表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/565

怪獣大戦争② お帰りなさい、坊ちゃん

「怪獣大戦争だねえ…」

「何すか、そのしっくりくるタイトルは」


 コマを背に乗せたミリューが、自身の操る水球から無数の水弾を散弾銃のように放つ。それを短剣一本でさばきまくるザコル。一瞬の隙を狙ってコマに投擲ナイフや小石が飛んでいくが、コマもそれらを全て短剣で叩き落とす。

 お次はザコルの頭上に数多くの水球が現れ、それらが次々と物凄いスピードでザコルを狙って落ちてくる。ザコルは素早く移動しながらそれを避け、避けきれない水球は短刀を振った風圧で一刀両断、両断した水球の陰に隠れながら踏み込んでコマの目前に迫るも、コマも紙一重でその一撃を避け、二人で地面を転がるように降り立つ。

 そのまま短剣同士の接近戦に持ち込まれ、そのあまりの激しい剣戟から生まれた風が、数十メートル離れたこの場所にまで届く。

 その間、ミリューも攻撃の手を緩める事はない。頭上からの水球攻撃や、ウォーターカッターさながらの威力を誇る水鉄砲攻撃が絶えずザコル目掛けて襲いかかる。


 どこからどう見てもビームが飛び交い土煙が舞う特撮映画そのものだ。


「あの剣戟をそこそこ目で追えるようになった自分に成長を感じてるんだよねえ」

「それ、おかしいすからね。俺でもちょっと追えねえとこあるんすから。お願いですからまだ俺を抜かねえでくださいよ姉貴」

「全然まだまだ抜けないよー。エビーは私を何だと思ってんの。本格的に武器持ってまだ一週間も経ってないんだからね」

「はいおかしいー。ザハリ殿の立場がねえだろがー」

 ぐすっ、ぐすっ…。

「タイタ、そんなに泣いてたら見づらいでしょ。ほら、これ使って。ザコルに一枚もらったから」

 涙を拭う事すらせず、直立不動で漢泣きしているタイタに白いハンカチを差し出す。


 少し離れた場所では、同志達も目を見開いて涙を流している。微動だにしていない。心神喪失というか尊死一歩手前だろうか。


 年若い領民達は固唾を飲んでこの凄まじ過ぎる戦いを見守っている。それとは対象的に、モリヤやりんご箱職人を始めとした年長組はほっこりと感慨深そうに眺めている。まるで孫や子の運動会でも見に来たみたいな顔つきだ。


「剣戟…? そんなの、まっっっったく見えません…。見える? カファ」

「ははは、見えると思うかピッタ。もはや見えなさすぎて感動しているくらいだ」


 見えなさすぎて感動、いい表現だ。カファのポジティブ名言こそ本にでもまとめたら需要があるのではないだろうか。私もぜひ一冊手元に置きたい。


「あんな風に激しく魔法を使った戦いなんて、きっと後にも先にも見られないわね」

「ここへ来てから貴重なものをたくさん見せていただいているわ」

「魔獣は皆、魔法が使えるのかしら」


 ユーカ、カモミ、ルーシ、ティスの四人はのほほんとしたものだ。彼女らは完全なる非戦闘員だが、猟犬ブートキャンプで色々と慣れたのだろう。ミリューの出現や魔法には驚いているようだが、あの暗部二人の人間離れした強さに対しては一つも動揺していない。


「魔獣のタイプによって戦い方は違う。ミリューは飛行と水魔法が強みのようだが、あれ程の巨躯となれば本来、物理攻撃に重きを置く魔獣も多い。それにしてもよく戦い慣れている。コマ殿といいミリューといい、愚息はよき戦友に恵まれたようだな」


 女子総出で慰めた事で落ち着いてくれたイーリアは、皆と一緒にりんご箱のステージに腰掛け、口元を緩めながら戦いの様子を眺めている。

 何だかんだ言ってこの人は、あの義理の息子が可愛くて仕方ないのだ。



 イーリアがどうしてこのタイミングで民に全てを話す事にしたのか。

 民と言っても当然全領民ではないが、この人数を前に話せばあっという間に拡散するだろう。


 ザハリの件の公表は本来もう少し慎重にする予定だったはずだが、魔獣及び王子襲来とその主犯であるイアンに関して説明責任が生じてしまった事で、事件の順序的にも隠し続けるのは筋ではないと判断したか。

 今ここには、猟犬ファンの同志や山の民、カリューからの避難民など、ザコルの味方が多く居合わせている。その皆がここを去る前に話そうと考えてくれたのか。

 単純に、私の伴侶となる者の名誉回復に努めると約束したからか。


 貴族的な常識に沿うなら、治める民に対して身内の罪を晒すのは得策じゃないはず。町長屋敷の使用人に緘口令敷き、イアンの事もザハリと同じく内々に処理することだってできた。

 しかし彼女はそれをしなかった。長年領のために尽くし続けてきた八男のため、すぐにでも全てを打ち明けてしまった。

 たとえ、実子を含む息子二人の名を地に落とす事になっても…。



「こうした戦いも昔は日常茶飯事だったぞ。この領は強力な魔獣を召喚し従える事でも有名だったからな。王宮魔法陣技師などという役職は本来、この領から連れて行かれた魔獣のお守り役にすぎん。王宮にいる者では全く御せるレベルでなかったからな…」


 王宮以外での魔獣の召喚や所有が禁止になったのはここ数十年の事と聞いている。それまで各領で管理していた魔獣達は王宮に全て集められたという事だが、全国から集まったのならそれなりの数だったのでは。

 もしこのミリューくらいの大きさの子が他にもいるとすれば、健全に管理するためにはかなりのスペースが必要になるはず。もしやこの国の王宮は農業系の大学のように広大な飼育エリアでも併設しているのか? この領から連れて行かれたナッツという子がまだ生きているらしい事を考えれば、魔獣の寿命だってそう短いものではなさそうだ。しかもミリューはイアンが喚んだ子のはずで、そう考えると今も魔獣の数は増え続けているという事だろうか。

 いかん、王宮でどうやって魔獣達を管理しているのかが気になって目の前の戦闘に集中できなくなってきた。


 ミカさん、ミカさん。エビーが小声で囁きながら私の背をつつく。ハッと周りに意識を向ける。


「…そうだ、魔獣達を王宮に取られた事でこちらの国防は前にも増して厳しいものになってしまった。それすらも理解できず保身ばかりほざく腐れ王族共が。まさか出来損ないの王子を押し付け仮にも救国の英雄たる者に罪状を立てようとは。もはやこれは事実上の宣戦布告ではないか? そうか、そうだ、ふふ、ふふふ…」


 気がついたらイーリアが何やらぶつぶつと呟きながら笑っていた。

 止めてくださいお願いします歴史が動いちゃいますよお! と、エビーが必死に口をパクパクさせている。

 ああ、そういえば、王都の変な連中にこれ以上ザコルを軽んじさせたりしたら、サカシータ家を怒らせて国が滅ぶんじゃないかって皆で話した事あったなあ…。ザコルは否定してたけど…。


「そうだ今度こそあいつらを根絶やしにしテイラー家あたりでも新王家に据えてやろう。愚息も世話にもなっている事だしな、おお我ながら名案ではないか? クク…ハハハハハ…」

 あ、やばいやばいやばいあの話が現実になっちゃう! せっかくセオドア様が穏便に済まそうとしてくれてるのに!

「そうと決まれば早速王都を更地に…」

「イーリア様! あっ、いえ、あの、そうだ、先程ナッツという子の話をモリヤさんとザコル、そしてミリューからも聞きましたよ。イーリア様もきっとご存知でしょう?」

「…ナッツ? あのナッツか!? は、話してくれ! あいつは今どうしている!?」


 良かった、食いついてくれた。ここから徐々に話を逸らそう。

 大丈夫、私ならやれる。我が戦場、ここにあり…!!


 ◇ ◇ ◇


 凄まじ過ぎた戦いが終わった後。


「いやあ…いいもんを見たような、とんでもねえもんを見たような…」

「放牧場が穴だらけの水浸しだぞ。午後の放牧はどーすんだ」

「場所変えてやるしかねえな。しかしすげえなあ、地面をこんなに滅茶苦茶にできるなんてよう、いっそ感動したぞ俺ぁ」

 牧畜家のおじさんが語る通り、放牧場の半分は見るも無惨な状態だ。あちこちに亀裂やクレーターができ、無数の水たまりもできている。まさに『滅茶苦茶』の一言だ。


 ザコル対コマ&ミリューの頂上決戦は一時間程続いたものの結局決着はつかず、コマが『飽きた』と言ってミリューに乗って飛び去って終わった。

 去り際ミリューが『心配ない』と私に告げてくれたが、あの二人は一体どこへ行ったんだろう…。まさか王都に直行してたり…しそうだな。もしそうなら、帰ってくる頃には戦局が全く変わっている事だろう。


 私はあれからイーリアの気を何とか逸らしきり、今は何故かイーリアを膝枕して髪を撫でている。

 先程は同志村女子達も不穏な空気を感じ取ったのか、私の話に全力で乗っかり始め、今はイーリアの四肢を全力でマッサージしてもてなしている。エビーとカファが飲み物や敷物などの用意に走ったりもした。ザコル達が異次元の戦闘を繰り広げていた一方で、りんご箱ステージの上は全くの別世界と化していた。


「女装がどうとか言ってたけど、十年前のザコル様ならお似合いだったに決まってるさ」

「確かになあ、あんな噂があったって変な気起こす奴が何人もいたくらいだしな」

「本当にお人形みたいだったものねえ」

「でもねえ、あんな面白おかしい子だったかしら。てっきり感情に乏しい子なのかと」

「落ちた林檎食わせてたんじゃ気の毒だったな、言ってくれりゃいくらでももぎたての林檎用意したのによう」

 ははは、くすくす。町のおじさまおばさまが可笑しそうに話している。お人形みたいだった、の辺りについて詳しく聞きたい。


「俺ら、ザコル様とは全然喋ったことなかったな…」

「他のサカシータ兄弟とは遊んだ覚えあんのにな」

「皆して、残忍で近寄れば危ないって噂真に受けて、何となく避けてたんだ」

「ザハリ様と一緒にいる時以外じゃ、いつも一人で走ったり、鍛錬してるとこ見かけたよなあ」


 あれはザコルと同年代の人達か。


「私は別にザハリ様のファンじゃないけどさ、まさか、双子のお兄様を独り占めするためにわざと孤立させてたなんて。見損なったよ!」

「あたしらがこの領で暮らしていけるのもザコル様が必死に稼いでくださったおかげなんだ、もっと感謝しなきゃ」

「子供達もお世話になってるわ、私達でザコル様の噂を否定して回りましょ。ねえ、あんたも」

「ああ。あのヤンチャ共が真面目に字書きや鍛錬なんかするようになったのもザコル様のおかげだからな」

「カリューだって、あの人がいなきゃ本気で全滅の勢いだったんだろ」

「そうだ、あのお方をこれ以上惨めにさせちゃいけねえ」


 子供達の父母も混じっているようだ。


 ザーコール! ザーコール!

 ザコルコールで盛り上がっているのはカリューからの避難民、怪我人一同だ。その中心でザコルが居心地悪そうにしている。


 あ、モリヤが近づいてきた。


「ザコル坊っちゃん、この爺とも手合わせいたしましょう」

「モリヤ! ぜひお願いします!」

 ザコルがパッと目を輝かせて駆け寄る。何あれ…見た事ない顔してる…。


「はは、坊ちゃん、お疲れではありませんかな?」

「全く疲れていませんから大丈夫です! やっとだ、やっとかの鬼団長殿の手ほどきを受けられる…!!」


 あんなに大はしゃぎのザコルは本当に初めて見る。

 …正直に言おう。ぐう可愛嫉妬ぉぉ…!!


「こんなおいぼれじゃあその期待に添えるかどうか…。ですが、あの戦いを見てしまっては血が滾らずにはいられませんからなあ」

「モリヤ! 僕も長剣を持っていいですか!」

「おや、長剣は普段お使いじゃないでしょう」

「そうですね、長剣は若い頃に習う相手がいなかったもので…」


 親達は忙しく、領内では孤立し、気にかけてくれていた騎士団長は高齢ですぐに引退してしまい、成人後はすぐに王都へ行くことに…。きっとそんな背景があるのだろう。私と同じように察したらしい領民達が切なそうな顔をする。


「ですがずっとモリヤに憧れていましたから! 最近独学で鍛錬しているんです! ぜひ教えを乞いたい!」

「そんな目で見られたら断れませんなあ…。いいでしょう。長剣で『俺』に挑もうなんざ、百年早かったと思い知らせてやりましょう」


 ビリビリビリ、モリヤの殺気混じりの威圧。ここまで伝わってくる。


「ははっ、これです、この圧! ずっと向けられたかった…!!」

 無邪気に笑ったザコルに、周りの人々が驚いた顔をする。


「ああ、本当に。本当に表情が豊かになられましたなあ…」

 モリヤの顔がふにゃけた。

「…モリヤ、殺気を解かないでください。本気で相手してくれないと困ります」

 坊ちゃんがそんな爺やに文句を言っている。


「おいおい団長、大丈夫かあ? 完全に孫と遊んでる気分だろあんた」

「可愛い坊ちゃんだからって、気ぃ抜いてっとぶった斬られんぞ」

 年長組、主にりんご箱職人達がモリヤを心配して声をかける。

 彼らは元は騎士団所属の武人で、職人になったのは退役後の事なのだそうだ。

 道理で全員ムキムキマッチョ…。


「エビー、タイタと同志達を起こしてあげて。頂上決戦再びだよ」

「了解す」

「エビー様、私もお手伝いしましょう!」

「カファさん、助かりますよお」

 エビーとカファが手分けして無事尊死している人々に声をかけに行く。


「おい、ザコルに長剣を持たせてやれ」

「承知いたしました」

 過保護なお母様が側近に命じる。側近は自分の長剣を鞘ごと外し、ザコルへと渡しに行った。


「あの、彼の剣、無事では済まないんじゃありませんか…」

 あの巨大鎚をひしゃげさせた力だ。無論、先程まで使っていた短剣も形が変わって鞘に入らなくなったらしく、側近が長剣と交換する形で引き取っている。

「だろうな。だが、この場ではうちの側近が持つ剣より太く丈夫な剣などない。モリヤの剣とてあれよりは細身だろう。何、折れたらその時だ」

 町の武器屋に代わりくらい置いてある、とイーリアは軽く言った。



 解散しかけていた町民が急いで放牧場に戻ってくる。

 かつての騎士団長と現役の英雄の一戦だ。見逃す訳にはいくまい。


 先程の何でもアリな怪獣大戦争とは打って変わり、長剣を携え相対する二人は、厳かな雰囲気さえ漂わせている。


「ザコル殿が長剣をお持ちになるなんて…! 騎士団の演習では指南はしてもご本人は触る様子さえお見せにならなかったというのに! エビー、エビー、見ているか!? 長剣だぞ!?」

 タイタがエビーの肩をガクガクとゆする。

「もータイさん、揺らさんでくださいよ、見てますって。イーリア様の側近殿が貸した剣すよお」

 エビーはのんびりした調子であしらう。


 イーリアは私の膝からむくりと起き上がり、ひらりと壇上から降りる。私も他の皆と共にその後を追った。


「両者とも、油断して真っ二つになるような事態は避けろよ」

 イーリアは剣を構えるモリヤとザコルの間に立ち、あまり激励になっていない激励をする。

「義母上。もちろんです」

「奥様。坊ちゃんに真っ二つにしていただけるのなら本望ですとも。もちろん、簡単にはさせてやりませんがね」


「ふっ。では、両者構え」

 チャキ…。ザコルとモリヤがそれぞれ両手で剣を握り、スッとシンプルに構える。

「始めッ」


 号令と共にザコルが剣を斜めに構え直し、ダンッと踏み込む。また一つ地面にクレーターができた。


 ガキィィィン!!

 その威力を物語る、凄まじい金属音。


 剣ごと突進してきたザコルの剣をモリヤが剣で受け止めると、モリヤの足がズズーッと地面に食い込んでそのまま一メートルくらい押される。

 ザコルはそのまま翻すように上へと刃を滑らせる。剣先がモリヤの剣を離れるのと同時に刃を再び翻し、モリヤの肩口を狙って振りおろす。

 ガンッ…モリヤはそれを腰を落として剣を横にし、素早く受け止める。モリヤの足は再び地面に食い込んだ。そしてスルッと力を逃すように傾けながらザコルの懐へと入る。そのまま脇をすり抜けて背後を取ろうとするが、ザコルがサッと地面に伏せ、どういう体幹をしているのか、足首だけの支えで回転しつつ、地面スレスレの高さで剣をブオンと振り回す。モリヤはその刃に足首を取られる前に跳びすさる。


 この間、僅か二秒、と言ったところか。


 何か、知ってる長剣の戦い方じゃない気がする…。そうだ、マト○ックスとかいう映画か何かだ。


「坊ちゃんの間合いじゃあ不利ですな」

「そうですね、あまり搦手を使っても機会がもったいない。離れましょう」


 二人は再び離れて構え直す。今度はザコルも最初から腰を落として斜めに構える。モリヤは柄を頭上まで持ち上げ、高い位置で構えて腰を落とした。モリヤは上背も肩幅も人並み以上なので大迫力だ。


「今度はこちらから行きましょう」

 モリヤが踏み込み、一瞬で間合いを詰める。と同時に凄まじい風切り音と共に剣を振りおろす。ザコルは敢えてなのか剣を横にしてそれを受け止めた。

 轟音とも言える音が響き渡り、金属から火花が散ったのがここからでも見える。


 …笑ってる。

 魔王の笑みとも、私の奇行に吹き出している時とも違う、ワクワクと浮き立つような、そんな衝動を抑えられないような心の底からの笑顔。

 私の胸を締め付けて離さない、嬉しそうで、楽しそうで、幸せそうな笑顔。


 モリヤとザコルが剣を重ね合わせる。やり合っては間合いを取り直し、何度もぶつかっていく。彼らの掛け声と剣戟以外には誰も声も物音さえも発さない。あの元気な子供達でさえ口をつぐみ、拳を握りしめて二人の攻防を見つめている。


 モリヤの息が切れてきた。


「はあっ、あと二十年若けりゃ、こんな若造に遅れなんざ取らねえってのに…。ふう、次の一撃で終わりにしましょうや」

「残念です。僕は丸一日でもやり合っていたかったんですが。剣の方も限界そうですしね、そうしましょう」


 ザコルの持つ大きな剣は既にボロボロだ。岩にでもぶつけまくったのかというような有様だった。

 再びモリヤが頭上に剣を構える。ザコルもそれに倣い、頭上に構えた。お互いに全力の一撃をぶつけ合わせるつもりなのだろう。


 二人は何の示し合わせもせず、しかしほぼ同時に地面を蹴った。剣と剣が再び轟音を立ててぶつかり、ギャギャギャ…とお互いの金属を抉り取るかのような勢いで競り合う。


 やがて、ピシッと異音がしたかと思うと、ザコルの持っていた剣がパキンと折れ、半分が地面に落ちて突き刺さった。


 しばしの静寂。


「…僕の負けですね」

 ザコルはそう呟くと構えを解き、折れた剣を検分する。そして興味深そうにふむ、と頷いた。

「なるほど。ここを何度も狙って打ち込んでいた訳ですか。巧い。気づきませんでした」

 そう言って指で剣の断面をなぞっている。


 剣はまんべんなくボロボロに見えるが、その実、ある一点のみを何度も正確に打っていたという事か。あの荒々しい剣戟の中でよくそんな精密な事ができるものだ。これぞ匠の技。


「坊ちゃん相手じゃ、こっちの体力が保ちませんからなあ、搦手でも使わねえと勝ち目がねえんですよ」

 はは、とモリヤが笑う。そんなモリヤの剣も折れてはいないもののボロボロだ。

「勉強になります。ありがとうございました。モリヤ元騎士団長殿」

 ザコルは半分になった剣を鞘にしまい、スッと四十五度のお辞儀をする。


「…剣は独学と聞いたが流石は坊ちゃんだ。既に剣豪と呼んで差し支えない域に達している。お礼を言うのはこちらだ。かの有名な深緑の猟犬殿と剣を交えられた事、これ以上ない冥土の土産になりましょう」


 モリヤも剣を鞘に収め、右手を差し出す。ザコルはその手を握った。


「褒められたのは光栄ですが、こんな一度の稽古を土産にしてもらっては困ります。滞在中にまた挑みにきますので」

「ははは、勘弁してくださいよ坊ちゃん。この老体であれを何度もやるのは流石に厳しい」

「謙遜を。僕の本気を受け止められる人間はそういませんから」


 ニッ。ザコルが清々しく、そして満足そうな笑顔を見せた。

 モリヤはそれを見て眩しそうに目を細めた。そして、思わずといった様子で片手を出し、ザコルの頭をくしゃ、と撫でた。


「しばしのご無礼をお許しください。……お帰りなさい、ザコル坊ちゃん。よくぞ、よくぞ、故郷に錦を飾ってくれました」

 ザコルがキュッと唇を引き結ぶ。

「…ありがとう、モリヤ。…こんな僕でも……この地のために、何かができたのなら」



 山から風が降りてきて、砂や枯れ葉を青空に舞い上げる。

 しばらく続いた沈黙は、程なくして大きな拍手と歓声に彩られた。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ