信じられると思うか?
夜。私達は揃って町長の執務室に呼ばれた。待っていたのはイーリアひとりで、町長マージも子爵夫人の側近もいなかった。
「ジーロめ。煮林檎を食べたらすぐに発ちよって。あれはミカの顔を見に来ただけだな」
「まあまあ女帝閣下」
ぶつくさと愚痴るイーリアの盃にエビーがワインを注ぐ。
イーリアも久しぶりのハードワークで疲れているのか、いつでもシャッキリしている彼女にしては珍しく、ソファの肘掛けに思いきり頬杖をついていた。
「私の顔を……? えっと、普通にお仕事でいらしたんですよね。他に隊を率いる方もいな……いえ、少ないですし」
以下、子爵邸警備隊隊長の仕事を隊長からぶん投げられた隊長補佐、オオノの話だが。
領都ソメーバミャーコを舞台に始まった掃討作戦は、領都や子爵邸を護る騎士達、それから冬の間は休みの多い国境警備の騎士達が参加していた。
比較的若い騎士ばかりの急造の部隊だったそうで、本来なら騎士団長であるロットか、領都警備を兼任している子爵邸警備隊の長、冬の間暇してる国境警備隊の管理職などが出張って仕切るべき案件だった。
しかし、騎士団長や管理職の多くが『イタズラ』に出かけてしまったため、たまたま実家に帰って来ていたジーロが指揮役を買って出た。
ジーロは普段ツルギ山の警備を管轄する第一歩兵隊の隊長だ。第一歩兵隊はいかに真冬でも休みがないことで有名らしい。真冬でも護衛対象たる山の民がツルギ山を降りないことを理由に、他ならぬ隊長があまり休まないからだとオオノは苦笑していた。
ちなみに、そんな仕事大好き隊長、つまりジーロが三日以上子爵邸に滞在しているのはかなり珍しいことだった、らしい。
「あいつはミカを囮に使うことに最後まで反対していた。しかし意見が通らぬならせめて自分の手で護る、と……」
「確かに反対なさったとおっしゃってましたね」
虫寄せのように扱うのは反対したぞと。そう、うちの護衛達に釘を刺しに来た。思ったより『羽虫』が多かったからとも。
「囮扱いには反対したけれど、私達が『全力デートイベ』を楽しめるように、他の皆さんと同様に力を尽くしてくださったんですよね。ジーロ様、お前は『毒餌』じゃない、そう言ってくださって……」
す、横から白いハンカチが出てくる。
イーリアが私を見てギョッとした。
「ああ、泣くなミカ。囮になどして悪かった!」
「ち、違うんですイーリア様。お役に立てるなら囮くらい全然やります。叶うなら掃討にだって参加したいと思っているくらいですし。でも、ジーロ様に、お前は『毒餌』ではない、かといって『客人』でもない、俺達は『仲間』を喰らおうとする奴に容赦はしない、それだけだと、そう言っていただけたことが、嬉しくて」
「そうか……。あいつがそんなことを」
ふ、とイーリアがホッとしたように微笑う。しかし一瞬で真顔に戻った。
「……そんなにミカを気に入ったならなおさら、ここに一泊くらいしていけば良かったではないか。どうせ私のことをうっとうしいとでも思っているのだろうが!」
「まあまあ女帝閣下、一杯」
とくとくとく、ぐびーっ。
「ふふっ、お母様がご次男様をお好きなのはよく分かりました」
「違っ、あっ、あの風貌の変わりようでは、どこへ行っても不審者扱いだろうが! だからこそ私が直々に紹介し直さねばならん」
「ふふっ、それはそうですねえ」
「全く、カリューの町長や守衛にも会わせる気でいたのに」
元来仕事熱心かつ優秀で、さらに父似のイケメンに変身した次男をもっと自慢して回りたかった、というのはよく分かった。
「ジーロ兄様はツルギ山の様子も気になっているんでしょう。第一が巡回しているとはいえ、例年になく山の民を誑かそうとする曲者が多いそうですし」
ザコルがハンカチで私の目元を押さえながら発言する。
「ラーマさん達も山に送ってあげた方がよかったですかねえ」
「あれは長老に置いていかれんたんでしょうから、あれでいいんだと思います」
「置いてかれた……」
「下界で頭を冷やしてこいということでしょう。いても話がややこしくなるだけです」
「それは、確かに」
私が真実、血統的に山の民の『身内』かもしれないだなんて知られたら、今度こそ神官達は暴走することだろう。
「長老様って、何をどこまで見通してらっしゃるんでしょうねえ……」
「まあ、チベトだからな。何を『視て』いてもおかしくはない」
長老チベトにも魔力視認能力がある、ということだろうか。そんな話、まだ一度も…………
「対外的には、彼女に能力はないとされている。が、そんな話、信じられると思うか?」
「いえ、全然」
むしろ、強い魔力視認能力があるというなら、初対面で例の三角頭巾を渡してきたことに説明もつく、気がする。
その強い能力? で何がどこまで視えるのか判らないが、一応『あるもの』として考えてみるか、と私は心に留めた。
つづく




