ニホンを制圧するのは骨が折れそうだ
女湯の方は、颯爽と現れた同志村女子達も一緒に入り、女児達のお世話をしてくれた。
私の涙に治癒効果があると察しているメイド長とベテランメイドの二人が様子を伺いにきたが、大丈夫大丈夫、と目で制した。要は風呂で泣かなければいいだけの話だ。実際、子供達の世話は大変でとても泣いている場合ではない。一緒に入るのは初めてではないので、その慌ただしさはよく分かっていた。
その後、子供達の世話は他の町民や使用人達に引き継ぎ、時折湯を温め直したり入れ替えたりしながら希望者全員を風呂に入れた。その頃には太陽も山に隠れ、外は薄暗くなりつつあった。
町民や避難民達も戻れる者はそれぞれの家や仮住まいに帰っていく。先ほどの爆発音がした現場に近い住まいの者や、避難に時間のかかる年配者、親が囮作戦実行中の子供達は町長屋敷に残った。
そんな子供達はイリヤとゴーシも含め一部屋に集まり、ザコルが大量に作った羊っぽい編みぐるみを投げ合って大騒ぎしている。
ずっと子守りというかどこかへ行かないように監視しているバットはぐったりしており、ミリナとララ、そして私達も成り行きで子守り部隊に参加していた。
「俺ぁダメな親だ。ミカ様達がいねえと子守り一つ満足できねえたあ」
「落ち込まんでくださいよお、バットさん」
脱走防止のため、扉近くで座り込むバットの肩をエビーが叩く。私もなぐさめの言葉を探した。
「この人数を一人で見るのは無茶ですよ。一人一人の練度も高いですし。ほら」
「まあなあ……」
大人達は、羊っぽい編みぐるみがとんでもない精度で飛び交う光景をぼうっと眺めた。危ないので机や椅子などの調度品は片付けられ、女性陣が座れるソファだけが残されていた。
「バットさん。私も、ゴーシが幼児だった頃は毎日瀕死状態でした。子供一人でも大変なんですから」
「私もですよ、イリヤは大人しい方だと思うけれど、楽になったのはせいぜいここ一年や二年のことだわ」
「いや、すいません。お二人にまで気い遣わせちまって」
ララとミリナのフォローにバットは頭を掻いた。
「サカシータのお子を育てる方々の前じゃあ弱音吐いてらんねえな。かーちゃんにドヤされちまう」
バットは肩をコキコキいわせながら立ち上がった。
「ミリナ様、子爵邸に戻れませんでしたね」
「仕方がないわ、この状況では。ミリューとスザクもいた方が安心でしょうし。庭に『おうち』を作ってくださってありがとうございます、ミカ様」
おうち、その表現通り、私は町長屋敷の庭にミリューと朱雀がすっぽり入るかまくらを魔法で作っていた。
というかミリューがここに作れというから一緒に作った。
まずミリューと朱雀が余分な雪を物理的にどかして降り立つスペースを作り、私は高く積もった雪をそのまま利用して中を溶かしてくり抜き、内側を氷でしっかり補強した。そうして簡単ではあるが、大型の二匹が羽を休められる『おうち』が完成した。
魔獣は寒さや暑さには強いが、どうやら召喚されてきてからの習性で屋根のない場所で休むのは落ち着かないらしい。
外の爆発音は火薬によるものとみて間違いなさそうだ。外に出ていたエビーや穴熊、そしてミイからの報告で裏付けられている。穴熊達には、私の手駒をするよりもサカシータ騎士団員としての職務を優先するように言った。死者はいないようだが、町を囲む壁が損傷したようなので、穴熊の力は必ず必要とされるだろう。
「うーん、町中がにおうほどの爆発って、どれだけ火薬を使えば実現できるんですかねえ」
私はいくぶんか気分が落ち着いたらしいザコルに問いかける。
「そこは、ミカでも知らないんですね」
「私の知識はほとんど書物から得たものばかりですから。黒色火薬なんて手持ち花火くらいでしか触ったことないですよ」
ただ打ち上げ花火の花火玉を一尺玉、三尺玉などと表現することは識っているので、あの巨大な華を咲かせる火薬の質量は何となく判る。
「三尺って、九十センチくらいだっけ……」
九十センチの球体とはなかなかの質量だ。重さも大概なはず。打ち上げるにもそれなりに火薬を使うのではないだろうか。
花火大会の目玉にもなる三尺玉は、爆発すれば何百メートルもの範囲に閃光を撒き散らす。打ち上げに失敗して惨事になったというニュースはたまに見る。何となくだが、先ほどの爆発が三尺玉規模だったらもっと被害が出ていそうな気がした。
また何となくだが、日本で扱われている花火に比べたら製法もそこまで洗練されていないだろう。燃焼の効率が悪ければ爆発に必要な量も変わってきそうだ。そうか、だからこんなに『におう』のか。
「ミカ。ハナビ、とは何ですか」
「火薬を使った娯楽です。空に打ち上げて華を咲かすんですよ。炎色反応を利用したり、火薬の置き方によって様々な色や形を表現したりもします。手持ち花火はその名の通り手で持って遊ぶもので、使われている火薬も少量ですけど」
「火薬を娯楽に、ですか。軍事目的ではなく?」
「軍事目的ではないですね。祭りの風物詩です。軍事で使うならもっと性能のいい爆薬を使いますので」
ニトログリセリンとか、TNTとも略されるトリニトロトルエンとかだ。
「……なるほど。あれよりも威力のでる火薬が存在するのですか。ニホンを制圧するのは骨が折れそうだ」
「制圧しようとしなくていいんですよ」
銃火器どころか刃物にさえ規制があり、ほとんどの国民が和ボケしている日本なんか、ザコルにかかったら一両日で市町村のいくつかは制圧されてしまう気がする。自衛隊が本格出動してきてやっといい勝負といったところだろう。
のほほんと暮らしていると忘れそうになるが、この人はそういうレベルの『最終兵器』だ。
「ザコル、ちょっと現場の様子見に行ってみます?」
「行きません」
「そうですか……」
ザコルが行けば解決も早まりそうなのに。
「あ、私を抱えて行ってもいいですよ。舌噛まないように猿轡してもいいですから」
「行きません。猿轡してもミカが大人しくしてくれるとは思えませんので」
むう、信用がない。さりげなく間合いを詰めたら、さっ、と下がられた。
「なんで避けるんですか」
「抱きつく、至近距離での上目遣いなどのあおり行為は禁止です」
むう。手を封じられた。
「……口付けごときで腰を抜かしたくせに」
ボソ。
「ザコル? 今なんて言いました?」
「なんでもありません」
ばっちり聴こえてたよとは言わない。自分こそその口付けごときで何度心神喪失したと思っているんだ、とも言わない。
にこ、と黙って笑ったらザコルはまた後ずさった。
「物騒な話しながらよくイチャつけんよなあ……」
「はは。そこがあのお二人の魅力だろう、エビー」
うんうんうん、タイタの言葉にララがうなずく。
なんだかララが同志に染まってきている気がする。聖女班とやらに入って危険な真似をしないよう、先手を打っておくべきだろうか。
つづく




