この俗物をなんとかしてください
朝食会は、民草を助けるために率先して走ったゴーシ坊っちゃまのお祝いパーティ会場と化していた。
部屋は一等いいテーブルクロスや町民渾身の編み物作品などで飾り付けられ、朝食だというのに鹿肉のステーキが出てきた。
ゴーシの気まずそうな顔ったらない。ザコルは若干同情をにじませた顔で甥を見ていた。
朝食としてはちょっと重すぎたメニューの後は、マージのとっておきの茶葉で淹れた紅茶が出てきた。
「ララさんララさん、この冬用の戦闘服、マージお姉様が仕立ててくださったんですよ。カッコいいでしょう? この弓と毒矢はそこのユキが用意してくれたもので」
「どっ、毒矢」
「ミカ様。矢はいつでも補充させていただきます。どうぞお申し付けくださいませ」
「うん、ありがとうユキ。ちょっと前に試したら結構威力強かったからさ、もう少し弱めの毒も調合してくれない? あれじゃ、心臓の弱い人だと一発で死んじゃうよ」
「ミカ様を狙う輩など即死でよろしいのでは」
「よろしい時とよろしくない時があるんだよ」
あまり威力が強いと死なないまでも意識を失ってしまうので、ちょっと威嚇目的に使いたいとか、捕まえたらすぐに話を聞きたいとか、そういう時に困るのだ。
「それに、ちょこちょこ塗り直さないと効果薄れるっていうからさ、そのうち自分がヘマしそうで怖いんだよ」
当たり前のことだが、毒がついた手でうっかりあちこち触っては危険である。それなりに緊張をもって扱ってはいるが、毎日ともなればそのうち気の緩みも出てくるだろう。
「まさか、ミカ様がご自分で塗り直しを?」
「もちろん。塗り直し用の毒も持たせてくれたのはユキでしょ? 自分の武器だもん、自分で手入れしてるよ。じゃないと、なんていうのかな、武器の機嫌? みたいのが分かんなくなりそうでさ」
「武器の機嫌、ですか」
最近、武器それぞれの機嫌というか、日々のコンディションのようなものを気にするようになった。気温や気圧、湿度や何かの要因によって、こう、粘りというか、滑りというか、そういったものがほんのわずかにだが違ってくるのだ。
刀身が無機物である短刀でもそれはあるが、主な素材が金属じゃない弓矢は特に顕著だ。弓の強さがわずかでも変われば命中率にも関わってくる。
だからできるだけ毎日手を入れる。時間がなくても短刀の刃を拭いて刃こぼれがないか確認し、弓のしなりを確認し、矢筒に入っている矢が全て万全かをチェックする。なんか持ち運んでるうちに矢尻がはずれてたりすることもあるし……。
「ご自分で扱われるということであれば、あまり強い毒をお預けするのは危険ですね。てっきりザコル様か他の護衛の方にお任せしているものと考えておりました」
「もちろん、ザコルに塗り方とかは教わったよ」
「武器の機嫌、へー……」
チャラ男が茶をすすりながらこっちを見ている。
「エビー、何そのジト目」
「いんや、どんどん一般人とかからかけ離れてくなあとか思ってませんよお」
「思ってるじゃん。武器の手入れなんて、君達もこの町にいる人達もみんな当たり前にやってることでしょ?」
「ミカ殿、流石でございます。武器をまるで我が子のように気遣う。騎士ですらその境地にたどり着いている者がどれだけいるか」
「ミカはマメですよね。僕が教えたことを忠実に守ってくれるので教え甲斐があります」
「そりゃ、大事な人に持たせてもらった大事な武器達ですからねえ。大事にしないとバチが当たりますよ」
特にザコルに持たされた短刀は、生半可な使い手には売ってくれないことで有名なムツ工房の職人ミツジの手によるものだ。そのミツジが国最強と謳われたザコルにさえ売り渋ったレア物中のレア物である。ザコルはこれを『僕が持っているものの中で一番の業物だから』という理由で私……ペーペー素人異世界女の手荷物にねじ込んでいた。
「この短刀、本当は素人に持たせちゃいけないやつですよね?」
「玄人の僕が判断して持たせたのですからいいでしょう。護身用とはいえ、いざという時にミカの命を預かる武器が生半可な品であっていい訳がない。だから一番いいものを入れておきました」
どや。
『ぐぶっ』
斜め上な愛情表現をえっへんと披露するザコルに、ララとタイタが茶を吹いた。そんな二人の様子を見たエビーが何気なく窓の外を見遣った。
「そーいや、同志の人らどうしたんすかね。昨日の昼間以来見ねえすけど。知ってます? タイさん」
「統率するマネジ殿がいないので俺も把握していないぞ」
タイタは同組織、深緑の猟犬ファンの集いの幹部だが、今は私の護衛騎士なので同志としての活動は基本的に後回しにしている。
「今回も演習として参加してるんじゃないの? 囮作戦に」
「ミイちゃん、どうなん?」
ひょこ。たまに偵察も行っている白リスが私の懐から出てきて、ふああとあくびした。まさか今の今まで寝ていたんだろうか。
ミイミイ……。
ミカのふところ寝心地いい……。
「おいおい、姐さんの監視はどうしたよ。つーか俺もそこ入って寝てえわ。へへっ」
「おいエビー」
ほんのり下世話な軽口を叩いた同僚を紳士タイタがたしなめる。
ミイミイ、ミイ。ミイミイミイミイ。
ニンゲンの胸、性器。セクハラって怒られるぞ。
「ちょっとミイ」
性器とか言わないでほしい。そう思うならそこに入っているのもやめてほしい。
「ひひ、魔獣も下ネタとか言うんすねえ」
「いや、エビーは本当に何がどうしてミイの言いたいこと解ってんの?」
「マブなんでノリっす」
ひょい、ザコルが白リスの首根っこをつまみ上げる。
ミイ!?
「魔獣と思ってそこに入るのは目こぼししてきたが……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。ザコルの威圧にぴゃっとビビる白リス。
ミイミイミイ! ミイミイミイミイ!
コマに頼まれた! ミカが死なないように見てろって!
「フン、コマやお前の目的など僕には関係ない」
ザコルもミイの言葉をノリで理解し始めた。
「姉上。この俗物をなんとかしてください」
そしてミリナにチクリに行った。
つづく




