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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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よく笑う人間は大変ですね

「ミカ、ミカ。そんなに泣いてはまた…」

「うええぇぇー…ひぐっ、よ、良かった、良かったですねえ…っ、ずっと、手合わせ、楽しみに、してましたもんねえ…っ」

「そうですね、ほら、また顔が酷い事になっていますから。目をこすらないで」


 ザコルが私の手を掴み、白いハンカチで顔を拭く。拭かれてもすぐにまた涙が出てくる。キリがないと思ったのか、ザコルは私を胸に引き寄せて背中をさするように撫でた。


「いい加減に泣き止んでください。君達もですよ」

「あ、あなた様がまたお泣きになるからではないですか…!!」

「あんないい笑顔してよう、ズルいんだよ兄貴はあぁ…」

「エビーまで…。手合わせの間からずっと泣いているでしょう、チラチラと目に入って何度集中が切れそうになった事か。頼むからそろそろ落ち着いてくれませんか」


 困ったような呆れたような顔で弟分達を宥めるザコル。

 その様子を少し離れた所からぐっちゃぐちゃの顔で見続けている同志達。

 同志村女子チームまでもがもらい泣きしていて、それぞれ同僚の男性スタッフ達がついて宥めている。

 ちなみにカファはピッタと一緒になって大号泣しているので、アーユル商会の配達係であるヴァンが出張ってきて二人の面倒を見ている。完全なるカオス状態だ。



 手合わせが終わるとモリヤは自分の持ち場へと戻り、イーリアは拘束された二人の息子を側近と共に回収して町に入っていき、仕事のある町民達もザコルと私に一言挨拶してから町の中へ引き揚げていった。


 民達は泣きじゃくる私を見て、しっかり慰めてやんなよとザコルの方に温かい声を掛けていく。以前だったら私を泣かせたとザコルに非難の目線を送る人さえいたのに、今日の事でガラリと変わった。

 多くの人が、この不器用で真面目でお人好しな青年に、何をしてやれるだろうかとさえ考えているようだった。



「ザコル様、ミカ様。我々山の民は一部を除き、明後日の明朝、山へと戻ります。長らくお世話になりました」

 そう言って頭を下げたのは山の民の女性達だ。

「世話になったのはこちらです。どうか、気をつけて」

 ザコルも一礼する。

 ラーマと男衆は今日、カリューへ薪木を採集しに行っているはずなので不在だ。

 あの野次集団も含め、最近よく話すようになった町民の一部もまだカリューから戻ってきていない。あのいいリアクションをする野次集団に、ミリューの姿や頂上決戦を見てもらえなかったのは残念だ。


「あ、あのっ、水害からこっち、私のっ、護衛をっ、してくださって…っ、あ、ありがとう、うふぇっ、ございまっ、した…」

 しゃっくりが止まらない中で何とかお礼を言い切り、女性達に頭を下げる。

「ミカ、まだないてるのー?」

「これ、リラ!」

 リラの母親と祖母が慌てて止めようとする。手振りで二人に大丈夫と伝える。

「リラー…っ、ミカはもう、嬉しくて嬉しくてねえー…っ、涙が全っ然止まらないんだよおー…っ、慰めてくれるぅ?」

 私がしゃがむと、リラは私の頭をギュッと抱きしめ、後頭部をなでなでしてくれた。

「おかあさんがね、こうやってぎゅっとして、いーこいーこしてくれると、リラはいつもなきやんじゃうよ!」

「ありがどぼおーうええぇええー…」

「余計に泣いた! ミカはいい加減に落ち着いてください!」

「あはは、顔がめちゃくちゃすげーことになってんなあミカ様。リラよりひどい」

「これ、シリルまで! ミカ様、とんだ失礼を…」

「いいんです本当だしいいー…シリルくんんん今日は大活躍だったねえええー…偉すぎだよぉぉー…」

「へへ! でも庭に魔獣が来た時はめちゃくちゃあせったよ! この世の終わりかと思ったし! ミカ様もすげーよ、あの魔獣のミリューと一緒に氷の牢屋作ったんでしょ? 俺今から屋敷に行ってその氷の牢屋見てくる予定だから!」

「リラもいくー!!」


 シリルは綺麗に畳んだ深緑マントをザコルに返すと、リラや一部の子供を引き連れて町の方へと駆けて行った。今日は晴れてはいるが気温も低いし、あの氷もまだそれ程溶けてはいないはずだ。



「全く、誰も泣き止まない…。僕に一体どうしろと…」

「ザコル様」

 困り果てる英雄に助け舟を出したのは子供連合の母親達だ。

「もしよろしければ、町長屋敷の庭にて昼食をご一緒させていただけないでしょうか。子供達が一緒に食べたいと言って聞かないんです。同志村の皆さんもぜひ」

「ではそうさせてもらいましょう。ほら皆、移動しますよ! 町長屋敷です! 歩いてください!」


 いつもこういった世話を積極的に焼いてくれる人間が軒並み使い物にならないので、ザコル自らが先導役を買って出る事になった。これも非常にレアな光景だ。


「ミワは元気になったと聞きましたが、実際の加減はどうでしょう」

 ザコルは未だに涙が止まらない私の手を自らの腕に引っ掛けつつ、声をかけてくれた母親達に問いかける。


「朝にはすっかり良くなったと私達も聞いておりますよ。実はね、さっき放牧場の端っこまでミワと母親が見にきていたんですよ。シシ先生にも付き添っていただけたみたいでね。流行り病だといけないからって皆からは離されていますけれど、本人は元気を持て余しているくらいじゃないでしょうかねえ」

「ミワがもっと近くでザコル様の戦う所が見たいと泣いたようで、シシ先生が肩車して何とか見せてやってましたよ。ふふ、あの大人しいミワが…いえ、きっとあの子は本来もっと活発な子なんでしょうね」

「一昨日、皆さんに遊んでいただいた事がよっぽど楽しかったのよ」


 ミワはカリューで水に巻きこまれ、母親と共に低体温のままシータイに運び込まれたと聞いた。怖い思いをした上、慣れない場所で寝起きする事になってさぞストレスだった事だろう。ここでお友達に恵まれ、本来の姿を取り戻しつつあるなら何よりだ。

 はっ、というか、一昨日私達とはしゃぎ過ぎたせいで熱を出したんじゃ…?


「それならばいい。これ以上辛い思いをさせては気の毒ですから」

 ザコルの思いやりのある言葉に、母親達はニコニコとしている。



「これからどんどん寒くなりますね、毛布や衣服をもっと増やさないと。避難民の皆さんが風邪をひいてしまいます」

 鼻を啜りながらピッタがそう言った。歩いている内に大分落ち着いたらしい。私もようやく涙がひいてきた。


 これまで猟犬ファンの集い支援部隊が用意した物資の他、イーリアやマージが領や町として手配している物資ももちろんある。

 それでも、これから来る本格的な冬を越すにはまだまだ心元ないと言うのが現状だ。まずは食料、燃料となる薪を優先的に確保している状態で、寝具や衣服までは手が回り切っていない。カリューの方は住居の片付けも済んでいない状況だし、雪が積もり出せば必ず物資も滞る。

 本来、冬支度はもう終わっていなければならない時期なのだ。


「そろそろいただいた寄付金も尽きる頃です。会頭、追加で集めにいくんですか?」

 同志村の男性スタッフ、もといアロマ商会の部下の一人がセージに話しかける。


「そこまでは考えていなかったな、どうする、同志村代表ドーシャ殿」

「何故私めに振るのですか大商会会頭セージ殿。大体、貴族メンバーからむしり取ってきたのはセージ殿では」

 むしり取ってきたのか…。


「人聞きの悪い。猟犬様のためならと皆様喜んで差し出してくださいましたとも」

「では追加徴収もやぶさかでは…」

「そ、その事ですが、俺に妙案が!」

 タイタがドーシャとセージの間に割り込む。

「おお執行人殿! ははっ、これは酷いお顔ですなあ」

「そ、そうでしょうか…はは、お恥ずかしい」

「ドーシャさんもどっこいどっこいすよー。てか、俺もか、へへっ」


 セージにドーシャにタイタにエビー。何となく新鮮な組み合わせだ。


「して妙案とは」

「タイさんの発案でねえ、絵師を呼ぶことになったんすよね」

「絵師…? 絵師ですと?」

「そうです! 皆さんはカリューの方へはまだ行っておりませんよね。昨日は大変貴重な現場を見せていただきまして…」


 タイタとエビーが、今カリューがどうなっているか、主にザコルの城壁破壊と集会所の屋根破壊について説明する。


「ズルい…!! ズルいですぞ執行人殿ぉぉ」

「我々も行きたかったあああ」


 いつの間にか同志が全員集まって話に聴き入り、そして全力で悔しがっている。


「皆さんも適当に理由つけて一度見てくりゃいーでしょ。皆さんなら、イーリア様に相談すればすぐ許可出してくれますよお」

 それもそうだと頷きあう同志達。この屈強な面々なら何かと復旧作業の役にも立てるだろう。


「それでですね、絵師を呼んでその様子を描きとめさせようかと考えているのです。集会所の方と、巨大鎚に関しては複製画を配ってもいいと許可をいただきましたので、それを頒布がてら全国の同志達から寄付を集めようかと」

 ひしゃげた巨大鎚まで描く許可を得ているのか。それはナイスだ。

「なんと素晴らしい! まさしく妙案、いや名案でありますな!! 直ちに絵師を探さねば!!」

「午後から辺境エリア統括者殿がこちらを尋ねてくる予定ですので、手配は彼に任せようかと考えております」

「おおお! 流石は執行人殿! 仕事が早い! 早すぎる!!」


 しっこーにん! しっこーにん! しっこーにん!

 執行人コールだ。エビーや部下達まで加わっている。私も涙を拭って一緒にコールした。


「はは、彼を呼んだのは別件だったのですが、タイミングに恵まれました」

 タイタが照れたように頭を掻く。


「絵があるなら額も必要ですな! ルーシ、我が商会で用意できるものを確認するんだ」

 そう言ったのはダットン商会のワットだ。かの商会は日用品を扱っている。

「分かりましたリーダー。ですが、数が必要ならいっそ特注してもいいのでは? 深緑色で刻印なども入れて」

「ほう、お前も解ってきたようだなルーシ。控えめに言って名案だ。どうでしょう皆々様」

 素晴らしい! パチパチパチ。

「絵画の複製ならば我がカンポー商会にお任せを! 木版の重ね刷りで豪華に仕上げてみせましょう」

 素晴らしい! パチパチパチ。


 カンポー商会、かの商会はどうやら印刷や製本関係の仕事をしているらしい。子供達に紙を用意したのも実はこの商会だと聞いた。

 額装に、カラー刷りの複製作成。話がどんどん大きくなっている。名案は名案だし需要もありそうだが、今から絵師の手配をし、額を特注し、手作業でカラー分解、木版を彫ってとなればかなりの日数を要しそうな上費用もかさみそうだが…。


「絵師を呼ぶならば他にも写してもらいたいものが色々とありますなあ、例えば…」

 ずん。

「ファヒョッ!?」

 例を挙げようとしたドーシャの肩にザコルの手が置かれた。

「…釘を刺させてもらいますが、僕の女装の姿絵は出てきたとしても複製禁止ですからね」

『えええー!?』

 ザコルの言葉に同志達が一斉ブーイングする。

「というか見つけ次第即刻焼き払いたいんですが」

「ち、ちなみに現在のお姿を絵に残すのは…」

「却下です」

『ええええええええー!?』

「却下と言ったら却下です! これ以上僕の絵なんかが増えたら精神が崩壊します!!」


 後方に下がっていた子供の母親達辺りからまた噛み殺した笑い声が聴こえてくる。


「…コホン。姿絵以外の事なら協力しますから、僕にも出来そうな事があれば言ってください。それから、義母が僕のためにと金を貯めてくれているようですから、必要ならそこからも出資できるはずです」

 ザコルが何故かエビーの方を見る。エビーが頷いた。…えっ、エビーは何で訳知り面なの。


「ねえ、姿絵がダメなら猟犬マークはどうですか?」

 私も負けじと提案してみる。別に張り合っているわけではない。

「猟犬マーク? この服に刺繍されたマークですか?」

「はい。猟犬マークを入れた小物でも作ったらどうでしょうか。寄付の返礼品としても丁度いいでしょ」

 ザコルの団服の裾を引っ張る。

 控えめに入れられたマークを指差すと、同志達も集まってきて覗き込んだ。大勢に囲まれてザコルが居心地の悪そうな顔になる。


「このマークはオリヴァー様が考えたものですよ。勝手に使っていいものでしょうか」

「もう真面目なんだから。これ、猟犬ブランド展開の一環で勝手に作られたマークですよ。元々本人の許可なしで作られたものを、本人であるザコルが使っちゃいけないわけないでしょ」

「その通りといえばその通りですが…」


 厳密な事をいえば著作権を持つのはオリヴァーなのだろうが、ザコルのために使うなら文句はあるまい。

「ハンカチやタイなどに刺繍するくらいなら私にもできます。いかがでしょう皆々様」

 素晴らしい! パチパチパチ。

 賛同を得られた。嬉しい。

「ミカ殿が刺繍なさるのでしょうか、それではミカ殿が大変ではありませんか?」

「また仕事増やす気すか」

 タイタとエビーが心配そうに言う。


「ルーシとカモミに刺繍糸と裁縫箱もらったからね、やってみたかったんだ。それに災害支援の返礼品ならそう急がなくてもいいでしょ。まずは手紙だけ出して、春までにお届けするような形ではどうかな。それなら無理なく作業出来ると思う。それから集会所や巨大鎚の絵も、予約販売のような形を取って先にお金を集めちゃえば? タイタが仕切るなら信用も十分でしょ。個人に寄付を募るというより、こちらが『売上は復興支援に全額寄付します』と謳って定額販売する方が買う方も気楽じゃないかな」


「なるほど、流石はミカ殿。斬新かつ合理的です!」

 おおーっ、と同志達からも拍手が起きる。


「ミカ、完全に定額にしては貴族の面目が保てない可能性がありますよ。この集いに参加する貴族がそんな細かい事を気にするかは判りませんが…」

 ザコルが現役貴族子弟の立場から指摘してくれる。そっか、庶民と同じ金額じゃプライドが許さない的な感じなのか…。民主主義とは価値観が違うな。

「じゃあ、一定額以上の寄付をした人には何か特典を…あ、ダメダメ、庶民でも無理しすぎる人が出てきそうだな。それに不平等になっちゃうか、この集いは『みんなの猟犬殿』を愛する会だもんね。あー今のは忘れてください。余計な事言った気がする」


 そういえばこのファンの集いは同担拒否層を思想統制するような危険な団体だった。何が危険思想とみなされるか判らない。発言は慎重にしないと。


「あっ、そーだ。俺もいっこ思い付きましたよお。猟犬基礎訓練マニュアルを冊子にでもしたら売れるんじゃないすか。それくらいなら兄貴も協力できるっしょ」

 エビーが軽い感じで発言すると、同志達が全員でグルン、と首を回して彼の方を向いた。

「え、怖」

「おい、エビー。前々から思っていたがお前は天才なのか…!? それは絶対俺が欲しいやつだ!! 間違いない!!」

 テンションの上がったタイタがガクガクとエビーを揺らす。ハンカチなんかより全然食いついてる。ぐう、悔しい。

「や、やめっ、分かりましたって。そんでー、絵なんですけどー、あんまり豪華にすると作るのに時間かかりそーじゃないすか。まずは簡単な絵入りのチラシ程度のもん作って、希望者にはみんな配っちまって、隅の方に『寄付はエリア統括者まで!』とでも書いときゃ充分集まるんじゃないすかねえ。そんで豪華特装版とかハンカチとか冊子とかのグッズもそん時に宣伝すりゃいいっしょ。それこそ予約でも取ってさー」


 チラシは全戸配布、寄付は自由、グッズは購入制。そこを分ければ寄付金額での不平等は生まれたように見えないか。なるほど。


「ふむふむ、うん、いい感じじゃない? 金額が大きい人への返礼品は個々に考えればいいか。くそう、流石はエビー」

「へへへもっと言ってくださいよおー」

 エビーが胸をドンと叩いた。

「私もそれがいいような気がいたしますぞ。簡単なものでも、最初は皆に平等に渡る方がきっといい。チラシにはエピソードも書き加えて、救助の様子や、シータイやカリューの現状もそれとなく伝わるよう工夫いたしましょう。そうとも、全国の同志を私共と同じくらいに泣かせてやるのです!! 寄付もガッポガッポ集まりますぞお!!」

 大商会会頭セージが賛同の声を上げる。

「エビー殿はやはり天才だ!!」

「猟犬ブートキャンプも彼の発案ですからな!!」

「冊子は鍛錬用保存用布教用で三冊は欲しい!!」

「流石エビー! 略してさすエビ!!」

 さっすエビ! さっすエビ! さっすエビ!

 さすエビコールが始まった。大盛り上がりだ。


「はーっはっはっはー。こりゃいい気分すねえ。あ、チラシとグッズ作りの初期費用は猟犬殿に出してもらいましょーや。お母様に言っときますねえ。俺が」

「…勝手にしてください。あの金の裁量を任されたのは君だ」

 はて、何故ザコルのお金? の裁量をエビーが任されているんだろう。…妻か?

「それにしても、僕の考えた鍛錬メニューなど特別という程ではないと思うのですが、協力とはそんな事でいいのでしょうか」

「いいに決まってんだろ兄貴、あの鬼畜人外メニューが特別じゃなかったら何が特別なんだかわかんねーよ」

「鬼畜人外…」

 妻…いや、弟分からの言葉に呆然とする兄貴。後ろの母親達はずっと笑っている。


「チラシの文章や構成を考えるのはこのメンバーで手分けするとして、絵師殿がスケッチを上げた段階ですぐに載せて印刷に回しましょう。その方が早い」

「本格的な絵画に仕上げるのはそれからでもいいですからな!」

「枠のデザインや冊子の構成もベストを尽くしましょうぞ!!」

「刺繍糸の追加と上質な無地のハンカチやタイも今の内に仕入れておかねば」

「生地ならば山の民に交渉してもいいのでは」

「この手でグッズ製作に関わる事ができるとは感無量ですなあ!」

「他にもアイデアを出したいですなあ、今夜は緊急会議ですな!」


 流石は商人集団、ものづくりの話になったらトントン拍子に話が進む。


 ◇ ◇ ◇


 町長屋敷に着くとすぐに庭に案内される。庭は子供達の他、氷塊を見にやってきた人で賑わっていた。私達が来たのに気づくと皆笑顔で挨拶してくれる。

 時刻はそろそろ正午か。昼飯代わりなのか、林檎やパンを片手に食べている人もちらほらいる。


「ザコルさまだ! エビーもいるー」

 そう言って駆け寄ってきたのは、さっきまでザコルの頭上にいたガットとその仲間達。ヤンチャ組だ。早速ザコルやエビーにぴょんぴょん飛びついている。そして、こら! エビー様かエビーさんと呼びなさい! とママに叱られている。

「あのこおりのおうち、みんなではいってみたよー」

 氷のおうちというのは、最初に王子達を閉じ込めた氷の牢の方だろう。一部を溶かして出入り口を作ったので、大人も子供も中に入って見物している。

「そうですか。どうでしたか」

「さむかった! それから、そとがキラキラしてみえた! ザコルさまもはいろーよ」

「いえ、僕は…」

 同志達はイアンが閉じ込められた牢、いや、牢だった氷塊の方を見物している。ザコルが手刀で叩き割ったらしいとタイタから説明を受け、感嘆の声をあげている。


「ザコル様、ミカ様。あちらにラグを広げさせていますから。ほらガット達も行くわよ、お腹空いたでしょう」

「ええー、まだこおりのおうちであそぶ! もうとけちゃうよ」

「見なさい、山の民やカリューの子達は皆ちゃんとお手伝いしてるじゃないの。少しはあのリラちゃんみたいに…」


 それを聞いて顔を上げると、確かに何人かの子達がお運びなどのお手伝いに勤しんでいた。私が『大人しい』と認識していた子ばかりだ。

 特に避難所で大活躍だったリラは手慣れたもので、シリルと一緒に、氷を見物に来た関係のない大人達にまで牛乳を勧めて回っている。大人達もリラの顔をよく覚えていて、今日も偉いねリラちゃん、などと労っている。


 そう、リラは偉い。偉いし私も尊敬するが、あの子はこの災害で皆よりも一歩成長してしまった子だ。今やスーパーコミュ強幼女と化した彼女と比べられてはヤンチャ組も気の毒だ。カリューの子達も同じような境遇だし、まだ避難先で気を遣っている部分もあるだろう。逆に、皆もっとヤンチャしてほしい気になるのは私だけだろうか。


「皆、私と一緒にお手伝いしようよ。氷のおうちは後で凍らせて直しておくからさ」

「ほんとー!?」

「ミカ、魔法はもう禁止ですよ。ミリューも行ってしまいましたし」

『ええー!?』

 ガット達と声が被ってしまった。

「当たり前です。その背中に書かれた文字が読めないあなたじゃないでしょう、全く」

「むう、私までオカンに叱られてしまった」

「誰がオカンですか」

 また母親達が腹を抱えて笑い出した。

「仕方ない。皆、また魔力が全回復したら氷のおうちでも氷像でも何でも作ってあげるから」

「ほんとー!?」

「このミカに二言はないのだよ」

 そういえばテイラー邸の使用人の子達にも氷の城を作ると約束したんだった。子供は氷が大好きだな。私も割と好きだ。


「ほらほら、ミカ坊もオカンも行きますよ。主役でしょ」

「誰がミカ坊か」

 ブフッ、エビーの言葉にうちのオカンが吹き出した。ツボに入ったらしく片手で顔を押さえて震えている。


「何かさあ、兄貴、沸点下がってきてません? 涙腺も緩んでるみたいですし」

「う、うるさいエビー……ミカ坊…っ」

「もう、どんだけウケてるんですか。私が寝袋タラコになってた時よりウケてるじゃないですか」

「寝袋…っ! も、もうやめ…」

 ザコルがウケすぎて色々と保てなくなったのか後ろを向いてしゃがむ。


「何すか、寝袋タラコって」

「テントで寝起きしてた時にね、私が寝袋に入ったまま顔だけ出して起き上がってたら、起こしに来たザコルにウケたんだよ」


 口頭ではあまり通じなかったので、ラグに座って身振りを加え、こう、こう、と説明する。

 母親達が再び爆笑し、子供達は私の真似をしだした。


「全くミカ坊はよう、人目がねえとホント女捨ててんなあ」

「失礼な。推しの笑顔のためにこの身を捧げていると言ってくれたまえ」


 完全に蹲って震えているザコルの背中をさする。

 エビーはまだ氷塊に群がっている同志とタイタを呼びに行った。


「ねえ、そんな隙だらけでいると私から抱きつきますよ師匠」

「やめ…っ」

 人前で泣いたり笑ったり。そんな当たり前の事を一つ一つできるようになっていって。

「ふふっ、もー坊ちゃんは」

 あ、やば、泣きそう。爆笑しているザコル見るだけで泣きそうになるなんて相当な末期症状だ。

「ふっ、へへ…。さ、さあ、サンドイッチ、いただきましょうよ。美味しそうです」

 蹲っていたザコルが身を起こし、私の顔を覗き込む。

「ミカ……はい。そうですね」

 私が泣きそうになったのには気づいたかもしれないが、敢えてスルーしてくれたようだ。突っ込んだり慰めたりされたら余計に泣く所だったのでありがたい。



 母親達や町長屋敷の使用人達が協力して作ってくれたというサンドイッチを一皿受け取ってお礼を言う。子供達も大きなお皿を囲み、好きな具のものを手に取っている。


「…今知ったのですが、笑いすぎると喉の奥がすうすうとするのですね。それに腹筋も痛いです。鍛錬が足りないのかもしれません」

「…ぶ、ぶふ…っ、それ、普通です。その人なりの全力で肺や腹筋を使うんですから、人より鍛えているかどうかは関係ないと思いますよ」

「そうですか。よく笑う人間は大変ですね」

 サンドイッチを片手に真面目な顔で頷くザコル。

 それを近くで聞いていた父親達が吹き出した。

「ふははっ、いやどんだけ笑った事ねーんだザコル様よう」

「まさか爆笑したのこれが初めてだとか言わねえですよね」

「僕とて笑った事くらいはありますが、あんなに苦しんだのは初めてかもしれません。ミカがおかしいのがいけない」

 ザコルとシータイ町民の男性が普通に談笑している…。ああ泣きそう…。

「そうだ、ミカ様なあ。気さくな方だとは思っていたけどよ、俺はもっとこう、女性らしい方なのかと…」

「女だ男だという前に、ミカはミカという生き物ですよ」

 何だそりゃ、と父親達が笑う。ミカという生き物って何だ。涙が引っ込んだ。


「ガットがよう、ドングリほー? が何とかってずっと言ってんですけどね、さっぱり分かんねえんですよ。投擲やってるって事は分かるんだが」

「ドングリ砲、というのはミカが勝手につけた呼称です。単に僕がドングリを的に当てただけの事ですよ」

「敵が、爆発? とか言ってたが、まさかドングリに火薬でも仕込んでんじゃないでしょうね?」

「まさか。火薬なんてそうそう手に入りませんし、僕も持っていません」


 忍者って火術も使うんじゃなかったっけ。火薬が存在しているらしいのに、暗部構成員だったザコルでさえ持っていないのは不思議だ。火薬の原料は硝石と、硫黄と、動物の糞とか、そんな感じだった。サカシータ領には硫黄泉もあるそうだし、自作できなくもないと思うのだが。


「は、自作…?」

「あ、いえ。私は実際に作った事はありませんし、配合率なんかも詳しくは知りませんよ。忍者の里では自分達でいろんな火器を作っていたと何かで読んだ記憶があるんです。何でも鉄砲伝来より前から自作していたって…」

 何だっけ、白川郷の床下で火薬の材料を作ってたとか何とか。

「硫黄と動物の糞は手に入るだろうし、硝石は確か土の中で作れ…むがっ」

 口を押さえられた。

「その知識は一旦封印してください」

 コクコク。

「この国では表向き、火薬の生産や所持は禁止されています」

 表向き…。

「一部の貴族が国外から秘密裏に輸入して保有している事はあります。希少なので大変高値でもあります」

 国外にはあるのか。それでは…。

 合図をし、口から手を外してもらう。

「この国ってどうやって自衛してるんですか? 例えば国境付近で火薬を大掛かりに使って攻め入られたら対抗しようがありませんよね。魔獣も王家が独占しているようですし」


「この国は現在、サイカ国の盟約国という事になっていますので、表立って仕掛けてくるような国は少ないです。かの盟約国に戦意がないと証明するために各領の魔獣を引き揚げさせたという背景もあります。サイカ以外で隣接するのはマサラン国とメイヤー公国ですが、メイヤー公国は宗教国家で、国教を同じくする我が国に攻め入ってくる事はありません。現王妃殿下の祖国でもありますしね。マサランはサイカの手前、一応友好的な態度でいますが、いつぞやの小競り合い以降カリー公爵様が経済制裁を加えています。この国は……いえ」

 ザコルが言葉を濁す。

「言えない事は黙っていて大丈夫ですよ。盟約国だというのに、サイカ国側でずっと国防に戦力を割いているのは気になりますが…」


 水害と土砂崩れで人手を取られている関係か、サカシータ子爵オーレンと騎士団長で六男のロットは未だにアカイシ山脈の国境に出払ったままだ。本来ならば私を出迎えるために身を空けていたはずだろう。


「相手にしているのはサイカの正規軍ではありません。サイカ側に住まう山岳民族や、サイカ軍から逃亡した武人崩れが山賊まがいの事をしている、という事になっています」

「という事になっている、ね」


 先程ザコルが言っていたマサラン国との小競り合いとは、以前、マサラン側の謀略で傭兵にオースト国軍を装わせ、公爵領の原住民を襲った件だろう。ザコルが一人で鎮圧してしまった例の件だ。

 マサランからは、ラースラ教徒が変な香と合わせて使う事で麻薬のような効果をもたらす、ニタギの毒とやらが入ってきている疑惑もある。大国サイカをバックにつけている? オースト国に、何とか隙を作ろうと画策でもしている可能性大といった所か。


 そしてそのサイカ国からも何かとちょっかいをかけられているようだが、あくまでも国の関知しない無法者の仕業とされていると。万が一その無法者がサカシータを占拠などすれば、その鎮圧を理由に堂々と『善意で』兵を投入してくるとかそんな所だろう。大体、その無法者を放置している時点で敵意や下心を全く否定していない。


「舐められてますねえ」

「…………ええ、まあ」


 ザコルが言葉を濁したのはおそらく、コマとミリューが共に王都へ行って『仕出かそう』としている件に繋がるのかもしれない。

「うーん…。すみません。先に謝っておきます」

「な、何をですか」

「コマさん達を止めなかった件について」

「…………やはり…」

 ザコルが頭を抱える。


「おいおい、何か物騒な話してんな。ミカ様までよう」

「あのコマさんて子や魔獣はミカ様が動かしてんのか?」

「やっぱただモンじゃねえんだな。女帝が目をかけてるだけあるぜ」

 父親達が何やら関心したように頷いている。

「嫌ですねえ、ただモンですよう。元は毎日あくせく働いていただけのド庶民ですし。あのコマさんやミリューが、私なんかの言う事聞くわけないじゃないですか」

「ミカがド庶民の只者だというのなら、ニホンという国は大変恐ろしい国家なのですが…?」

 言いがかりだ。

 私は本当に、ただの本好きの社ちく…いや、一般人でしかないのだから。

「そんな恐ろしい国じゃないですよ。何なら皆して平和ボケしてるくらいで。日本もね、敗戦から大国の同盟国って事になって、それで平和を享受してるみたいな国なんですよ。国民は火薬はもちろん、武器の所持も認められていません。ナイフ一本持ち歩くにも正当な理由がいるくらいです」

「ミカの武器は色々あるが、一つはその知見の深さだ。只のド庶民がこれほどの教養を持つ国でしょう? 充分恐ろしいです。正しい知識と判断力は、物としての武器の価値を凌駕しますから」


 城壁をその腕一本で崩し、国家から最終兵器と呼ばれるザコルが、教養を恐ろしいと言う。彼は諜報もするので、情報や知略の重要性をしっかり理解しているのだろう。


「日本は表向き、国民は皆平等に知る権利、学ぶ権利を与えられていますからね。でも、ほとんどの国民が戦争を体験していないのは事実ですし、多くの人は自分事と捉えてもいません。ずっと平和だったからこれからも平和だと思っています。私もその一人でした」


 一度敗戦したとはいえ、今の日本は紛れもなく豊かで、教育水準も高く、技術や文化のレベル、寿命の長さや治安の良さでも世界的に抜きん出ている。

 しかしそんな日本とて明日はどうなるか分からない。今までだって、戦争は起きずとも近隣諸国との揉め事はしょっちゅうだし、大きな災害も多い。昔流行ったという漫画のように、富士山辺りが大噴火して何もかもが変わってしまうかもしれない。


「小難しい話してますねえ、ミカ坊は。今すぐにでもどっかの領主や王様になれんじゃないすか」

「ミカ殿は大変聡明かつ博識でいらっしゃいますから」

 エビーとタイタが側に戻ってくる。母親の一人がサンドイッチの皿を追加で渡してくれた。

「そういうのやめてよねー。官僚とか政治家でもないから本当に難しい事なんて何も知らないし、私も所詮平和ボケした庶民の一人なんだから」

「んな事言って、明日から国治めろって言われたとしても何とかやってそうですよねえ」

「何とかできる訳ないでしょそんなの。変なフラグ立てるのやめて。大体、王様や殿様ならここに魔王がいるじゃない」

 手のひらで横にいる魔王を指し示したらブンブンと首を振られた。

「ぜっっっったいに無理です。おかしな事を言わないでください。人と関わる仕事がどれだけ向いていないと思っているんですか」

「そうですかねえ、王様はともかく、先生は向いていそうですけど」

「ザコルさまー」

 口の周りにバターやジャムをつけた子供達がザコルの周りに群がる。

「君達、口の周りを拭いてきましたか」

「ふいてなーい」

「仕方ないですね…」


 そう言うと上着の奥から新しいハンカチを取り出し、子供達の顔や手を拭ってやっている。まだ新しいハンカチ持ってたんだ。私が全部使い切ったかと思っていたのに。

 周りにいた父親達はその様子を驚いたように見ていたが、ザコル一人に世話させる訳にはいかないと、慌てて子供達の顔を自分の袖などで拭い始める。


「兄貴、ミカさんの面倒見過ぎて自然に手が出るようになってんじゃないすか…」

「…はっ、そうか、別に僕が拭く必要はないのか」

「ねえ、あたらしいてき、つくってー」

「ドングリほーやってー」

 そうだ、子供達用の的は樽ごと氷塊で潰してしまったんだった。

「では、俺が樽を一つ借りてきましょう」

 タイタが立ち上がる。サンドイッチはもう食べ終わったらしい。早…。

「じゃあ、俺は的でも作ってやろうかね」

 エビーも口元をグイッと拭って立ち上がる。

「俺も手伝います! お前らも行く?」

「いくー!!」

 シリルと数人の子供達がその二人についていった。


「ミカさま、おてほんかいてください!」

「あら、上手に言えたね。どれどれ」

 私は画板を持ってきた子達にお手本を書いてやる。ザコルも画板を押し付けられ始めた。

「おいガット、お前当然みたいな顔してザコル様の頭に乗るんじゃねえ。英雄様だぞその人は」

「いーの!」

「構いませんよ。ガットはドングリ投げは結構やれる方ですからね。結果を出せるなら作法など大した問題ではありません」

「おいおいザコル様、甘やかさねえでくださいよう」

 ガットの父親らしき男性が困ったように言う。

 ザコルはその様子を見て少し考え、頷いた。

「…ふむ、そうですね、僕の偏った価値観に染めてはよくない。ガット、君は恵まれていますよ。こうして叱ってくれる大人がいるんです。僕は少し常識に疎いですから、君自身が考えてください」

 ガットはムスッとしながらザコルの頭にぴったり貼り付いていたが、しばらくして自分から降りた。

「…がばん、とってくる。おひざならはいってもいい?」

「君がそうしたいのなら。膝を空けて待っていましょう」

 ててて、とガットが画板を取りに行く。

「ふへへえ」

「ミカは何ですか。また変な笑い方をして…」

 ててて、ガットが急いで戻ってくる。そしてサッとザコルの胡座の中に入った。

「ふふ、いーなーガットくん。私もそのお膝に入りたいなぁ」

「まだだめ! おれのばん! ザコルさま、ここにとーちゃんってかいて!」

 苦笑する父親に、素直に手本を書いてやるザコル。


「ミカ、おひざにいれて」

 お、スーパーコミュ強幼女。可愛い可愛いリラだ。

「もちろんいーよ、おいでおいで。お手本、何書こうか」

「おねがいがあるの」

「なあに?」

「リラに、おてがみかいてほしいの」

「おてがみ、リラへ? …うん。わかった。ここで書こうか」

 本人の目の前で手紙を書くのは初めてだ。


「リラへ。私と友達になってくれてありがとう。親切にしてくれてありがとう。お兄ちゃんとお父さんを助けるために走って、とても偉かったね。避難所でもたくさんの人に笑顔を届けてくれました。私のために戦ってくれた事もあったね。勇敢で、優しくて、可愛い、私達のヒーロー。いつまでも忘れないで、リラは素敵な子。あなたと、あなたの大事な人が、ずっとずっと幸せでありますように。ミカより」


 膝に入れながらなので書きにくいが、読み上げながらなるべく丁寧な文字で書く。午前中にタイタの手紙で予習していたので、口語の柔らかい表現も問題なく書けたと思う。


「わあ、ミカ、ありがとう。これ、おまもりにする」

 リラは自分の懐から布袋を取り出すと、私が書いた手紙を丁寧に折って袋に収める。布袋を懐に大事そうにしまいなおすと、私の方に体を向けてぎゅっと抱きついてきた。

「だいすき、ミカ」

「私も大好きだよ、リラ。本当に色々ありがとうね。明日もこうしてギュッとしよう。…きっといつか集落へ遊びに行くから。チッカの屋台にも」

「うん、ずっとまってる」


 チッカであの屋台で会った日、こんな風に彼女を抱きしめてお礼を言う未来があるなんて思いもよらなかった。

 小さな子とこんなにじっくり付き合ったのは初めてだったけれど、リラは幼くともきちんと自分の考えを持った一人の人間だった。これからもずっと、私は友人の一人として尊敬する彼女の幸せを願い続けるだろう。


 周りを見ると、父親達がそれぞれ自分の子や避難民の子を膝に入れて画板に何か書いてやっていた。ガットはカリューの子達にザコルの膝を譲ってやり、今は自分の父親の膝に入っている。ザコルの膝にはカリューから来た男の子と女の子の二人が収まっていた。


「あら珍しいねえ、男衆が。子供の面倒なんて見てさ」

「ザコル様を見習う気になったのかしら」

 母親達が揶揄うように笑っている。

「ガットがよう『とうちゃん』って書いて俺の似顔絵も描いてくれたんだ。見てくれ」

「そう、凄いじゃないガット。ふふ、このお手本はザコル様ね。本当に綺麗な字だわ」


 向こうでタイタとエビーが手を振っている。ドングリ投げのための準備が整ったようだ。

 父親達の膝に入っていた子供達もそれを見て駆け出し、ザコルも子供達にせがまれて連れて行かれた。『ドングリほー』が気になっていたらしい父親達も腰を上げる。どこかでザコルをずっと観察していたらしい同志達に、その部下、母親達までが立ち上がり、どんどんと樽の周りに人が集まり始める。いや、どんだけ話題になってんだよドングリ砲…。


 皆の中心でザコルが大きく振りかぶって投げたドングリは見事『てき』を爆散させ、子供も大人も大きな歓声を上げた。


 その後は子供も大人もドングリを的めがけて投げ始め、最後はシリルの希望通り、大人だけでチームを分けてドングリ合戦を行った。

 筋骨隆々の同志達はもちろん、子供達の親も流石はサカシータ領民で、それはもう壮絶なドングリ合戦になった。



つづく

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