確かめに行こうかと
「モリヤに会いに行きましょう、ミカ」
幼児達と雪を投げていたドングリ先生が私のもとに戻ってきて、急にそんなことを言った。周りはスケートを楽しむばかりで、私達の会話に耳を傾ける人はいない。
「えっ、今からですか。でも、まだお忙しいんじゃ」
囮作戦の実行部隊は現場を引き揚げてきたが、爆破された壁の損傷は決して軽いものではない。町と外界の境界を護る衛士達、その筆頭である守衛モリヤの仕事なんていくらでもあるはずだ。
「まあそうでしょうが、気になることがあるんです。先ほど町の者に聞いたのですが、モリヤは、あの門壁の中に自分の部屋があって、そこに住んでいるそうなんです」
「へえ、そうなんですか。私、町の中にお家があるもんだと勝手に思ってました」
どうしてそう思っていたんだろう。
モリヤは町の中にはほとんど姿を表さない。だいたい守衛として門に立っているか、町の周りをネズミ狩りしながら巡回しているかだ。単にそのネズミが多く、忙しくて町の中に入っている暇がないのかと思っていたが……。
「僕もモリヤは町の中に居を構えていると思っていました。水害のあった翌日、集会所の近くでこれから交代に向かうところだというモリヤに会いましたから」
「ああ、そういえば」
あの時は私も休息を取った後で、朝早くにカリューに救助に行ったはずのザコルがドロドロの格好で現れたところだった。立ち話をしていたらモリヤが現れて、気さくに話しかけてくれたのだ。
水害のあった日の夜、モリヤと衛士達は夜通し門の前に立っていた。避難民を乗せるための荷馬車はひっきりなしにシータイとカリューの間を往復していたし、隣町のパズータからも応援として人や物資を積んだ馬車がやってきていた。
非常事態とはいえ、関所町という性質上、シータイに入るものを何でもかんでも素通りさせるわけにはいかない。冷たい雨も降り続ける中、あの日のモリヤ達は私が想像するよりはるかに過酷な状況で夜を越したはずだ。
モリヤとの会話に思いを馳せる。
……馬車や人がひっきりなしで大変だったでしょう?
……それはミカ様もでしょう。明け方までずっと救護所に詰めていたと聞いておりますよ。私達サカシータの民のために、本当にありがとうございます。
そうして、モリヤは私に手を差し出した。私も手を出すと彼はそれを両手で包み込み、ありがとう、ありがとう、と何度も頭を下げてくれた。
「モリヤは、人を子供扱いするくせに、身分に則した振る舞いには割とうるさい方です」
「文句がありそうですねえ」
「うるさいです」
ザコル憧れの元騎士団長様は、ザコルがまだこの領にいた頃は幼すぎるからと手合わせの相手などはしてくれなかったという。坊ちゃんよくぞ故郷に錦を飾ってくれましたと、領主子息の頭に触れる無礼を詫びつついーこいーことなでているところも見たことがある。
彼は主君たる子爵夫妻を最大限に敬いつつも、その息子達をどこか孫のように思っている節があった。
「モリヤさんの『孫扱い』がどうかしました?」
「孫と思われているのは構わないのですが。あの、人の頭をなでるにも許しを乞う彼が、軽々しくミカに握手を強いたのがどうにも違和感で……」
「なるほど。ザコルはあの時のモリヤさんが『もどき』だった可能性があるって言いたいんですね。でも、モリヤさんに憧れてたザコルが気配とか顔とか、そういうのの差に気づかないことってあるんですか?」
「僕はモリヤと十年ぶりの再会を果たしてから、顔を合わせたのはあれが二度目でした」
十年前。ザコルはまだ十六歳だった。私もだけど。
「ミカは子供の頃たまに菓子をもらう程度の仲だった大人の顔を、十年経って見分ける自信はありますか」
「うーん、そうですねえ、会って話せば分かるとは思いますが……。十年も経ったら本人の人相も変わってそうですし、確固たる自信はないですね。タイタなら違うでしょうけど」
タイタは完全記憶の持ち主だ。八年前のことでもまるで今あったことのように詳しく語ってくれる。深緑の猟犬ファンの集いの会員に関しても全て顔と会員ナンバーを記憶しているらしい。ちなみに現会員数は一万人を突破している。
「門の近くや、放牧場で会ったモリヤは本物だったと思うんです。あの剣筋や殺気まで真似できるとは思えないので。ですが僕も確固たる自信はありません。なので確かめに行こうかと」
「ザコルがそういうってことは、まだ『練度の高い奴』は捕まってないってことですか」
「一人や二人とは限らないでしょう」
「確かに。今から行っちゃって怒られません?」
「今日は遊んでいていいと言われているので構わないと思います」
しれっ。
昨日は駄目ですと頑なに言っていたのに。
まあ、彼がいいというのなら大した危険はないんだろう。私は彼の『真面目な悪さ』に乗っかることにした。
つづく
ep.12参照です。
すっごい前のことみたいですが彼らにとってはつい二ヶ月半前くらいのことです。




