何となく怪しいやつ
『っ!?』
咄嗟に剣を掴んだタイタはもちろん、エビーと私も飛び上がる。ザコルは気づいていたのか何のリアクションもなかった。
「なんだマネジさんか」
「マネジ殿! あやうく反撃するところだったではありませんか!」
「そうだぞ驚くじゃねーか、完全に気配絶って入ってくんなよ。俺も斬っちまうとこだったぞ」
タイタとバットは二人してマネジをにらむ。
「すみません斬らないでくださいお二人とも。実は、五分ほど前から扉のところにいたのですが」
『が?』
「二日ぶりにまみえる推しが眩しくてつい気配を絶ってしまい……っ」
くうっ。
「それは致し方ない……とは申しませんよマネジ殿。今は非常事態なのですから」
「はあ、全くこれだから同志様は」
片手で目元を押さえる厨二ポーズのマネジに、タイタとバットが呆れたように溜め息をつく。
シータイ町民と同志達は影武者祭りなどで共同戦線を張るようになって、距離がさらに近くなっているようだった。
「ザコルのファンは相も変わらず熱烈だなあ。これもどうだ、まるで恋文ではないか。仮にも一国の」
ジーロがテーブルに放られた手紙をまじまじと眺めていると、横から手が出てきてサッと手紙を奪った。
「これは、うちの『子犬』が拾われた恩を伝えようと懸命にしたためたもの。面白がって読み回すのはよろしくありませんわ、坊っちゃま」
なんだかんだいってサモン、もといサーマル第二王子に甘いマージはそう言って便箋を丁寧にたたんだ。
「面白がったつもりはないぞ」
「兄様、怒られているのは晒した僕です。確かにサモンに失礼だったかもしれません。この存在はとりあえず胸にしまっておきます」
ザコルはそう言うと、マージから手紙を受け取り、封筒に入れ直して物理的に懐の中へとしまった。ジーロはそれ以上文句を言う気はないようで、マネジへと視線を移した。
「全員町に入ったか、マネジよ」
「はい、ジーロ様。特に怪我人などもおりません。先触れ役をお引き受けくださり、ありがとうございました」
うやうやしく腰を折る男は、もう『ザコル』ではない。
「相方はどうした」
「ピッタは屋敷に着くなり商会のたまった仕事を確認しにまいりました」
「忙しないな。ある意味異界娘にそっくりだ」
うんうん。ジーロの感想に皆がそれなとばかりにうなずく。
「さっきまであんなにイチャついてたってのに、マネジさんもピッタちゃんも淡白すぎんだろ」
「影武者はあくまでも2.5次元の舞台ですから」
「相変わらず何言ってんのかよくわかんねーけど、あんたらはすげーよ。ピッタちゃんもコマさんほどじゃねーが充分『別格』だ。あん調子で中央から曲者引き連れて行進してきたんだろ? どうだ、どんだけ刈ったんだ」
ワクワクしたようにバットが身を乗り出す。さすがはあの子爵邸警備隊隊長の息子で、あの暴走幼児ガットの父親だ。血は争えないということか……。
「掃討は基本的に、ジーロ様が率いるサカシータ騎士団の部隊と、穴熊の皆さんを含む影と魔獣方のグループが中心となり、そこに微力ながら我らがファンの集い会員がサポートするという体制でつつがなく遂行されました。総数はいかほどでしたでしょうか、ジーロ様」
「総数か、そうだなあ……」
ジーロは剃りたての顎を手で撫でながら考える振りをした。
「王弟派の手先と見られる商人もどきが一番多かったな。領外から三十人弱か、領内の者数人で手引きしたことまでは判っている。それから、例の邪教に入信していた領民が六名に、教えを広めていた邪教徒が三名。どうやら雪が積もる前より潜伏していたらしい。入領した経緯や、他にも入信者がいないかどうか調査中だ。それから、何となく怪しいやつも何人か拘束した」
「何となく怪しいやつ……?」
バットが眉を寄せる。
「ああ、何となく怪しいとしか言いようのない者どもだ。姫を捕らえよう、という気があるのかないのか、ただひたすら遠距離から様子を伺っていたらしい。民からの通報で発覚した。オーストでもツルギでも見ない様式の剣や弓を所持していて、一部には片言訛りも見受けられた。調べさせているところだが、おそらく近隣国の者だろう」
「ジーロ様、そりゃ国境から入り込んだサイカ人じゃないんですか?」
「何とも言えんな。少なくともサイカの貴族や、アカイシに現れる山賊もどきが持っているような武器ではなかった」
「ジーロ兄様でも見たことがない武器、ということですか」
黙っていたザコルが口を挟む。
「ああ。諸外国を巡ったことのある俺でも覚えがないとなると、そう、例えば、サイカの中でも市民権のない部族の者ども、という可能性もある」
それは、穴熊達と同じような境遇の、ということだろうか。
穴熊達はアカイシ山脈の中でもサイカ国側のどこかに集落を持つ原住民族だったが、その血に受け継がれてきた希少な能力をめぐり、サイカ国に利用されることを嫌がって国境を越え、隣のサカシータ領へと亡命してきた。
「もちろん、そうでない可能性も高いが、後で母……女帝に確認させるつもりだ。さあ、スープが冷めるぞ」
ここでの議論は無意味とばかりに、ジーロはそこで話を切り上げた。
つづく




