私達の悪い癖よね
お待たせいたしました!ご査収をば!
「ララ、ララっ、ゴーシちゃんにお友達ができたわよ!!」
「お友達っていうか生意気な弟分って感じだけどお友達よお……!!」
「分かった、分かったから全力で揺さぶらないでって感動に集中できないじゃないっ!!」
ゴーシはちら、と母に絡む女性達を見た。
「ララさん、私ね、 シータイにいる子達ならきっとゴーシさんとも打ち解けると思ってたの! イリヤにとっても初めてできた遊び友達なのよ、みんなとってもいい子でしょう?」
元ザハリファンはそんなミリナのセリフに、すん、とした。
「ミリナ様。イリヤ様はそりゃあもういい子ですけれど、ガットやミワはただのヤンチャとお転婆です」
「あの子達はただの礼儀知らずの怖いもの知らずなだけで」
「まあ、そんなことは」
「……おい」
そこに割って入ったのはゴーシだった。
「ガットたちのわるくち言うな。このわるくち女どもが!」
ゴーシは、ララのものと似た怒気を一気に放つ。殺気も相まってビリビリと肌を刺激する。九歳でこれか、末恐ろしいな……。
「……っ」
ゴーシの豹変に、元ザハリファンだけでなくミリナも息を飲む。
「待って、ゴーシ」
ララは息子を止めようと、元ザハリファンとゴーシの間に入った。
「この人達、今は」
「今はザコルおじさまやせーじょさまのファンになったとか言うんだろ。おじさまのこと、あんなにわるくち言ってたくせに、マジでサイテーだよな! ガットもミワも、おまえらなんかよりぜんぜんレイギ正しいし、ぜんぜんいいヤツだよ!!」
「ゴシにい……」
庇われたはずのガットが不安そうにゴーシの袖を引く。
「こいつら、ストーカーって言うんだぜ。きょうもコソコソつけてきやがって。ずっとむかしから、おれらがひっこしてもひっこしても、なんども見つけておしかけてきたんだ! そんで、あのバカ父がえらばれしトクベツなヤツだとか、ザコルおじさまはザンギャクヒドーなアクマだとか、こっちがこまっててもえんえんとさわぐんだ。かーちゃんのこともずるいずるいって! かーちゃんはおれのせいでくろうばっかしてんのに!! うるせーんだよ!!」
「落ち着いてゴーシ! 怒ってくれてありがとう、でも、あんたのためにした苦労なんか本当に何でもないし、今はその話いいから!」
ララはチラッとザコルの方をうかがった。ザコルは駆けつけたエビーとタイタ、そして町民達に事情を説明している。これ以上揉めると、かつてザコルに囁かれていた悪口をザコル本人に聴かせることになると気を揉んだのだろう。それに今は非常事態で、ここは外だ。騒いでいていいわけはない。
そんなララの言葉を庇われたと解釈したのか、元ザハリファン達は首を横に振り、示し合わせることもなく自然と雪の上に正座した。
「……いいのよ、ララ。ゴーシちゃんの言う通りよ。何にも弁解できることないわ。ララ、ゴーシちゃん。今まで本当にごめんなさい!!」
がば、彼女達は揃って土下座する。
「ちょっと、こんなとこでやめてよ、ね?」
「……うっざ」
とにかく場を収めようとするララと、そんな彼女達を蔑むような瞳で見下ろすゴーシ。それでも、彼女達は頭を上げなかった。
「イッポー的なシャザイにセイイはやどらねーって、ザコルおじさま言ってたよ」
「ゴーシ!喧嘩売るのはもうやめなさい!」
吐き捨てるような言葉に、彼女達は頭を下げたまま再び首を横に振った。
「解ってるわ、自己満足だって! でも、接近禁止命令が出てる私達が、あなた達に直接謝れる機会はもう二度とないかもしれないから……!!」
「あたし達、かの方のファンの中でも本当にタチの悪いファンだったって、今は本当に自覚してるの!! せめて同志様達みたいに、そう、ザコル様のファンの皆さんみたいに完全に気配消して見守るのがマナーだったのよ……!!」
気配さえ消していれば四六時中覗き見していていいとか、勝手に全国規模の組織作って拡散していいということでは決してないような……。
「おまえらおれのファンじゃねーだろ。バカ父とカオがにてるからつきまとってただけだ」
「違うのよ、本当は、お父様のこととは関係なく、あなた自身を応援したかったの。だって……」
「だって、おれらが、あのバカにすてられたからか?」
「っ」
はっ、と自嘲するように笑った九歳に、元ザハリファン達は再び息を飲んだ。
「カワイソーだもんな。でも、おれらは」
「ちっ、違うの!! 同情とかじゃないわ、かの方がどうしてララのもとを離れたのか、私達にも分からなかったのよ!! 少なくとも、ララのことはちゃんと大事にしてるように見えた。私達だって、ザハリ様に幸せになってほしくて応援してたわ。なのに……っ」
リーダー格と見られる女性が、地面の雪を掴んで震える。他の元ファンがそんな彼女の背中を叩く。
「あの、全部言い訳に聴こえると思うけれど……。あたし達ね、産まれた子供ごとララへの興味なくしちゃったあの人に、初めて疑問を持ったし、心配にもなったのよ。でも、そんなこと知らないファンも多かったから何も言えなかった。私達も、私達の推しは素敵な人だって信じたかったし」
「かの方だけじゃないわ。ララも、ゴーシちゃん産んだらザハリ様のこと何にも興味なくなったみたいに姿消しちゃって、何か、ひどく不安になって……。あの幸せな日々はなんだったんだろうって、どうしても納得できなくて、ララにも、また戻ってきてほしくて……っ」
「ララのことはザハリ様が全部面倒見てたから、自分のお金なんか全然持ってなかったでしょう? せっかく産まれた子がちゃんと元気にやってるのか、応援っていうか、仲間なんだから心配くらいさせてくれたっていいのにって、思って……っ」
はあ、と溜め息をついたのはララだった。
「……推しのこととなると何も見えなくなるとこ、私達の悪い癖よね」
「あっ、あんたは違うじゃないララ!! 一人だけさっさと抜けちゃってさ! 私達はあんたの事も推してたのよ! そんな私達のこと、あっさり置いてさあ……!!」
「うん、それはごめん。ごめんなさい……」
彼女達に『推し』と呼ばれたララは、涙目の元ファン達に向かってうつむくように頭を下げる。
「かーちゃん! なんでこんなヤツらにあやまんだよ!!」
ゴーシが声を荒らげる。
「薄情なことしたなって、今は思うからよ。嫉妬する子もいたけど、途中からはみんなで私のこと応援してくれた。馬鹿な私に文字を教えようとしてくれた子もいたし、妊娠中は家事まで手伝ってくれた子もいた。実家を頼れなかった私にとって、それがどんなにありがたかったか……」
ララはそう言って、かつての仲間達をゆっくりと見回した。
「でも、私にとっての『推し』は、もうザハリ様じゃなかった。自分でもうまく説明できないんだけど、この子のために、あの人にまつわる全てから離れなきゃって、あの時はそれしか頭になかったの」
「ララ…………」
つづく




