行くよったら行くの!!
「なんか、みんなカッケーな……」
ドタバタと出ていった人々の背中を見送ったゴーシは、モリヤにもらった菓子の残りを口に放り込んだ。
「見直したでしょう? あの子達、あれでもエリート戦闘職なのよ。ファンの中でもとびっきり強い子達だったんだから!」
どこか誇らしげに旧知を語るララであるが、そんなとびっきりつよつよのファン仲間がシータイ配属であることは前々から知っていたのだろう。最近まで領内をあちこち転々としていたはずのララとゴーシは、シータイにはまだ来たことがなかった。おそらく、ララが避けていたのだ。
「エリートかあ。おれら、ナイショでひっこしてもすぐ見つかっちまうくらいだもんな」
「それはそう! 居場所バレるのが秒すぎるのよ、ちゃんと仕事してるのかって心配になったくらい!」
「へへっ、たしかに」
ゴーシとララは顔を見合わせて笑う。
「全く、戦闘職は勝手に持ち場を抜け出したりしたら罰則だってあるだろうに」
「……そんでも、ふくとかおかしとか、いろいろもって、会いにきてくれたんだ。あの人らだってヒガイシャってやつだったのに」
つらく当たったことに罪悪感を持ったのか、ゴーシは軽くうつむいた。
「あんたは誇り高い子よ、ゴーシ。頑なだったのはかーちゃんの方。あんたを誰にも取られまいとするばかりに独りよがりになって、守るべきあんた自身に苦労をかけちゃった。本末転倒、ってやつよね」
「あのな、かーちゃん。おれも、かーちゃんのことゼッタイあのバカ父にかえすもんかって、守らなきゃって、だれにもとられたくねえって、思ってたよ」
「ゴーシ……」
ゴーシは顔を上げ、私の方をまっすぐに見た。
「なんか、おれにもヤミのチカラ? ってヤツがあるんですよね、せーじょさま」
こく、私はうなずく。
「らしいね。サゴちゃんと、ジョジーもそう言ってたから。でも、誰彼構わず洗脳しちゃうような強い力じゃないと思うよ。お母さんを守ろうって気持ちは、赤ちゃんの頃から人一倍だったのかもしれないけど」
「やっぱ、おれが、かーちゃんを」
「ゴーシ、そうじゃ……!」
「違うよ」
私は首を横に振る。間違っても、ゴーシが母を独占したがったからララもその意志に支配されていた、などとは表現したくなかった。小さな子が母親を強く求めるのは当たり前の権利、のはずだから。
「君のおじさまがよく言うでしょ。君は、ララさんの子で、ララさんに育てられたから『いい子』なんだよ。今、ララさんも君も元気に笑ってる。それじゃあダメかな?」
「でも、おれが、あのバカ父のむすこだから、へんな力を……っ」
「ゴーシ!」
ララが思わずといった様子で立ち上がる。
「私、あんたを育てられてうんと幸せだったし、きっとこれからも幸せよ! 今じゃ、ゴーシを授けてくれたザハリ様には心底感謝してるくらいなの! かーちゃんは一生の『推し』を産めて、もう、超、ううん、超超超超超ラッキーな女なんだからそんな顔すんじゃないわよっ」
バシッ、ララは思い切りゴーシを引っぱたいた。しかしサカシータ一族の子であるゴーシはビクともしなかった。
「かーちゃん、よえーなあ……」
「うるさいわね、これでも随分たくましくなったんだから!」
だからもう、かーちゃんを守ろうとしなくていいの。
ララはそう言葉に出したわけではなかったが、不思議とそんなセリフが聴こえた気がした。
「明日も目一杯遊びなさいよ。楽しみにしてたでしょ?」
「うん! イリヤとガットとおれで、どんぐりほー? ってヤツをやるヨテイなんだ」
「……友達ができて、本当によかったわね、ゴーシ」
ララは心底嬉しそうにまなじりを指先でぬぐった。
彼ももう九歳だ。親離れにはまだ早いだろうが、親以外の友達や大人とのつながりに目を向け始める、きっとそういう時期なんだろう。
「お二人は幸せそうなのに、うちの姉は、親は、どうして……」
「メリー?」
ポツリとつぶやいた声に振り返ったその時、トントン、と控えめなノック音がした。顔を出したのは、さっき門の所で話をした若い衛士だった。彼は守衛のモリヤに付き従い、屋敷の前まで一緒に来ていた。
「何かしら。モリヤは門に戻ったはずよ」
「ご来客中に申し訳ありません町長様。私も門の警備に戻る所ではありますが、差し出がましいとは思いつつ、ザコル様とミカ様にご報告を……」
「僕達に? 何ですか、モリヤに話せないことですか」
遠慮がちな様子の衛士にザコルが歩み寄る。
「いえ、そういった話ではありません。ただ、山の民の方々が……」
「山の民?」
「…………まさかアイツら、まだ諦めてねーのかよ」
「ええ、さっきのことで思い知ったはずですのに」
ぴり、ずっと静かにしていたエビーとペータが殺気立つ。
「エビー、山の民とは、先ほど一緒にいらしたラーマ殿達のことか?」
「? あの人らと何かあったのエビっち。ペータ、説明しろよ」
エビー達の様子にタイタとサゴシも反応する。衛士は首を横に振った。
「あの、違います! 彼らが今更何かしたわけではないのです。ただ、今し方、彼らがミリナ様と穴熊達に連行されていくのを目撃しまして」
「あっやばいやばいやばい」
「姫様?」
先ほどのやりとりを側で見ていた衛士は、山の民と護衛を揉めさせたくない、という私の考えを察してくれていたのだろう。
「特にミリナ様がただならぬご様子でしたので、報告申し上げるべきかと……!」
「ありがとう報せてくれて!!」
私は思わず衛士の彼の手を取ろうとして、ベシッと横から払われた。払ったのは無論ザコルである。
「ほらっ、行くよみんな!!」
「えー、なんで? シメさせときゃいーじゃないすか」
「なんでもこんでもないよっ、行くよったら行くの!!」
渋るチャラ男の腕を取ろうとして、ビシッと横から払われた。払ったのは無論ザコルである。
「………………ザコル」
「いいじゃないですか、姉上にお任せすれば」
「もーっ、ザコルまでそんな顔して! 次そんなこと言ったらまた窓から逃走しますからね!?」
「はあ、仕方ないですね」
しぶしぶ。
もったりと動くザコルを何とかけしかけ、私は護衛一同を引き連れて連行された山の民達を追った。
つづく




