『異界娘』の背中
大変お待たせいたしました!
ご査収をば。
真面目に悪さをする、と言っても監視員だらけのスケートリンクをこっそり抜け出すのはハードルが高く、またコソコソすることによって余計に大事になることは分かりきっているので、
「リュウ先生に会いに、診療所へ行ってきます。あちらから来るってお約束だったんですけど、なかなかいらっしゃらないので」
「おうよ、町長には伝えとくな」
みたいなことを言って出てきた。少なくとも診療所へは寄ろうと思っているので半分は本当だ。
幼児と本気でスピードスケートしていたエビーにも声をかけて歩き出せば、監視員の町民も同志村関係者も子供達も、そしてミリナとララも手を振って送り出してくれた。
「タイちゃんとサゴちゃん、尋問は順調かな」
ひょんなことから神徒、つまり浄化の力を得てしまったタイタは、爽やかな笑顔でストレートに拳を振るうタイプの正統派尋問官である。対して、サゴシは闇の力を使って相手を精神的にネチネチ追い詰めるタイプで、性格的には真反対だ。
「あの二人に限って苦戦することは少ないでしょう。叶うなら僕も見学させてもらいたかった」
「タイちゃんはザコルの教え子じゃないですか」
「教え子とはいえ、タイタと僕では全くやり口が違う。サゴシもそうです。二人揃ったらどんな詰め方をするでしょうか。想像が膨らみますね」
わくわく。後で話を聴くのが楽しみと言わんばかりのドングリ先生である。
「タイさんもサゴシも俺のマブだってのにー。なーんか疎外感なんですけどおー」
「ふふっ、二人が仲良しになってよかったねエビー」
「はあー? 俺そんなこといっこも言ってねーんすけどー?」
へらへら。
拗ねたり開き直ったりしているチャラ男だが、彼らが打ち解けて一番喜んでいるのはこのエビーだろう。
サゴシは、自分が闇の力を使う魔法士であることをタイタに打ち明ける際、忌避感を持たれないかと懸念していた。エビーはそんな彼に『タイさんなら大丈夫だって』と繰り返し声をかけていたようだ。
この国では、闇の力を操る一種の魔法士であることは迫害される理由になる。
厳密に言えば国教であるメイヤー教が『悪魔の力』として忌避し、持って生まれた人間を探し出しては弾圧しているだからなのだそうだが、私は最近までそんな力の存在も弾圧されている事実も知らなかったし、現段階では弾圧する側の人に会ったこともない。
ただ、サゴシが育ったテイラー領内にある孤児院はそうした子が集められ、メイヤー教の『神徒』なる輩から逃げ隠れて暮らしていたことはサゴシ本人から聞いた。彼とズッ友はエビーや、彼らの主であるセオドアの反応からしても本当のことだろう。
味方から聞いた話を一方的に鵜呑みにするのか、という意見もあるかもしれない。しかし、私は目の前の子の味方しかするつもりはないので、私の中でメイヤー教の神徒は完全に敵という認識になった。
ちなみに。ここサカシータ領では闇の力、またはそれを持つ者を『陰』と呼び、個人プレーの多い隠密として生きる道を推奨している。
それは決して日の当たらぬ場所にいろという意味ではなく、精神に干渉できる力のせいでトラブルに巻き込まれたり、人間関係で悩んだりしないようにという合理的配慮だ。
そして。タイタはメイヤー教の信者というよりは猟犬教の狂信者である。
「あれ、仲良しっつーか最恐コンビ爆誕じゃねーすか? 鬼畜人外猟犬殿に結果楽しみにされるってマジでイカれてるっつーか」
「うんうん、頼もしいよね」
「……姐さんもイカれてんだよな」
「何か言った?」
「いーえ。尋問って、ミリナ様達には内緒にしてんすよね?」
「うん、まあ、別に言ってもいいんだけどねえ……」
ミリナとララ、そしてイリヤとゴーシには、昨夜カファに扮した曲者に狙われたことを話していなかった。屋敷の中に曲者が出ただなんて不安にさせるだろうからというのが一番の理由だが……。
「ミリナ様、最近尋問に参加したがるとこあるんだけど、なんか心配になってきちゃって……。いや、むしろ参加してもらった方が彼女のプラスになるのかな?」
将来、イーリアの役割を継ぐとかそういう話になるならだが。
ふるふる、ザコルは首を横に振った。
「姉上に尋問は早い。もう少し冷静になって段階を踏んだ方がいいと思います」
「早いとか冷静とかって、ザコルが言います? 彼女を焚き付けたのはザコルでしょ?」
「手本を見せたのはミカでしょう」
「私?」
「……………………」
ザコルは黙って私をじっと見る。
「え、何、何ですか?」
「まあ、兄貴の言いたいことも解りますよ。この『異界娘』の背中見せられちまったらなあ……」
異界娘の背中とは。
「いやいや、本当に何? 私がイアン様にした尋問の真似事の話? それににミリナ様が感化されてるってこと? まさかー。エビーは見てないから勘違いしてるかもしれないけど、あんなのただの救命措置と質疑応答? だったし、あまりの雑さにミリナ様も引いてたじゃ…………あ、そうだ、もしかして子爵邸でイーリア様から直々に手ほどき受けたんじゃない? それなら実地で経験積みたいと思うのは自然かも。いいなあ、私もイーリア様に教えていただきたいなあー」
彼女ならきっと『ちゃんとした』尋問を教えてくれることだろう。尋問にもマニュアルとかセオリーみたいなものはあるはずだ。ぜひ教えを乞いたい。
「あの、姐さんって、味方の敵に容赦ねえとこもアレすけど、そもそも尋問拷問を家事か何かと同列にしてるとこありますよね。そういうとこ、マジでイカれてんなと思います」
「なんで!!」
言いがかりである。
確かに尋問のある生活に慣れ始めてはいるが、そもそも曲者の存在が日常化しているせいだ。環境による慣れであって、決して私の頭のネジが最初から飛んでるせいではないと思う。
「家事と同列、なるほど。ストンときました。ミカは、まるで林檎を煮るのと同じ感覚で相手を『調理』しようとする。感情の起伏が見えない分、その恐怖は計り知れません」
「あんま表情変わんねーのは兄貴やタイさんも同じなんすけど、二人は怒ってんのだけは判るんで。姐さんの怖えとこは、本ッッ気で何とも思ってないとこなんだよなあ……」
「いや、何とも思ってないわけじゃ」
「エビー風に言うならば、ひゅん、ですね」
「ふは、兄貴がそんなお下品な言葉使うとか!」
あははー。
何の話だっけ……。
いつの間にか、第一の目的地に近づきつつあった。診療所の前に女性が一人立っている。遠目にも判る、あれは診療所で働く看護師の一人だ。
既視感のある光景に、何かあったのかと私達は小走りになった。
つづく




