ジカンのモンダイってヤツだぞ
ミリューは飛び上がったと思ったらすぐに降下した。
そりゃそうか。人の足ではそこそこ広さのある町とはいえ、ヘリだったら一周しても五分かかるかどうかだ。
場所は町の教会の東というか、門から続く石壁まであと数百メートルといった場所だった。石壁に向かって右手側に民家や商店のあるエリアがあり、左手には未開拓の森が広がっている。おそらく、爆発事件があったのはこの先の石壁だろう。
「ゴーシさんはこの近くにいるのね、ミリュー」
ミリナがミリューに声をかける。
キュル。キュキュウ。
潜む。陰。
「この辺りで、どこかの陰に潜んでるそうです」
「このまま迫っては驚かせるかもしれないから、適当に降ろしてちょうだい。まずは声をかけてみましょう」
キョエエエエエ!!
「あれっ、朱雀様もついてきてるよミリュー」
キュキュ、キュルウ。
遊ぶ、思う。
「遊んでると思ってるの? ミリュー、ちゃんと説明してあげた?」
………………。
無言。よもや説明が面倒だったとかじゃあるまいな。
ばさり、ばさり、大きな羽音とともに大型魔獣二匹が雪の上に降り立つ。
「ゴーシ! ゴーシーッ!!」
ララは転げ落ちるようにしてミリューから降り、声を張り上げる。
「ゴーシさぁーん、いるなら返事してちょうだい!!」
続いてミリナも声を上げ始めた。二人とも朱雀がついてきていることに全く構っていない。
私はミリューから降りた後、まず朱雀の方へと向かった。朱雀はミリナの説明も理解していないだろう。突然暴れたりなんかはしないだろうが、朱雀にとっては知らない場所だし、爆発現場も近い。完全に放置しておくのは良くない気がした。
「よし……」
ゴーシを探しています。そう、なるたけ念を込めて朱雀に魔力を送る。魔力を受け取ってふむふむとした朱雀は、次に私の頭を食んできた。……何となく面白がっているっぽい波動が伝わってくる。
「違う、そうじゃ」
キョエエエエエ!!
朱雀はキョロキョロと辺りを見まわし始めた。
どうやらゴーシを探していることは伝わった……のかもしれない。遊びじゃないというニュアンスは一切伝わってない気もするが。
「かくれんぼして遊んでるとでも思ってるのかな。まあいいか……」
「ミカはスザクと気が合いそうですよね」
「そうですね、朱雀様のどんな状況でも楽しんでそうなところは好きです。……何ですかその顔は」
むに、ザコルの頬を引っ張る。この頬が意外に伸びることを私は知っている。
「はあ。魔獣の子にまで。今日こそザコル人形と寝よっと」
「僕を刺激するのはやめろ。さあ、ゴーシを探しますよ」
「ザコルはもう居場所分かってますよね」
「まあ……」
コソコソ、コソコソ。
雪に半分埋もれた木の陰から、何やら声と物音がする。
気づいているのは耳のいいザコルと、召喚されてからというもの徐々に目や耳の感度がよくなってきた気がする私くらいだろう。
「うちのかーちゃんの声だ。もうカンネンしろって」
「まだみつかってねーもん!」
「これ知ってっか? ジカンのモンダイってヤツだぞ」
「ちがうもん!! おれもとーちゃんとかーちゃんといっしょにたたかうの!!」
「しーっ。これいじょうさわいだらヘンなヤツに見つかってヒトジチにされんぞ。つーかもう、かついで帰っていい?」
「おれはっ、カンネンっ、しないっ」
「ほら、いっしょにおこられてやるから、な?」
コソコソ、コソコソ。
馴染みの幼児の声と、面倒見のいいお兄ちゃん気質の少年の声。
ふと、その二人の気配とは別の気配がして振り返る。しかも複数いる。私は腕にはめていた弓を外し、矢筒から一本矢を手にした。そんな私の様子にあっちも気づいたのか、相手は木や雪の陰から自ら姿を現した。
「あ、元ザハリファンのお姉さん達だ」
ブンブン、ブンブン、彼女達は勢いよく手と首を横に振っていた。敵じゃ、ありません!! という声にならない声が聴こえる。
「あっ、あんた達!! どうしてこんなところに……っ」
ララは潜んでいる少年二人ではなく、手と首を横に振っている女性達を先に見つけた。ミリナは少し離れたところで探している。彼女の方はミリューが目を光らせているから大丈夫だろう、と私とザコルはララ達の方へと走った。
「まさかあんた達が、ゴーシを」
「違うっ、違うのよララ、うちら町長様から接近禁止命令出てるから!!」
「はあ? 接近禁止命令って、私達に?」
「ララ達っていうか、ミカ様とザコル様にまつわる方々全員よ」
ちら。元ザハリファン達は近くまできた私とザコルに遠慮がちな視線を寄越す。
「はあ……。本当、一体何やらかしたのよ……。ミカ様に訊いても色々贈り物をくれるとしか教えてくださらないし」
ララは頭を掻いた。
「ねえ、ゴーシちゃんを探しにきたんでしょう。あそこの木の裏でガットっていう男子と一緒に隠れてるわよ」
「えっ、どこどこ!?」
「ララっ、あのね、たまたま見つけちゃったから追ってきたけど、こっちから接近するのは禁止されてるから見守るしかしてないわ。本当よ」
「気づかれないように周りを張ってただけなの、信じて!」
必死に弁解する元ザハリファン達に、ララはいからせていた肩を降ろした。
「……疑ってごめんなさい、守ってくれてたのね」
ララが信じてくれたようだと、女性達はホッと胸を撫で下ろす。
「ええ、ゴーシちゃんならそこらの有象無象にやられたりしないと思うけど、ガットもいたし、念のためよ」
「今、うちらとは無関係の町民が町長屋敷の方へ報せにいったとこ。すぐに誰か来るわ」
「実は私達、ミカ様達がお泊まりしている間、屋敷にも近づけないことになってるのよね」
あはは……と、彼女達は苦笑いした。
「あの、私達から近づく分にはいいんですよね?」
ララと彼女達の話が終わったのを見計らい、私は歩を進める。
「きゃあああミカ様からお声を……っ!!」
「相変わらず可憐すぎますううううう!!」
ぐっ、また何かを刺激されたらしいザコルが私の腰を掴んで自分の方に引き戻した。その様子に彼女達はまたキャーッと嬌声を上げた。身体をひねってザコルの方を見上げると、彼はいかにもうるさそうに顔を歪めていた。
「ああっ、あの有象無象を見る目ッ」
「私達は今っ、姫にたかる羽虫よ羽虫ッ」
「この良質な独占欲からしか得られない栄養素があるッ」
元ザハリファンの中でも中心っぽい女子がガッツポーズを決める。
「まるで自分を見ているようで嫌だけど同意しかないわ……」
ララが眉間をもみ始めたところで「わーっ」と少年達の声が響いて全員が勢いよく振り返った。
「ゴーシ!?」
「ゴーシちゃん、ガット!!」
キョエ!! キョエエエ!!
「えっ、魔獣に襲われてる!?」
「なに!? スザク!? おれ、なにかした!?」
「きゃあああ何をしているのスザク!!」
朱雀が隠れていた少年達、とりわけゴーシをつついていた。遠くでそれに気づいたミリナが悲鳴を上げながら駆け戻ってくる。
「よしなさいスザク、よしなさいったら!」
「わーっ、かみのけむしるなって!!」
「わああんゴーシをたべないでえええ」
必死で止めるミリナ、どうしていいか分からず頭を守るゴーシ、半泣きのガット。
キョエ!!
どーん。ゴーシの首根っこをくちばしに引っ掛けた朱雀が、見つけてやったぜとばかりにドヤ顔アピールをする。
「ゴーシ……」
「あっ、ども……」
魔獣に捕まった息子を睨む母、引きつった笑いを浮かべる息子。
キュルウ……。と、どこか面倒くさそうな様子で雪の上に寝そべるミリュー。
元ザハリファン達と私は、なんとも言えない感じで顔を見合わせた。
つづく




