いい感じに怪しいな
「よーしいい感じ。みんな遊んでいいよー」
やったーっ。
ガット、ミワ、イリヤ、ゴーシが、出来立てほやほや、つるっつるのリンクに飛び出した。
「おーっ、さっすがミカ様だあ。他のガキどもも呼んできてやっか。アイツら集会所で遊んでっから」
バットが呑気そうな声をあげる。もちろんこれは振りだ。
「それなら私が行って声をかけましょうか。丁度集会所にこのカゴを届けるところですので。エビー様はこちらに残られますよね」
「えっ、あ、ああ……てっ!?」
一瞬反応を鈍らせたエビーの頭にドングリが命中した。
「やーい、ダッセー」
投げたのも叫んだのもガットである。
「こんにゃろお……! 待ちやがれ悪ガキィ!!」
氷の上に躍り出たエビーが幼児を追いかけ始めた。
「はー、全く躾がなってねーな」
「君の息子でしょうバット。ですが、投擲の精度は素晴らしいですね。鍛錬の成果が出ています」
と言ったのは影武者(町民)である。いかにもザコルが言いそうなセリフすぎてびっくりした。なんて解像度が高いんだ。
影武者コンテストにおけるザコル枠は『殿堂入り以下は有象無象、優勝該当者なしの同列一位』と聞いていたが、その有象無象は全員このレベルなのだろうか。
確かに殿堂入りのマネジは別格かもしれないが、他の参加者のレベルも高すぎて優劣つけられず同列一位とかなんじゃ……?
私に扮しているタキの影武者スキルもすごい。と、思う。自分を演じている人と接するのは三度目くらいだが、殿堂入りと、暫定一位と比べたってなんら遜色ない。と、思う。
……自分を完全に客観視などでしたことがないので『と、思う』としか言えない。
というか、私って常にあんな間延びした感じというか、間抜けな感じでしゃべっているのか、と若干動揺もしている。
表情もこれまた緊張感がないというか、どこか力が抜けたというか、シャッキリしろと言いたくなるような顔つきだ。いつもはキリッとしているタキとは落差が激しすぎて、もはやすれ違ってもタキだと判らないかもしれない。
……なるほど。コマやピッタだけでなく、タキまで私をそう『解釈』しているのか。
今まで笑い方が変だの、カッコイイ女は無理だの、泣き顔に面白みがあるだの、ひょうきんな顔をしているだのと散々な言われ方をしてきた私だが、民……それも、同性にまで同じ印象を抱かれていることが確認できてしまった。
ザクザク。雪道を町民に扮したザコルとタイタに挟まれて歩く。
そういえば、同志村女子達がサカシータの民達と普段どんな会話をしているのか実はよく知らないな、と思い至る。見ていないところでも世間話くらいはしているだろうと思うが、それまでだ。
どうしよう。圧倒的に観察が足りていない。影武者をする覚悟からして足りなかったかもしれない。普段あんなゆるゆるの顔としゃべり方でゆるゆる生きてるせいか、そうか……。
「ミカ……様のすごいところは、どんなことがあっても平然と、堂々としているところ、です。け、決して緊張感や覚悟が足りないとか、生き様がゆるいわけでは」
ザコルがボソボソとそう言った。何のフォローですかとは訊かない。
「そうですね」
ユーカの影武者としてもどんな回答をすべきか分からず、とりあえず相槌を打った。
「お命を狙われる毎日にさえ『こんなのただのスローライフだよ』とおっしゃる胆力には驚かされるばかりでございます」
「ふふっ、タイ様みたいなことおっしゃいますね」
「あ」
タイタが慌てて背を丸める。今、完全に町民に扮していたことを忘れていたな。
このタイタは自然体でいるだけで目立つ。頭一つ分抜けた上背と鮮やかな赤毛のせいもあるが、そもそも平民としては『姿勢が良すぎる』のだ。話し方も丁寧すぎていっそ個性的だし。
「エビー……さん、はどうして残してこられたのでしょうか」
タイタの問いに、私は首をかしげてみせる。
「だって、ミカ様の騎士様ですから。エビー様からミカ様が布生地をご所望だとうかがったので、ご一緒させていただいただけですよ」
「そ、そうですよね! でしたね!」
ふむ。いい感じに怪しいな。タイタはこのままでいい。
エビーをあの場に残したのは、エビーがエビー自身を演じていたからというのもあるし、子供達、とりわけまだアウェー気味なゴーシのフォローもしてやってほしかったからでもある。
今回の外出は囮作戦が絡む以上、非戦闘員であるララを同行させるわけにはいかなかった。彼女にはミリナとともに屋敷の窓から見守ってくれるように説明してあるし、ゴーシとイリヤにはスケートリンクから勝手に離れず、必ずバットの指示に従うようにとも伝えてある。
さて。進む先に診療所が見える。寄っていきたいところだが、皆からは集会所に行けと指示されている。
同志の一人で若き天才医師、リュウとの再会はあとに取っておくとしよう。
つづく




