あ、ニセモノだ!
「お待たせ、ティスさん。包帯の補充持ってきたわ」
集会所の一画で物資の仕分け中の、華奢な背中に声をかける。
「あら? その声、ユーカさん? ちょっと待ってね、これ終わらせてしまうから。……えっと、『あの方』は」
彼女は振り返らないまま訊いてきた。私は、ほう、と軽く溜め息をついてみせる。
「あの方ね。実は、ガットくんとミワちゃんに見つかって引き止められているのよ。もう、あの二人ったら無敵よね。でも、これも早く仕分けてしまいたいでしょう? お預けする予定だったけれど、先に持ってきてしまったわ」
「そう、ありがとう、助かるわ。ねえ、他の子達も首を長くして待っているのよ。ベルさんが一緒に面倒を見てくれているけれどそろそろ限界。もう向かわせてもいいのかしら」
ベルさんとは。カリューからの避難民の一人で、ここに連れてこられたものの軽傷だったのですぐに回復。しかし、カリューの自宅が壊滅状態だったため冬の間ここに残る選択をした女性だ。明るく世話好きな性分もあって、他の避難民の世話を買って出ているパワフルな人でもある。
「いいと思うわ。ミカ様達はもう移動しちゃったと思うし」
ここでいう『ミカ様達』とは、練度の高い潜伏者を釣り上げるために結成された練度の高い影武者集団のことである。
魔法を派手にかました後は、速やかにスケートリンクを離れて別の場所へ移動したはずだ。彼らの目的は潜伏者に行動を起こさせること。彼らが止まっていては敵も動かない。
「久しぶりのスケートね。二時間くらいは集中して遊んでくれるかしら。ガットくんとミワちゃんほどじゃないけれど、小さな子達も日に日に大人の目を盗むようになってきているから……」
あ、そうか。と私はやっと気づいた。
今回の作戦は、町の中でも猟犬や聖女と世代が近い二十代半ばから後半くらいの者達で実行されている。その世代では多くの者が子育て中。つまりは幼児の親達が中心だ。
もしも影武者として活動している最中に子供、とりわけ実子に「かーちゃーん!」などと言って乱入などされたら危険だし、作戦自体が台無しになる恐れもある。
そこで子供達の気を一手に引けるような『プレイランド』として、今回スケートリンクがリクエストされたわけだったのだ。なるほどね。
「さあ終わったわ。ありがとうユーカさん。奥にも声をかけてこなくっちゃ」
やっとこちらを向いたティスに、はい、とカゴを手渡す。
こちらの顔を見た彼女はピシ、と固まった。
「ひぇっ、ミミ、ミミミミミ」
しーっ、周囲にいた町民や避難民が一斉に指を口先に立てた。
「すすっ、すみませんびっくりして! 完全にっ、声とかっ、ユーカさんだと思っていて!」
「何を言っているのかな。私はホンモノのユーカなのだよ」
『あ、ニセモノだ!』
集会所の奥の方で、お絵描きや文字練習などをしていた幼児がドヤドヤと出てきた。なんでバレたんだろう。
「いいかね君達。私はユーカだからね?」
「ユーカのニセモノー?」
「そうだけど違う、えっと、ユーカだと思っておいて。私は今ユーカです!」
くる。私を問い詰めていた幼児達は、振り返って仲間達と円陣を組んだ。
「みんな! ミカさまをまもるんだ!」
「ちがうよ、ユーカのニセモノ!」
「ニセモノじゃな」
「ユーカのニセモノまもるぞー!」
『おーっ』
彼らはドングリが入った袋を掲げる。
「うーん、士気が高い……」
隣国にイタズラしに行ったゴロツキ一団を思い出す。あの人達も士気が高すぎて話をするのが大変だった。
ティスと、居合わせたベルさんもこくりとうなずく。
「そうなんです。この子たち士気が高すぎてコントロールが効かないんです。ガットとミワちゃんは動きが素早いので、もはや玄人の方でも取り逃すほどで。あの二人は私達じゃあ面倒が見られないので親御さんにお願いしたんですが」
「ふふっ。あのタキさんからも逃げて屋敷に飛び込んできたよ。今はバットさんが見てる。一応エビーも残してきたし、イリヤくんとゴーシくんもいるからもう取り逃しはしないと思うけど」
イリヤとゴーシも子供ではあるが、大人の邪魔はしない、むしろ手伝ってくれるくらいの分別ある子達だ。さっきも幼児二人の手を取ったり、飛び出さないように先回りしたりと早速面倒を引き受けてくれていた。
「ねーねーはやくいこ!」
「はいはい」
「君達。あまり強く手を引かないように」
そう言われて、幼児達は声の主を見上げる。
「あっ」
「ドングリせんせーだ!!」
しーっ、やっと存在を気づかれたザコルが指を口先に立てた。
「いいですか。僕は町民のシショーです」
「シショー!」
「シショーってだれ!?」
ちょいちょい。ザコルの肩を避難民の一人がつついた。
「ザコル様。それ偽名のつもりかい? ミカ様がよく呼んでたあだ名だろう。バレるよ」
「せめて実在する町民の名を借りてはどうかしら」
ザコルは首をひねる。
「誰がいいでしょうか」
「そうだねえ、例えば、ハンゾウとか」
「ハンゾウ……えっ、それって服部半蔵ですか!?」
私は横から食いついた。
「ハットリハンゾウ? いいえ、そんな長い名前じゃあないですよミカ様。この集会所の近くに住んでた男がハンゾウっていう名前だったんです。親切な人で私らもお世話になってたけど、町長様からお遣いを頼まれてしばらく留守にするって言ってたから、丁度いいと思って」
集会所の近くに住んでいた男。もしかしなくてもサゴシの影武者に挑んでいたシータイの最強影か。
「えっ、やだ! すごい! 彼ハンゾウさんっていうんですか!? あのねあのね、服部半蔵、ハンゾウ・ハットリって、私の世界では伝説の忍者の名前なんですよ!」
「はあ」
「伝説のニンジャですか! それはまた素晴らしい偶然でございますね!」
タイタも食いついた。
「ねえ名前借りましょうよハンゾウさん!!」
「分かりましたから胸ぐらを掴まないで顔が近」
「ハンゾー!」
「ハンゾーせんせー!!」
わーっ、幼児達が次々とザコルに飛びついた。彼らは大はしゃぎで肩や頭によじ登る。全員乗ったら完全に雑技団の人みたくなった。
人目を忍んでいるとは思えないほどの大騒ぎのまま、私達は集会所からもと来た道をパレードして帰る。スケートリンクに到着すれば、子供達は目を輝かせて氷の上に飛び移っていった。
つづく




