旧知ずるい
目の前の雪に魔法をかけ、人一人通れるくらいの道を作っては伸ばしていく。伸ばすと同時に足を前に出し、スピードスケートよろしく滑走する。
「あはははめちゃくちゃ楽しいーっ!!」
今は居場所を隠す必要もないので遠慮なく叫ぶ。
先ほど降り出した粉雪が顔に当たり、瞼や睫毛にくっついて視界を邪魔しようとする。それらが溶けて凍りついたりしないよう、私は手袋の甲で目元を雑にぬぐった。
私の後ろにはたくさんの気配が迫っている。いっとう早いのはもちろんうちの彼氏だ。
「えい」
私は足元の氷をトン、トーンと踏み込んで、三歩目で走り幅跳びよろしく前方に跳んだ。氷の道を作るのは一旦やめ、着地地点に小さな足場を作り、そこを踏んでさらにピョーンと跳んだ。飛び石作戦である。
雪は白いし、飛び石は氷なので当然透明だ。粉雪でただでさえ視界の悪い中では、近づいて見ないとどこに飛び石があるかも判らない。案の定、五感が異様に発達しているザコル以外は飛び石を踏み外したり、よしんば飛び石に着地できても勢い余って足を滑らせ、周りの雪に足を着ける者が続出した。
硬い氷の飛び石と違って雪は踏み込めば沈む。飛び石を狙って踏まないと高くは跳べない。一度雪に落ちれば、必然的に次の飛び石までも足が届かなくなってスピードは落ちる。
追っ手からある程度距離を取れた私は、小さな飛び石の上でくるりと向きを変え、後方の人々に微笑んでみせた。
「くっそ、余裕かよ……っ」
ミイミイ!! 金髪、あいつ絶対捕まえろ!!
白リスがエビーの頭上で檄を飛ばしている。
「言われんでもやったらあ! いくぞ少年!!」
「はいエビー様!」
無事煽りは成功した。私はまた次の場所へと跳ぶ。
「わーっ!?」
ミイイ!?
「なんだこれ、この氷の周りだけグズグズんなってんぞ!」
後方から悲鳴が聴こえる。
煽っている間に自分が立った飛び石の周りに魔法をかけ、半径二メートルくらいの範囲の雪を半端に溶かしてみぞれ状にしておいたのだ。
「まぬけ」
「なんだとおおお」
ミイミイ!! まぬけは金髪!! ミイじゃない!!
みぞれ地帯に足を突っ込んで四苦八苦しているエビーとペータを穴熊二人が鼻で嘲笑う。
……空間を自在に渡れるはずのミイまで沼にハマったつもりで怒っているのは何なんだろうか。あの子の能力なら、一瞬で私にタッチすることだってできるのに。
穴熊達は最初から私が用意した氷の道や飛び石をなぞることにこだわらず、雪の上をパワーオブパワーで走ってきていた。そして二手に分かれて私を囲い込もうとする。
「やば」
真後ろにはザコル、左右からは土木系チートキャラが持っていたツルハシも投げ出してドドドドと迫り来る。
私は踵を返した。ものすごいスピードで突進してきているザコルを見据え、あえてその真正面に向かって氷の道を伸ばして滑走する。ザコルが向かってきた私に手を伸ばしたところで、私は氷の道を地中、というか雪中に潜らせた。
「なっ」
ザコルの真横に塹壕のような溝を作って姿勢を低くして滑り、真後ろに出た辺りでぴょんと地上に戻ってくる。
「下にいくとは。やりますね!」
「ふへへっ、間一髪!」
そのままもと来た方向へと進みながら、みぞれ沼から脱しようとしていた子達の足元を魔法で再凍結。
「はあ!? くっそマジかよ!!」
「うっ、動けない……!!」
紫ローブが手を広げて山の民ウォールを作っていたので、その手前に氷のジャンプ台を作って彼らの頭上を跳躍。
「た、高い……!!」
くるっと回って着地した途端、横から何かが飛んできた。思わず体勢を崩しつつも避けたそれは、捕縛用の投網だった。
「メリーか、やるね!」
「ミカ」
「あ、やば」
身体を起こしている間にもザコルの手が伸びてくる。私は再び転がってそれを避けた。そして目の前に氷の壁をズンと出現させてザコルの進路を妨害し、穴熊達の手も逃れ、また走る、走る、走る。
「やっぱザコルと穴熊さん達が強い!!」
「はっは、このモリヤをお忘れですかな」
「わあっ」
簡易的とはいえ重量のありそうな鎧を着けた人物が並走しているのに気づいて跳び上がった。穴熊も然りだが、この領は年長者が現役以上に元気すぎるのだ。
「ひええこれはさすがに捕まっちゃうかもーッ」
キョエエエーッ!
けたたましい鳴き声とともに、大きな影が頭上に現れた。
「えっ、朱雀様!?」
「おお、スザクじゃあないか! 久しいなあ!!」
朱雀はオーレンが召喚した魔獣なので、モリヤとも旧知であるようだ。
「スザク! 今な、ミカ様と追いかけっこをして遊んでんだ。お前もこういうのは好きだったろう」
そう言ってモリヤはスッと私を指差した。
「『遊ぼう』、『捕まえろ』!」
キョエエエーッ!
モリヤの簡潔な指示に、朱雀が一気に高度を落とす。
「あっ、旧知ずるい、わっ」
朱雀は、滑空しながら私の首根っこにくちばしを引っ掛けた。当然のことながら私の足は浮く。
首が締まらないように襟を掴んだ途端、朱雀はおよそ人の手が届かない高さに舞い上がった。
「――っ!?」
「しまった」
「ミカ!!」
「ひめ」
「ひめ」
私達を追いかけてくる人が視界の端に入る。私は首が締まりそうで思うように喋れない。
「その方を降ろしなさい、『降ろす』、『降ろす』よ! スザク!!」
ビタ。
その声に、飛び回っていた朱雀がホバリングに切り替えた。そしてゆっくりと地上に舞い降りる。
すと、雪の上に足を着けたところにみんなが駆け寄ってきた。
つづく




