いないんです!!
執務室を後にしてからは、大人しく案内された部屋で休むことにした。
続き部屋を増設したと言っていたが、確かに三階の二部屋の間の壁に見たことのない扉が出現していた。何というかデジャヴだ。
身支度を終え、布団に入ったがすぐには寝付けなかった。
屋敷の中もあまり静かではない。夜中に幼児の親達を含む現場要員がちょくちょく出入りするせいで、町長屋敷の二階以下は夜通しバタバタとしていた。物音が邪魔だというわけじゃないが、非常事態に皆が奔走する中、呑気に寝こけているのも申し訳なくて…………
「眠れませんか」
「眠れません。ザコル、一緒に寝ましょうよ」
ごろん、ソファで横になる人の方に頭を向ける。
「今日は…………勘弁してください」
「そうですか……」
ごろん、もう一度寝返りを打って仰向けになってみれば、一人用のベッドが広く感じる。いつもは一人用に無理矢理二人で寝ているので当然なのだが。
「ねえ、ザコルの寝顔見ててもいいですか」
「寝顔……? 僕がミカより先に寝るとでも?」
「寝てるふりしてるとこでもいいから見てていいですか」
「寝てるふりを……? あの、言っている意味が分からないのですが」
「じゃあザコル人形と一緒に寝てもいいで」
「ダメです」
食い気味即答。
「何でですか、いいじゃないですか。ザコルが一緒に寝てくれないせいですよ」
「ダメと言ったらダメです。何があろうともそいつにだけは譲りたくない」
人形相手に何を言っているんだろう。しかも自分を象った人形ぞと。
「じゃあ一緒に寝ましょうよ」
「今日は…………勘弁してください」
ふりだしに戻った。
仕方がないので、ザコルが編んだマフラーと、最近ご無沙汰だったホノルが編んだストールを抱いて寝てみることにした。ホノルはテイラー邸で私についてくれていた侍女で、第二騎士団長ハコネの妻である。
ホノル、元気かな…………
あれから何時間か、ずっとうつらうつらとしていたような気もするが、どこかで寝ついたのだろう。ふと意識が戻って薄目を開けると外は若干白み始めたというところだった。
起きなきゃ。そう思うが、あまり寝られていないせいか身体が重い。動くのは瞼くらいだった。その瞼でさえ薄目を開ける以上の仕事はしてくれない。
パタパタ、誰かが廊下を駆けている。
誰だ。廊下を走ったらメイド長に叱られるぞ………………
「すみません!! 誰か、ゴーシがいないんです!!」
がば、私は飛び起きた。ソファの方を見ればザコルも身を起こしている。
寝巻きの上にガウンを急いで羽織る。私と一緒に寝るつもりのなかったザコルは町民の扮装のままだ。二人で廊下に飛び出ると、階段を降りようとしていたララがこちらを振り向いた。
「ミミミカ様っ、ザコル様っ」
彼女は泣きそうな顔でこちらに駆け戻ってくる。
「ゴーシくん、いなくなっちゃったんですか!?」
「そっ、そうなんです、起きたらいなくって、服も、領主様に買っていただいた剣もなくって」
「ララさんっ、待って!」
ララが寝ていた部屋からミリナも飛び出してくる。彼女達は仲良しな息子達とともに四人で同じ部屋を使っていた。
「落ち着いてちょうだい、その格好でどこまで探しに行くおつもりなの」
「あ」
ララは起き抜けで、髪もボサボサなら服装も薄着というか、寝巻きのままだった。ミリナがサッとガウンを羽織らせる。そういうミリナもガウン姿だ。
そうこうしているうちにララの声を聴いた使用人が駆けつけたので、まずは屋敷と屋敷敷地内を探してくれるように頼んだ。
「ララさんもミリナ様も着替えましょう。私も着替えてきますから」
ガチャ、私の部屋の隣、つまり続き部屋から防寒具と武器をしっかり装備したエビーとタイタが出てきた。
「俺達もそこら辺探してきますんで」
「ザコル殿、それにサゴシ殿。ミカ殿をよろしくお願いします」
「待ってください二人とも。まず、ゴーシは本当に出ていったんですか。出ていったとすればどこから? 僕は怪しい物音は聴いていません」
ザコルは隣の部屋の衣擦れですら聴き取れる耳を持っている。そして、ゴーシ達がいた部屋よりも私達の部屋の方が階段に近い。
ガコッ、天井裏から忍者も顔を出す。
「俺も廊下張ってましたけど、ここは通ってないですよ」
その場の全員が顔を見合わせる。そして私の方をチラッと見た。
「…………窓?」
ダッ、ララが自分のいた部屋に駆け戻る。そしてまた廊下に飛び出てきた。
「窓の鍵が開いてます! 多分、あそこです!」
ララとミリナの了承を取り、検分に入る。窓の外の雪面に変わったところはないが……。
「あの木に飛び移ったんでしょう。本来ならもっと雪が積もっているはずだ」
ザコルが指差した針葉樹は、確かに他の木に比べて緑が濃く見えた。覆っていた雪が振り落とされたとみて間違いない。
「よっしゃ、あの辺にある足跡探して追います!」
「急がなければ」
サカシータ一族の血をひくゴーシの足の速さは並の大人が敵うものではない。それをよく知るうちの騎士達は全力で駆け出す。
「……ん、なぁに、ふぁ……」
今の今まで寝ていたイリヤが目をこすりながら身を起こした。
つづく




