これが『帰省』か
私が着替え終わると、着替え終わったザコルも騎士二人をともなって部屋に戻ってきた。サゴシは天井に帰ったらしい。
「俺以外のヤツの世話になんなよ兄貴」
「それは、一体どういう……」
「だからあ、いつまでも俺がいねえとダメダメな兄貴でいてくださいよおおお」
「はあ、まだ酔っ払っているんですか?」
サゴシにお株を奪われたとばかりに嘆くエビーにザコルが戸惑っている。というか謎絡みされて面倒くさそうな顔になっている。
「ふふっ、かわ。エビーは水分摂った? 二日酔いには水分補給が肝要だよ。はい、白湯」
白湯のカップを差し出すと、エビーは「すいません」と受け取った。
「二日酔い自体はたぶん姐さんの魔力に当てられてっから大したことないんすけど、眠気がヤバくて……。ほんと、二日連続ですいません」
「ううん、別に寝坊ってほどの時間でもないから大丈夫だよ。私達が寝に行った後までイーリア様のお相手ありがとうね。お風呂行った後、執務室戻ったら起きててびっくりしたよ」
「やー、ちょっと寝たら目が冴えちまったんすよねえ。つか、女帝閣下の体力マジハンパねーっす」
「それはそう」
散々呑み散らかしたエビーがソファに突っ伏して動かなくなったので、イーリアの勧めで風呂を済ませに行った。そしてエビー回収のために執務室に戻ったら、どういうわけかイーリアと再びドンチャン騒ぎに興じていた。そのタイミングでイーリアの側近達が現れたので見守りをお願いし、先に寝させてもらったというわけだ。
「私も少しはいただくけどさ、お酒は何度も失敗してるから怖くて」
「姐さんはそれでいいっす。飲んだくれるならせめて子爵邸か、テイラー邸戻ってからの方がいいと思います」
うん、うん、うん、とうなずくのは、私のやらかしに散々振り回されてきたザコルである。
「昨日、マージお姉様いなかったよね。側近さん達は近くにいたみたいだけど。珍しくない?」
「なんか、女帝閣下が人払いしたらしーすよ。あの息子ラブな愚痴とか聴かせたくなかったんじゃないすか」
次男が相手してくれなくて寂しい、というあのツンデレ丸出しの愚痴のことか。
「聴かせたくなかったのは、領都で始めた囮作戦のことでしょう。恐らくですが、マージには『本物』を囮にしたことを明かしていないのでは」
今回の囮作戦ではその陽動効果を高めるため、決行前日に『本物』を投入したデートイベントを敢行している。ちなみに私は全く情報を与えられぬままの強制参加だった。
「僕はある程度知っての参加でしたが……ミカを騙すようにして参加させたと知れたら」
「騙すだなんて。情報統制っていうよりは、私へのサプライズだったんでしょう? ミステリーツアーみたいでとっても楽しかったですよ」
ザコルの忍装束も、ララルルの新居探訪も、カフェランチも、私の希望で急遽行き先に加えられたであろう武器屋も、教会でのセレモニーも、忍者の壁走りも、同志達からの景品贈呈も。
蓋を開けてみれば何から何まで私への接待プランだった。元は同志達の発案ということだったが、ザラミーア達にはザコルとの仲を心配されていたのだと思う。
「ザコル殿のおっしゃる通り、町長殿ならばジーロ殿と同様、お怒りになりそうですね」
「あのオネーサンも姐さんにゃ超絶過保護すからねえ……」
以前私が拐われた際には、マージが今まで見たことがないくらいブチギレて出陣して行ったらしい。私は直接見ていないが、タイタとペータがそれぞれ報告してくれている。
「でも、囮作戦の詳細って本当にバレてないんですかね?」
「あの『盗み聴き』のことなら、もう手は打たれたと思いますよ」
マージには、騎士団長であるロットをそそのかし、穴熊の『感覚共有』を利用して私達の動向を把握していた容疑がかけられている。穴熊の能力はサカシータ家が機密と定めており、正当な理由や立場なく利用していいものではない。
「それがなくとも、ですよ」
情報収集能力に長けたマージなら、領内のことくらい穴熊を使わなくともつぶさに把握していそうなものだが。
「まだ知られていないんでしょう。いずれ知られるでしょうが、時間稼ぎです」
「なるほど?」
怒られるのを先延ばしにしているだけか。
「さ、鍛錬いこ、鍛錬。少年達はもう外にいるみたいだし。同志達と穴熊さん達、魔獣達もいるかな」
今日こそは皆と追いかけっこで遊ぶ約束だ。『暇してる影』達にも声をかけたかったのだが、普通に居場所が判らなかった。
元々、彼らの四分の一はここ、シータイの影だが、それ以外の影も何食わぬ顔で『町民』に溶け込んでいるのかもしれない。
「ヨーイ、ドン!」
私が氷の道に身を躍らせれば、背後で「はっや!」という声が聴こえ、そしてあっという間に遠ざかる。
ここは町長屋敷の庭の境界から西の森や林檎畑の手前まで拡がる『西の放牧場』である。
門外に作られた放牧場に比べると狭いが、鍛錬には充分だ。
私は山の民達に見せつけた時と同じように、飛び石作戦で後続を翻弄したり、障害物として氷の壁をあちこちに生やしたりと、魔法を駆使して逃走してみせた。
しかし今回は『みぞれ沼』を作るのはやめておいた。子供達が足を突っ込んで凍傷になるのは怖い。
追いかけっこへの参加希望人数が多いので、数回に分けて実施することにした。
今はイリヤ、ゴーシ、サゴシ、タイタが参加している。次は同志チーム、その次はマージと若い使用人達とあとなぜだか料理長という町長屋敷チーム、最後はザコル、エビー、ペータ、メリー、穴熊達というリベンジチームという予定だ。
「うおおお坊ちゃん行けーッ」
「そこだッ、刺せーッ」
観客の治安が悪くて笑いそうになる。競馬でも観ているようなノリだ。
「きゃああタイ様頑張ってぇー!」
手作りの応援グッズらしきものを振る人々もいる。楽しそうで何よりだ。
「おい、俺らも挑もうぜ」
「そうね、何人かで囲い込めば……」
パパママ軍団は飛び込み参戦を検討している。いや、これ以上増えたら私の体力が……
「っ、今、宙に浮いたぞ!?」
「魔法で空も飛べるようになったんか!?」
「よく見なよほら、手前に氷の傾斜作って跳んだんだよ」
「それにしても高いわね、囲い込んでも捕まえられるかしら、あれは」
「さっすがミカ様、さらに仕上がってんじゃねーか。滾るぜぇ!」
メラメラメラ。
「ほほ、相変わらず皆の指揮を上げるのがお上手ですわね」
マージがおっとりと微笑う。
「ああ、子爵邸の騎士どもも残らず目の色が変わった」
そういうイーリアは体力無尽蔵なんだろうか。
シータイの早朝鍛錬はこんな雰囲気だったな。と、まだ離れていくらも経たないというのに、妙に急に懐かしい気持ちになる。これが『帰省』か、と私はまた宙に舞いながらうなずいた。
つづく




