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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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怪獣大戦争① ざっそう、たべちゃだめー

 イーリアが封筒を持って戻ってきて、コマにいくらかの報酬と共に預ける。コマはそれを革のケースを取り出してしまい、懐に入れた。


「ザコル、ミカ。外にいる奴らがまた暴動寸前だ。放牧場でミリューを紹介してやってくれないか」


 キュルル。


「分かりましたイーリア様。ザコル、ミリューが乗せてくれると言っていますが…」

「ミリュー、乗せるならこの二人の護衛もお願いします。置いていったら恨まれそうなので」

「へっ、俺らも?」


 キュルキュル。


「いいよって。じゃあ皆で乗せてもらお」

「うわぁー、マジか、ありがとうミリューちゃん! もしかしなくても空飛ぶんすよね!? すっげー!!」

「よろしくお願いいたします。ミリュー殿」


 子供みたいにはしゃぐエビーに、律儀に頭を下げるタイタ。ミリューも二人の事は気に入ったようで目を細めている。

 ザコルが私を小脇に抱えたままピョーンと鞍へと飛び乗り、私は彼の前にストンと座らせられる。…もはや何も言うまい。イーリアやマージは明らかに何か言いたそうにしているが。

 ザコルの後ろには普通によじ登ってきたエビーとタイタが跨がり、ミリューが翼を広げる。


「俺も乗せろ」

 そう言うが早いか、コマが私の前に飛び乗ってきた。


「…ミカ、もう少し僕の方へ寄ってください」

「これ以上寄れませんよ。私は大丈夫です。それよりミリュー、五人も乗ってるけど大丈夫?」

 キュルルウ!

 大丈夫そうだ。


「すぐに追う。先に行け」

 イーリアの言葉に、ミリューがバサリと大きな羽音を立てて空へと舞い上がる。

 あっという間に町長屋敷の高さを超え、町と町の周りが一望できるようになった。


「うおおお高ぇ…!! 本当に空飛ぶとかマジか、もうマジかしか言えねえ。この領来てからびっくりだらけっすよお!!」

「素晴らしい眺めですね! 大地も山々も、何と美しく壮大な!」


 エビーとタイタが興奮した声を上げる。高所は怖くないらしい。私も平気な方だが、この高さで何の囲いもない状態というのは初めてなのでドキドキはしている。


 屋敷の前に集結していた男達が驚愕の叫びをあげている。今にも心神喪失しそうな同志達の姿もある。笑顔で手を降り、無事をアピールするとますます盛り上がった。


「ザコル、集会所の前で子供達が見ていますよ」

 ザコルがミリューに指示し、少し高度を落としつつ集会所に近づく。

 子供達に向かって手を降ると、彼らはわっと手を上げてこちらに駆け出した。その後ろをシリルと母親らしき女性達が慌てて追いかけてくる。集会所に詰めていた同志村スタッフ達も建物から出てきた。カファやピッタ達女子スタッフもいる。


「みんなー!! 放牧場へ行くからねー!!」


 子供、母親に続き、カファと女子達がこちらを追って走り出す。他の男性スタッフも彼らにつられて走り出した。

 林檎や乳製品を荷馬車に積んでいた町民達も、門の周辺にいた衛士達も、モリヤも、皆驚きに染まった顔でこちらを見上げ、私たちが乗っていると判るとさらに目を真ん丸にした。


 後ろから色んな人が歓声を上げながらドドドドド…と走ってくる。道端で驚く人々を巻き込み、走る集団はさらに大きくなっていった。



 ミリューが放牧場の真ん中へ降り立つと、ワッと足の速い同志や町の男達が放牧場に雪崩れ込んでくる。続いて集会所にいた部下の面々と母親達がほうほうの体で子供を抱えながら走り込んでくる。


「子供達っ! 子供達を通してやって…! 通してやってくださーい!! さっきまで泣いて泣いて、心配してたんですー!!」


 息を切らしたピッタの叫びに、男達がさっと道を開ける。ザコルが私を抱えて飛び降りると、大人の手を離れた子供達が勢いよく飛び出してきた。


「ザコルさまあ!」

「ミカさまあ!」


 ザコルは私を離して腰を落とし、飛び付いてきた子供達を受け止めた。私も一人一人を抱き締める。ミリューが怖いのか、まだ大人の腕の中で遠巻きに見つめている子もいる。私達から寄って行くと泣き出してしまう子もいた。先程の出来事が余程怖かったのだろう。頭を撫で、小さな手を握る。


「皆、もう大丈夫。あの魔獣はとっても優しい子だよ」

 キュルルー…。

 ミリューが可愛らしい鳴き声を上げる。私がエビーとタイタに頷いてみせると、二人は先に飛び出てきた子達の背を押し、ミリューの近くに連れて行く。小さな手が大きな竜の肌を撫でれば、大人達からも歓声が上がった。


 皆に遅れて、シリルとリラが山の民の大人達を連れてやってくる。リラも他の子と同じように私とザコルに飛び付いてくる。ザコルが子供達を連れて避難した事を労うと、シリルは照れくさそうに笑っていた。


「ザコル坊っちゃん、子供達に慕われておりますなぁ」

 頭や肩に子供を乗せたザコルに、走り寄ってきたモリヤがどこか嬉しそうに声をかける。…その背後で感涙に咽ぶ同志達の姿も見える。魔獣を操るザコルもレアだし、子供にわちゃわちゃされるザコルもレアですからね、ええ解ります。


「モリじい、きいて! ザコルさまね、すごいドングリほーうてる! すごすぎ! てきがばくはつする!!」


 ドングリほー、ばくはつ…? とモリヤが首を傾げる。この拙い言葉では全く通じない事だろう。大人が説明しても通じないかもしれないが。


「いっぱいほめてくれるしー、とーちゃんみたいにおこらないからすきー」

「じがじょーずなの。おてほん、なんでもかいてくれる」

「つよいのにピッタにおこられてたよ」

「せいざしてた」

「ミカさまのことすきなんだってー」


 わーっ!


「ちょっ、頭上で騒ぐのはやめなさい。僕は耳がいいんですから。君達、ミリューを見に来たんでしょう」

「あのこ、ミリューっていうの?」

「ザコルさま、おともだちになった?」

「ミリューは元から、僕のお友達? です。彼女は戦場で何往復もして物資や水の補給をしてくれる貴重な存在ですし、水攻めにも…あ、いえ。とにかく、こちらの言葉もよく解っていますから。くれぐれも失礼のないように」

 はーい! 何人かがまた走り出し、ミリューの周りを楽しそうにクルクルとする。


 水攻め、はきっと、城塞の中や外に水を意図的に溢れさせる戦法に違いないが、ここに少なからずいるカリューからの避難民に配慮したようだ。

 あの現場を直に見ていたら当然なのかもしれないが、普段のデリカシーの無さを考えると、彼なりに避難民達を心配し、気を遣って接していたのだなと分かる。集まった群衆の中には療養服姿の怪我人達の姿も見られた。きっと町中の人がここに集結しつつある。


 ミリューは子供をうっかり踏み潰さないようにか、伏せの体勢を取って自由に触らせている。子供達につられてか、大人もミリューに寄ってきて話しかけてみたり、恐々と触ったりし始めた。さりげなく近くにコマが控えてくれているので心配はないだろう。


「いやはや魔獣とは、久しぶりに見ましたなあ。懐かしい。…王宮に連れていかれたナッツという小さな魔獣をご存知ですか、坊っちゃん」

 モリヤがザコルに問いかける。

「ナッツ…ああ、魔獣というより、あの花の化身のような者ですか。王妃殿下が好んで近くに置いているはずです。今は王宮がゴタついているので、一緒について行っているかまでは分かりませんが…。彼はサカシータ領からの供出だったのですね。それは知りませんでした」

「あの子は、オーレン様が若い時分に生まれて初めて喚んだ魔獣なんですよ。よく私達に懐き、索敵や狩りの手助けをしてくれました。各領での魔獣召喚が禁止されてより、領にいた魔獣は徐々に、最後には全て王宮に召し上げられてしまった。またこの目で魔獣を見る事ができようとは」


 キュルル、ルルー。


「モリヤさん、ナッツは魔獣達の兄のような存在だとミリューが言っています。うん、そう、ミリューもお世話になったんだね」

「もしやミカ様はこのタイプの魔獣の言葉がお分かりに…!? なんと、いやはや…。流石は渡り人と言うべきか…」


 モリヤと周りにいた領民達もどよめく。


 キュルキュル、キュルウ。


「ナッツ、エレミリア、守る。エレミリア…王妃殿下の事だね。うん、うん、そう。ナッツは今も国王夫妻と共にいる、って事ね」


 キュルルー、キュルキュル…。


「ナッツ、オーレン、モリヤ、会いたい…。そう。ええと、ナッツは、サカシータ領での暮らしをよく語っていたそうです。楽しかった、また会いたいと」


 モリヤはくしゃ、と顔を歪めた。


「…そうか、そうか…。ナッツも、我々を懐かしんでくれているんですなあ…。人の勝手な都合で、すまない事をした」

「モリヤ団長、きっとうまくやってますよ、あいつなら」

「ナッツ、ああ、懐かしいな。そうか、あいつの妹分か。よく来てくれたなあ、ミリュー」


 モリヤの周りに年長の町民が集まり、その肩を叩く。そして、親戚の子を見つめるような顔でミリューにも声をかけ始めた。


 ◇ ◇ ◇


 イーリアが側近二人に荷車を引かせ、縄でグルグルにされた物体と、ゴザのようなもので簀巻きにされた物体を二つ運んで入場してきた。領民達は自然と道を開ける。


「ザ、ザハリ様…!」

 簀巻きにされた者の顔を見た女性が悲鳴を上げる。

 知らなかったが、ザハリの身柄はシータイに移送されていたらしい。

「あっちはもしや、イアン様じゃあ…しばらく見てないが、面影が」


 どよめく領民達の間をイーリアは黙って進み、りんご箱で作られたステージの上へと立った。

 拘束されたイアンとザハリはそのステージ下にドサ、ドサ、と置かれる。


「民達よ! 話がある! どうか聴いてほしい!」


 前の決起集会のように威圧を使った訳でもないのに、領民達はシイン…と静まり返る。


「まずは、この二人について。分かっている者もいるだろうが、長男のイアン、そして九男のザハリだ」


 ざわ…!


 顔を見合わせる男性達、口を押さえ悲鳴を噛み殺す女性達。悲壮な顔をしている女性達はきっとザハリのファンなのだろう。

 しばらく内緒にするという話だったが、今ここで全て公表してしまうつもりか。


「まずは九男ザハリ。この者は、昨日ミカに刃を向けた」


 ざわざわざわ…!

 動揺はさらに広がっていく。


「その場にいた者達が止め、ミカ自身も反撃したために未遂に終わったが、我らが聖女を害そうとした事実は変わらぬ。動機は、そこのザコル、双子の実兄をめぐる身勝手な逆恨みだ。ミカを害すれば、ザコルの心に自らの存在を刻みつけられるだろうと考えたらしい。実に浅はかで、歪んだ執着による行動だ」


 私を心配したらしいリラがぎゅっとしがみついてきた。私はザコルの顔を見上げる。彼の頭に乗った子供も、ぎゅっと彼の髪を握り締めている。ザコルは無表情のまま、同じように不安を見せた子供達に小さく、大丈夫です、と伝えている。


「長年、ザコルが無法者で残忍だと領内の多くの者に思われてきた事、十年以上前にザコルが引き起こしたと思われてきた数々の事件。それらの噂の出所や、真の下手人は実弟であるザハリ、そいつの仕業だ」


 領民のざわめきは最高潮に達する。ザコルさまはわるいことしてないってこと? と問う子供達に、そうだよ、と私がザコルに代わって頷いてやる。


「イーリア様、お言葉ですが! わ、私、子供の頃に、民家の窓を次々に割ったり、家畜を殺すザコル様を目撃しております!」

 若い女性が一人、覚悟を決めたような顔で声を上げる。


「そうか。それでは詳しく聴きたい。その者がザコルであったと、どうして言い切れる」

「そ、それは、あの深緑色のマント、そうです、そのマントを着けていらっしゃったから…!」

 女性はザコルの羽織るマントにキッと目を向ける。

「なるほど。十年前までの双子は二人とも華奢で愛らしく、容姿はかなり似ていたはず。表情や話し方、些細な髪型の違いなど以外では判別が付きづらかったはずだが。ザコルと判じた理由はそのマント一つだったと、証言してくれるのだな?」

「えっ、そ、そんな…! で、でも、そんな……。は、はい。その、通り、です…。…もっ、申し訳ありません、浅はかな事を」

 女性は肩を落とし、青い顔をして頭を下げる。


「いや、いい。そうした証言の一つ一つを確かめれば、必ずやザコルの疑いは晴れよう。そうだな、モリヤ。知っている事を話せ」


 イーリアが不意にモリヤへと話を振る。モリヤは胸に手を当てて一礼し、一歩前に出る。


「はい、奥様。ザハリ坊ちゃんがお兄様に、繰り返し自分だけを信じ頼るよう仕向ける言葉を刷り込んでいた事は、このモリヤ、知っておりました。必ず子爵邸の外や中央の郊外など、人目につかぬ場所に連れ出してお話なさっておりましたからな。当時ではこの私と、いたとしても数人の衛士くらいにしかあの酷い光景は目撃されておりませんでしょう。ザコル坊ちゃんはお強いのと同時に、我慢強くお優しい。そういう弟君の偏執や、理不尽な仕打ち、度々の癇癪にも辛抱強く付き合ってこられた。私は、お二人を離してやれば解決するだろうと、旦那様と奥様に進言申し上げた。そう、ザハリ様を王都へやるべきだと。しかし何故だか、何も悪くないはずのザコル坊ちゃんが王都へお行きになってしまった。それは…」


 ちら。モリヤが揃って顔面蒼白になった女性の一団へと目を向ける。恐らく『ザハリの代わりに王都へ行ってくれ』とザコルに頼み込んだ女性達かその一部なのだろう。先程証言をした女性の姿もある。


「モリヤ。王都に行くと決めたのは僕の意思です。他の誰の意思でもありません」


 モリヤの続く言葉を遮るようにザコルが話し出す。固まって震えていた女性達が一斉に彼へと目を向ける。


「僕は実際、戦うくらいしか能がなく、人との関わりも苦手だ。いっそ出稼ぎにでも行った方が領や家族のためになると考えました。…ですが、本音を言うと、あの可愛い弟から解放されたかったのもあります。モリヤにはバレていたようですね。僕達のために手を尽くしてくれた事、感謝します。モリヤ」


 ザコルがほのかに笑う。その柔らかい表情に、坊ちゃん、とモリヤがまた顔をくしゃりと歪ませる。


「ザコル」

「はい、義母上」


 イーリアがザコルに顔を向け、姿勢を正す。


「この十年間、毎年領へ莫大な金額を仕送りし続けてくれた事には、領主の妻として改めて礼を言いたい。お前が自分のナリを整える事さえ後回しにし、寝る間を惜しんで任務に明け暮れ、危険を冒し戦い続けてきてくれた事。あれ程の額面を惜しみなく領のためにと差し出し続けてくれた事。褒章を受け取った時の下賜金でさえ、国王陛下から賜った時の袋のまま自ら子爵邸へと届けてくれたな。私やザラミーアは逆にお前がどうして生活しているのかと心配していた程だ。感謝する」


 イーリアが胸に手を当てて一礼すると、領民達はザコルの方に注目した。


「…僕は出稼ぎに行ったのですから仕送りするのは当然です。それに、装備等にはきちんと金をかけていましたから心配には及びません。ナリなどはどうでも、着飾っても特に戦闘に有利になるわけではありませんし、暗部にも一応寄宿舎、寝る場所はありました。それに、僕ならば最悪その辺りの雑草や川魚でも獲って食んでいれば充分生きられますので」


「そっ、その辺りの雑草を…?」

「英雄様なのに、寄宿舎暮らしを!?」

 ざわざわざわ…どよどよどよどよどよ…!


 領主のご子息が送っていた貧乏暮らしの実態に戸惑いを隠しきれない領民の皆さん。モリヤでさえ目を丸くし、イーリアの顔は虚無に…。私も驚いている。

 今まで自分をそこそこの社畜だと思って生きてきたが、このお方の社畜レベル、いや領畜レベルには遠く及ぶまい。この私とて会社や顧客のためにリアル0円生活はできないと思う。


「ザコルさま、ざっそう、たべちゃだめー」


 頭の上にいるガットがペチペチとザコルの額を叩く。

 さっきからガットを始めとしたヤンチャな子達の母親と見られる一団がオロオロとしながらこちらを伺っている。目が合うと、すみませんすみません、とばかりに頭を下げられた。いいんですよー面白可愛いからぜひこのままでー、と勝手に許可しておく。


「そうですねガット。しかし雑草はともかく、ドングリは美味しいですよ。ものによっては軽く炒ると甘味が増して大変美味です」

「ほんと!? あれは!? なげてるドングリは!?」

「あれは…。そのまま食べると渋みが強いので、君達には良くないかもしれませんね」

「ええー。たべられるドングリどこにあるのー?」


 という事はザコルは生で食べた事あるんだ、柏のドングリ…。確かドングリのほとんどって、灰とか使って煮たり漬けたりして何度もアク抜きしないと食べられないんじゃなかったっけ。炒ったくらいで食べられるのは椎の実や栗くらいだろう。


「…コホン。お前が無駄な出費を好まん事はよく分かったが、今後は最低限のナリと食事にくらいは金をかけろ。いいか、命令だ」

 びし、と壇上のイーリアがザコルに人差し指を向ける。


「分かりました。食については自分でも少し見直そうかと思っています。テイラー邸の使用人達まで心配させていたようですし。それから服は、テイラー家のオリヴァー様がこれと同じものを三着も誂えて持たせてくれましたのでもう充分かと」

「お前、年中、いや一生をそれで過ごすつもりか? 今までは何やら灰色のダボついた服で出歩いていたらしいな。仮にも子爵令息、いや国王から褒章をいただいた身で…」

「あれはあれで、多少筋肉が増えても着られますし、丈夫で汚れも目立たず、ポケットが多いので武器や食糧の収納にも便利で、王都はずれの作業着屋で安価に売られていて替えにも困らず」

「はあああ作業着屋だと!?」


 どよどよどよどよどよ…


 そうか、何となく既視感があると思っていたが、あの濃い灰色のダボついた服って元は作業着だったのか。いわゆるツナギとか、鳶職の人が着るボンタンみたいなものだったんだ。

 なるほどねえ。そりゃ安く手に入るし大きめにも作られてるだろうよ…。


「な、なな、あ、あの灰黒の謎服は作業着屋で購入なさっていたのですか!? ど、どこの!? どこの店でしょうか猟犬様!!」

 同志が一気に食いついてきた。

 ていうか同志にすら『灰黒の謎服』とか呼ばれてるの草。

「どこ…。何と説明したものか。王都の東門の近くにある小さな作業着屋で、老夫婦が二人で営んでいる…店名は思い出せないのですが」

「それだけの情報があれば充分特定できます!! おい! 王都の支店に手紙を出せ! 全て買い占めさせろお!!」

 アロマ商会のリーダー、セージが部下に指示を飛ばす。

「何故買い占めを…」

「セージ殿! この大商会め!! ズルいですぞ! 我々にも分けてくださるのでしょうな! 送料はいくらでも積みますぞ!!」

「ふっ、ここにいる同志にはもちろん一着ずつプレゼントいたしますとも。何せ大商会ですからなあ!! はーっはっはっは!!」

「おおお!! 流石は大商会!! 持つべきは大商会会頭のオタ友!!」

 だっいしょーかい! だっいしょーかい!

 楽しそうなので輪に加わり、一緒になって大商会コールを送っていたらザコルに首根っこ掴まれて引きずり戻された。


「いいなあ、私もその作業着屋に行ってみたい。聖地巡礼したい」

「何が聖地ですか。本当に何でもない小さな作業着屋ですよ」

 どこかげんなりした様子のザコルに一瞥される。野生の領畜師匠にそんな目をされるいわれははない。


「王都へ行く機会があれば必ずご案内申し上げましょう、ミカ殿」

「おお、流石は王都育ち!! 持つべきは王都育ちの護衛!! 暗部の施設巡りもお願いね!」

「おまかせください」

 ジェントルタイタが一礼する。はっ、いかんいかん、イーリアの話の途中だったと思って視線を戻す。


「おい、いいか同志共。その作業服、愚息が二度と手に入れられないよう常に買い占めておけ!」

「イエスマム!!」

 イーリアの号令に同志が一斉に敬礼した。訓練されてる…。今朝の内に女帝の傘下に入れられてしまったのか。


「相変わらず意味分かんなくてサイコーっすわ。何で作業着買い占めようとしてんの? …ぶふっ」

「エビーも違った意味で訓練されてるねえ…」

 同志達が現れた時はただただその勢いと不条理な行動に引いていただけのエビーも、今となってはそれを面白おかし…いや、生温かく見守る一人となっている。


「大幅に話が脱線したが、次は長男イアンだ」

 イーリアが咳払いをし、場をリセットする。


「知っての通りそいつは王宮魔法陣技師として出仕していたが、さる要人を誘拐し、その罪をザコルに押し付けるためにはるばるそこのミリューに乗ってやってきた。しかしその馬鹿長男に従ってきたはずのミリューがザコルの側についたため捕縛されるに至った。ミリューはミカと共闘し、イアンを巨大な氷の牢に閉じ込めたという」


 キュルルー。

 ミリューが一鳴きすると、おおーっと歓声が上がる。


「イアンは息子達の中でも期待された嫡男であり、しかも領外に出た兄弟の中では飛び抜けて高給であったにもかかわらず、その実、ザコルの十分の一も仕送りせず、爛れた生活で浪費に明け暮れていたと妻からも相談を受けている。今回の罪がなくとも子爵位を継がせるのは別の者にするつもりだった。幸い、魔法陣の知識を有するのはこいつだけではないのでな」


 んんー!? むがむが!!

 縄でぐるぐる巻きにされ、猿轡をかまされた派手ローブ男がジタバタと暴れる。ザハリでさえ大人しくしているのに…。


「文句でもあるのか。それならばせめて職務くらいは全うすべきだったな。見た所、ミリューは穏やかで愛情深いタイプの魔獣だぞ。召喚し従える程の実力をもってしても見限られるとは。普段からどれだけ魔獣達に向き合っていないかが知れようというもの。私は祖国で、魔獣や渡り人を軽んじて自滅していった腐れ王侯貴族共を大勢知っているぞ。お前などその典型だ。よもや自分の息子があいつらと同類とは…嘆かわしい。そのような派手な服にジャラジャラと無用な装飾品を選ぶ時間があったら、魔獣の世話をするなり、自身を高める鍛錬なりするべきだったな。まあ、もう遅いが。イアン、お前には聞きたい事が山程ある。私が直々に尋問してやるから覚悟しろ。その後の処遇も甘いものになるとは決して思うな」


 ギロっとイーリアが睨みつけると、イアンも憎々しげに唸って睨み返す。


「イアンの処遇については以上だが、ザハリに関してはミカの温情により、さる矯正機関へと預ける事になっている。…しかしそれで矯正できなければ改めて処遇を考える事になる。ザハリを慕ってくれた一部領民には酷とは思う。各々思う事、感じる事もあるだろう。割り切れない思いがあれば全て私にぶつけるがいい。私の名に於いて宣言する。この度の事、八男ザコルに非は一つもない。過去の事も…」


「義母上」

 ザコルがピッと挙手する。

「何だザコル。話の途中だぞ」


「すみません。言いにくくなりそうなので先に白状しておきます。毎年この時期、この町の林檎畑で落ちた林檎を勝手に拾って食べていたのは僕です。それから、余所見をして走っていてここの放牧場の柵を破壊してしまい、羊を逃がしたのも…。それから蹴りの練習をしていて北の城壁に穴を開けたのも僕です。それから荷馬車の横を走っていたら馬を驚かせて荷馬車を横転させてしまった事が一度だけ…。覚えているのはそれくらいですが、もし無意識に起こした余罪がありましたら裁きは受けますので…。文句なり請求なり、何なりと僕に言ってください。過去、双子共々ご迷惑をおかけした事については皆に謝罪します。申し訳ありませんでした」


 ぺこ、領民達に向かって頭を下げるザコル。上に乗った子供達がずり落ちそうになって慌ててしがみつく。

 呆気に取られたような顔の領民達に、言葉を失うイーリア。顔を見合わせる子供達。


「…ねえねえ、ザコルさま、わるいことしたのー?」

「でもごめんなさいしたからいーんだよ」

「ザコルさま、おちたりんご、たべちゃだめー」

 おでこペチペチ。

「はい、すみませんでした。落ちているとはいえ、許可なく食べるのはいけませんね」

「おなかこわすって、かーちゃんがいってたよ?」

「僕のお腹は何を食べても壊れません。ですが、君達は決して真似しないように。母君の言いつけはしっかり守りましょう」

『はーい!』

 子供達が一斉に手を挙げ、元気にお返事する。ザコルも満足そうに頷いた。


 ぷっ…くすくす…くふふふ……。


 噛み殺したような笑い声が聴こえるので振り返ると、子供達の母親と同志村女子チームが口を押さえて震えていた。


「もっ、もう駄目だわ、ちっとも真剣に見ていられない」

「だってずっと子供を上に乗せていらっしゃるんだもの、あれじゃ何も格好がつかないよ。ふふっ」

「先日、子供に『すき』と書かれた手紙をもらったのよ。やけに綺麗なお手本もあったから誰の字か聞いたら、ザコル様が書いたって言うの」

「落ちた林檎やドングリを食べるようなお方が書いたとは思えない美文字だったわね」

「字もお上手ですけどとってもお優しいんですよ、子供達に画板をぐいぐいと押し付けられても怒らずに書いてやって」

「ねえ、皆見たかしら。ミワがもらったお餞別。何かと思えば全部ドングリよ。喜んでいたけれど」

「作業着で王都を出歩いていたなんて、仮にも貴族のご令息が」

「都会の雑草はこっちとは一味違うのかしら」

「変わっているとは思っていたけれど、こんなにマイペースで面白いお方だったなんてっ、ふ、ふふふ…っ」


 あははははは! と、母親達と同志村女子チームがついに爆笑する。


 ザコルがムス、とふくれる。

「少しは変わっているかもしれませんが、ミカや同志達程ではありません」

 女性達に変と言われてプンスカしている。かわ…。


「ふふっ、ザコルったら何を言ってるんですか。その変な私たちが憧れるあなたこそ変人の最高峰ですよ」

「変人の最高峰とは何ですか! 何を言ってるとはこちらのセリフですよ!」

「変とか先に言ってきたのはそちらでしょう? というか、長年あの地味な作業着で斥候もとい、城壁ぶち抜き職人を極めてきた野犬殿に比べたら何も変じゃないですよね。その上、面倒見もよくて字も綺麗で髪結いもできるなんてあーすごいなあー」

「ミカ、どうして余計な事を言…」

「かっ、かか髪結い!? 猟犬さまはそ、そんな特技までおおおお持ちで…」

「あら? 前にも話したじゃないですか、リュウ先生、この髪、今日も朝から編んでくれたんです。コマさんに仕込まれたんですって」


 確か、リュウは林檎ジャムの瓶詰め作業の時に既にこの話を聴いていたはずなのだが。ああ、コマの後ろで震えていたから覚えていないのか。

 ちなみに今日の私のヘアスタイルは気合いの入り過ぎた編み込みハーフアップだ。夜会巻きは皆が驚くし引くので断った。


「よりによってこんな大勢の前で話さなくてもいいじゃないですか!! リュウも気にしないで…」

「ココココマさま、ぼ、ぼぼ僕も同じ、とと特技がほほ欲しい…!」

「リュウ。その駄犬に教えたのはな、そいつがまだ華奢だった頃に女装させるためだぞ。ガタイのいいお前が覚えてどうすんだ」

「やめろこれ以上余計な事を」

「じょ、じょじょ、じょ女装……!?」

「女装!? 女装とおっしゃいましたか!? コマ殿くわしく!!」


 同志達が目を剥いてコマに詰め寄る。ザコルの方は目を閉じてふらりと後ずさる。

 作業着で雑草を食んでいた事は恥ずかしくなくても、髪結い趣味と女装の過去はバレたくなかったらしい。


「ザコルさまー、じょそー、ってなーに?」

 おでこペチペチ。


 ……ざわ…ざわ…ざわ…!?


 髪結いに女装。作業着以上に衝撃的なワードに思考停止していた領民が、遅れてざわつきを取り戻す。

 すぐには信じられない人も、私の髪がザコルの作と聞いて覗き込み『まさか…』と呟く。


 ちなみに、髪結い趣味も女装疑惑も、知ってて黙っていてくれた同志村女子とカファは生温かい目つきだ。同じく知っていたであろうドーシャは何やらドヤ顔だ。しかし、他の同志には話していなかったのか。ドーシャを少し見直してしまった。


「ああ、女装だ。俺らは暗部だからな、諜報には変装がつきもんだろ。十年前はこの俺様と張る程の出来だったってのになあ」

 そして遠慮のかけらもなく暴露していく元同僚。こちらは完全に面白がっている。

「その話はもうやめろ!」

「うるせえぞザコリーナ。おい姫、王都に行ったら例の姿絵を探してきてやろう」

「な、なん、や、やめ…!!」

「えっ、いいんですか…!? わわわ私は何の対価をお支払いすれば…!?」

「姿絵ですと!? 何の!? 猟犬様の!? まさかそそそその女装姿の…!?」

 私に続いて同志が食らいついた。

 ザコルはコマに掴みかかりでもしたいのだろうが、子供を乗せていて自由にも動けずただ足踏みしている。

「そうだ。お前らよりも先に暗部の上層部にファンクラブらしきものがあったんでな、そいつらが残した渾身の力作だ」

『なななんナナナナななななななななななん』


 同志がバグり始めた。この分では、オークションにでも出されたらとんでもない高値がつけられるかもしれない。

 ゆら、ザコルから不穏な気が立ちのぼる。頭や肩に乗せた子供達は気づいていないのか、変な動きをする同志達を指差して無邪気に笑っている。


「よくもバラしたなコマ…! 僕もどんな絵か知らないが、他ならぬ同志共に絵が渡ったりしたらどんな扱いをされるか…!」


 どんな扱い、か。祭壇にでも置いて崇められるか、レプリカが量産されるか、再び新聞にでも載るか、あるいは全部か…。


「ふっ、俺様はこれでも感謝してんだぞ駄犬。お前がいると全く退屈せずに済む。お前の周りはいつだって変人だらけだ」

 まるでいい話を語るような口ぶりで、ザコルと愉快な仲間達を丸ごとディスってくるコマ。

「お前こそが変人筆頭だこの下衆が! 全く余計な事ばかりベラベラと!! 今日こそ何も喋られないようになるまで叩き潰してくれる!!」

「お、やんのかコラ。たまには付き合ってやってもいいぞ。俺様はミリューと組む」

 キュキュー?

「構わん。お前だけを狙い撃ちにしてやる。ミリューも全力で来い」

 キュッキュルルー!

 ミリューがやる気になってしまった。


「さあ君達は降りなさい。今から少々戦ってきますから離れて見ているように。本物の投擲武器も使いますからね。ドングリ投げを卒業した先に何が待っているのか、見せてあげましょう」

「ほんもののとーてき? みるー!!」


 ザコルは騒ぐ子供達を地面に下ろして肩を回し始める。本気の戦闘をするには邪魔なのか、深緑マントを外して雑に丸めた。

「ザコル様! この子達は俺が見てるんで大丈夫です!」

 シリルがキラッキラした顔で飛んできて丸めたマントを受け取る。あ、出遅れた執事タイタが悔しそうな顔してる…。

「いいか、今からきっとめっちゃくちゃすげーのが見られるんだからな! お前ら絶対ジッとして大人しく見てろよ!!」

 はーい! 幼児がシリル兄ちゃんの言葉にお返事する。


「おい。ザコル、私の事は無視か? せっかくお前のためにと…」

 置き去りにされかけていたイーリアがようやく声を絞り出す。

「義母上、申し訳ありませんが今からあの下衆を土に還して参りますので続きは僕抜きでどうぞ」

「な、なな何だと!? 大体お前はどうしてこう…!!」

「イーリア様! 今ミカが参ります! さあ行くよ女子達! お慰めするの!」

『はいミカ様!』

 私は爆発寸前っぽいイーリアを宥めるべく、同志村の麗しき乙女達を集めてステージの方へ向かう。


「さあ、手合わせの時間だ」

 コマは目深に被っていたニット帽をスッとめくって煌めくエメラルドの瞳をあらわにする。


 かくして、放牧場の一角にて常人には理解し得ぬ凄まじき戦いが幕を開けた。



つづく

領民「暗部とは」

コマ「肥溜めだ」

同志「ユートピア」

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