噂に過ぎないが
「お怪我はありませんか聖女ミカ様!!」
「あ、えっと、だいじょ」
ドカドカドカ。
「うがっ」
「このっ」
「どけ紫ローブ!! お怪我はございませんかミカ様!!」
「だっ、だいじょぶ。最悪、落ちてもザコルか穴熊さんが受け止めてくれたと思うから。……というか人を蹴らないでくれるかなメリー」
私は私に言い募ろうとして蹴散らされた山の民達と、人を蹴散らしてまで側にやってきたメリーをどうどうと宥める。
キョエ?
原因となった朱雀は、人間どもは何を騒いでいるんだろうとでもいった感じで首をかしげている。
「ミカ様が、ご無事で、本当に良かった……」
「ミリナ様、朱雀様を止めてくださってありがとうございました。それからすみません」
へなへなと座り込んだミリナにお礼と謝罪を口にすれば、彼女はキッとした目つきで私を見上げた。
「もうっ、雪も降り始めたというのになかなか帰っていらっしゃらないから心配して来てみれば! 大人が集まって放牧場で追いかけっこだなんて! そろそろ夕方なんですよ!?」
「はい本当にすみません!!」
思わずもう一度謝った。ミリナからこんなに怒られるなんて初めてかもしれない。
「ミカ様、スザクをけしかけましたこと、誠に申し訳ございませんでした!!」
「ひい、やめてくださいモリヤさん!」
モリヤに謝られるのも初めてだ。
ちょいちょい、肩をつつかれる。ザコルだ。
「ミカ、エビーとペータを先に助けてください。凍傷になります」
「ああっ、そうだった!!」
彼らは『みぞれ沼』に膝まで突っ込んだ格好のまま沼を再凍結されたため、完全に身動きが取れなくなっていた。
「二人とも大丈夫!?」
「へへっ、まだ感覚あるんで大丈夫すよ」
「ミカ様こそお怪我がなくてよかったです」
男子二人はそう言ってニカッと笑った。ミイの姿がないと思ったら、エビーの襟元からフサフサの尻尾がのぞいていた。ミリナに怒られると思って隠れたな……。
私は、みぞれ沼の氷を溶かして二人の足を抜かせたのち、グズグズになったブーツと靴下も脱がせて魔法をかけた。たっぷり吸った氷水がぶわっと蒸気に変わる。革製のブーツは熱しすぎると傷みそうなのでほどほどで止めたが、ウール製の靴下の方はしっかり加熱して乾燥させた。若干縮んだような気もするがまあ許容範囲だ。これで、町長屋敷にたどり着くまでに足先が凍傷になることは避けられるだろう。
そうこうしているうちに本当に辺りが薄暗くなり始めた。日没までにはまだ一時間くらいあったはずだが、この暗さは空が曇っているせいだ。粉雪はいつの間にかやんでいた。
「全く何のつもりで追いかけっこなんてしていらっしゃったの!!」
「ミリナ様。えっと、実演していました」
「実演!? 遊んでいただけでしょう! しかも町の外で! 護衛に衛士、山の民の方々まで加わって! 誰も止めないだなんて!!」
鬼ごっこに加わったメンツ全員を引き連れて町長屋敷に戻った後、ミリナは玄関口で至極真っ当な説教を垂れた。私達は全員こうべを垂れてその説教を拝聴するほかなかった。
「大変申し訳ございません、ミリナ様。一応、放牧場の守りは私どもの方で万全に」
「モリヤさん、シータイの守衛の方でしたわね。こうしてお話しさせていただくのは初めてかしら」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。やばい、めちゃくちゃ怒ってる。
「姉上、話の途中にすみません」
「なにかしらザコル様」
「すみません」
二回謝った……。
「そこの、なぜか門を離れて屋敷にまでついてきた守衛なのですが、モリヤ……ではありませんね?」
ぴく。
ザコルの指摘に、モリヤっぽい人が僅かに眉を上げる。
「まあ。どういうことですの、ザコル様」
「えっ、この人モリヤさん、だろ? なあ、元従僕少年」
「はい、こちらは確かに我が町の守衛、に見えますが……」
皆の視線がモリヤらしき人に集まる。
「はっは、何をおっしゃるんですか坊ちゃん。モリヤはモリヤですよ。この顔をお忘れですか?」
「忘れてはいないのですが、何となく『騎士団長のモリヤ』ではない気がするんです」
「モリヤはもう騎士団長ではありませんからなあ。はっは」
「いえ、そういうことではなく」
「………………」
モリヤが口をつぐんだため、沈黙が流れた。ミリナが「お下がりに」と私を自分の背後にやる。エビーとペータも顔を見合わせつつ、私とモリヤの間に立った。
モリヤっぽい人からは敵意や不穏な気は何も感じられないが……。
「あの、穴熊さん、何か知ってます?」
私は比較的年長者である穴熊達にコソコソと話しかけた。すると、穴熊二人は穴熊独自の言語でボソボソと返してきた。
(我らはこの領の中では新参者。詳しくは知らない。しかし、騎士団長には影武者がいるという噂は聞いたことがある)
「噂?」
(噂だ。噂に過ぎないが、双子の兄弟がいる、とも聞いたことがある)
「えっ」
双子、だと?
「それって、機密なんですかね」
(判らない)
しゅば、私は挙手した。
「場所を! 変えましょう!」
「ええ、ええ、ミカ様のおっしゃる通りです」
私の言葉を引き取ったのは、いつの間に現れたのかメイド長とベテランメイド二人だった。私が心の中で使用人マダムと呼んでいた三人組だ。
「皆さん身体を冷やしていらっしゃるでしょう。一度お着替えなさってから再びお集まりになっては?」
「そうだった。エビーとペータくんはお風呂に入って温まっておいで。どうせタイちゃんとサゴちゃんもお風呂入れなきゃだし」
ササッ、これまたどこに控えていたのか、独特なにおいを隠しきれていない二人組が現れて一礼した。
「お呼びでしょうか」
「姫様おかえりなさーい」
「噂をすれば……生臭いし血まみれだね? 今までずっとやってたの?」
私を狙ったカファもどき一人に何時間かけたんだ。相手も出血で死んじゃうぞ。
「あいつ一人じゃないですよー。なんか他にも捕まってたんでパーティしてました」
ニヤニヤ。ママ友パパ友軍団が捕まえた曲者も尋問させてもらったんだろうか。
「皆さん、興味深いお話をお聞かせくださいましたよ」
ニコニコ。
「なんか久しぶりだね、タイちゃんのその笑顔。さあ浄化浄化。沸かしてあげるから行こう。モリヤさんも入ります?」
「私は町長の執務室で待たせていただきましょう」
「そうですか。じゃあ、しばらくお待ちくださいね」
逃げるつもりはない、という意思は確認できたので、私は護衛達を引き連れて入浴小屋へ向かうことにした。
つづく




