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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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509/578

やっと優しい君に会えた

 執務室の前では、既にマージが廊下に出て待っていた。


「ミカ、コリー坊っちゃま。たった今、曲者が侵入したと報告を受けましたわ。お怪我などはなさっておりませんか」

「ミカは無傷です。僕がかすり傷を負ったくらいで」

「坊っちゃまがかすり傷ですって!?」

『猟犬様がかすり傷!?』


 マージの悲鳴のような声に反応し、執務室の中からも数人の声が上がる。ガタガタと物音もし出した。

 巨大な鎚で叩いてもほぼ無傷みたいな人がかすり傷を負った。そう聞くと確かに大事件かもしれない。


「まさかそんなに練度の高い曲者でしたの!?」

「あ、いえ練度はさほど」

「ご無事ですか猟犬様!!」


 執務室から飛び出してきたのは、アーユル商会の職員で同志村部下連盟代表、カファ(本物)だった。


「カファ」

「ひょっ」


 本物のカファは、ザコルの穏やかな顔を見て胸を押さえた。


「よかった。やっと優しい君に会えた」

「ひょえええそんな慈愛に満ちたお顔で見つめられたら心臓が止まりますから!! おっ、お怪我は大丈夫なんでしょうか!?」

「ああ、手に毒針が刺さっただけですよ」


 ほら、と見せられた手の平を見て、カファも「ひ」と短く悲鳴を上げた。


「毒針!? 何ですかこの量は刺さりすぎじゃないですか!? 早く明るいところへ、手当てしませんと!!」


 ぐいぐいぐい。カファはザコルの背を押し始めた。


「あっ、ミカ様! ミカ様はご無事ですか!?」

「ふっ、あはは」


 やっと私の存在に気づいたのか、慌てて挨拶したカファに笑ってしまった。彼はやっぱりザコル贔屓なのだ。


「私は無傷だよ。ほら、そのカゴの取手に毒針が仕込まれててね、ザコルが代わりに受け取ってくれたから」

「えっ、このカゴは」


 カファはザコルが抱えるカゴを一目見て顔色を変えた。


「ミカ様! 毛抜きと、手当の道具を一式持ってまいりました!」


 パタパタ、ユキがお行儀を無視して廊下を駆けてくる。主人たるマージも今日は咎めなかった。






 ぷつ、カラン。


 ザコルの手に刺さった針を一本一本慎重に抜き、そこら辺に落とさないよう金属製のトレーに置いていく。トレーは銀製らしいが変色はしない。


 食べ物に仕込む毒として有名なヒ素は、銀製の器に入れると何かが反応して黒ずむらしい。しかし、ヒ素はおそらく矢とか針に塗るに適さないのだろう。塗られているとしたらなんだろう、トリカブトとか、カエルの毒とかかな。


「あーっ、手袋してるとやりにくい!」

「ダメよ、せめて手袋はしてくださいませ。本来、あなたに触らせていいものではないのですからね、ミカ」

「はぁい、マージお姉様」


 トリカブトのような強い神経毒が手指についた状態でうっかり食べ物や口元を触ってしまうと危険だ。この針の量では、全部抜くまでに手元が狂って自分の指先に刺すなんていうヘマもしそうである。


 とはいえ、厚い革手袋などして毛抜きを扱うのは大変だった。さっさと抜いてあげたいのにもどかしい。


「あの、私がやりましょうか、ミカ様」


 カファも近くでモダモダしながら見ている。


「ううん、私の代わりにカゴを持ってくれたんだもん、これくらいしてあげたい」

「そうですか。数が数ですから、疲れたらおっしゃってくださいね。毒物の扱いも多少は心得ていますので」

「そっか、流石だね。ありがとうカファ」


 カファの所属するアーユル商会は、そのメンバー全員がモナ男爵直属の工作員も兼ねているという特殊な商会である。会頭ドーシャ、その妹ピッタ、二人の幼馴染であるカファとヴァンという四人で成り立っており、ドーシャとヴァンは諜報が専門、ピッタとカファは暗号解析が専門だ。


「いいえ、むしろ申し訳ありません。その曲者、私達に紛れて屋敷に入ってきたっぽいんですよね!? 曲がりなりにも玄人の端くれのくせにそれに気づけないだなんて! ピッタに知られたら殺されます!!」


 あああ、と頭を抱えるカファ。


「まあまあ。気配とか声とかはかなりカファに寄せてたし、なんていうか『惜しい』曲者だったよ。集団に混じってたら気づけないかも。一対一で喋ってみると『あ、カファじゃないな』ってすぐ思ったけどね」


 練度がというよりは、観察が足りていないという印象だった。


「ふ、あのカファは僕に優しくなかったですからね」


 ほのかに微笑うザコルに、カファがいちいち「ひょっ」となる。そのあたりは非常にザコルのファンっぽい。カファはこのシータイに来てからザコルの虜になった、いわば新規ファンである。


「そうそう、カファってば、ザコルにこっそりお菓子あげてたんだって?」

「ああっ、何でバラしてしまったんですか猟犬様!」


 あわあわあわ。どうやら二人だけの秘密だったらしい。


「えっ、こっそりお菓子ですか? ちょっとカファさん! ずるいじゃないですか!」


 他の同志村男性スタッフが横から突っ込んだ。ずるいとは……。


 彼らは、比較的大所帯のアロマ商会やダットン商会に所属するスタッフである。

 男性スタッフは他の商会にもいるが、ほとんどが少人数商会なので自分とこのリーダー(同志)の仕事をフォローするので手一杯、とても行商係をするような余裕がないのだ。自分とこの自由すぎる若頭をフォローしつつ、同志村部下連合の長もして、さらに現場を駆けずり回ってもいるようなのはカファくらいである。


「お菓子っていうか、行商の土産を時折お持ちしていただけですよ? あまり数がないから、護衛の代表でいらっしゃる猟犬様にお渡ししていただけといいますか?」


 しれーっ、カファが斜め上に目線をやりながら言い訳する。


「いいや、そんなんじゃ誤魔化されませんよ! 現にミカ様はご存知なかったようですし!」


 むぐ、カファが言葉に詰まる。


「個人的な贈り物はミカ様に遠慮すべきかと自粛していたってのに!」


 男性から男性への個人的な贈り物をカップルの女性の方に遠慮するのは初めて聞いたな……。


「今日だって、連名でお二人にって形でスイフィを買おうって、あんなに話し合って決めたじゃないですか!」


 どうやら、あのカゴ盛りみかんは本当に彼らがお金を出し合って買った土産だったらしい。いつの間に曲者の手に渡ったか知らないが、カゴの形状を見てカファ達は間違いない、と揃って頷いた。


「ミカと僕のために買ってくれたんですね。ありがとうございます。しかし、毒がついている可能性もあったので、処理を兼ねて僕が全部食べてしまいました。酸味と甘味が程よく美味しかったですが、すみません」


 ペコリ。


「いっ、いいえ、美味しくいただけたなら本望でございます!」

「林檎がお好きなら、甘い柑橘もお好きかと思いまして」


 林檎という果物が大好物、と知られているのは私よりザコルだ。カファの偽物は私にと渡してきたが、どう考えてもザコルの好みを意識したお土産だった。


「ミカにも食べさせたかったです」

「ふふっ、ザコルが美味しかったなら私も本望ですよ。多分ですが、テイラー領に戻れば食べる機会もあるでしょうしね」


 テイラーの気候は日本でいうところの近畿から中部地方くらいだと思う。ならば冬場に成る柑橘類も収穫できるはずだ。チッカのあるモナ領や、ここサカシータ領では寒すぎてみかんは育たない。だから珍しいのだ。




つづく

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