遊び足りねー
夕食中や食後、流石に体力に限界がきたのか寝落ちする幼児が続出した。怪我人のおじさんと寝るんだというガット以外は一部屋にベッドを固め、若い従僕とメイドが交代で見張ることになった。
任務を終えた私達は、廊下でうーん、と伸びをする。
「はー、やっと全員寝ましたねえ。この脱力感、ちょっと懐かしーわ」
「エビーは歳の離れた妹の面倒ずっと見てたんだよね」
「面倒見てたっつっても全部やってたわけじゃねーすよ。俺の寝かしつけじゃ興奮してなかなか寝ねえとか、他にもかーちゃん召喚するしかねーシチュ山ほどあって。やっぱ親には敵わねえんだよなあ……」
「俺は親のくせにヨソのオッサンに負けてっけどな」
バットが乾いた笑いで自嘲する。彼の息子であるガットは、怪我人の部屋で布団に入れてもらった瞬間即寝だった。
「よっぽど疲れてたんじゃないですか。バットさんも休んでくださいね」
「いんや、俺は今からあっちに参加してくる。なぁに、ガキの世話に比べたら曲者の相手なんざラクショーよぉ!」
バットは一転、ギラついた笑顔になってそうのたまい、休憩が終わった他のパパ友とともに夜の雪原へ飛び出していった。体力無尽蔵か?
「イリヤくんとゴーシくんもお疲れ様。幼児くん達と遊んでくれてありがとね」
「おれはめっちゃ楽しかったからいーよ。てか、リコのあいてよりぜんぜん楽」
イヤイヤ真っ盛りの二歳児を妹を持つ兄はあっけらかんと笑う。ララも「それはそう」と苦笑した。
「つか、遊び足りねーかも」
体力無尽蔵か?
「ふぁ……」
イリヤは小さくあくびをした。
「イリヤはねむそうだな。もうねる?」
「うん。くふ、母さまもいっしょでうれしいな……」
イリヤがこぼした言葉に、ミリナが振り返る。
「あら、イリヤ。母様抜きでのお泊まりはまだ早かったかしら?」
からかい半分、みたいなノリで切り込んだのはわざとだろう。
イリヤは何度か「えっと」と繰り返していたが、ミリナが根気強く次の言葉を待っているのを見て、なんとか言葉を紡ぎだす。
「……えっと、えっとね、僕、まだ、ひとりでいるとね、母さまがかえってこなかったら、いなくなっちゃったらどうしようって、思っちゃうんです。でも、ゴーシ兄さまが、いっしょにいるからだいじょうぶだよって、言ってくれたから、がんばろうとおもって」
「イリヤ……」
ぎゅ、ミリナが息子の手を取って握る。今度は真剣な顔だ。
「無理して頑張らなくてもいいのよ。皆様にも会えたし、落ち着いたら母様と一緒に子爵邸に帰りましょうか。お仕事にも連れて行くわ。それでもいいのよ」
ふるふる。イリヤは首を横に振った。
「母さまは、とってもがんばってます。だから僕ももういちど、おるすばんできるようになるんです。ここはやさしいばしょで、みんなが母さまのことも守ってくれるし、母さまもとってもおつよい『さいしゅーへーき』だもの。きっとだいじょうぶ」
「……この弱かった母を、もう一度信じてくれるのね。ありがとう、ありがとうイリヤ」
涙ぐむ母を、イリヤはにっこりとして見上げる。グス、と洟をすすっているのはうちのチャラ男と、今日一日中ずっと気配がなかった忍者である。あの二人は頑張る女子供に対して涙腺がゆるすぎる。
「でも、もう『てき』をゆるしたらダメですよ母さま」
「ええ。大切な人を守るためだもの、もう迷ったりしないわ」
ふふふふふふふふふふ。
「あの、一応訊くんですけど『敵』って何を指してます?」
私は微笑み合う母子に声をかけた。
「もちろん、あなた様を傷つけそうなものすべてですわ。ミカ様」
ニコォ。
……山の民の里に殴り込みに行くのは諦めてくれたんじゃなかったのか。オーレンとジーロが適切に止めてくれることを祈るばかりだ。
「シータイのお掃除もお手伝いしたかったのに。もう少し長引いたら要請してくださるかしら」
「えっと、ずっと潜伏していたような輩ですから、慎重にしないと混乱に乗じて逃げたりしちゃうんじゃないですかねえ」
魔獣と猟犬に参加されたら更地が増えちまわあ。パパ友軍団の言葉はおそらく言葉通りだ。ただでさえ火薬による爆発で現場は混乱しているのだろう。そんな中で現場の検証と後片付けをしつつ『輩』を特定し、決定的な証拠を押さえなくてはならない。これ以上何かを起こして逃亡の糸口を与えるのはきっと悪手だ。
ノープランで大型魔獣を投入などすれば場は確実に荒れるだろう。が、しかし……
「同じ最終兵器でも、ザコルなら、とは思いますけどね」
影武者は不得意でも、潜伏や暗殺は大得意な伝説の工作員様だ。
「シータイの者達は練度が高いので心配要りません。ただ、本当は明るいうちに決着をつけるつもりだったんでしょう。これ以上長引くようなら助力も考えます」
「ねえねえ、やっぱりザコルが活躍してるとこ見たいので私担いで潜入してくださいよ。私もちゃんと気配消してますから!」
「食い下がりますね……。今夜は駄目です。早く寝ろと言われたでしょう」
「ええー、久しぶりに針とか投げナイフとか投げてるとこ見たい見たい見たい」
「明日いくらでも投げてやりますから。もう寝ますよ」
ヒョイ、ザコルは私を抱き上げた。足をガッチリホールドされたのでジタバタしてももう無意味だ。
「我が儘言って抱っこされてるミカ様かわいすぎてしぬ……!」
「かーちゃんもコーフンしてねーで早くねろよ」
ゴーシがララをつつく。
「さあて、ミカ坊を寝かしつけにいきますか」
「そうだな。少し早いですが、今日はお疲れでございましょう」
エビーとタイタも私達の脇を固めた。
「待って。入浴小屋のお湯だけ沸かし直させてよ。夜中に戻ってくる人がいるかもでしょ」
「はいはい、さもなくば夜中抜け出してやるっつう脅しすか。仕方ねえなあ」
「勝手に抜け出したりしないからエビーとサゴちゃん達もお風呂入りなよ。あ、ミリナ様とララさんは屋敷内の浴室を使ってくださいね。お湯は用意しておきますから」
「あ、ありがとうございますミカ様!」
「まあまあ、すっかり女主人ですね」
「ふふ、勝手にさせてもらってるのは水周りだけですよ」
勝手にできるよう先回りで掃除や準備がされているというべきか。本当の女主人、マージのはからいだ。
そんなわけで。子守り部隊は一旦解散の運びとなった。
つづく




