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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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僕のファンですからね

 きゅうううう……。


 自分の意思では何もできなくなった男がどんどん青ざめていく。私はハッとした。


「あ、ごめんごめん、息だけはして? 息する以外は動かないで」


 ふは、ふすーっ、ひゅっ、ひっ。


 男は顔の筋肉も動かせないまま、ただ肺と気道だけを動かして懸命に息をし始めた。


「はあ、焦った……」

「なるほど。自害を防止したんですか」


 ザコルがカゴを持った手とは逆の手で私の肩を持ち、男から遠ざける。


「はい。ここで毒撒き散らされても迷惑ですし」


 アメリアを狙った暗殺者は、その場で口内に仕込んだ毒を噛み、血を吐いて自害したという。


 このカファもどきがそこまでするつもりがあったかどうかまでは判らないが、室内で毒まじりの血なんて吐かれたら単純に掃除が大変そうだ。こんな遅い時間にそんなヘビーな家事を使用人の皆さんにさせたくない。


 というわけで、闇の力を使って動きを封じてみたのだが、噛むことはおろか息までできなくなるとは思わなかった。窒息死もそれなりに周りが汚れるので避けたいところである。


「今のは……いえ、何でもありません。ただいま、人手を呼んでまいります」


 私が何か未知の力を使ったっぽいことを察しつつも、ユキは動揺を隠して次の行動へと移った。


「ミカ殿。尋問はいかがいたしましょう」


 尋問官タイタがお茶のおかわりはどうですかみたいなノリで訊いてくる。


「そうだね、口の中以外にも自害ツール仕込んでないか調べてからかな。もう遅いし明日にしよっか」

「承知いたしました」


 自害の覚悟が決まっているような者であれば、あまり多くの情報を引き出すことはできないかもしれないが。あと、当然サカシータ側も尋問したいと言い出すと思うので要相談である。


「ザコル、その『みかん』どうでした?」

「スイフィですか。実は食べるのは初めてではないんです。皮を剥くものとは初めて知りましたが」

「いえ、毒の有無です」

「そうですね、特に変わった味はしませんでしたが、毒が効かない僕では無味無臭の毒の有無までは判りかねます。ただ、このカゴの持ち手には針が仕込んでありました」


 ザコルはそっとカゴを床に置き、その手の平をランプに近づける。よく見れば、指の裏や掌の山にいくつもの細かい針が突き刺さっており、私とタイタは「ひ」と声を上げた。


「なにこれ、いっぱい刺さってるじゃないですか!」


 集合体を見た時のぞわぞわが脳を侵す。


「一本では確実に刺さるとは限りませんから複数仕込むのはよくあることです。それにしても周到ですが」

「早く抜きましょうザコル殿」

「後でいいです。どうせ僕には効きませんし、針を落としては危ないですから」


 バタバタ、ユキが呼んできたのはメイド長と料理長だった。多分、一番信頼できる大人を呼んできてくれたのだろう。

 彼らはその場で男の口内や手元を調べ、靴やベルトなど何か仕込む余地がありそうな装備を引っぺがした。


「ミカ様。もう、ようございますよ」


 とメイド長が言うので、私はやっと闇魔法の行使をやめた。新しい能力については特に言及されることもなかった。


 ガクン。一切の動きを封じられていただけなのに、余計な筋肉を酷使したらしいカファもどきが床に膝をつく。


「……っく、はぁっ、っは、はあっ、がはっ」


 男は声も出せないほど全身で息をしていた。筋肉を酷使して息が切れたのもあるだろうが、どうやら肺と気道だけで息するのがつらかったようだ。


「へえ、呼吸ってやっぱり全身運動なんですねえ」


 スーハー、私は試しに呼吸してみた。どこを使って息をしているのか意識してみると、口や鼻はもちろんだが、胸やお腹、何なら背中の筋肉まで使っているような気がする。これらの筋肉の助けなくして息をするのは確かにつらそうだと実感できた。


 そんなことをしている間にカファもどきは縄で最低限の拘束を施され、屈強な料理長にがっちり掴まれていた。息が切れすぎて抵抗する余力もないようだ。


「ミカ様。曲者の侵入を許しましたこと、誠に申し訳ございません」


 メイド長と料理長が揃って頭を下げる。


「いえいえ。捕まえられてよかったですよ。それより、毛抜きか何か貸してくれませんか。その人が持ってきたカゴをザコルが代わりに受け取ってくれたんですけど、手にいっぱい毒針が刺さっちゃったから抜いてあげたくて」


『毒針!?』


 メイド長と料理長とユキが素っ頓狂な声を上げる。言ってなかったっけか。


 当のザコルは呑気に残りのみかんを口に放り込んでもぐもぐしていた。






「こいつは見張りつけて地下牢にぶち込んでおきます!!」


 バビュン、料理長はカファもどきを抱えて走っていった。


「ああ、ミカ様に何事もなくて本当によかった……」


 そうやって安堵の息を漏らすユキは、ザコルがいなければ私の代わりにカゴを受け取ろうとしていたと思う。


「本当にみんな無事でよかったねえ」


「何も良くないですよ! あんなのの侵入を許すなんて!! まさかお帰りになった同志村の方々と一緒に入ってきたのかしら。ユキ、あなたは毛抜きを持っていらっしゃい。私は町長に仔細を説明しにいくわ」


「待ってください、メイド長。毒針が落ちているといけないので、誰かにこの辺りを掃除させてくれますか。僕達はこのまま執務室に向かってマージに直接説明します。カファも来ているんでしょう」


 うきうき。手にびっしり毒針を生やしながらザコルはカゴを片手で抱えた。針が仕込まれていたのは持ち手のところだけのようなので、みかんが入った器の部分を持てば針は刺さらないようだ。


「ふふっ、嬉しそう」

「カファは僕のファンですからね」

「知ってますって。というか同志村の男性スタッフは大体ザコル贔屓ですよね」


 そうなのだ。彼らは私よりもザコルを見て嬉しそうにしているところがある。

 ザコルは彼らに優しいし、彼らもザコルに優しい。その筆頭であるカファが、私にザコルの居場所を訊きもせず『ミカ様にお会いしたかった』などと言って贈り物を渡すのはあまりにも不自然だった。


 まだお風呂に入っている子達への伝言はタイタに任せ、私達は行き慣れたシータイ町長の執務室へと向かった。




つづく

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