ヨーイドン
「ちょっと、姐さん」
「何、エビー」
「どうすんすかこの空気」
私達の目の前には、ひざまずいたまま絶句する紫ローブ達がいた。
「どうするって、この中だと私が最強って、割と事実じゃないの」
「まあそうなんすけどお」
「事実ですね」
うんうん、最終兵器たるザコルもうなずいている。ラーマ達はそのザコルを信じられないものでも見るように見上げている。
「むしろ、この町に住んでいてラーマがそう認識していないことは意外なのですが」
「あのっ」
「何、ペータくん」
「お話中に申し訳ありません。その、ミカ様は確かにお強いですが、最強という肩書きは少々『強すぎ』なのでは。いやっ、お強いのは確かなんですが!」
ペータがメリーの方をチラチラ見ながら切り込んできた。
「私をか弱い乙女だなんて言ってくれてありがとうペータくん」
「いえ、か弱いとまでは」
げしっ。うっ。メリーの蹴りが入ってペータがうめいた。
「ペータ、ミカは最強で間違いありません。その気になれば、新雪に溺れるよりも早く僕の息を止められますから!」
「どうしてそう、いつも嬉しそうなんでしょうか、ザコル様……」
自分の息を止められるなんて魅力でしかないとばかりに胸を叩く最終兵器様に、ジト目を送る元従僕くんだ。
「まあ新雪の落とし穴にも殺されかけましたけどねえ」
「ええ、魔法の力があろうとなかろうと謀略だけで僕を殺せそうなところも彼女の魅力だ」
うっとり。
そんなザコルの様子を穴熊達はぐふぐふとどこか楽しそうに眺めている。私はあまり状況が解っていなさそうな紫ローブ達に目をやる。
「言っときますけど、私はザコルが大事だから故意にそんなことしませんからね。なんならザコルがいるからここにいるまであります。『くびき』は彼の方なんですよ、ラーマさん」
「でっ、ですが!」
「実演しましょうか」
「実演……?」
ラーマはまた目が点になった。
「はっはっは、人遣いが荒いですなあ、ミカ様」
「すみません、久しぶりに会うのにいきなり変なことを頼んでしまって」
「いいえ、このモリヤを待ってくださったことには礼を申しましょう」
勝手に門から出なかったことは褒められた。通い慣れた放牧場の周りは、モリヤの指示で衛士達が四方を囲んでくれている。
「こちらで『実演』をということですが、まさかザコル様と直接闘われるおつもりでは」
ラーマはおろおろとしている。
「闘いはしません。まずは護衛達と鬼ごっこでもしようかと」
ぐっ、ぐっ、私はウォームアップを始める。
「へへっ、この人数相手じゃ、さすがの姐さんも振り切れねえんじゃねーすか?」
同じく準備運動をするエビーが煽ってくる。
「やってみなきゃ分かんないでしょ? みんな、私を捕まえられたら何でも一つ言うこと聞いてあげるよ」
「お、マジすか。だってよ、少年」
ニヤニヤしながら話を振ってくるエビーにペータは目を剥いた。
「ミカ様! そういうことを軽々しくおっしゃってはいけませんっ」
「あれ、今日は叱ってくれるのペータくん」
「タイタ様がいらっしゃらないので誰かが言わないといけないんです!! ザコル様もお止めしてくださいよ!!」
「君はミカを捕まえられる自信があるんですか?」
「ありません!!」
「ならば問題ないでしょう」
じわ、何か不穏な気を感知して振り返ると、そこには邪な表情を隠しきれていない少女がいた。
「あっちは自信ありそうだよ、ペータくん」
「はあっ!? メリーお前っ、一体何を願う気だよ!! いつもは罪人だか何だかって変なこと言って遠慮するじゃないか!!」
「これは正当なる報酬として権利をいただける機会なのよむしろ神のご期待に添うために本気で挑まなければ不敬ッッ!!」
くわっ。
「何が不敬!? あーもーっコイツ様子がおかしすぎて手に負えないんだよユキぃぃ!!」
ユキにメリーの手綱を握れと言いつけられているらしいペータは頭を抱えた。
「罪人? ……もしや、あれはミカ様を拐ったメイドでは!? どうしてミカ様の側付きに!」
普段町長屋敷を出入りしないラーマ達はそんなことも知らなかったようだ。
「聖女様はどうしてそんな危険人物をお側に、しかも神だと? 随分な心酔ぶりでは」
「ぉまぇら、が、ぃぅな」
「ひっ」
ずもも、と背後に迫った穴熊に飛び上がる紫ローブ。山の民の人々は割と冷静沈着でピシッと統制が取れているイメージがあったのだが、こうして見るとやっぱり同じ人間だな……。
「ひめ信者、よぅす、ぉかしぃ。ぃつも」
「ぉまぇらも、ぉかしぃ」
ぐふぉっ、ぐふぉっ。
「何がおかしいというのですか、笑わないでいただきたく!!」
お前らも充分様子がおかしいと言われてラーマがムキになっている。ラーマは以前から割と表情豊かというか、私から見れば比較的分かり易い方だ。
「ラーマさん達も参加していいですよ」
「わっ、私どももですか!?」
私は、その場の全員に私が走り始めたら好きに追ってきて、と雑な指示を出し、広大な放牧場に向かってヨーイドンと駆け出した。
つづく




