違和感
お待たせいたしましたご査収をば!
エビーとサゴシ、それからペータとメリーも呼び出してお風呂に入らせる。
メリーが罪人に湯など贅沢だとか言って一悶着あったが、私が一緒に入って髪を洗ってあげようとか言ったら、
「おおおおお恐れ多い尊き神にこの穢れの塊のような我が身を洗わせるなどと贅沢を通り越してもはや大罪にでございますその清らかな御手に染みの一つでもつけようものならもはやこのメリー再起不能に陥りますといいますか神の裸身など拝んだ時点で目が焼けおちて全身に業火が燃え広がることでしょう!!」
とか何とか物騒なことを叫んで一人で女湯へ突撃していった。もう寝ている人もいるので騒ぐのはやめてほしい。
「メリーは相変わらず、といいますかますます様子がおかしくなっておりますね」
と、傍に控えていたメイドのユキがつぶやいた。
出会った頃のユキはメイド見習いだった。メリーが私を誘拐なんかしたばっかりにメイドを続けられなくなったため、人員の穴を埋めるために正式なメイドに昇格した。まだ十三歳か十四歳かそこらの少女だが、怒涛の環境変化に揉まれて急成長中である。
「あれのせいで、ミカ様がご苦労なさっていないか心配です」
「メリーはよくやってくれてるよ。私の従者で女の子はあの子一人だしね。実力も確かだし」
「確かなのは実力だけではありませんか」
むす。どことなく面白くなさそうな顔だ。
「ふふ、私、ユキのこともお持ち帰りしたかったよ」
「へっ」
「でも、ユキは更生させなきゃいけないような問題児じゃないからなあ……」
「どうしてミカ様が更生させる前提なんでしょうか!? ミカ様の従者となる者が問題児でいいわけありませんのに!! 全く……」
ぶつくさぶつくさ。
私のために文句を言ってくれる彼女だが、シータイで起きた戦の時にはメリーの身を案じていたなと思い出す。
かつて強烈なザハリファンだったメリーは、後輩であるユキにもザコルの悪口を吹き込みまくっていた。ユキはザハリに心酔していたわけではなかったが、ザコルは残忍で命をどうとも思わない人間だという刷り込みはすぐに拭えなかったようだ。
私を誘拐し、ザコルに楯突いたメリーはもう殺されてしまったのかと嘆き、屋敷の使用人を連座で皆殺しにするのはどうかお許しをと、血まみれのザコルにひれ伏して懇願していた。
ちなみに、ザコルが血まみれだったのは屋敷を外部から襲撃した曲者達を倒したせいである。音も気配もなく百人以上をさらりと始末してみせたその姿、本当に綺麗でかっこよかったな……。
「まあ、あの通りメリー自身が一番反省してるっていうか、自分で罪人罪人言ってるくらいだし、卑屈になりすぎる所はあるけどこっちの言うことはおおむね聞いてくれるからそこまで苦労はしてないよ。普段はサゴシに任せてるしね」
「ペータにもよくよくメリーを管理するよう言わないと」
「管理かあ……。ペーちゃんも頑張ってるんだけどねえ……」
メリーと同じく私に預けられたペータは、メリーが粗相しないよう立ち回ろうとしていたものの、メリーの私に対する心酔ぶりが激しすぎて全く御せていなかった。その点、サゴシは少年少女を煽ったりいなしたりしながら絶妙にコントロールしている。その辺りは経験の差だろう。
ふと、廊下の向こうに気配を感じて振り返る。使用人じゃない。
「あっ、カファ?」
そろそろ消灯の時間で、廊下のランプも何割か火が落とされている。薄暗いので顔ははっきり判らないが、服装や体格、気配はなじみの同志村スタッフのものだった。
「はい、カファです! ミカ様、お久しぶりでございます!」
「お久しぶり! 今日どこ行ってたの? 集会所にいるかと思って軽く探したんだよ」
「今日は行商当番でしたので、チッカに行って残務を処理しておりましたらこんな時間に。ミカ様、明日もおられますよね? ね!?」
「うん、何泊かする予定だよ。ゆっくり話そうね」
「ああよかった!! 若頭が無茶ばかり言うもので、子爵邸にお邪魔したくともできず。私だってミカ様にお会いしたかったのに!」
ん?
「そうそう、マネジさんがね、カファも来たがってたから連れてきてあげればよかったのに、ってドーシャさんに言ってたよ」
「ああ、マネジ様はお優しいですよね! 若頭じゃなくて、マネジ様がリーダーだったらよかったなあ!」
あれ、なんだこの違和感。
「実はお渡ししたいものがあったんです。今日チッカで仕入れてきたものなのですが、ぜひ今日中にと思いまして」
スッ、カファは背後に隠していたカゴを差し出す。
「わっ、それ、もしかしてみかん?」
カゴいっぱいに盛られたのは、小ぶりの柑橘っぽい果物だった。
「ミカン? いえこちら、スイフィと呼ばれる、少し南の方で採れる果物なんです。この辺りで見かけるのは珍しいので、ぜひご賞味いただけたらと」
「へー、ありがとう! もしかしなくてもお高かったんじゃない?」
「行商係の皆で少しずつ出し合いましたからお気になさらず! 皆、ミカ様がいらっしゃるのを楽しみにしていたんですよ!」
差し出されたカゴの持ち手に手をかけようとする。瞬間、横から手が伸びてきて私の代わりに受け取った。
「ありがとうございます、カファ」
「ザ、ザコル様……っ!?」
「ああ、すみません。驚かせましたね。君がいつ気づくかと待っていたんですが」
暗がりから突如気配をあらわにしたザコルは、カゴからみかんを一つ取って皮ごと口に放り込んだ。
もぐもぐもぐ、ごくん。
「少々苦くて酸っぱいですが、甘みもあって美味しいですね」
「ザコル。それ、外の皮は剥いて食べるんですよ。皮は苦いですが、砂糖や蜂蜜漬けにでもすれば美味しく食べられると思います」
「そうですか。ミカは本当に色んなことを知っていますね」
「まあ、私の知っている『みかん』ではないかもしれないですが、柑橘類は大体そういう食べ方ができるので」
「あ、あの」
カファが戸惑ったように声を出す。
「僕が食べてはいけませんでしたか?」
「いっ、いいえ! ただ、ミカ様の滋養になればと皆で買い求めたもので」
「今日のカファは、僕に優しくないですね」
「えっ」
カファの影が揺れる。
「いつもなら僕にだけこっそり菓子をくれたりするのに」
「えっ、内緒でお菓子もらってたんですか」
初耳である。
「カファは僕のファンですからね」
「それは知ってますよ。あと、若頭についてきてよかった、っていつも言ってますよね」
「…………っ」
僅かにたじろいだ彼の肩にそっと手がかかる。
「カファ殿。先ほど執務室に向かわれたように思いましたが、こちらにおられましたか」
「タイタ、様……」
「おや。執行人殿とは呼んでくださらないのですか」
カファは、同志関係者に関しては基本的にドーシャの呼び方に倣っている。マネジのことは統括者殿と、ザコルのことは猟犬様と呼んでいた。
「詰めが甘いねえ、カファ。あ。『動かないで』ね」
ユキがランプを持って近づける。
そこにいたのは、とてもカファとは似つかない顔付きの男だった。
つづく




