ずるいです!!
「ミカ。町長として一つ上申いたします」
「なんでしょう」
ソファの向かいに座ったマージがかしこまった様子で口を開く。私もザコルの手のトゲ抜きを中断し、姿勢を正した。
「正直に申し上げまして、現在、お世辞にもシータイは安全と言えません。明朝、ミリナ様にもお話しして、皆さんで子爵邸にお帰りになるべきですわ」
「ええーっ、嫌ですそんなの! まだ遊び足りないです!」
「まあ、嫌ですって。仕方ないですわねえ」
「そうです仕方ないんです。だから諦めてください」
「ええ、諦めましたわ」
うふふふ。私とマージは微笑み合う。
「……え、この議論終わりすか」
エビーがツッコんでいいものかという顔でそれでもツッコんできた。
「終わりだよ。嫌なもんは嫌だし、シータイ町長からは日和見意見をもらったけど、マージお姉様には帰れって言われてないもん」
「帰れだなんて言えるものですか、どうしてせっかく帰ってきたかわいい妹を返さなくてはいけないの。本人も嫌がっていますのに」
ねーっ。私とマージは再び笑い合った。
「とはいえ。せっかく来ていただいたのに騒がしくしてごめんなさいね。掃除の仕上げに時間がかかってしまって」
「いえいえ。最近たるんでいたので、緊張感が心地いいくらいです」
「まあ。この妹は歴戦の猛者のようなことを言って。相変わらずですわね、ミカ」
マージはおっとりと首をかしげて片頬に手を当てた。人を戦闘狂みたいに言わないでほしい。
「ミリナ様もお掃除手伝いたかったのにって言ってましたよ。ミリューと朱雀様が乱入したら現場が大荒れになりそうなので止めましたけど。ね、ミイ」
私の懐からヒョコ、と白リスが顔を出す。
ミイミイミイ……
ミリュー、指示がないとたぶん全部こわす。あいつ、カヤクのにおいキライだから。
「へえ、ミリュー、火薬のにおいが嫌いなの?」
「ああ確かに、ミリューは火器の存在に敏感ですよ」
そう言ったザコルはミリューとは歴戦の友である。そのセリフにマージがぴくりと反応した。
「……あの、コリー坊ちゃま。ミリューさんは、点火する前の火薬の在処もお判りになるのでしょうか」
「そうですね。彼女の鼻の良さはこの世界にいる生き物とは全く次元が違うので。最初にここへ来た時も、王都から僕のにおいを辿ってきたんですよ。一度気配やにおいを覚えられたら彼女から逃げ切ることはできません」
マージは考え込むように口元に手をやった。
「ミリナ姉上から頼んでもらえば協力してくれると思いますが」
「ありがとうございます坊っちゃま。一度、イーリア様にご相談させていただきます」
一礼するマージを見て私は別のことを思い出していた。
気配やにおいを覚えたら逃がさない、そういえば、コマがリュウに目をつけた時も同じようなことを言って脅していたような気がする。コマが何の種族なのかは結局聞いていないが、体温がほとんどないこともそうだし、魔獣との共通点は他にも色々とあるのかもしれない。
「マージお姉様。さっきの曲者の件なんですが、サカシータ側の方も尋問に立ち会われますよね?」
「ええ、まだ報告中ですが、イーリア様が手配なさると思いますわ。タイタさんとサゴシさんが尋問をなさる件も報告しておきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
物騒な話はここまでだ。私は持ち歩いている鞄から木箱を取り出した。ザコルが露骨に嫌そうな顔をする。
木箱から現れたザコルフィギュアにマージが大興奮したのは言うまでもない。
むす……。
散々目の前で自分の人形をもてあそばれ、ザコルは完全に不機嫌モードになった。そんな彼の前に、マージが苦笑しながら一通の手紙を出す。
「…………なんですかこれは」
「わたくし、最近カファさんと文通しているんですのよ」
「カファと?」
意外な人物にザコルが顔を上げる。
「えっ、カファといい感じなんですかお姉様!」
カファめ、無害そうな顔でいつの間にお姉様に手を出していたんだ。メラメラと嫉妬心が湧き起こる。
「ふふ、たわいないおしゃべりをしているだけよ。内容は他の同志様達と同じように坊っちゃまのことばかりです。ただ、カファさんとは書面を通しておしゃべりしているだけですわ」
ザコルがマージに了解をとって手紙を開ける。中身は記号の羅列で、ぱっと見では何が書いてあるのかさっぱりだった。
「まさか暗号で文通を」
「ええ、彼とピッタさんは暗号解析が専門でいらっしゃるでしょう。わたくしはご存知の通り、長年暗号を作成してきた側ですから、彼らとはとっても話が合って。ここにいる間は暗号でおしゃべりしましょうってご提案したんです」
「…………ずるい」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
ザコルからただならぬオーラが立ち上る。
「ずるいです!! 僕だってマージやカファ達と暗号の話がしたい!!」
「まあまあコリー坊っちゃまったら……」
「ザコル、どうどう」
子供みたいに癇癪を起こしたザコルをいーこいーことなでる。
「そんなにお怒りにならなくたって。坊っちゃまだってミカと文通しているんでしょう?」
「それはそうですが!!」
ザコルと私は確かに文通している。私が魔力切れで翻訳能力を失った際に筆談したのがきっかけだ。今後同じようなことがあってもより効率よくコミュニケーションが取れるようにと、省略語の開発を兼ねた文通である。
「まあ、本物の玄人の方々と比べたら私じゃ役不足ですよ」
そう言ったら、癇癪を起こしていたザコルがブンブンと首を横に振った。
「ミカは全く役不足じゃない、非常に有意義な時間を過ごせています!!」
「あ、そうですか? それならいいんですけど……」
勢いよく否定してくれてちょっと嬉しい。
「兄貴達が開発した省略語、俺らも暇な時に覚えるようにしてんすよ。その手紙ほど高度なヤツじゃねーけど、俺らだけの暗号って感じでいいすよね」
エビーの補足にマージが頬をゆるめる。
「まあまあ、楽しそうですわねえ。わたくしだってそちらの仲間に入りたかったわ」
コホン、冷静になったらしいザコルが咳払いする。
「すみません、取り乱しました」
「坊っちゃま。その手紙はさしあげますわ。カファさんが書いてくださったものですが、何が書かれているかぜひ解読してみてくださいませ」
「宿題というわけですね」
「ええ。期限はここにいる間、ということにいたしましょう」
ザコルの元世話係は、そう言ってまたおっとりと笑った。
つづく




