあげられたらよかったんだけど。私もサゴシから聞けたのが今朝でさ」
おそらくこの件はイーリアの耳にも入っていたのではと思うが、私やメリーに詳しく話す必要はないと考えているのだろう。確かに、領都にもいない私達が知ったところでできることはほぼない。それに…………
私は懐に大事にしまっていた封書を取り出す。
「実は文書で報告してもらったんだ。あの屋敷では君を贔屓することを快く思わない人もいるから、念の為にね」
正直に言って、メリーはシータイの町長屋敷で歓迎されていない。
特に町長マージは、元部下であり、私の誘拐実行犯であるメリーの処遇に不満を抱いている。その処遇を決めたイーリアや私の手前、あからさまな嫌がらせなどはしないが、見えない場所で釘を刺すくらいはしそうだ。イーリアが『下手に構うと陰でメリーがいびられかねない』とまで考えていたかまでは不明だが。
「確かに、私も、ミカ様は、私を贔屓なさいすぎだと、思います……。厚かましくも、お側に侍って、まいりましたが」
震える声。ほんの少しのことで揺らいでしまう、まだ年若い彼女の足元。
「贔屓するにもワケがあるんだよ。約束を守りたいというのもあるし、君は、そのハリーという子の叔母上に当たる人でもあるからさ」
「そんな、私は平民で、しかも罪人でございます。確かにザコル様の甥に当たるハリーの血縁ではありますが……いえ、血縁だからこそ、あの子の将来のために生かしておいてはならなかったのです! なのにミカ様のお慈悲に縋ってしまった、お言葉に甘えてしまった……!」
「待って待って。確かに、私は君の命乞いをしたよ。でもね、元から君は生かされる予定だった」
「……え?」
メリーが潤んだ瞳を瞬かせる。
「イーリア様がそう言ってたんだよ。私が引き受けなければ、イーリア様ご自身が身柄を引き受けるつもりだったって」
「イーリア様が……? まさか。イーリア様はミカ様のお願いだからお聞きになっただけでしょう」
信じられないらしい。まあ、義理の息子であるザハリでさえ、最初に私とトラブルになった時点でいきなり市中引き回しの刑に処そうとしていたお人だからな……。
ザハリの命乞いは最終的にシゴデキ妹、アメリアが引き受けてくれたから何とかなったが、私の我が儘だけではギロチン不可避だったと今でも思う。
「少し話が遠くなるけど、イーリア様含むサカシータ子爵夫妻の方々は、孫とその母親を全員平等に『救う』と決めてる。それは多分、今いい関係が築けている、イリヤくんとゴーシくんを子爵家に引き留めるためでもあるんだよ」
「イリヤ様と、ゴーシ様を……?」
どうして今、その二人が。とメリーはわずかに首をかしげた。
「そう。二人はね、大事なお母さんを守ってくれると信じたから、子爵家に入ったも同然なの。逆に言えば、母親を守ってくれない、預けられないと判断したら絶対に子爵家を頼らない。もし、他の『いとこ』の親や育て手が子爵家によって処分されるようなことがあって、それが中途半端に知られるようなことがあったら、間違いなく彼らの不信を買う」
「で、ですが、私はハリーの親でも育て手でもありません!」
「そうだね。でも、親であるお姉さんや育て手であるご両親は、家族である君を失って、子爵家をより恨まないと言える?」
「…………っ」
メリーは言葉を飲む。
元々、メリー自身は罪に相応しい罰を受けることを望んでいた。だが、彼女が正当に裁かれては、彼女の家族と子爵家の間に決定的な溝を生んでしまう。だから…………。
「だから言葉通り、君はお姉さんの子がいる限り、叔母として生きてやらなきゃならない。優秀な後継者を確実に囲い込みたい子爵家の打算もあるけど、何より私に目をつけられちゃったからねえ」
「ミカ様は、どうしてそこまでして、私を」
「ただの甘ちゃんだよ。縁あって知り合った子に死んでほしくないだけ」
「いいえ、ミカ様は非情なご判断もできるお方です! 私のような厄介者などそれこそ子爵家に引き渡してしまえばいいんです。生かすだけなら、牢でも、きつい労働場でも、どこだっていいのですから!」
確かに、イーリアに預けたら自由を許されない場所でこき使われていたかもしれない。例えば辺鄙な小屋に閉じ込められて、妙なにおいのする土塊をひたすら丸める作業をさせられるとか……。
「いやまあ、私って『ザコルの周りが仲良しこよしじゃないと気が済まない』タイプの女だからさ。本当にそれだけなんだよね。ザコルももう、君を『親戚』と認識しちゃってるし、君もザコルと私の二人を推してくれてるっていうか、味方を自認しちゃってるよね? じゃあ、勝手な退場は許さないよ」
ニコォ。
「ひぇっ」
「メリー。そんなに、私の手を離れてイーリア様のものになりたいの?」
ブンブンブンブン。
「ふふ、よかった。私って割と執着が強い人みたいだから。これからも私の側でいい子にしていてね?」
コクコクコクコク。
なんでだろう、かわいくお願いしただけなのにメリーが青ざめていく。
「……コホン。というわけで、君自身のことも、君の家族のことももっと色々知りたいな。聞かせてくれる?」
「もっ、もちろんでございますこのメリーはあなた様に人生ごと捧げるためだけに産まれてまいりましたから!!」
重めの宣誓を聴いたところで。
私はメリーの家に関して、気になっていたことを質問させてもらうことにした。
つづく




