ごさです
お昼を過ぎた頃。町長屋敷の玄関はにわかに騒がしくなった。やってきた一団を迎え入れようと、使用人達がバタバタと駆け回る。
「あーっ、疲れたなあああああ」
「雪まみれの血まみれだぜええ」
「ひとっ風呂浴びてーなあああ」
かあーっ。
「うっさいよっ、声がデカいんだって!」
「今は高貴な人も泊まってんだからね? 静かにおし!」
どやどやどや。
「そうですよ、ミリナ様やララさんがびっくりするじゃないですかー。お風呂ならもう沸かしてありますからどうぞ」
「うおおお待ってましたあ!!」
「さっすがうちの聖女は気が利くぜえ」
ゴン!!
「なっ、何すんだかーちゃん! つか武器で殴んじゃねえよ!」
「うるさいっつってんだろこのゴロツキが!! ミカ様だって高貴なお方なんだよ忘れちまったのかいロクデナシ!!」
『かあちゃんとうちゃんだあ!!』
わーっ。
「ああ、よくいい子で留守番してたねアンタ達、でも今血で汚れてるから、後でね」
「ガット、アンタは後で覚えときなさいよ!!」
「はい!! おれの! せいです!!」
ぴょんぴょん。
「なんであんな元気なんだアイツ……さては全く反省してねえな?」
「はいごめんなさい!! ありがとう!!」
『………………』
ガットの両親はお互いに顔を見合わせ、そして眉間を揉み始めた。
「あの、すみません、ガットのお父さんと、お母さん。おれ、おいかけたんですけど、止めらんなくて……」
そろり。
『ゴーシ坊ちゃん……!!』
ドシャア。ダブルジャンピング土下座。
「えっ、ちょっ」
『うちのバカ息子がご迷惑をおかけいたしましたああああ!!』
「あ、いえ、けっきょく、そばにいるくらいしかできなくて。あやしーヤツがいたら守ろうとは思ってたんですけど。ストー……いや、おれらに気づいてみまもってくれてた? オトナもいたみたいなので、おれがついてったイミあったかなあって……」
しゅん。
「そんな、ゴーシ坊ちゃん……」
「ちがうもん!」
一体どうしてそんな自信のないことをおっしゃるのかと言おうとした夫婦をさえぎり、幼児の叫び声が割り込む。
「ゴシにいはすげーしやさしーんだもん! まじゅうとトモダチだもん! ガットのワルクチいうなっておこってくれたもん! ゴシにいもゴシにいのくせにゴシにいのワルクチいってんじゃねー!!」
「え、なんだって」
ゴーシは一瞬意味が分からなくなって考え込んだが、すぐに吹き出した。
「ふはっ、おれもおれのくせにおれのワルクチ言うなって、なんだそれ。つか、いっしょにおこられてやるって、やくそくしたろ?」
「だからあ、おれのせいなの! ごめんなさいでありがとうなの!!」
ゴーシの腕にくっついてわめく幼児だ。
ガットの両親は再び顔を見合わせて、小さく苦笑した。
「なんでえ、お前、随分と坊ちゃんに惚れ込んだな」
「ふふっ、そうみたいねえ」
「ほれ?」
ゴーシはまた頭上に疑問符を浮かべる。
「ガットが、坊ちゃんを尊敬申し上げてるってことでさあ」
にかっ、と笑うバットにゴーシはますます首をかしげた。
「いや、それなら、ガットはイリヤの方がもっと」
ぱっ、とゴーシの腕が横から取られた。
「あっゴシにいが」
「バット。ゴーシ兄さまがすごくてやさしいって、いちばん知ってるのは僕だよ?」
ニコォ。美少年の微笑みに不穏な圧が混じり、ガットが「ひぇ」と一瞬怯んだ。
「イリヤ。ガットがな、お前がまじゅうとトモダチですげーって言ってたぞ」
「それは、僕じゃなくて母さまがすごいんです。みんな、僕とおなじ母さまの子なの、だから、トモダチじゃなくてきょうだいです」
「そっか、きょうだい、そうだったな。わりい」
「僕とまじゅうたちはきょうだい。だから僕ときょうだいのゴーシ兄さまもまじゅうときょうだいです」
「ん? んん……、まあ、そうとも言える、か……? おれら、イトコだけどな?」
「ごさです」
「ごさ……?」
ゴーシの頭にさらにはてなが飛び交う。
「まあまあ、イリヤ様は誤差だなんて難しい言葉を知ってらっしゃるのねえ」
「ガットと一つしか違わねえのが信じられねえよなあ。出来も育ちも違うんだろうが」
ガット両親は感心している。
「ガットはいい子です! あと、僕のことも坊ちゃんってよんでください」
「イリヤ?」
「かっ、母さま」
「ガットさんのご両親を床に座らせたまま何をしているのかしら」
「ひぇ」
珍しくイリヤが叱られるようだ。
「ゴーシ! あんた何やらかしたのよ!」
ララも飛んできた。
『ララ様……!! うちのバカ息子がご子息にご迷惑をおかけいたしましたああああ!!』
再びジャンピング土下座。
「えっ、えっ、何、あっ、頭あげて? くっ、ください!?」
ララは混乱している。
「ミリナ様も魔獣を出動させてくださったとかで申し訳ございませんでした!!」
「あら、そんなこと。ガットさんとゴーシさんが無事でよかったですわ。それより、ミカ様を狙った曲者はどうなりましたか」
「ああ、それなら今捕らえられて女帝に尋問されてるとこですよ」
「まあ、イーリアお義母様が! 見学させていただきたいなんて言ったらご迷惑かしら……」
「……結構凄惨なことになってますんで、やめといた方が」
ガット両親とゴーシの顔が「何の話だっけ?」となりつつある。
とりあえずミリナを止めようか。
と、私は彼らの間に入ることにした。
つづく




